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モンハン学園/貴公子の瞳に宿る熱

昨夜はよく眠れなかった。ケルビを好きになってから僕は寝付きが悪くなってしまった。昼間うとうとしてしまうのも、恋煩いと呼ぶのだろうか。




【貴公子の瞳に宿る熱】




学校はいつもと同じ。ここに居る人は増えたり減ったりしているのだろうけれど、きっと『学校』は10年前も20年後も変わらず『学校』であり続ける。

僕の恋も誰かの恋が始まったり終わったりすることの中に含まれているのかな。

哲学、みたいなものを感じる。

「おはよう、リノ」
「おはよう」
「顔色が悪いな。具合が悪い?」

アグナコトルの鋭さと優しさに恥ずかしいような喜びを覚えながらも、彼がケルビに恋していることを知っている僕は不思議な気持ちになった。アグナコトルの優しさに下心がないことを尊敬する反面、却って嘘っぽいとも思う。

ごめんなさい。

僕が捻くれているだけです。

「ありがとう。大丈夫だよ。朝が弱いだけ」

僕が答えるとアグナコトルは優雅に笑んで「そう。良かった」と言った。

彼が“王子様”とか“貴公子”とかいうあだ名を付けられて、大勢のファンをつかまえていることにも納得だ。他校生にも人気があると聞いたこともある。

「授業のノートならいつでも貸せるから、具合が悪くなったらちゃんと休むんだよ」

アグナコトルはそう言って僕の頭を撫でて自席に着いた。

近くにいた同級生が「憧れる」「嫌味じゃない」「恋人にしたい」と口々に言うのが聞こえた。たぶんアグナコトル本人にも聞こえていると思うけれど、彼らにとってはその方が良いのかもしれない。

僕なら、好きな人にそんなことは言えない。

情けないけど僕は人生で一度も人を好きになったことがなかった為に、今でもまだ告白という深刻な課題に及第したことがないのだ。

採点基準が分からない。

合格基準が分からない。

応用問題にも基礎問題にさえも答えられる気がしない。

告白している時にくしゃみすれば減点されるのだろうか。

悩ましい。

そうだ、僕は毎夜、ケルビに想いを伝える妄想をしては寝不足になり、現実にはケルビとよく話せてもいないのに、ケルビが良い返事をくれたら僕達はその後どうなるのかなどといった根拠のない皮算用をしている。ケルビに知られたら、というより誰かに知られたらきっと自己嫌悪と羞恥により登校拒否することになるだろう。

ケルビと話したい。

もっと僕のことを見て貰いたい。

アグナコトルみたいにはできないのだから、それは僕なりのやり方で。

「あ、そうっす。すんません」そんなことを電話で通話しながら教室に、ケルビが、来た。

朝からちゃんと来るのは数日振りだ。

教室がそわそわし始めた。

「ちゃんと来てます。ホントっす」「モチロンっす!」「はい。失礼します」そう言って通話を切るまで、おそらくクラスの半分以上の人間がケルビに注目していた。

そのうちの更に半分くらいは、ケルビに話しかけるタイミングを探っていたと思う。

僕がそうだ。

「おはよう、ケルビ」

口火を切ったのはアグナコトルだった。

「おう。おはよう」

ケルビが返事して、アグナコトルは僕にしたのとは全く温度の異なる笑みを浮かべた。熱い、欲望の宿った瞳の中に、僕には焔が渦巻いているのが見える。

アグナコトルは「ははは」と笑った。

「時間割は分かる? 教科書がなければ俺のを貸すし、そうであれば俺の隣の奴と席を代わって貰おう。俺は担任にお前のことを頼まれているし、お前の為なら進んで力を貸すよ」
「悪いな」
「それで。教科書は?」

アグナコトルはぐいぐいケルビに近付いて、机の中を覗き込む勢いだ。

隣の席の人が羨ましげに二人を見ている。

僕もあんな顔をしているに違いない。

「買って貰ったんだけど、重くて持ってくんのだりぃんだよな」
「いいよ。俺のを貸すから」
「いらねーよ」
「何故?」

アグナコトルは少し怖い顔をした。

目の奥で赤く揺らめくものが見えた。

恋の火焔。

アグナコトルの炎はきっと彼自身にも制御不能の恋心と支配欲の業火だ。熱く滾って身を焦がし、冷めてもなお身の内で燻る。彼は苦しそうな顔でその炎を愛でる。

「教科書借りても、俺、お前に返せるもんがねえから」

ケルビはそう言ってアグナコトルを手で払う仕草をした。

しかしアグナコトルはめげない。

「貸し借りなしで良いよ」
「俺が嫌なんだよ」
「友達に頼るのを借りを作るとは言わないよ」
「俺が嫌だっつってんだろ!」

ケルビは唸った。

それがアグナコトルに通用する訳がないことは、おそらくケルビを含めた全ての者が気付いていただろう。ケルビはそれを分かったうえでアグナコトルを威嚇したのだ。

ただで負けるのは許せない、その気持ちは俺にもある。

アグナコトルはケルビの威嚇を相手にしないだろうと俺は思った。しかし現実は違った。

「ごめん。しつこくしたね。必要だったらいつでも頼っていいから」

アグナコトルは逃げた。

僕には見えた。

恋の火焔。

アグナコトルは髪の赤を鮮やかにして、恋の火焔に焼かれながらなお顔には笑顔を見せて、地獄のようなその場所から這い出るのを拒否した。焦熱からは逃れられない。彼がその秘めた想いと決別しない限りは、逃れられない。

僕はアグナコトルの熱を、少し心地よく思った。
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モンハン学園/骨の髄まで焼き尽くす恋

ケルビは帰ってしまった。

残されたのは僕とアグナコトル。僕達はケルビの心を引き留めることができなかった。好きな人に相手にされないことがこれ程悲しいことだとは知らなかった。

胸が引き裂かれる思い。

喪失感。

心は千々に刻まれ散ってしまったのです。

女々しい僕は惨めに散ったその心をちびちび拾いながらアグナコトルを見る。

「ねえ」
「何かな」

なんでだろう、アグナコトルは僕みたいには傷付いて見えない。

「アグナコトルって、ケルビのこと好きなの?」

答えは知っているんだけれど、アグナコトルの口からその答えを聞きたい。潔癖で勤勉で恋愛からは程遠いアグナコトルの固い口から。

ほんの一瞬だけ迷って、アグナコトルは口を開いた。

「好きだよ」

殆ど迷わず言った。

あっさり認めた。

なんだか拍子抜けする。

あっさり認めてアグナコトルは爽やかに微笑んだ。気品あるその笑みを見て僕は思わず笑い返した。

「ケルビって綺麗だしさ、あんな性格だけど、ライバルとかいたら、どうする?」
「どうってこともないけど」
「放っておくってこと?」

アグナコトルは僕を見た。

こういう時に気付かされる。炎の宿る力強いその目は僕の肉をあっさり焼いて、その細い顎は硬い骨さえ穿って食べるだろう。アグナコトルは捕らえる側の生き物だ。微笑んでくれたって、優しく声を掛けてくれたって、彼は僕とは全く別の存在なのだ。

アグナコトルは僕を見た。

優しく厳しく隙なく僕を見た。

「馬鹿なのかな、君は」

アグナコトルは僕に一歩近付いた。

「ライバルとは恋敵のことだろう。それはつまり恋敵とは敵のことを意味しているね。それでは君は放っておくという訳か、敵を。俺にはそんなことは有り得ない。俺なら敵を見たら骨の髄まで焼き殺す」

圧倒された。

なんてことを言うんだ、と思った。

その言葉が余りに真に迫るものだったから、僕はアグナコトルの落ちたところまで引き摺り落とされてしまいそうで怖くなった。

アグナコトルが秘める火焔は敵を殺すに足るだろう。

『恋に落ちる』とは言うけれど、アグナコトルは正にそれだ。

アグナコトルは恋に落ちた。

落ちた場所は焦熱地獄。恋の火焔に焼かれる辛苦は終わりなく果てしなく続いていく。アグナコトルはその火焔を、自ら生んで育てている。

他人を殺す程の業火。

害がない訳がない。

『好き』だと言う少し前、一瞬だけ逡巡したあの時にもアグナコトルは焼かれていたんだ。あの炎に。歪んだ眉根が物語る。

圧倒された。

圧倒的に圧倒された。

「焼き殺したら、きっとケルビは逃げちゃうよ」

それはせめてもの抵抗だった。

僕では敵を殺せない。

情けないんだけども、格好悪いんだけども、僕はケルビを守るような頼もしい存在ではないし、剰え敵を駆逐してケルビを強奪しようなんて考えたこともない。

見てよ、このか細い腕を。

ほら、牙だって生えてないよ。

ケルビも同じだ。

虐げられて然るべき存在なのだから、アグナコトルが敵を焼き殺すのを喜ぶ筈がない。

アグナコトルは炎に焼かれて苦しむかのように苦々しく僕を見た。それはちょっと怖くもあり、近付き難く美しくもある。

「それは困るね。俺はケルビがそんな臆病で見栄のない奴だとは思わないけれど」

それもそうです。

ケルビは例え死を覚悟する程の絶対的な恐怖に遭遇したとしても、きっと怯えないし逃げないだろう。ましてアグナコトルの業火ぐらいでは、きっと。

「なんか、アグナコトルの新たな一面を知った気がする」

僕が言うとアグナコトルは微笑んだ。重い頬肉を引き攣らせたような笑い方だった。

「ケルビを好きになるなんて、俺にとっても自分の新しい側面を思い知らされた気分だよ」

苦しそうだった。

僕と同じだ。

破られた心をちびちび集めてはまた挑む。

惨めな自分から目を逸らして顔を上げる。

ケルビに圧倒されたい。あの暴力的な正義に叩きのめされたい。けれどその欲望の熱はチョコレート菓子を溶かすような甘美な恋心ではない。

骨の髄まで焼き尽くす、地獄の業火。

ケルビを好きになるっていうのは、それくらい息苦しい、と思った。


【骨の髄まで焼き尽くす恋】
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モンハン学園/アグナコトルの落ちた場所

「学園には慣れた?」

僕は今、自分が年甲斐もなく泣いてしまったことを忘れたくて明るく振舞っているところです。

空元気、と人は呼ぶ。

ケルビは僕を泣かせたことについて少しは気に病んでくれているのかどうなのか、或いは僕のことを理由もなく突如として泣き始める変人と認めたのか、初めての時のように邪険にすることはなくなった。

「ああ。まあ」

ケルビは慎重にそう答えた。

僕の様子を窺うようなその返答は、所謂腫れものに触る態度とでも言うべきものでしかなく、美男子の転校生とお近付きになりたかった僕としてはちょっと悲しい。

『学園には慣れた?』
『うん。君が優しくしてくれたからね。ありがとう』

なんてことを夢見るのは罪なことでしょうか。

「全く問題なさそうだな」

無愛想なケルビの代わりに爽やかに答えてくれたのはアグナコトルだった。

「ああ。問題ねえから。じゃ」

席を立ったケルビにアグナコトルが立ちはだかった。

「教科書とか、揃ってるの?」
「ァア?」
「それにトイレや更衣室や図書館やその他の様々な施設について、君はまだ知らないことが多いと思うのだけれど。生活するうちに慣れるものもあれば、知らなければ損をするものもある。誰かが教えたとは思えないけれど、どうかな」

ケルビは掌をアグナコトルに向けて、彼の弁舌を制止した。

「うるせえんだよ、てめぇは」

酷いことを言う人だと思ったけれど、ケルビの表情を見ると、彼は、笑っていた。きらきら光って嫌味のない笑い方だった。

心を奪われる。

平静を保つことは不可能。

アグナコトルもまた僕と同様だった。一目で分かる。彼は僕と同じだ。同類同属の同人種。同じ穴のむじな。アグナコトルは海竜種だから本来僕とは全く違う種族だけれど、ケルビに見惚れたその瞬間だけは同じものであっただろう。

引き付けられて締め付けられる。

身体が痺れる。

脳みそが痺れる。


【アグナコトルの落ちた場所】


僕の方はケルビに惚れている自覚があったのだけれどアグナコトルはどうなのだろうか。あの潔癖性の優等生がケルビみたいな最悪な生活態度の人間に惚れることがあり得るのだろうか。そしてそれを自覚してしまったら、どうなってしまうのだろうか。僕はそのことがとても疑問に思えた。

話そうとすると心臓が高鳴る、とか。

一瞬の笑顔に身悶える、とか。

あり得るのだろうか。

「じゃあさ、例えば、今日は何を教えてくれんの?」

ケルビが言った。

アグナコトルはケルビを真っ直ぐ見た。僕はそのアグナコトルをじっと見詰める。

「教えてあげるよ。なんだって」

恋人にするように、アグナコトルはケルビに優しく微笑み掛けた。少し傾げた首からはえも言われぬ嬌艶な色気が漂った。

鳥肌が立った。

はっきり言って、歯に衣着せぬ言葉を使えば、気持ち悪かった、ということです。

アグナコトルは不気味な欲望を感じさせる男の目をしていた。

僕は思い知った。

ああ、この人は、僕よりずっと深く自覚しているのだ。僕のそれより、アグナコトルの落ちた場所は、きっと、深い。

「『なんだって』、なんていうのは、ダメだ。付き合う価値がねえ」
「何故?」

ケルビはアグナコトルのちょっと不自然とも言える態度には気付いていないらしかった。ごく普通に受け答えしている。

「そんなもん、何も教えることがない人間の、詰まんねえ時間稼ぎだろ」

それは決して批難する色を付けずに響いた。

ケルビは言葉も態度も悪いけれど、その根幹にある“意地”とでも言うべきところについては一級の政治家のようだった。

凄い、と思う。

彼が放つ言葉にある不思議な力について、僕はまだよく知らない。

ケルビの思想はただ只管に乱暴だ。

しかし僕はそんなケルビの暴力的でめちゃくちゃな正義論の虜になった。ケルビが駄目だと言ったらそうなんだ。あの日ケルビは素晴らしい正義的暴力で僕の惰弱な正義を叩き潰してくれた。

理解なんてできなくていい。

ただもう一度、彼の正義に打ちのめされたい。

「俺になんか言いたかったらなあ、“これだけは”って言葉だけ用意して来い。頭のいいてめぇの頭でよく考えれば、そんなこと勝手に思い付くんじゃねぇの?」

ケルビはそう言ってアグナコトルに人差し指を突き立てた。細くて白くてしなやかで繊細な美しい指がアグナコトルを攻撃的に捉えたから、僕にはそれが羨ましいとさえ思えた。

いいんじゃないかな。

食べたり食べられたりっていうのも。

吠えて逃げて死にもの狂いで生き残るのが僕だけれど、ケルビみたいに、てめぇには食われねぇって顔でいるのも、悪くないよ。

ケルビは間違っている。

親切を無下にするのが正義である筈がない。

だけど。

けれど。

だったらなんでこんなに美しいんだろう。

僕達は知っている。

美しいものは、きっと正しい。

ケルビがその美しい顎で僕を噛むなら、そこから流れる血だって壮絶に美しいに違いない。ケルビの首を滴る血が、白い首筋に鮮やかに映えるんだ。

ケルビには、アグナコトルより僕の方が似合う。
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モンハン学園/転校生に、ご挨拶

血塗れの上級生と、ケルビ。

僕は彼らが二人で居るのを、見てしまった。

体育館の2階席の階段下には備品室がある。偶然そこに居た僕は埃っぽい空気に自然と窓を開いた。声が聞こえたのでなんとなく直ぐ下に視線を移すとひと気のないその場所で彼らは妖しく睦み合っていた。

名前を呼ぶだけでそこに愛が溢れ出す、そんな関係に思われた。

心を奪われた、と表現したい。

整った顔。細いけれど引き締まった身体。透き通るような白磁の肌。檸檬色の髪は光を浴びて碧色の輝きを帯びる。暴力を振るえば簡単に負けてしまいそうな華奢な体躯に、それを打ち消す力強い眼差し。

たぶん傍から見れば僕と同じ種類の人間だ。細く、弱く、折れ易い。


【転校生に、ご挨拶】


「ァア?」

ケルビは、しかしながら、その生活態度は最悪だった。

少なくともその点で僕とは違う。

「あの、みんなは春に出してるから、ケルビにも出してもらおうかなって、思って」
「自己紹介なら済んだろ」

大義名分を得て、勇気を持って声を掛けて、僕は10秒で後悔した。ケルビはとにかく態度が悪い。口も悪い。

「僕はケルビのこと知りたいな」

なんでだろう、僕が謙っているのは。

ケルビは僕を睨んだ。大きな瞳を守る長い睫毛は彼の髪と同様に白と緑を合わせた不思議な輝きがある。もっと近くで見たい、と思うのは僕だけではない筈だ。

「俺は知られたいと思わねえ」

僕の手は震えていた。手には自己紹介カードが握られている。これは、このクラスの皆はもう書いているものだ。春にそれを冊子にして配った。

新しいクラスメイトにもこれを書いて欲しいと思った。

新しい仲間。

楽しい生活を共に送る仲間。

きっと不安だろうから、知っている人が誰もいないところで、自分以外の皆が知り合っている教室で、慣れない生活をして、きっと孤独だろうから、きっと一人で頑張るだろうから、きっと、きっと。

僕の目には涙が浮かんだ。

「うぅ、ごめん。僕、勝手に……」

駄目だ。どうして僕ってこうなんだ。思い込み、勘違い、余計なお節介。

嫌われた。

ケルビに嫌われた。

「リノをいじめたらイケナイよ、ケルビ」

僕に救いの手を差し伸べたのはアグナコトルだった。より正確に描写するならば、貴公子の如く気品高く優美に、騎士の如く毅然として勇敢に、僕が泣いてしまったから一層悪者然としたケルビを戒める賢者のように、声を掛けてくれた。

疾うに涙は溢れ出していた。

もっと端的に言ってしまえば、情けないことに、僕は泣いている、ということです。

アグナコトルは僕の頬に触れて涙を拭った。

その所作に思わずどきっとしたことは誰にも言うまい。潔癖なアグナコトル本人に知られてしまったら涙を拭って庇ってもらうどころか二度と口をきいてもらえないに違いない。

クラスの委員長であるアグナコトルは揉め事や煩わしい厄介事を嫌うけれど、それで知らん顔しないところをクラスの皆が信頼している。

「いじめてねえ」
「そうかな。客観的には、というより俺からしたら圧倒的にケルビがリノプロスをいじめているように見える訳だけど」

ケルビがアグナコトルから僕に視線を移した。

「えっ。お前、なんで泣いてんの」

ケルビは映画のクライマックスに潜むどんでん返しを知ったかのように驚きの表情を見せた。

「う、ごめん……」

謝る他にはない。

高校生になったら泣いたりべそをかいたり、自然とそういうこととは縁がなくなるものだと僕は思っていた。しかし現実は斯くも残酷だった。

涙は、まだ止まっていない。

「なんで泣いてんの」

ケルビは狼狽えた様子で、僕が泣いている理由は心底わからないといった様子で、嘘がバレた彼氏が間に合わせにする謝罪みたいな「ごめん」を呟いた。

「俺、なんか、した?」

ケルビはそれをアグナコトルに尋ねた。

アグナコトルは苦笑している。ケルビを見て、僕を見て、やはり困ったように笑った。

「なあ、俺、そういうの、わかんねえからさ。曲げらんねえもんはあるけど、言えば済むことの方が多いじゃねえか」
「うん」
「なんだ。俺の何が怖かった?」

ケルビは頭を掻いて、ばつが悪そうに言った。

なんだか、それだけで、僕の報われない思いは何処かへ飛んで行ってしまった。

ああ、やっぱり、綺麗だからだ。

心が洗われる程、綺麗だったからだ。

「僕はただ、友達に成りたかっただけだよ」

そしてその睫毛に戯れる光の粒を自分のものにしたかっただけだよ。

ケルビは「それでなんで泣くんだよ」と溜め息混じりに言ってから僕の手を取って握手した。その手の華奢なところが僕には照れくさかった。

モンハン学園/それも本能

天国は天国に住む者だけのものだって誰が決めた?

「ナルガって、なんで煙草嫌いなの」

寝ないで草吸って食べずに酒を呑むなんてよくある話だ。天使と煙草は確かに似合ってないけどナルガが女向けの煙草を吸うならそれはそれでイケてると思う。

ナルガは即答した。

「くせえから」

当然と言う様な素振りで言ったから意外だ。

「俺は?」
「まあ、お前がもう吸ってないのは分かるよ。それ程臭くない」

『それ程』って。

「ナルガって鼻いいんだな」
「さあ。そうかな」

なんで嫌そうな顔をすんだよ。

「褒めたんだよ。生きてくには鼻が効く方がいいだろ」
「あー、そう?」

あ、ちょっと笑った。

「ナルガってジンと仲いい?」
「……なんで」
「きょーみあるから」
「見て分かんねえのかよ。悪いに決まってんだろ」
「へえ」

それはちょっと嬉しい知らせだ。

ジンはナルガに馴れ馴れしくしていたから良い気味だ。

「だってあいつ煙草吸うし」

ナルガは俺の隣に座った。そして座りながら言ったその言葉はナルガが心の底から嫌そうに言ったものに聞こえた。

たぶん俺の気持ちの所為だけじゃない。

「でもあいつには勝てそうにねえから」

ナルガはきょろきょろと視線を彷徨わせながら言った。悔しそうではなかった。詰まらなさそうではなかった。ただそれはナルガにとっての事実だった。

“勝てない予感”は正しい。

それはきっと生き残る為の絶対的な本能だ。

俺は弱い。ジンと対面した時のあの絶望的な強迫は否定のしようがない。ナルガでさえ勝てないジンに、ナルガに勝てないと思っている俺が敵う訳がない。

「情けないって思うか」

ナルガは聞いた。

いいや、それは本能だ。

そうして俺たちは正しく生き残る。

「そりゃ鼻がいいんだろ」

俺はそう言ってからナルガの方をちょっと見たらナルガも俺を見返した。ナルガの顔は余りに完璧で天使そのものだったからガッチリ俺の心をホールドした。本能を鉄パイプでぐちゃぐちゃに掻き混ぜられた感じだ。

ああ、エンジェル……!

人は何度でも恋に落ちるものらしい。

「お前ってただの変態でクズな野郎だと思ってたけど真面なトコもあるんだな」

ナルガは素っ気なく言った。

俺はまた鉄パイプでぐちゃぐちゃにされた。純潔の乙女の気持ちがなんとなく分かった。

本能は恐ろしい。

自分の本能が信じられない時はある。

俺はナルガに敵わない。ナルガのたったひと薙ぎで俺は死ぬし、ナルガのほんのふた口で食べられる。

でもさあ、本能に逆らってでも何かを成し遂げたいって衝動だって、確かに俺の本能だろ。生きて立っている者だけがその答えを知るんだ。

ナルガは逃げる。本能によって。

ナルガは戦わない。本能によって。

だから俺も俺の本能に従う。正しく生きて正しく死ぬにはそれしかない。砂を噛んだって泥を飲んだってかまわねえ。

俺はバカだしナルガとは生きてきた道が全然違うから、どの正義が正しくてどの本能が正しいのかなんてわからない。でも自分の本能は信じてきた。

それで今ここに居る。

「俺はもう煙草は止めたから、俺からジンに言っとくよ。煙草吸ってんじゃねえよクズって」

俺が言うとナルガはくすっと笑った。

最高に可愛い笑顔の天使はキューピッドの鉄パイプを大きく振りかぶってから勢いよく振り上げて俺の心を天国までぶっ飛ばした。

地獄の底から天国へ。

ああ、間違いない。

俺は確実に強烈にナルガを優しく激しく食べたいと思った。例えジンに美味しく食べられたとしても、この本能は信じて良いものだ。

「出そう……」

ちょとでいいから。銜えてくれたら。

「ねえ、ちょっとエッチなホテル行かない?」
「社会の為に死ね!」

あ、出る。マジで。

俺は天使の拳で昇天した。


【それも本能】

モンハン学園/天使の居る世界

俺はナルガを探して校内をウロついたけど、なかなか見付けられずにいた。ナルガのクラスも覗いてみたが授業には出ていないらしかった。

「どこにいんだよ…」

クソ、つまんねえ。

俺は最後にナルガに会った体育館裏へ行ってみることにした。恋の落雷に撃たれた場所でもあるので、居なければ、まあそれはそれでいい。

喫煙者が持ってきたのかそこには教室に置いてある様な椅子が2脚あった。木の部分は朽ちている。

座ってみると青空が見えた。

タバコ、吸いてえ。


【天使の居る世界】


「……あ、」

ゆっくり目を閉じてから開くと、そこには天使が居た。

「お前、ほんとに禁煙してんだな」
「そっすよ」

ナルガは俺の隣に椅子を寄せて、そこに音も無く座った。そして浮かべられた表情は天使そのものだった。

「偉いじゃん」

俺は天国を見た。

ここは俺の知っている世界とは丸で違う。天使がいる。俺が『偉い』ってのはあり得ない。偉かったことなんて一度もない。けど、ナルガが『偉い』って言えば、俺の人生の全てが報われる様な気がした。

兄貴が嫌いな訳ではない。

叔父貴への恩を忘れた訳ではない。

でもここでは清く正しいものこそが正義なのだ。人を蹴落として這い上がった場所が、そこもやはりどん底である絶望は存在しない。

学校はクソだと思っていた。

社会に出たら、俺はクズだと気付かされた。

『偉い』奴らに踏み付けられて俺はクズで薄汚れたゴミなんだと思い知らされた。

「偉くないっすよ」

俺が言うとナルガは笑った。

体育館裏のじめっと淀んだ空気はぱっと天国のそれに変わった。

たぶんイった。

精神的に。

2回ぐらい。

モンハン学園

怖い。気持ち悪い。

あいつにクラス教えてないよな、俺。あんなのジンよりずっと質が悪いだろ。怖すぎる。

あいつの怖さって間合いの曖昧さにあるのだと思う。届かないと思っていると捕まえられる。届くと思っていると逃げられる。ぐらぐら揺れて幽霊みたいに不気味に、そして時には不意に俊敏に接近してくる。

そんな風にあの気持ち悪さや怖さを冷静に考えてもみるのだけれど。

いや、あれは理屈抜きでも十分怖い。

天使に会いたい。

癒されたい。

できればホテルで一緒に天国へ逝きたい。

モンハン学園/洞窟の奥に眠る怪物

男に抱き付かれて視界が揺れた。横転しかけたところを助けてくれたのもまたその男だった。

「なんだてめぇ」

比較的動かせる脚を持ち上げて、全身全霊を掛けて男の足を踏み抜いた。

「…いた、い」

この声には、聞き覚えがある。

緩んだ腕から抜け出して身体を離すと肌の白い男が立っていた。女っぽい顔立ちの薄気味悪い男だ。

「お前、あんときの」

男は笑った。それは感情の余り感じられない冷淡な、そしてじめじめとした湿度の高い笑みだった。肌寒い洞窟の奥に眠る怪物の様な男だと思った。


【洞窟の奥に眠る怪物】


「すごく捜した」
「は?」
「やっと逢えた。ね?」

怖い。すげえ怖い。

意味は分からないけどとにかく怖い。

「甘い。匂い、いい匂い」
「あそう。俺ちょっと行くとこあるんだわ」
「何処?」
「あ?」

えーと。

どこって。

「授業とかだろ」

男はふふっと笑った。そして俺の腕を掴んだ。

男と接触しない間合いを保っていた積もりだったので余計に怖い。男の腕はぐんと伸びた気がした。なんで俺に笑うんだよ、なんで俺に触るんだよ、なんで俺に近寄るんだよ。

「おい、ぶん殴るぞ」

俺の脅し文句にも怯まず、男はまだ笑っている。

「痛いのは嫌い。仲良くして」

怖い。怖い怖い怖い怖い。

なんだてめえすげー怖いっつうの!

「離せ糞野郎!」

俺は男を殴ろうと腕を振り上げた。それは威嚇の意味合いもあったので大袈裟にやった。男は冷たい顔で、その腕を受け止めた。

「痛いの、好き?」

は?

「離せよ」

痛いっつうのは、好きとか嫌いとかいうことではないだろう。痛みはそこに在るものだ。避けたり誤魔化したりできないものだ。

「好き?」

男は繰り返し尋ねた。

うるせえ。うるせえ。

「うるせえ」
「嫌い?」
「うるせえよ。好きな時も嫌いな時も耐えなきゃなんねえのが痛みだろうが」

だから“痛い”んだよ。

男はふふふと笑った。温度のない冷めた笑い声に、彼の息も酷く冷たいんだろうかと思った。

「じゃあ仲良くして。ね?」

男の赤い目が俺を見た。

男の赤い舌がその唇を舐めた。

う、わ。

「意味がわかんねえ!」

俺は男の腕を振り払った。男の腕は相当握力が強いのかしなって簡単には外れなかったけれど、もう一度力を込めて払うと今度は軽く外せた。

「ふふふ」

男に背を向けると、冷淡な笑い声が聞こえた。笑った顔が見えないと、それは更に冷たく響いた。

モンハン学園/another/愛する捕食

逃げるケルビを追うのは簡単なことだろう。

その首筋に噛み付き肉を喰い破り血を浴びる。俺はきっとほんのり笑って愉悦する。甘美な匂いと温かな血と官能的な舌触りは間違いない。脊椎に達したら自慢の犬歯で容易くそれを砕き溢れる濃厚な髄液を啜る。

ケルビを自分のものにするのは簡単なことだ。

しかし俺はこの小さく弱い男をまだ食べようとは思っていなかった。ケルビの持つ不思議な強さが楽しみで仕方なかった。

「ちゃんと来てくれますかね」

ランゴスタが言った。

嗚々、そんなこと、関係ないだろう。

「来なければ連れて来いよ」

ランゴスタは「そうですね」と頷いた



【愛する捕食】

モンハン学園

動けない。

すっかり痺れて身動きが取れない。

「よお、何やってんだ、こんなとこで」

背後からジンの愉快そうに弾む声が聞こえた。つう、と背中を冷や汗が流れて、俺は自分の情けないことを深く自覚した。

喰われた。

ジンの白い牙が俺の心臓を貫いた気がした。

モンハン学園/美しい麻痺針

皺だらけの一枚の紙の上に「1年2組ケルビ」と書かれている。迫力あるけど丁寧で読みやすい字は事務長そのものを表しているようだ。

俺の字は大雑把でバランスが悪い。

「嫌なら断って良かったんじゃない?」

ランゴスタは俺の入局申請書をぼんやりと眺めながら言った。大きな瞳は鋭く獲物を見据えるけど、小柄で均整の取れた容姿の彼には然ほど威圧感はない。

「いいとか嫌とかじゃねえよ。それを出したら俺の意思なんて関係ないだろ」
「そう、じゃあもらっとく」

ランゴスタは俺を見て微笑んだ。

あ、なんか、ヤバい。

「お前も庶務局やってんの?」

ランゴスタの瞳は深い緑色にも鮮やかな藍色にも変化して、相対する人の目を捕捉して離さず、合わせられた視線が絡み付く縄となってそこから本心を引き擦り出す。

そんな気がする。

「ケルビが入るなら、入ろうかなって思って」

突き出した手に、入局申請書が掲げられていた。

「へー」

痺れる。

思考が、滞る。

「俺はさ、綺麗なものが好きなんだよね」

澄んだ瞳はあっという間に心を捉えた。魅惑的なその囁きは徐に脳を犯した。

痺れる。

痺れた。

動けない。

ランゴスタは一層頬を緩めた。

綺麗なのは、お前だろ。


【美しい麻痺針】

モンハン学園/紙一重

事務長は入局申請書を摘んだ。無骨で大きな手はそのままその一重の紙を破り捨てるのではないかと思った。

「事務長がダメだって言うなら、やっぱ…」
「なんでだ」
「だって、俺は組の人間っすから」
「ふざけんじゃねえぞ」
「えっ」
「てめぇ、こんな紙切れ一枚で組への忠義をなくすのか」
「まさか!」

そんなことは有り得ない。

死んだって有り得ない。

「じゃあ、いいじゃねえか」

事務長はにやりと笑って入局申請書を差し出した。赤い瞳は俺の心を射る。初めて事務長に会った時のように、圧倒的な威力で俺の迷いを吹き飛ばす。

俺はそれを受け取った。

この薄っぺらな紙に、相当の覚悟を託して。


【紙一重】

モンハン学園/狭き門

ジンに連れられて教室に入った。

「汚いだろ。そこ適当に座って」

指差されたソファを見ると、たくさんの紙の束やファイルが重ねて積み上げられていて酷く乱雑だった。ソファだけではない。そこら中に物が散らかっていて、足の踏み場も少ない。奥の方にある机では、今にも崩れそうな本や雑誌の谷間に俯せて寝ている人間が見える。

汚いというより、狭い。

俺はソファのファイルをいくつか移動させて漸く座った。

「あっ」

近くにあった紙が崩れたのを見送ると、何かの申請書を踏んでいたことに気付いた。それを足で遠ざけたら足跡が付いていた。

不可抗力だ。

うん、仕方ねーだろ。

「起きろよ。もう授業終わってる」
「んー」
「おい、起きろ」
「んー?」

寝てた奴は流れるようにジンを平手打ちしようとしたが、慣れているのかあっさり防がれていた。ジンは捕えた手首を掴んだままにこにこしている。

「追い出すよ?」

なぜか俺の背筋がぞくりと冷えた。

ジンの黄金の髪がさらさらと揺れると、それが輝かしければ輝かしいほど俺にとっては恐ろしい。あの大きな手がいつでも俺を嬲れるのだと嘲る気がする。

「あ。先輩」
「よお、目は覚めたか?」
「はい。こんなイイ男に起こしてもらえるなんて、幸せですね」

ジンは微笑むとぱっと俺を見た。釣られて寝ていた奴も俺を見る。

「これ、ランゴスタ。向こうはケルビ」
「こんにちは!」
「どーも」
「ケルビって新入生?」
「そんな感じ」

たぶん同じようなもんだろ。

「綺麗……」

ランゴスタは恍惚として呟いた。その吐息は俺の耳元をくすぐって通り抜けた。

「ちょっかい出すなよ。今日は庶務局の見学してもらう積もりで呼んだんだから」
「あ、そうなんですか。ケルビ、庶務局に入るの?」

ハ?

「なンだソレ」

ジンは眉尻を下げて「ごめんね」と言った。そのエゴイズムは、しかしながら腹立たしいとまでは思えない。

「君はナルガにしか興味ないようだから、はっきり言えば断っただろ」
「言われてないことを色々言われても分かんねえ」
「庶務局に入らない?」
「ショムキョクってなんだよ」

ジンは俺の隣に腰を下ろした。その拍子にまた紙の山が崩れたけれど、気に留めたのはランゴスタだけだった。遠くに居るランゴスタだけが「あっ」と声を漏らした。

「悪いことはない。何かあれば俺がなんとかする。だから、庶務局に入って欲しい」
「だからショムキョクってなんだっつってんだろうが」
「雑用だよ、この学園の」
「ハァ?」
「この通り部室は狭いし汚いけど、やることは大したことじゃない。ケルビに何かしろって言う積もりはねえから、なあ」
「ここが汚いのはてめぇの所為だろ」
「君と一緒に居る居場所が欲しいんだよ」

意味分かんねー。

なんて答えりゃいいんだよ。

ジンは黙っている俺と向き合うと肩を掴んできた。爪が肌に食い込んで痛いし、握力が相当強いのか身動きを完全に封じられてしまった。そうでなくても、間近にあるジンの鬼気迫るその表情だけで、俺の身体が竦むには十分だった。

「わかった。わかったから、放せよ」

もう、なんでもいい。

「え、」
「入るよ。何もしなくていいんだろ?」

ジンは余計に握力を強めた。

「いい。居てくれるだけで、いい」
「わかったから、放せ!」
「ごめん」

いたたたた。

痣になってんじゃねえの?

「じゃあ、そういうことで」

俺が立ち上がって帰ろうとしたら目の前にランゴスタが立ち塞がった。ランゴスタが耳元で「ちょっと待って」と言った途端、俺の身体は痺れたように動かなくなった。

ランゴスタは床に散らばる紙の中から一枚を拾い上げて俺に差し出した。

「これ、書いて」
「ハ?」
「入局申請書」

シャープな顔立ちをそのままに「必ずだよ」と言うランゴスタの声は、やはり俺の脳髄をぐずぐずにさせる。

俺の手に渡った『入局申請書』には俺の足跡が付いていた。


【狭き門】

モンハン学園/部活動はいかが?

空が青い。こんな天気のいい日には警察も元気に働きやがるだろうから胸やけがする。

「よお、風邪引くぞ」

この声は。

「またてめぇか」
「もっと良い挨拶の言葉を知らねえのか」
「知らねーよ。近寄んな」

ジンは「はは」と鷹揚に笑った。

「君のこと探しちゃったよ。こんなところで寝てるとは思わなかった」
「なんだよ」
「睨むなって」

ァア?

「来んな。近寄んな。用があんならはっきり言え」

「冷てえなあ」と言いながらジンはへらへら笑っている。翡翠の瞳は優しく細められているが、それは獲物を弄ぶ残忍な光を持っている。本能が、拒否する。

「君って部活に入る予定ある?」
「“ブカツ”?」
「バスケとか野球とかやりたいことあるかってことだよ」
「ああ、『部活』か」
「もしくは入りたい委員会とか」

ジンは起き上がった俺の横で顔を覗き込んできた。黄金の髪がさらりと揺れた。

「ある」
「え、あるのか」

なんだよ。

「あっちゃ悪いか」
「悪い。意外だったから。何、どこ?」
「知らねえ」
「何がやりたいんだよ」

そういうことじゃねえよ。

でも興味はある。

「『煙草撲滅委員会』」

ジンはそれを聞いてちょっと考える素振りを見せてから合点がいったように「ああ」と言って一段と大きな声で笑った。


【部活動はいかが?】

モンハン学園/Fall in Love

天使を見た。

放課後、本校舎から第一体育館へ続く渡り廊下から少し逸れて裏に入った体育館の北側。

「クズが煙草吸ってんじゃねぇよ」

天使の足元には男が二人倒れている。何かが焦げたような異様な臭いはそのうちどちらからかに違いない。

ああ、天使だ。

天使が俺を見た。

「見てんじゃねぇよ。って、お前か」
「クラスが分かったから伝えに来た。1年2組だった」
「お前、1年だったのかよ」
「そっすね」

ナルガはくすりと笑った。

「なんだ、少しは敬語知ってんじゃねーか」

ナルガは手に持っていたライターを草むらに投げ捨てた。そして倒れている男たちには目もくれず、軽快にその場を離れていく。


【Fall in Love】


俺の脳内には教会の鐘がガンガン打ち鳴らされて頭痛がするくらいだった。雷に打たれたような甘い衝撃、心肺蘇生に似た恍惚の電気ショック。

恋だ。

ラブだ。

少女マンガは読んだことないけど、ヒロインの女が恋に落ちる瞬間ってこうなんだろうなと思った。

ナルガの笑顔、マジで天使。

生きたエンジェル。

「お前の気持ちは、分かった」

月9ドラマのようにナルガを優しく抱擁した。しようとした。けれどそれは叶わなかった。

「死ねよクズ!」

ナルガの左ストレートは目にも止まらない速さで俺の頭を殴り付けた。それから右の拳で抉るようなボディブローを2発、最後の回し蹴りで俺のハートはすっかり陥落した。ついでにボディも陥落した。

これは恋の落雷?

くらくらする。

目が覚めた時、じめっとした体育館裏で、俺は一人で転がっていた。

モンハン学園/another/初恋

「珍しいな」

生徒会室のドアを開いたのはアグナコトルだった。細身だけれど筋肉質な筈の彼の身体は弱々しく敷居を越えた。

「俺、男もイケたみたいです」
「何だよ、藪から棒に。誰かとヤったの?」
「別にそういう訳ではないんですけど、でもその時にはそういうことも辞さないと思っています」
「本気で言ってんの?」

アグナコトルは神妙な面持ちで頷いた。

おいおい、まじかよ。

「誰? 学校の奴だよな?」
「……転校生」

転校生?

「大々的には言ってないけど、俺のクラスに入って来たんです、転校生。あいつ、なんか、凄くカッコイイな、って」


【初恋】


頬を染めんな。

「この時期に転校生なんて聞いてねえな」
「そうなんですか? 先輩にも連絡がないなんて、変ですね」
「そうだな」
「あの、それで、ちょっと聞きたいんですけど」
「何」
「先輩って、男も好きになるんですよね」
「……あー、まあ、」
「俺、こんなの初めてで、」
「だろうな」
「あの、」
「ん?」
「他に聞き方が分からないんですけど、」
「うん」
「あの、」
「なんだよ」
「相手は男ですけど、」
「ああ」

アグナコトルのピアスが赤く光った。

「女の子みたいに扱っていいんですか?」

は?

「えーと、何が?」
「ケルビをです」
「あー、相手の男? それは、まあ、相手が嫌がらなきゃいいんじゃねえの」
「……ああ、なるほど」
「なるほどって」

俺にはお前が何に納得したのか分かんねえんだけど。

「ありがとうございます。参考になりました。じゃあ、俺はお先に失礼します」

アグナコトルは別人のように凛々しい顔付きで挨拶をした。短く清潔感のある髪は朱く燃えて、彼の内心を表すようだった。

モンハン学園/君の覚悟と僕の覚悟

授業はつまらなかった。理解できないから眠いし、理解させようとする教師がムカつく。

「どうだった?」

アグナコトルが俺の席まで来て尋ねた。

「だるい」
「うちの授業が遅れてるってこと? 前の学校はもっと先まで終わってるの?」
「ハァ?」

遅れてるって何が?

「授業、詰まんないんだろう?」

何言ってんの?

俺にはアグナコトルが言っていることが理解できなかった。兄貴なら簡単に分かっただろうけれど、俺は馬鹿だから分からない。

分かることは、単純なことだけだ。


【君の覚悟と僕の覚悟】


「授業なんてどうでもいいだろ」
「へ?」
「お前は勉強のために学校にいんのか?」
「それは、そうだよ」
「ハァ? 勉強なんてどこでもできるだろ。学校に通わないで家庭教師に教えてもらうガキだっているんだから」
「それは、」

アグナコトルは黙った。

「分かんだろ。俺は頭わりぃし、勉強のために“ここ”に来たんじゃねえ」
「は? じゃあ、なんで」
「期待に応えるためだ」
「……」
「覚悟を決めて俺を育ててくれた人たちに報いるためだ。だから俺は死ぬ覚悟で生きてる。机とペンがありゃあできる勉強だけのために学校に通わせるわけがない。俺は期待に応えるために、“ここ”にある全てを体感したいと思ってる」

アグナコトルは俺をじっと見た。

「覚悟……」

アグナコトルは俺の方へ腕を伸ばした。2回程捲られたシャツの袖から、細身だけれどしっかり筋肉のついた腕が覗いている。

「おい」

なんだ、これは。

「覚悟……」
「おい。てめぇ、聞いてんのかよ」
「お前って……」

アグナコトルの手が俺の首筋に添えられた。

「気色わりぃ!」

俺がその手を叩き払うと、漸くアグナコトルは正気を取り戻したようだった。

「あ、悪い!」
「ほんとだよ! ふざけてんのか!?」
「違う。違う、ごめん」
「まあいいけど」
「ごめん。ほんとごめん。なんだか、ちょっと、」
「ァア?」
「ごめん。あの、また明日!」

意味分かんねー。

アグナコトルはクラスメイトに追突しながら覚束ない足取りで教室を出て行った。教室はやはり静かで、アグナコトルの声ばかりが響いていた。

モンハン学園

席に座ると、教室は水を打ったように静かだった。口火を切ったのはアグナコトルだ。

「よろしく。俺はアグナコトル」
「ああ」

それはただのパフォーマンスだったけれど、最初にされた自己紹介はムカついて名前もよく覚えていなかったので、これが初めての挨拶だと考えるようにした。

ちょうど良い。改めて名前を聞かずに済んだ。

アグナコトルは僅かにはにかんでから自分の席に戻った。俺だけでなく教室中の人間がそれに見入った。

モンハン学園/正しいことをしよう

「あそこだよ。1年2組」

アグナコトルは歩みを遅めて1年2組の文字を掲げているプレートに目線をやった。


【正しいことをしよう】


「ありがとう」

俺がそう言って教室に入ろうとしたら、強く腕を引かれた。その腕を辿るとアグナコトルの真剣な眼差しがあった。

「入るなら、向こうのドアがいいんじゃないの」
「ハ?」
「こっちは教壇側だから、目立つだろう」

何言ってんの?

「こっちの方が近いだろ」

俺の言葉にアグナコトルは眉を顰めた。そしてちらっとドアの向こうに目配せした。

でも俺には意味分かんねー。

アグナコトルは俺の内心を察して溜め息を吐いた。そして今にも制止の腕を振り切って教室に入ろうとする俺の腕を軽く引いてドアから遠ざけた。

「お前は2ヶ月遅れで入学した転校生で、ただでさえ異質な存在だろう。その上に愛想が悪くて俺たちや先生に対する態度も最悪だし授業にも全く出て来ない。正直言って、印象は最低な訳」
「……そうか?」
「困ったね、自覚がないの? 俺たちはお前がクラスに馴染めるように努力したけど、お前はそれを全て無下にした」

アグナコトルの目は厳しいものだった。

「努力、って言われても」

全く思い当たる節がない。

「またここで無為に目立つこともないだろう。静かに後ろから入って、少しずつ馴染めば良い」
「意味分かんねえ」
「お前は口が悪いけど、筋はちゃんと通してる。矢面に立って浮くのは勿体ないって言ってるんだ」

勿体ないと言われても余計に意味が分からなくなるだけだ。アグナコトルが言わんとすることは全くもって理解できない。

「俺、バカだから。賢いやり方は、俺には真似できねえ」
「大人に成れって言ってるんだよ」
「ァア? 俺は十分大人だ。ガキじゃねぇ」

アグナコトルは驚いて肩を揺らした。

俺はそれ以上に肩を震わせた。

俺の生きてきた24年間は実のところ情けないくらい価値の無いものだったから、15歳の少年に図星を指されて動揺したのだ。だから思わず凄んだ。

「……ごめん」

アグナコトルは正しいことを言ったのに、間違えを認めて謝った。

ヤクザは社会の求める正しさなんて関係なく、組か己の道に従って進む。間違いを指摘されて馬鹿正直に謝罪すれば、それが死を意味することもある。

間違っていたのは誰だ。

“ここ”では、正しいことが、正しい。

綺麗で整然としたものがルールだ。

俺はどうだったか。

俺が、綺麗だったことがあったか?

「謝んなよ。お前は正しい」

それは当然の帰結だ。アグナコトルは正しい。謝る必要はないし、そうする価値が俺にはない。踏み躙っても良かったのに、そうしなかった。

“ここ”の正義は、悪を蹂躙しない。

「ごめん」、とまたアグナコトルは目線を落として小さな声で言った。消え入りそうな声は初対面の時には想像もできないか弱い声だった。

「ごめん、でも、俺は、期待してた」
「ハ?」
「お前の“正義”が、俺たちを殴り倒してくれるんじゃないか、って」

アグナコトルは左の口角だけをつっと持ち上げて、また「ごめん」と言った。

『正義』?

俺の、『正義』?

そうか。

そうだろ。

俺は兄貴や事務長を貶めるようなことはできない。組を裏切るなら生きる意味がない。死ぬ覚悟で生きてきた俺の時間を、俺自身が否定するなんて、そんなことはあってはならないことだ。

俺は笑った。不敵に、愉快に。

「やっぱお前は正しい」

そして教室に踏み込んだ。教壇がある方の、前方のドアから、躊躇なく侵入した。

俺の正義は蹂躙する。徹底的に、完膚なきまでに叩き潰す。反駁の臨みさえ一縷も残さない。それが俺にとっての“正義”だ。

「ケルビ……」

最前列の奴がそう呟いた。その声の他に物音はなかった。

「ああ、これからよろしく」

それはきっと当然の帰結だった。

モンハン学園/ありがとうの言葉

「転校生、」

その声に振り返ると一人の生徒と目が合った。そいつが『転校生』を呼んだ声の主らしく、その『転校生』とは俺のことらしい。

「誰だ、てめぇ」

そいつは大きく息を吐いて首を傾げた。

「アプトノスに言われでずっとお前を探してたんだよ。どこでサボってた訳? 隠れてたの?」
「アプトノスって誰」
「はあ、あのねー。お前の担任の先生。そんで俺の担任の先生でもある人のこと。つまり俺とお前は愉快なクラスメイト同士って訳」

うわ、なんかムカつく。

「あ、そ」

俺の喧嘩腰の態度に向こうも火が点いたらしい。髪を掻き上げると、メッシュになっている鮮やかな紅が黒髪の中から浮かび出て、そいつの怒りを表すようだった。

「俺はアグナコトル。わざわざ授業を犠牲にして、馬鹿で迷子のガキを探しに来てやった訳。笑顔の一つでも見せたらどうなんだ」
「ハ、何それ」
「素敵な返事をありがとう。でも教室に案内する前に聞きたいんだけど、男子校にセーラー服で登校するってどんな神経してる訳? 男を誘ってんの?」

ハァ!?

俺はアグナコトルの胸を握った拳でどついた。アグナコトルはその手首を掴んで俺のことを見下ろして睨んでいる。

「俺は男を誘ったことも誘われたこともねぇよ」

アグナコトルはそれを聞いて鼻で笑った。

鼻息掛けんな、気持ちわりぃ!

「白々しいな。まあ、お前がどんなセクシャルでも俺には関係のないことだ。アプトノスに言われたから教室には連れて行ってやるよ」
「ァア?」

俺は腕を振り払った。

「お前は乱暴だな。でも良かったよ、俺にまで色目を使うんじゃないかと心配していたからね」
「……ふざけんなよ?」
「ん? ふざけてなんかいないよ。俺はただお前を教室に案内しようとしてる訳。お前の服装については誰もが気になることだと思うし、お前も分かってて着てんだろ?」

アグナコトルは作り笑いを浮かべて首を傾げた。

アグナコトルの動作はいちいち俺の何かをぐちゃぐちゃに掻き混ぜてムカつかせる。見てるだけでぶっ殺したくなる。

「教室まで案内すんなら、黙ってやれよ」

すげぇ、イライラする。

「それはそれは、すみません。しかしお前も案内して貰う身で随分と横柄な口振りだな。礼儀ってものを知らないで机の上のお勉強だけでここに入学した訳?」
「だから黙れっつってんだろ!」
「怒鳴れば優位に立てると思ってるの? 力が強い者が論理的にも強いということになるの?」
「うるせぇ!」
「五月蝿いのは、お前だろ」
「うるせぇ、ゴチャゴチャ言うな!」
「空き樽はよく鳴るって言うけど、」
「黙れっつってんだろ!」
「分かったよ。だから大きな声で喚かないでくれないかな。凄く耳障りだ」

アグナコトルはムカつく笑顔をやめて廊下を歩き始めた。やはり黒髪の中から紅がチラチラと見えている。

顔が見えなければ、大丈夫みたいだ。良かった。

「ありがとう」
「へ?」

俺の言葉にアグナコトルは立ち止まった。俺は行く先は分からないけれど止まらずに歩き続けた。通り過ぎる時にアグナコトルの怪訝な顔が見えたけれど、ぶっ殺したいとまでは思わなかった。

分かってる。

今もてめぇの笑顔を思い出すとぶっ殺したくなる。

でも俺は本当に『迷子』になっていて、自分のクラスに戻りたいと思っていて、でもそれが叶わずにいたのだ。教室に案内して欲しいと願っていたことを無償で実現させてくれるという時に、礼も言えない人間には成りたくない。

「俺はお前に感謝したいんだ」

アグナコトルは何も答えなかった。黙ったまま難しい顔で足早に教室まで歩んだので、俺もその後はアグナコトルをぶっ殺したいとは思わなかった。


【ありがとうの言葉】
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