近頃、心が豊かであるというのは、それは平穏とか平和とは切って離した、また別のところにあるものと思うようになりました。ごく最近まで私はこれらを混同していたのです。身を置く環境が平和ならば、それだけ心も豊かであると思っていました。

確かに、それも間違いではないのです。しみじみ「ああ心が豊かだわ」と感じる時というのは大概は身を置く環境が平和で、かつ心が安定している時です。苦痛にまみれ、心が荒んでいる時に「豊かだわ」などと感じることはありません。

しかし、これらは比例しているようで別のものです。昨日の自分を振り返り、今日の自分を見つめ直した時にこそ、それを知ることが出来るのではないかと。ごく当たり前のことですが、昨日が無ければ今日もありません。時間の蓄積の末に、ふと気づくものなのかも知れない。

これからも苦しいことや悲しいことは多くあるでしょう。それでも心は豊かであり続けたいと願っています。たとえば平和を平和と理解することが出来なければ、きっとその時点で心が豊かであるとは言えないと思うのです。



今日は無性に甘いものが食べたくて食べたくて仕方がない一日でありました。定期的にこんな日があるのです。我慢ならず菓子類を買って帰りました。普段は菓子類はほとんど買わないのですが、今日は菓子類しか買っていません。

最近になって、「花子とアン」を見ています。主人公の母親の名前がフジであったり、また与謝野晶子の「君死にたまうことなかれ」の詩が読まれたり、その詩が読まれる場面で持ち出された一冊の雑誌まで「おしん」に出てきたものと同じでありましたので驚きました。

放送当時に見れれば良かったんですけれどね。なにせ当時は録画予約が出来なかったものですから。ここ最近になって、ようやく外付けタイプで録画予約が出来るようになりましてね。いやあ、便利なもんですねえ(笑)