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バイアス

失神した京香をベッドに拘束する間に私は母親を思い出していた。自分が生きているのは、あの女のおかげ。私はその事実に気付いてしまった。

ちょっと縛って拘束してしまえば人間とは斯くも儚い存在になるものなのか。京香の柔らかな肌に触れて実感する。

私とあの女の間にあったもの。

愛はなかった。

けれど加虐と被虐だけの単純な関係でもなかった。

気まぐれに貰った温かいご飯。笑顔で着せてくれた新しい服。頭を撫でた手。名前を呼ばれるとそれだけで甘いご褒美のようだった。

どうして忘れていたのか。

あの女を憎しみたかったのか。

私は死ぬことが救いだと思っていた。死ねば殴られ蹴られ痛みに泣くこともなくなる。母親に拒否されることもないし、他のものが優先され私の存在が無下にされることもないし、いつ降り掛かるか分からない恐怖に怯えることもない。“子ども”がそういう生き物だとしたら、私は“子ども”を辞める以外の方法では救われない。

息ができなくて苦しかった。

けれど遠退く意識の中で確かに希望の光を見た。

身体が痺れる時に魂が救われる気配がした。

命が洗濯された。

新しい世界を見た。

蘇って生きてやるんだ。それが人には『死』だと呼ばれることだとしても。

ここは楽園だ。

私は正しかった。

京香が失神した時に私はあの女になっていたのだ。京香に苦しみを与え、そして救う。

私も気絶に近い状態になることが何度かあった。意識が朦朧として視界もぼやけていた。あの女もそんな私を見て感じたかもしれない。殺すことの方が容易く生かすことの方が困難だと。

私はあの女に生かされた。

あの女がいたから救われた。

私は京香の温かな肌に触れて思い出していた。

京香

「お前は娼婦ではないのか」

バイアスは足首の器具を外しながら言った。動かすとまた傷が痛むけれど、拘束されっ放しよりはずっと楽になった。

「前にもこんな会話しませんでした?」
「お前がそうやってごまかすからだろう。質問に答えろ」
「そっちの態度にも問題があると思います」

バイアスの青い瞳が鈍く光った。

「口が減らないな」

お前もな!

とは言えなかった。

「私は娼婦じゃないよ。ラゼルともアルともそういう関係じゃないし」

私の言い分を聞いているのかいないのかバイアスは黙ってベッドに腰掛けた。手には別の部屋から持ってきた箱がある。そしてその中から液体の入った瓶を取り出した。

「いいか、動くな」

足に垂らしたのと同じものらしく、手首が冷たさを感じると痛みも表れた。びりびりと傷口を荒らされているような痛みが走る。

「…、」

そして私はそれが消毒液ではないかと察した。

どうなのよ?

手当てして貰っても感謝の気持ちが不思議と湧かない。

私はインフォームド・コンセントの必要性を実感した。訳の分からない溶液をぶっかけられれば、それが消毒液でも嬉しさ半減というものだ。

バイアスは手首の器具も外した。

「今度は我慢できたのか。偉いな」

そう言って頭を撫でた。

このサディストは苦しい系の行為が好きで痛い系は好きではないのか。私はそんなことを考えた。拘束が解かれ不安が大分削がれたので脳内も緊急事態から脱したらしい。

「特別料金ですよ」

私が言ってもバイアスは笑わなかった。

嗜虐の愉悦に酔っている時には気味が悪いくらいに笑っていたけれど、熱が冷めたのかそういう性癖だったのか今は無表情になっている。

「ロリコンってなんだ?」

バイアスは瓶を箱に仕舞いながら尋ねた。

知らなかったのか。

「…あだ名付けたの。バイアスに」
「どういう意味なんだ」
「意味?」

くたばれ、って気持ちを込めて呼んでいたけれど。言わない方が身の為かもしれない。

「言いたくなければ、それで良い。無理には聞かない」

バイアスは静かに言った。

卑怯だな、と思った。

京香

温かいタオルで顔を拭われた。それでも涙は次から次へと溢れてくる。

「暴れるから、痛いんだろう」

バイアスは批難するように言った。

尤もな意見だ。

「痛いから、泣いてるわけじゃ、ない」
「私だってお前を普通に抱いてやってもいいんだぞ」
「普通って、何」

まさか枷で拘束して窒息させたり鞭で叩いたりする危険極まる行為を普通だと認識していたりするのだろうか。だったら風俗行けよ。若しくは素人でもその手のプレイではプロ級のパートナーを探せよ。

……あ。

私がそのプロだと思っているのか。

「こうして、優しくするってことだ」

バイアスは私の耳を舐めた。

「ロリコン!」
「なんだ」
「私、処女なの!」
「は?」
「だから本番は無し!」

バイアスは胡乱な目をした。

私だって自分で自分の言ったことがよく理解できない。監禁されているのに商売しようとしているのか、私。これが他人ならびっくり驚き呆れ果てるところだ。

「それで、幾らなんだ?」
「え」
「本番無しで幾らだ?」

相場ってどのくらいよ?

「分かりません…」

高校生や風俗の料金ならともかく、13歳の純潔少女ならかなりお金を取れるのではなかろうか。ミクも興味あるようだったし官僚である彼らなら気前良く払ってくれるのかもしれない。

「ミクは幾ら払った?」
「だからお金貰ってませんって」

言ってなかった?

バイアスを見ると眉を顰めていた。元より無愛想な顔は更に凶悪さが増している。

「ではミクとはどこまでやったんだ」

インテリの癖に直球ですね。

私は笑ってしまった。

「さあ?」
「真面目に答えないのか?」

それは狡くないか。

「食事しただけですよ!」

私は“悪い口”と言われる前に諸手を上げて自白することにした。一度塞がれてしまうと弁解しようにもできなくなってしまうから仕方ない。

バイアスは私に覆い被さって両手をそれぞれ私の左右に突いた。顔が至近距離に迫る。

「食事、だけ?」
「はい」
「キスは?」

バイアスの唇が触れそうな位置に寄ってきた。

キスは、したと言えばした。

ミクにとってはウィンクとそう意味の変わらない行為だったのだと思う。額に軽く唇をくっつけただけのものだった。

私は思い出して赤面した。

「なんで知ってんですか。おでこにちょっとしてくれただけですよ」

仲良いみたいだし、男同士で何かと情報共有しているのだろうか。だったらこんなサディズム丸出しの男には是非ともミクから予め忠告して欲しかった。

お前の性癖は普通じゃないぜ。

バイアスは私から離れると「おでこ」と呟いた。

京香

「起きろ」と言われて頬を叩かれた。目を開けるとバイアスが居た。代わり映えのしない絶望的な状況に私はぐっと疲れてしまう。

「これからどうしたい?」

家に帰りたい。

智仁に会いたい。

バイアスは私の口にあったものを外した。手足の拘束が相変わらずなので私も無闇に叫んだりはしない。

「そっちこそ、私のこと嫌いで嫌いで仕方ないんでしょう。こんなことしても楽しくないんじゃない?」
「楽しみは、後でな」

こいつ、私を抱く気か。

表情は読めないけれど本気なのかもしれない。

「無銭飲食する積もり?」

私がウォルターに負けないくらい悪趣味なジョークを言い放つと、バイアスは少しの間をあけてから鼻で笑った。失笑ものの私のジョークに笑う辺り、彼らはやはり気が合いそうだ。

「余裕だな」
「まあ、そういうプレイって思えば楽しめなくはないかもね」

バイアスは私の脇腹を撫でた。

「昨晩は随分と頑張ってたな」

バイアスの手は脇腹から脚に滑っていき、足首の忌まわしい器具に触れた。そして顔を近付けたかと思うと傷口を舐めた。

う、わ。

反射的にも理性的にも受け入れられずに脚を動かした。曲げた膝がバイアスの顔を蹴り上げられれば良かったけれど、すんでのところで止まってしまったことは非常に残念だ。

「すみません、痛くて」

バイアスの言う通り昨晩は少々頑張り過ぎた為に私の足首と手首は器具と擦れて皮が剥けてしまっている。舐められて痛いのは一応の事実だ。

バイアスは私を睨んだ。

私が笑うとバイアスは寝室から姿を消した。

ラッキー?

しかしこの国では娼婦が相手なら監禁しても犯罪にならないのだろうか。国防省からここまでどう運ばれてきたのだろうか。数日家を空けるくらいでは智仁は何も思わないかもしれないけれど、明後日は仕事に行かなければならない。

仕事の心配をする場合ではないか。

どうなるの、私。

セックスの奴隷とか、人体実験とか、ペットとか、悪い予想は幾らでもできる。せめてバイアス専属の家政婦なら家政婦なりの幸福を見出だせるかもしれないな。

メイドさん、いいんじゃない?

良くないけれど。

再びドアが開くとバイアスが現れた。手に何か持っていて怖い。ヤク漬けにされたら嫌だな。

和山さんのことを思い出した。

私が軟禁された時、和山さんが助けてくれた。したくもないスニッフィングで何か入れられたのも和山さんの所為だったけれど、本当に嫌がることは決してしなかった。

和山さんも異常なところは多々あったけれど、バイアスとは違った。

「動くな」

バイアスの青い瞳が私を捉えた。それはいずれ鋭利な刃物みたいに私をずたずたに切り刻むに違いないと確信させる冷酷な青だった。

怖い。

なんでこうなったの。

バイアスは足首に何か液体を垂らした。とても冷たく感じたそれは強い痛みも伴った。

「嫌だ、」

何、これ。

怖い。

私は怖くなって暴れた。足首は余計に痛くなって私は半ばパニックに陥った。

「動くな」

軽く抑えるように置かれたバイアスの手は次第に私の脚を強く固定しようと力が込められていった。それがまた恐怖に繋がる。

「嫌だ!」
「動くな、」
「嫌だ!」
「おい、動くな!」

もう嫌だ。

痛い。

怖い。

怖い、怖い、怖い。

こわい。

「なんで、」

酷いよ。なんで?

どうして?

私は泣いていた。こればかりは13歳だろうが18歳だろうが関係なく泣いた。腕や脚に力を入れようとすると小刻みに震えてしまうのが自分でも分かった。

京香

目を覚ますとベッドに寝ていた。見覚えのあるこの場所にデジャヴュを感じるけれど、前回と違う部分も明確に分かった。手足が拘束されていて口も塞がれている。窓の外はかなり暗い。

頭が痛い。

手足も痛い。

身体の所々が痛い。

首を捻って手首を見ると拘束する為のものとしか思えない立派な器具が使われていた。バイアスは常習犯らしいことに気付いて絶望を深くした。

成る程、道理で。

私はその夜、手足の器具が壊れでもしないかとずっとガチャガチャと引っ張った。

京香

警備員は私を覚えてくれたらしく、軽く会釈すると特に引き留められずに建物の中へ通してくれるようになった。私はミクの居る部屋まで真っ直ぐ向かった。

「こんにちは」

挨拶してくれたのはミクと同じ職場の人だ。名前は知らないけれど優しくしてくれるので愛想よく振る舞うことにしている。

「ミクはいますか?」
「それが、」
「また来たのか」

その人が答えるのを遮ってバイアスが現れた。

「ミクに会いに来たんです」
「そうか。ちょっと来い」
「え、ちょっと」

バイアスは長い脚で勢いよく廊下を進み始めた。私も背は高い方だったけれど、この世界の人達は人種から違う所為かその意識も薄れてしまう。小走りでバイアスに漸く追い付く。

通されたのは小さな会議室だった。初めてここへ来た時の部屋と同じかもしれない。

私はバイアスから離れた場所に座った。バイアスは立ったまま私を見下ろしている。明かりが点いていないので薄暗く、バイアスの青い瞳だけが窓から入る僅かな光を反射している。

「ミクに付き纏うな」

それは冷徹な目だった。背筋が凍える。

「…なんでそんなこと言われなきゃいけないんですか」
「ミクは金になるのか?」
「はい?」
「すっかり上客だな」

この男はまだ私を娼婦だと思っているのか。

私は立ち上がった。部屋を出ようとするとバイアスが道を塞ぐように立っているのに気付いた。悪趣味な男だ。

「話すことはそれだけですか」

私は目を伏せながら扉へ向かった。そしてバイアスと擦れ違う時、腕を掴まれた。

「もう一つある」

腕が痛い。

不愉快だ。

それに、怖い。

「何?」
「まだ聞いてなかったからな」
「…なんですか」
「結局、“幾ら”なんだ?」

バイアスが嗜虐に嗤ったのが分かった。

「離してよ!」

私が強く腕を引いてもバイアスは離さなかった。むしろ一歩詰め寄られただけで私の身体は彼の陰に覆われてしまう。

「なんだ急に、」
「離して!」
「何故?」

バイアスは愉しんでいる。

私は反対の手でバイアスに殴り掛かろうとしたけれど、それもあっさり捕らえられてしまった。身体が反転させられると簡単に壁に押し付けられ固定された。

「離し、て!」

バイアスに身体全体を使って押さえられてしまうと、いくら捩って抵抗しても壁に縫い付けられたように動けない。

「質問に答えてないぞ?」
「ロリコン! 死ね!」
「私の質問に答えないのか?」
「離せ!」

片腕が解放されたので抵抗を強めたけれど、バイアスの膝らしいものが背中を押して壁から離れることが敵わない。肋骨が壁と挟まれて痛んだ。

「離せ」と、また言おうとしたところで、口に何かが詰められた。

「悪い口は、必要ないな」

バイアスは耳元で囁いた。

怖い。

この男は異常だ。

再び腕が掴まれたと思ったら、反対の腕とひと纏めにされて何かで拘束された。ダラスにされた時と違ってただ乱暴に拘束されているから余計に恐怖を掻き立てられる。

「…、」

私は悪くない。

では何が悪かったのか。

床に倒されると私はもう無抵抗になっていた。頭の中には「怖い」という言葉ばかりが巡ってしっかり働いてくれない。

バイアスは私を仰向けにすると私の両脚をベルトで縛った。力の入らない脚は数回ばたついただけでバイアスの言いなりになった。

「ミクの方が良かったか。お前はへらへら笑ってる男が好きなのか」
「……、」
「まだ駄目だ。悪い口だったと反省するまではな」

バイアスは嗤った。

その時、扉が開いた。バイアスは慌てて私に覆い被さった。私はその誰かに助けを求めるように必死になったけれど、呻き声以外のまともな声は出なかった。

「あ、失礼」

その人は扉を閉めてしまった。

何が失礼なものか。

バイアスは手で私の目を隠した。そしてそれが離れると目の前にバイアスの顔が現れた。心臓と喉が引き攣れる感覚がした。

「駄目だな、他の男を見るなんて。この目も悪い目なのか?」

怖すぎる。

バイアスの言う“悪い”という意味が、怖すぎる。

私は首を左右に何度も振った。そして全力を尽くしてバイアスの目を呪いを込めて見詰める。緊張して目が乾燥するのか瞬きはしてしまうけれど、気持ちとしては目力でバイアスを殺せるくらいだと自分で思った。

「…、」

バイアスは無表情になって私を見た。

「監禁なんて、簡単なことだ」
「……、」
「分かったら明日の夜は私のところへ来い。自分の足で、来い」

バイアスは返事を促すように私を見据えた。その青には血が通っていないような冷たさがあった。

私は目を逸らした。

怖いけれど、そんなことに同意する程馬鹿ではない。

バイアスは私の鼻と口を塞いだ。

「…ッ!」

死ぬんだ、このまま。

私は苦しさの為か恐怖の為か、涙を浮かべた。そしてそれが零れる時には意識がなくなって失神した。

バイアス

ミクは職場の椅子に浅く腰掛けて新聞に目を通していた。ネガティブな論調なので国防関係者には好かれない新聞だ。

「おはよう」

私が言うと「やあ」と気軽に返事した。私とミクの年齢は離れていない筈だけれど、ミクのあどけない笑みは彼の年を10は若く見せる。

「『ルノリアス人の自殺者増加傾向』だって」
「ああ」
「自殺なんて、平和だねえ」

ミクは片方の口角を持ち上げた。それは余り人には見せない表情だ。京香だってミクのこの顔は知らないに違いない。

「平和は嫌いか」

私が聞くとミクは顔を顰めた。

「僕はルノリアスが勝てばそれでいいや」
「200年前の時代錯誤な意見だな」

今度は私の言葉に同意するようにミクは笑った。歯を見せて笑うので更に幼さが増して感じられた。

「キツいこと言うね」
「平和は良い。豊かさの何が悪いのか、私には分からん」

ミクは少し黙ってから、遠慮気味に「君が言うと重みが違う」と呟いた。

「確かに、生き残った捕虜の兵士を数えるよりは、自殺者を減らすことを考える方が健全かもね」

それが本心だと良いけれど。

100年前に終結した戦争は今でも深い傷痕を残している。ルノリアス人もパルディア人も戦争の治め方が分からなかっただけの理由で200年間も無駄にしたと後悔した。だから感情よりも作業の効率性や能率性が重んじられて、内政でも外交でも慎重に慎重が重ねられている。年下のミクが私の上司であることも戦中に行われた制度改革に因るものだ。

「それより、昨晩も京香と会ったのか」
「うん」

ミクは表情をころっと変えた。

「何故深入りする?」
「京香は可愛いもん。それに向こうも僕のこと気に入ってくれてるみたいだし」
「どういう積もりなんだ」

京香がミクを好いているのは知っている。しかし京香はまだ子どもだ。

「そんなの、決まってるじゃん?」

ミクが不敵に笑った。

「寝るのか?」

京香が私を嫌うのは、私が“買おう”としたからだ。そしてそれはミクも同じだと言った。

ミクだけが許されている現状に苛立ちを覚える。

「キスすると頬染めちゃって可愛いんだよね。ちょっとしたことに照れてて今までにないタイプだし」

キス?

照れる?

「…裏切られたな」

京香に対するミクの裏切り。

私に対する京香の裏切り。

結局男を選んだだけか。京香は純情振って男を誘い、簡単に股を開く尻の軽くて薄汚いただの娼婦だった。すっかり騙された。

私は会議に使う資料集めを始めた。

「嫉妬したの?」

ミクは可笑しそうに私の顔を覗き込んだけれど、他の職員が入って来るのを見て挨拶してから新聞に目を戻した。

糞、胸糞が悪い。

京香

「京香は偉いね」

ミクは白い歯を見せてそう言った。頭を撫でる手は自然に私を甘やかす。智仁も私には大概甘いけれど、それはミクのするように“女の子”を甘やかすのとは少し違う。

なんだか照れる。

智仁にとって私は“あの頃”のままで、私にとっても智仁は灘崎の家の人以上の存在にはならない。だから私たちの関係は子ども時代で止まっている。

ミクは違う。

この世界の人は私たちを知らない。

ミクが私を抱けることが、私には嬉しい。

「働くって言っても、迷惑ばかり掛けてるんだけど」
「始めは誰だってそうだよ」

ミクは「バイアスもね」と言ってウィンクした。

無駄ではないか、その演出は。

私は自分が赤面するのを自覚した。

席に着くとミクがウェイターに注文してくれた。コースのメインからドリンクやデザートまで適宜私の意見を取り入れながら。その姿は彼の幼い顔付きに反して様になっていた。

この店はホテルの中にあってかなり落ち着いた雰囲気をしている。客の年齢層も中高年といった感じで、私には不釣り合いに思えるような店だ。

ミクもそう見えた。

今はそうは見えない。

「こういうお店は好きじゃない?」
「え、」
「僕はここの常連だから、今からでも店を移動できるよ」

ミクは苦笑いして尋ねた。

「ごめん。慣れてないから少し緊張してるだけ」

ミクが用意してくれたドレスに皺が寄るのさえ気になるし、声の大きさやちょっとした振る舞いも他の客を気にしながらになってしまう。忘れがちだけれど私の見目は13歳のしがない少女だ。

私こそ苦笑いした。

「それは良くないね」

ミクは小さく呟いた。

「ごめん」
「それは、誰に対する謝罪?」
「ミクに」
「要らないよ、そんなもの」

ミクは立ち上がって私に歩み寄った。動けずにいる私に触れて優しく髪を撫で付ける。思わず顔を上げるとミクの空色の瞳と数秒間見詰め合うことになった。

「…ごめん」

あ、また謝っちゃった。

そう思ったけれど、ミクは私を咎める代わりにキスをした。前にしてくれたものと同じ額への軽いキスだった。ストロベリー・ブロンドが目の前で揺れる。

ミクは私の横に跪いた。そして言う。

「京香が楽しめない食事に価値はないんだよ」

再びのキスは厳かに私の手の甲へ落とされた。

私は耳まで赤くなった。

京香

「はじめまして」

智仁がウォルターに言うとウォルターは落ち着いた挨拶と握手で返した。

彼らの異次元的とも言える優雅さに私は舞台役者と接しているような錯覚を覚える。実際のところ異次元世界に居るのでそれを自然と受け入れてしまえるけれど、冷静になると全てが作り物に思えることは仕方のないことだ。

「京香と暮らしています。何か問題があれば私が責任を負います」

智仁は宣言した。

しかし、それは、困る。

「責任って、」

私が慌てるのを智仁は制した。青い瞳が冷たく光った。私が目にしたのはここ最近智仁が向ける上辺ばかりの笑顔、そこに隠された冷ややかな視線だった。

「私と京香は特別な関係です。私が責任を持つのだから、貴方にも私に対して京香についての責任を持って頂きます」

ウォルターは目を見張った。

「特別な関係?」

そう言えば、ラゼルに対しても同じように牽制していた気がする。夫婦も家族も恋人も、この世界では大した意味はない。彼らの中には他人と知人しか存在しない。だから智仁が『特別』を主張することで彼らが格別の注意を払ってくれる訳ではない。

ウォルターは世界のほとんどの人と同様に『特別な関係』がどういったものか分かり兼ねるようだった。

「京香を苦しめたら、私が赦さない、ということですよ」

智仁は笑った。バイアスに負けない凶悪な表情で。

「成る程」

ウォルターは頷いた。

もし智仁の思考を理解して納得したのならば、是非とも私に解説して欲しいところだ。和山さんが仲間を守る時に言う決め台詞に似た智仁の言葉では残念ながら私には理解できなかった。

『俺の物に手を出すな。打ち殺すぞ』

懐かしいな。

単なる独占欲。しかし和山さんが言うそれは死刑宣告に違いなかった。

智仁には独占欲も支配欲もないから嫉妬したり束縛したりはしてこなかった。ほのかは束縛することはあったけれど和山さんのようにその為に他者を排除することはなかった。

『赦さない』とはどういう意味だろうか。

あの時の和山さんみたいに?

智仁が?

うん、それは困る。

和山さんは少年刑務所に服役している。和山さんは文字通り“赦さな”かったし“打ち殺し”た。出所する時にお祝いしようと約束したけれど、私はなんと異次元世界にやって来た為にそれを破ろうとしている。恐ろしい話だ、色んな意味で。

「よろしくお願い致します」

気付くと智仁はウォルターに別れの挨拶をしていた。ウォルターは気難しい顔をしてそれに応えた。

で、何が恐ろしいのだったか。

「お嬢さんはアルの専属、ということかい?」
「は?」
「その美しい瞳を盗られたくないのだろうね」
「違います」
「おや、違う?」

そうですね、違いますね。

ウォルターは顎に手を当てて首を傾げた。

『成る程』と尤もらしく理解を示していたのに全く微塵も寸毫も分かっていなかったことが判明した。衝撃的な事実だ。

「とにかく、性的なことは禁止です」

明快だ。誤解のしようもない。

ウォルターは私の直球な物言いにさすがに智仁の言わんとしたことを心得たらしく、平常を取り戻して穏やかに微笑んだ。そして言う。

「そう言われると、手を出したくなる」

もう、諦めよう。

無言で部屋を去ろうとする私をダラスに捕まえさせると「ジョークだよ」と言い放った。

これは文化の違いではない。

この人間の性質に因るものだ。

私はそっと転職について考えたのだった。

まとめ

たまに見たくなるコピペ

131 名前:以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします[] 投稿日:2009/11/14(土) 10:05:50.21 ID:RAD9Ibee0
アリクイってよ、1日に三万匹アリ食うんだってwww3日で九万匹wwwアリいなくなっちゃうよ!
フラミンゴって、なんで片足か知ってる?冷えるんだってよwwww
でも、水ん中入ってるんだぜ? だったら出りゃいいじゃんww
モグラのトンネル掘るスピードはカタツムリの進む速度の1/3だってwwww 遅いよwww
得技だろよwwそのスピードなら地上でろ地上でろ!
羊は前歯が下あごにしか生えてないんだって。
その代わり上あごの歯茎が歯より固いんだってwwww
生えればいいのにww歯が生えればいいのにww
カタツムリってすげぇんだぜ。カタツムリってよ、
−120℃でも死なないんだぜ。−120℃だぜ。
普通−120度だったら動物全滅するだろ。ただカタツムリだけは氷河期になっても生き残るんだよ。
すげぇ生命力だよな。
ただよ、−120℃になるとカタツムリのエサが無いんだってwwwwwwwwwwww
「草木が生えないから結果死にますね」だってwwwwwwww
人間ってよ血液型何種類か知ってる?4種類だろ。
じゃ馬。馬は何種類か知ってる?3兆wwwwwwwwwwwwwwwwww
ちなみにゴリラはみんなB型だってwww少なくねwwwww
全部自己中だよゴリラwwwwww
ゴリラってよ、あれ通称ってこと知ってんだろ。
あれの本名、つまり学名ってなんだか知ってる?知ってる?
ゴリラ・ゴリラだってwwwww
まんまじゃねえか。まんまじゃねえかおい。
それがローランドゴリラだとなんだか知ってる?
ゴリラ・ゴリラ・ゴリラだってwwwwwwwwwちょwwおまwwwww
ヒネリナサイ!ヒネッテヒネッテヒネリナサイwwwってやかましいわww

上地雄輔が募金を口実にして有料ファンサイトへの入会を呼びかけている件について

342 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします(兵庫県):2011/03/14(月) 19:03:10.50 ID:jhWMqjCw0
法王 ベネディクト16世 祈り
東芝 5億
ソニー 3億+ラジオ3万台
パナソニック 3億+ラジオ1万台+懐中電灯1万個+乾電池50万個(充電済みエネループ)
トヨタ自動車 3億
JT 3億
キヤノン 3億
日本郵政グループ 3億
台湾 2000万+2億8000万
麻生 1億
三菱東京UFJ銀行 1億
三井住友銀行 1億
みずほフィナンシャルグループ 1億
シティバンク銀行 1億
野村證券 1億
大和証券 1億
おかみ 1億
ヨン様 7300万円
中国赤十字会 1200万
中国 1000万
まろゆき 1000万 
ヤンキース 820万
ニコニコ募金 590万円(午前2時現在)
アフガニスタン 400万
カンダハル 400万
ホリエモン 100万
プラダハン・ビカス(ネパールカレー店長) 10万
井上雄彦 落書きの売上
アグネス 折り鶴
上地 地震ビジネス開業  ← NEW!

トンボ鉛筆「書類選考の期限一日伸ばすよ(被災者含)。駄目ならわかるよな?」

235:名無しさん@涙目です。(愛知県):2011/03/13(日) 16:22:58.51ID:ftkUh2KG0
東北地方太平洋沖地震への支援について

ソニーグループ◆3億+ラジオ3万台+マッチングギフト(従業員の寄付と同額を会社が上乗せ)
パナソニック◆3億円+ラジオ1万台+懐中電灯1万個+乾電池50万個
トヨタ自動車、キヤノン、日本郵政グループ、◆3億円
UFJ、三井住友銀行、みずほフィナンシャルグループ、シティバンク銀行、野村證券、大和証券◆1億円
ヤンキース◆10万ドル
セブン◆ミネラルウォーター2L31728本+菓子パン1000個+バナナ14トン+毛布1万90枚 +パック入りごはん4800個+給水車1台+食パン4225袋+ロールパン1693袋
ファミリマ◆ゼリー飲料674食+菓子618食+カップラーメン類1827食+加工食品10万食+飲料水5万本
ローソン◆ミネラルウォーター2L5760本+カップラーメン4万個+箸+乾電池+使い捨てカイロ+マスク
サークルKサンクス◆菓子3万個+紅茶2688本+缶コーヒー3600本+ミネラルウォーター22464本+パン4000個、お茶36000本+カップラーメン86000個+レトルトカレー3万食+マスク907200枚+毛布1000枚
ミニストップ◆ミネラルウォーター11520本+菓子パン6000個
ソフトバンク◆ラーメン15000食+充電器+バッテリー+フェムト設置
積水ハウス◆米飯2千食+1.5L飲料水2800本+テント5張+簡易トイレ150個+毛布78枚+ブルーシート100枚+紙皿・紙コップ3千個
味の素◆味の素KKおかゆ5000食カップスープ10万食
日清◆カップ麺1344000食+キッチンカー7台
キリンビバレッジ◆ミネラルウオーター+お茶+スポーツドリンク計150000本
アサヒビール◆飲料水約184000本
三越伊勢丹ホールディングス◆婦人肌着1,500枚+飲料・レトルト食品3000ケース+防寒衣料
イオン◆レトルトご飯10万食+毛布45000枚+おにぎり・パンなど46000食+ペットボトル飲料38000本、粉ミルク、紙おむつ
ダイエー◆2リットルのミネラルウオーター5100本+パックごはん1000個のほか
日本生活協同組合連合会◆ペットボトル飲料28800本+カップめん約28000個+カイロ、割り箸等
ライオン◆洗濯用洗剤、消毒液等
山崎製パン◆パン48万個
東洋水産◆即席めん6万食
ハウス食品◆清涼飲料水6000本+保存食約2000食
トンボ鉛筆◆書類選考の期限一日伸ばすよ

京香

智仁が帰って来たのは少し遅くなってからだった。誰かと飲んで来たらしい。

「新しい部屋が用意できた」
「本当!?」
「ソフィアが手を回してくれて、家賃もいらないって」

私は上手過ぎる話に顔を顰めた。

「監視カメラでも有るの?」
「俺が2、3仕事をしたらソフィアの上司が気に入ってくれたんだよ」
「……」

智仁は男も好きだと言っていた。

「何考えてるのかな?」
「別に。何も」

智仁は笑顔で威圧して来た。

愛人に成ってみるのも良い社会勉強なのかもしれない。智仁ならそれくらい言いそうだ。

「そっちは?」
「あ、就職先決まったよ」
「へえ。何処?」
「たぶん不動産屋。今日ちょっと働いたけど、只の雑用だよ」
「たぶんって?」
「本人がそう言ってたってだけで、ホテル経営したりゼネコンみたいなこともしてたり、手が広いみたい」

智仁は「ふうん」と言った。

「明日俺も顔出すよ」
「ほんと? それなら私も助かるわ」

ウォルターは私を家出少女だと思っている上にバイアスが身元引受人だと勘繰っている。二人とも私を娼婦だと思い込んでいたし彼らは私の理解が及ばないところで意気投合しそうで怖い。

早く智仁と会わせてバイアスのことは忘れさせたいものだ。

ふと気付くと智仁は引越しの荷物を纏めていた。持ち物なんてほとんど無いし家具も在ったものを使っていたので直ぐに終わるだろう。

智仁を逞しいと思った。

「仕事、上手く行くといいね」

智仁は私を見て言った。

「キスをしなくて済むように?」

それは始めから智仁が提案していたことだった。私たちの過ちが事の発端ならばもう一度試すくらいの価値はある。それが唇同士をくっつけるだけで良いのなら尚更だ。

私が拒否するのはこの世界が好きだから?

また5歳年を取るのが嫌だから?

「そうだよ」

それにキスに失敗して策が尽きるのが怖い。また世界に拒絶されて一人きりになるのが怖い。

智仁は笑った。それは私を甘やかす時の極上の笑みだったけれど、瞳の奥では冷静に私を見ていることが分かった。

ここで暮らして行けるならそれでいい。

だから私は働く。

京香

そこはラゼルの連れて行ってくれたパブとは全く違っていた。そこはかとなく高級感が漂ってくる、お洒落なのに気取っていない女性が好きそうな店だった。

女慣れしているのは予想外。

思ったより年齢が上なのだろうか。

「口に合わない?」

ミクは不安そうに尋ねた。その顔は童顔なだけのおじさんには思えない。

「美味しいよ。だけど聞きたいことがあって」

デートの目的はそれだった。

容姿だけならラゼルが最も好きなのでミクとデートしなくても良かった。しかしラゼルは油断できないところがあるし、兄の仕事の邪魔になっては困るから遠慮した。

「聞きたいこと?」
「私、ここのこと何も知らないから」
「まあ、そうみたいだね」

ミクは苦笑いした。

テーブルマナーはミクに倣った積もりだが色々と失敗しているのかもしれない。他にも思い当たる節は多々ある。

「私、目が黒いから魔物みたいって言われたんだけど、こっちでは目が黒い人って珍しいの?」
「…昔は沢山居たけどね。今は少ないよ」
「なんで?」
「綺麗だからだよ」

ミクは真顔で言った。

「それは、」
「その瞳で見られると骨抜きにされる」

目付きが危険だったのでミクの言っていることの信憑性は高いと思った。彼らは病的に黒い瞳に拘泥しているらしい。

問題は、その後だ。

綺麗だから減ったというのは、つまり象牙や虎皮が綺麗だからゾウやトラが減ったのと同じ原理なのだろうか。だとしたら私の未来は実に恐ろしい。

野蛮な国風には思えないけれど。

「ありがとう。よく分かった」

深入りは止めよう。

危険があるならばラゼルが教えてくれるだろう。ワンピースの一件のようにそれとなく良い方へ導いてくれる。

「他には?」
「アルは国防省に呼ばれたけど、現実的にどこかの国と戦争する予定があるの?」

ミクは笑って言った。

「大丈夫だよ。200年戦争が終わってからは何処も内政に忙しいから」
「じゃあ病気の時はどうしたらいい?」
「僕なら医師に診て貰うね」
「薬にはどういうのがある?」
「解熱、解毒、鎮痛、他にも色々」
「罪を犯した人はどうなるの?」
「まず罪を立証する為に裁判にかけられる。そして刑罰が与えられる」
「神様を否定したら罪になる?」

ミクは食事を続けながら楽しそうに答えていたけれど、その質問には興味を持ったらしかった。

「京香は無神論者なの?」
「…このお食事とこの健康な身体は、神様が与えて下さったものだよ」
「お祈りもしなかったのに?」
「え、」
「食事前の、お祈り」

ミクは手を組んで見せた。

「あの、そういう、形式的なものにはこだわらない主義で…」
「僕たちもそうだよ。長い戦争の間に神は死んだ」
「……」

ミクは手を戻して食事を再開した。

国の中はとても安定していることが分かった。他国も軒並み似たようなもので、戦争よりは文化や産業に力が入れられているらしい。200年戦争は100年も前に終結したらしいけれど、人々の中にはまだ大きな傷痕を残しているのだ。

「今日はご馳走さまでした」

私は頭を下げた。

なんとミクは私を家まで送ってくれたので現在はもう村に戻って来ている。ミクはまた市街へ帰るのだろう。

しかしそんな苦労を少しも感じさせないところはやはり好青年だった。

「楽しかったよ。今度は僕から誘わせてね」

ミクはウィンクした。

無駄にどきどきさせる演出である。

「じゃあ、」
「僕も京香の瞳は好きだよ」
「え」

ミクは私に一歩近付いた。

「魔物は、黒い瞳を求める僕たちの方だ…」

ミクは不釣り合いに色っぽく囁いて私の額にキスを落とした。目に入った彼の髪は夕日に照らされてストロベリー色に煌めいて、私には余程そちらの方が魅力的に映った。

ウォルター

黒髪の少女はベッドに横たわりながら涙を流していた。指で掬うと彼女の体温を感じる。そしてゆっくりと開かれた瞳は黒曜石のように鋭く神秘的に私の心を刺激した。

「ローラン・フルール…」

幼い頃に読んだ神話に出てきた。

この年端もいかない子どもが魔物なら、私は喜んで囚われよう。

どうして泣くの?

魔物も悪夢を見るのかい?

ローラン・フルールには年齢も性別もなく、望んだ姿形となって現れるという。その魅惑的な瞳だけは常に漆黒に濡らして、私たち人間を唆す。

この少女は魔物だ。

だから人の心を引き付ける。

私は、ローランが突然現れ、その柔らかい肌に触れられる場所に自分が居るという事実に酔いしれた。

京香

警備員にバイアスの知り合いだと伝えると間もなくバイアスが現れた。

「なんだ?」
「ミクに会いたくて。今居る?」

バイアスは眉を顰めた。

「居るだろうな」
「会わせて」

多少鬱陶しそうな表情をしたが、元から無表情か不愉快そうな顔か不気味な作り笑いかぐらいのバリエーションしかないようなので気にしないことにする。

建物の中を進むとある部屋に通された。

「京香ちゃん、どうしたの」
「ミクとご飯食べたいなって思って」
「え」
「駄目? 忙しい?」

ミクはちらっとバイアスを見た。

「僕と?」

私は大きく頷いた。

「恋人と約束あるなら、また今度でもいいんですけど」
「いや、嬉しいよ。じゃあ今夜どっか行く?」
「ありがとう!」

私は貴方が好きですというオーラを目からビームに変えて放出した。バイアスは話の途中で仕事に戻ってしまっている。

「それまで何処に居る?」
「図書館にいます」
「じゃあ、仕事が終わったら迎えに行くね」

ミクは爽やかに笑った。スポーツドリンクの広告モデルになれそうな爽快な表情だった。

京香

ダラスはプロだ。私は何処から出てきたのかさえ不詳な紐状の何かに極めて効率的に能率的に合理的に捕縛されていっそ彼を敬服しながらそのプロフェッショナルな技術に感嘆した。

そして絶望した。

「あれはジョークだよ」

ウォルターは上着を脱ぎながら言った。その上着は当然のようにダラスが受け取っている。

「ジョーク?」

納得しました、って言えば良いのだろうか。

「君が暴れるから致し方なく拘束したが、本来そのようなことを私は好まない」
「じゃ取って下さい」
「まず話し合おう」

痛い。肩が固まりそうだ。

「こんな扱いされたら、働くとかそういう次元じゃないでしょ」
「仕事を斡旋する積もりはなかった」
「ならなんで部屋に呼んだの?」
「君は娼婦か?」
「…この世界の女はみんな娼婦なの?」

それは呆れ果てる文化だ。

ウォルターは顔を顰めた。そして煙草のような物を銜えてダラスに火を貰った。

「ホテルで少女が働きたいと言えば、それは“客”を取りたいという意味だよ」
「え」
「君はまだ幼い。道を改めて貰う心算で部屋に呼んだのだ」

結構良い人なのだろうか。

「純粋に、働きたいんですけど…」

ウォルターは私の目を見詰めた。

「バイアスというのは誰だ」
「忘れて下さい」

私は即答していた。

「どうしてバイアスという人間に頼まず、このホテルに来たのかな?」
「忘れて下さい」
「縁故は無かったのかい?」

縁故は無い。

そもそも私という存在が、この世界と何ら関わりのないものだったのだ。私の居た世界には13歳で娼婦をやらされたら警察が介入する案件になる。

「……」

無難に飲食店を回れば良かった。

なんか、辛い。

「お嬢さん、安心しなさい」

ウォルターはしなやかな指で私の顎をなぞった。釣られて顔を上げると優しげな緑の瞳が私を見ていた。その綺麗な翡翠に見蕩れてしまう。

ここに来てから親切にされてばかりだと気付いた。

ロリコンは多いけど誰も何もしてこない。階級社会だし偏見も色々ありそうだけれど私は決定的に打ちのめされたことは一度もない。

なんか、辛い。

「ごめんなさい」

私は謝った。ウォルターだけに謝罪したものではなかったけれど、ウォルターはそれを受け止めて微笑んだ。

ウォルターの表情は父親か母親みたいな包容力を感じるもので、私は思わず目を逸らした。ずっと見ていたら泣いてしまうと思ったからだ。

「泣き虫の小鳥ちゃんだね」

ウォルターは私の頬を撫でた。不快感は無かった。

しかし虫なのか小鳥なのか。

「泣いてません」
「よし、暫く私のところで働くといい」
「え」
「仕事が合わなければ辞めて構わないよ」

顔を上げると緑が優しく煌めいた。

「いいんですか?」
「勿論だ」

ウォルターの職業を知りもしないで拘束されたまま私は喜んだのだった。

京香

目を開けると知らない男に添い寝されていた。ウォルターと呼ばれていた人だ。

「おや、お目覚めかな?」

そっと頭を撫でられる。私はその感覚に、夢で頭を撫でられたのはこの人が触っていたからだろうと思った。

「すみません、寝てしまって」
「働きたいそうだね」

そうだった。

私は身体を起こした。ウォルターも私に合わせてのんびり身体を起こす。

「そうです。私は京香と言います。13歳ですが、家出してきた訳ではありません」
「家出?」

頭を撫でていたウォルターの手が頬に伸びてきた。私は顔を逸らして無意識にそれを避けた。

「雑用で構いませんから、」
「雑用?」

ウォルターは緑の瞳を細めた。

「働きたいんです。お願いします」

すっと腕が伸びて突然私の肩を掴んだ。思いのほかその力が強かったので私は怖くなった。しかし親切にして貰った気もするので咄嗟には抵抗できなかった。

知らない男とホテルで2人。

「君は世間知らずだね」

ウォルターは上品に笑った。それはソフィアに似ていると思った。自信があって余裕で人生を楽しんでいるという笑みをしている。

世間知らずとは?

「…あの、」
「どんな夢を見た?」
「はい?」
「ねえ、教えて」

夢?

それは寝て見る夢?

ウォルターは今度こそ私の頬を撫でた。ぞくりと鳥肌が立っていよいよ私は恐ろしくなった。

「ロリコン…」

ウォルターの胸板を押してみると両腕を掴まれてむしろ形勢が悪くなった。立って強く抵抗しようとしたらベッドに押し倒されて笑えなくなった。

「怖くなったの?」
「止めてください!」
「おや、君は悪い子なのかな?」

最早これは犯罪ではなかろうか。

私は頭突きした。ウォルターは漸く私から手を離して悶えている。

「あんたよりバイアスの方がまだまし!」

同じロリコンでもバイアスよりラゼル、そしてラゼルよりミクが良い。年齢を考えてもウォルターは私の倍以上あるのではないかと思うが、ミクは比較的若いしその点も良い。

ウォルターはドアに向かった私を再び拘束した。本格的に暴れた私は彼にそこそこダメージを与えたと思うけれど、その為余計に強く押さえ付けられてしまった。

「ダラス!」
「離せ!」

ウォルターが呼ぶとドアを開けて人が入って来た。

「このお嬢さんを押さえろ!」

ダラスはウォルターと違って人間の構造をよく理解していた。ダラスの顔をよく見ない内に私は縛り上げられてしまった。

グッバイ、お兄ちゃん。

私は5歳若返った身体が処女にも戻ったのかとかこっちの世界にもSMはあるのだろうかとか馬鹿なことを考えた。

京香

渡された鍵の部屋に行くと、そこは広くないビジネスホテルのようなところだった。ベッドルームとバスルームの簡素な造りだけれど内装は繊細で年季を感じる。

私は一通り部屋を見てからベッドに腰を下ろした。

丁寧に掃除されているし不快な臭いも無い。ここが手軽な部屋なだけで他の部屋はもっと豪華なのだろうか。だとしたら私みたいな人間には働かせてくれないかもしれない。

不安だ。

ここは諦めて次に行こうか。

しかし勝手に出て行く訳にもいかないだろう。

私はベッドに身体を倒した。柔らかな掛け布団が身体を包み込む。

私は寝てしまった。

そう言えば昨日は眠りが浅くて寝たり起きたりしていた。起きたのも早くてそのままばたばたして智仁に迎えられて、今になって疲れが出たのだろう。

私は夢を見た。

灘崎の家におじさんとおばさんと兄が居た。私も居た。そして本当の両親が迎えに来た。

顔は分からなかった。

さようなら、と聞こえた気がした。

そうか。私は両親にまだお別れをしていなかったね。ごめんね。でも小さい頃は、もしかしたらまた会えるかもしれないと思っていたから、言えなかったんだよ。

また会いたいよ。

ちゃんと話したかったよ。

私はもうお酒も飲むんだよ。

会いたい。でもできないのは分かっている。

“術”に巻き込まれたから。

さようなら。

さようなら。

漆黒の瞳がきらりと輝いて涙を流した。そしてそっと頭を撫でられた。

さようなら。

さようなら。

京香

私が狙ったのは宿泊施設だった。此処に来る前の世界でもホテルでは外国人や学生アルバイトを雇っていたし、ベッドメイクや調理なら手伝えると踏んだのだ。

行き交う人々は高級そうな服を着ていた。

気後れした。

しかし、始めなければ、始まらない。

田舎から来ているのだし知り合いもいないのだと羞恥心を掻き捨てた私はロビーの受付まで真っ直ぐ歩いた。感じる視線が黒髪と黒い瞳に因るものなのか私が全体として場違いであることに因るものなのかは分からなかった。

「おはようございます、お嬢さん」
「おはようございます」
「お泊まりですか?」

私は目に力を込めた。

「こちらで働かせて下さい」

フロント係の人は数回目を瞬かせた。私の目力に圧倒されたのではなく私の言葉の不可解さに圧倒されたのだと思う。

「どうされました?」

フロント係の目配せでマネージャーらしき人が呼ばれた。穏やかな営業スマイルの中に鋭い観察眼を感じる中年の男性だ。

「働かせて頂きたいんです」
「は、」
「雑用でいいんです。お願いします!」

マネージャーは私の肩を掴んで受付から遠ざけた。力んだ所為で大きな声を上げてしまい、ちょっとした騒ぎになってしまったのだ。マネージャーは客や職員に一礼した。

「事情がお有りですか?」
「働きたいんです」
「失礼ですが、おいくつですか?」
「じゅ、13です」

マネージャーは私をじっと見た。

「申し訳ありませんが、貴女を働かせる訳には参りません。事情があればご相談に乗りますよ」

家出だと思われているのか。

13歳だからか。

「働かせて下さい!」

マネージャーは眉根を寄せた。そして横目で周囲の様子を伺うと、今度は私を業務用の通用口らしい方まで連れて行こうとした。

追い出されると覚悟を決めた時、私たちは声を掛けられた。

「どうした?」
「ウォルター様、」

その人は私を見ると少し身を屈めて安心させるように微笑んだ。

「何か失礼を働きましたかな、お嬢さん」

緑の瞳が優しく光った。
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