真穴に入らずんば真穴を得ず。知っとるけど。

すんごい久しぶりにね、雑誌を買いました。 
いいんだなあ、この、紙をめくる作業とか、紙の質感とか。たんにノスタルジーでそう感じてるわけじゃないとおもう。それにね、あまり疲れないんだよ、ネットのチカチカ画面を見ているよりも疲れないんだよ。

手触りは重要です。タッチパネルではあんまりこのブログ記事も書く気になれていないです。
早くG’zOneに機種変更しようかなとおもうのだけど、G’zOneにもネックがありました。それはLINEを使えないということではぜーんぜんなくて、G’zOneの触感が、いささか
プラッチッキーだったのさ。。 

♪愛されないのは枯れないから 

(THE HIGH-LOWS、不死身の花)



今たまたま 間違って変なとこタップしたら 音声入力に変わった。 音声入力超楽。 でもど うなんでしょうね クエスチョン 楽   は堕落に変わりますから。


マイナーだけど 重要な 胸と 下腹の ある筋肉について 狂犬術野船頭殿 関連について 重要な見解を 記しておこうと 思っていたのだけれど めんどくさくなった

野蛮人であることを忘れない。

文字よりもまえに、言葉があった。
言葉のなかでも、より原初的なのは、オノマトペでしょう。
で、オノマトペよりもまえにあるのは、シンタイです。身体生命の躍動。つまりダンスである。

現代の私達は、ナニナニダンスとかいって、ジャンル分けされたダンスを1から習ったりしますけれども、そんなもの以前に、つねにワタシ達は、ダンシングしているのです。

ナニナニ術やらカニカニ道におけるカタチの萌芽は、つねにここにあるのである。

今でもときどき左手がエアシフトチェンジをしてしまう自分、嫌いじゃない。

ひたすら便利でラクなだけの生活や生活グッズが、心身を台無しにする原因にもなり得るのは、私自身の体験だけでなく、他人の様子を観ていても、かんじられる。私はもう食わず嫌いではなく実際にスマホユ〜ザーとして、変わらず同じことを言いたい。いくら超便利なスマホといえ、肥田式的に云うならコレは所詮は『部分力』である。コレを使い、どんなことが出来ようが、これに依存してしまうなら、部分力優位の運動でしかない。

もし先天的に部分力に恵まれていたら、肥田さんは強健術をやっただろうか?


あ、ちなみに、ランナーのあいだで大ブームの厚底シュ〜ズは、シュ〜ズの性能に依存すると、股関節を故障するリスクが高まることが顕在化してきたそうです。
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