「古より続く空」、これはとある中国時代劇ドラマのオープニング歌詞中にあった言葉です。うまくは言えないのですが、この言葉ひとつで全てが腑に落ちる。



手術から一カ月弱が経ちました。

腋窩郭清後の痛みに耐えながら自分なりにリハビリに励んでいる母親でありますが、腕の上がり具合がまだまだ不十分とのことです。一カ月もすれば普通に腕が上がるようになるのが一般的な経過とされているようで、主治医からは叱咤激励を受ける始末。

だって痛いんだもん・・・と、おちょぼ口の母親。

術後の病理結果は予想もしないものでした。主治医いわく「面白い結果になった」と。当初、サブタイプはトリプルネガティブとの診断が下っていたんですけれども、このたびホルモン受容に陽性反応が出ていたのです。

何がどうなってなのか素人の私にはよく分かりませんが、いずれにしましても心境は何とも複雑です。

トリプルネガティブは、効果的な薬物治療が抗がん剤のみに限られることから、乳癌の中では基本的に予後不良の群として扱われています。今回、術前の抗がん剤治療では残念ながら完全寛解になっていなかっただけに尚更でした。

その状況下で、術後の治療法も限られてくる、ともすれば無治療の状態で放り出されてしまう可能性すらあったわけで、それを思うと不安と恐怖に頭を抱える日々だったのです。

ところが、これがホルモン受容陽性となれば治療法の幅が広がります。そういう意味では、幾分かは前向きに考えられるようにはなった。

しかし一方で、ホルモン受容陽性となると完治を見据えるのは5年ではなく10年、もしくはそれ以上の時間がかかる可能性もあるのです。

実際、このたびワケが分からぬうちに新たに始まりましたホルモン治療は5年間やらなくてはなりません。体への負担が如何ばかりなのか、これまた新たに不安要素が付いて回ることになってしまいました。結論、「どちらがマシ」というのは無いのでしょう。

というわけで、これからも治療は続いていくことになるわけですが、それでもひとつ段階としては大きな山場は越えたものと思っています。



慢性的な緊張と、金欠に苦しんだこの9ヶ月。30代の始まりをこのような形で迎えることになってしまった私は、これを教訓に弟ともどもガン保険に入りました。今ならまだ掛け金を抑えることが出来ますから。職場でも、これをきっかけに掛け始めた人もいます。

掛け捨てで若干もったいないような気もしないではないですが、仮に自身が使うことなく済むようなことがあっても、自分が払っている保険料でどこかの誰かが恩恵を受けることが出来るのなら、またそれでも良いやと思って。

残念ながらガン保険には入っていなかった母親を今さら責める気もなく・・・。むしろこれまで私たち家族は、特に私は、散々と母親に苦労や心配をかけてきましたので、それに報いるつもりでやっているところはあります。

しかし、それでも苦しくてどうしようもないときは多々あった。そんなときは真栄里を思い出したら不思議と気持ちが楽になりました。時期は冬で、枯れてはいたんだけれどもサトウキビがサーサーと音を立てて揺れていたあの風景。あるいは壕から出たときの、密林に行きわたる風の感じと。

それを思い出せば、「負けてはいられん」と素直に思えたのでした。