君が 去った
ホームに残り
落ちては溶ける
雪を 見ていた




文章には「行間を読む」作業がありますが。

冒頭のは歌詞ですし、一番から続く、前の歌詞があってのこのトドメですけれども。もうこれは行間というより、空間が表現されています。空間に説明は要らない。


「脱力」というのは、身体の空間を生かす為のただの前提条件です。

筋肉のオシャベリが過ぎると、野暮な動きになります。

無駄な思考やイメージで、チャクラやケイラクにアレコレと「念」を入れ込む必要はない。氣を捏造する必要はない。


何かをヤってる感は、出す必要も持つ必要もありません。


そして空間をつくるのは、意識や修行でではありません。

空間

最初

から


あ る






ですから