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山伏国広のいる世界(後編)/ぶしさに

※刀さに(ぶしさに)
※刀ステ未履修のとある本丸
※女審神者


mblg.tvの続き




【山伏国広のいる世界(後編)】



「主殿、よろしいか」

その声が聞こえたのは、たぶん歌仙が部屋を出てから30分以上経ってからだったと思う。

本日、私は体調不良を申し出て少し休みをもらったのだった。私室のベッドで横になって休んだら、少し体調は戻った。そして、歌仙は私に会いたがっていたと言う山伏を呼びに行ってくれた。

いま思い出しても恥ずかしい。

私は、話しの流れで、私と山伏が恋仲であることを告白してしまった。

山伏は、そのことを知っているのだろうか。私が歌仙に、私と山伏との関係を話してしまったことを。

「どうぞ」

声が上擦ったぞ。

だって勝手に話してしまった。

そういうの嫌だったかも。

別に今日すぐ会わなくたって良かったじゃないか。歌仙は適当にごまかして、あとで二人で会えばよかったのだ。そうだその方がよかった。

扉が開くと、そこには山伏がいた。

当たり前だ。

「主殿、具合はよくなったと聞いたが」
「あ、うん。もう大丈夫」

私が笑うと山伏も笑った。

好きな顔だ。

私は一瞬で先ほどの悩みを忘れかけた。

いけない。いけない。

山伏は遠慮がちに近付いてきた。いつもと様子が違う気がする。まさか、やっぱり、私のことを嫌になったのではないか。それで態度が変わったのではないか。私は掛け布団で顔を半分隠しながら山伏の様子をうかがった。

「主殿……」
「あ、あの、歌仙に、なにか、言われた?」

すぐ近くに山伏を感じる。

布団を持ち上げて、ここへ来て、って言いたい。

宝冠を外して、手甲を外して、寝巻きに着替えて、ここで二人で寄り添ってさ。

「主は少し体調が良くなったようだから、今なら会えると聞いた」
「あ、うん。寝たら全然、良くなった。ご飯もぜんぶ食べちゃった」
「それはよかった」
「うん。歌仙にお礼言わなきゃ」

山伏は目を細めて優しげに笑った。

なんだかやはり、様子が違う。

やめてほしい、こんなことは。

私は山伏の足元を見るようにしていた。とても目は合わせられなかった。

「病み上がりに、本来急いて会いに来るべきではないと思ったのであるが。あの時のことが、気になり。実は、拙僧は、あの時、ひどく怖かった」
「え?」
「主殿は、拙僧のことをわかっていなかった。あそこで、声を掛けたとき、主殿は、拙僧のことを、怖がっているようであったから」

なになに、なんのこと?

「え、私?」

目線を上げて、頑張って山伏を見ると、彼は相変わらず笑っていた。

「拙僧は、この体となって、主と出会えて、本当に幸せである。しかし、まったく拙僧のことを知らない、記憶のない、主は、拙僧を見て、あれは、思い違いでなければ、拙僧のことを怖れるような目をして、拙僧から目を逸らしたであろう」
「えっと」

正直、記憶は曖昧だ。

気づいたらあそこにいて、なんだか山伏のことを他人のように感じたことは覚えている。たぶんあの時、私はなかば気絶して、あそこへ行ったのだと思う。

だからどんな会話があったか、わからない。

「恋い慕っている人に、忘れられ、怖れられ、拙僧はとても怖かった。これは現実ではないと思いたかったが、主はそのままの姿であったし、見過ごせず声を掛けてしまったが、少し後悔した。あんな風に拒絶せれるとは思っていなかった故。しかし声を掛けねばここへ戻って来られなかったやもしれぬし、難しいものであるな」
「すみません」
「あいすまぬ、責めたつもりはない」
「いや、そんな」
「今も拙僧のことが怖いか?」

山伏はベッドに手をついて、私の上に身を乗り出した。

私は我慢できず、布団を剥がして山伏に腕を回した。大きい体、熱い体。好きだ。大好きだ。

どうしてそんな悲しいことを言うの?

「好き。すごく好き。それじゃダメ?」

それ以外には、言いようがなかった。

怖い、という感情は、実は前から抱いていた。山伏に限ったことではない。人間ではない彼ら、体が大きいものもいて、刀で人を斬る。現実的ではない瞳の色、それなのに傷つくと赤い血を流す。

彼らは私の中にある根源的な恐怖心を煽る。

でもそれがなんだって言うんだ。

私が山伏を好きなことと、なんの関係がある?

怖くて当然だ。

私の私室に来る時、彼らは刀剣をどこかへ置いて来る。暗黙の了解なのか、歌仙が作った規則なのかはわからない。

しかし、それだけ、あの刀はた易く私を斬ってしまえる。蜻蛉切の刃に触れたトンボのように、例え事故や誤ちで触れたとしても、それで死ぬことだってあり得る。

彼らはそのために生まれてきた。

そのために鍛えられ、研ぎ澄まされてきた。

斬れない刀なら、今の世にまで名前を残さなかっただろう。

だから私は彼らが怖い。

でも、そんなことは、山伏がどんな見た目だとしても、山伏がどんな刺青を彫っていて、どんな刀を携えていたとしても、それと私が山伏を好きなこととは全然、まったく、関係がないと断言できる。

山伏は崩れるようにして、私と胸を重ねた。

「泣きそうである」

可愛いことを言う。

こういう山伏が、好きで好きで堪らない。

「泣いてもいいんじゃない?」
「拙僧は主殿の前では笑っていたいのだ。それぐらい、強くなりたく」

私は山伏の大きな体に回した腕を動かして、背中を撫でた。

なんだか色々と余計な心配をしてしまった気がするが、こうして山伏と会うと全部ぶっ飛んで行く。そういえばいつもそうだった。山伏といると心配事はどこかに行ってしまって、愛しい、という感情が大きく膨らんで残る。

山伏がぎゅっと私を抱き締める。

私も山伏をぎゅっと抱き締める。

なんて幸福なんだろう。

「まだ戦装束なんだね、お風呂まだなの?」

私が聞くと山伏は「いや、入った」と答えた。

山伏は私から離れてかしこまった風に正座した。少し崩れてしまった衣装を手で直してから、私をまっすぐ見た。

「主殿に忘れられ、嫌われたかと思った故、失礼がないよう正装で訪ねることとした。しかし杞憂であったようだ」

私は刀で心臓をチクッと刺されたかと思った。

なんでそんなに健気なのか。

「山伏、着替え、そこに……」

私がクローゼットのある方向を見ると、山伏は「うむ」とうなずいた。

好きという感情以外にはないのではないか。怖いという感情は、あるときふと湧いてくるが、それ以外の時間は概ね『好き』で満たされている。それくらい好きだ。

山伏は手際よく宝冠と法衣を脱いだ。着替えは私の部屋に置いてある。別に山伏専用というわけではない。長谷部にはこれが見つかって誰か親しい刀がいるのではないかと詰め寄られたが、それが誰なのかは長谷部にもわかっていないようだった。

たくましい体を直視できず、私はまた布団に潜った。

ほとんど時間を待たずに山伏が布団の上から私を撫でた。

「入っていいだろうか」

断る理由はない。

「どうぞ」

私が少し奥へ体をずらすと、山伏はゆっくり私の隣に並んだ。それから大きな体を私に寄せて、腕を回された。多幸感に包まれる。

「主殿、もう二度と拙僧を忘れないでいただきたい」
「それは……努力します」
「意地悪であるな」
「そんなことないよ。ねえ、歌仙には、なんて言われたの?」
「主の体調のこと。面会謝絶は解かれたと」
「他には?」
「……主と拙僧との関係を、知っておられたので、正直に、どうしても心配だから会わせてほしいと改めて頼み込んだ。歌仙殿は困っておられたな」
「あ、そう。歌仙に言っちゃって、ごめんね」

私が謝ると、山伏は大きな手で私を撫でた。

「本丸中に貼り紙をして、全員に知らせたいと思ったこともある。主に言ってもらえてむしろ嬉しい」
「ふふふ、本当?」

そんな熱烈なことを言われたことがなかったので、私はちょっと笑った。山伏はそういう顕示欲や独占欲とは無縁の刀に見える。そういうのをギャップと言うのだろうか。

私はギャップに萌えるタイプではないのだけど、それが山伏のものだと思うと可愛く感じる。

「主殿、この際なので、お尋ねしたきことがある」
「なに?」
「拙僧の、当番や、出陣のことである」
「え、あ、出陣? なに?」

それは、あのことだ。

鈍感そうな山伏なので、気づかれていないと思っていた。

そうだといいなと思っていた。

山伏が重傷で帰還してから、私は彼を重要な任務に就かせていない。ちょっと気まずいこともあり、宿直などをする当番刀にも、重傷になる可能性のある出陣にも、長い時間顔を合わせられなくなる長期遠征にも、山伏を割り当てていない。

山伏の仕事はもっぱら馬当番と演練だ。

わかっている。これでは生殺しだ。

「拙僧が刀装を忘れたあの日以来、どうも前と違うようだ」

気のせいではない。

私は「そうかな」などと言ってとごまかした。

「そうかな。あの、体調悪くて、あんまり部隊編成とかもできてなくて。ごめん」
「主殿」
「あの、体調が戻ったら、ちゃんとやります。山伏も部隊長とか近侍とかやりたい? あんまりそういうこと話したことなかったよね」

山伏は声を低くして「主殿」ともう一度強めに声をかけてきた。

ごまかしようがない。

もうダメだ。

「拙僧が破壊されるのが怖いか?」

なんでそんなことを言うのだろう。

ひどい。ひどいじゃないか。

勝手に涙が溢れてきたので、慌てて拭った。

「なんでそんなこと言うの」
「それが、自然の摂理だからである」

刀が壊れることが?

私は溢れてくる涙を止められなくなっていた。

「でもそんなこと言ってほしくない」

人間だっていつか死ぬ。でもそれを大好きな人に言われたら悲しくなるじゃないか。いま生きているのだから、それがすべてじゃないか。

山伏は困ったような声で私を慰めた。

「すまぬ。泣かないでほしい。愛しい人に泣かれるのは、拙僧もつらい」
「じゃあそんなこと言わないでよ!」

私は体を丸くして山伏に背を向けた。

「それは、主殿が、怖れているからである。主殿は、拙僧や他の刀が破壊されることを考えたくない、口にしてほしくないと言うが、実際はそのことがいつも頭にあるのではないか?」

図星だった。

破壊されるかもしれない、いつ破壊されてもおかしくない、そのことが頭から離れない。

「じゃあどうしたらいいの」

この仕事が続く限り逃れられない。

もう辞めるしかないってことだろうか。

でも、仕事を辞めれば山伏とも一緒にいられなくなる。

「拙僧を信じてほしい。それしかない」

山伏はそう言って、黙ってしまった。

私は山伏に向き直った。

着崩れた衿元から見える胸元に触れた。温かくてたくましい。そして心臓がどくどく鳴っているのがわかる。山伏は私のしたいようにさせている。

「難しい任務にも就きたい? いっぱい傷ついて、重傷になるかもしれないよ」
「うむ。そのために日々の修行がある」
「痛いよ? 先に他の刀から手入れするかもよ?」
「うむ。それもまた修行である」

山伏を見上げると、大きな口で大きな弧を描いていた。私の好きな、山伏の笑顔だ。

好きだ。好き過ぎる。

私は体を起こすと山伏の横に手をついて、そっと口付けた。

そっと、何度も口付けた。

「主殿!」

何度目かで、山伏が私の体をベッドに寝かせて、今度は山伏が私を覆うような体勢になった。

「好き」

私が言うと、何故かこのタイミングで照れたらしい山伏は、困ったように赤面した。それから一度だけそっと口付けてくれた。

「それで、拙僧の出陣の話しは……」

そうだった。

「本当は、すごく嫌なんだけど。仕方ないし。明日からまた出陣してもらうね」

山伏のことを信じよう。

皆のことを信じよう。

私はそう考えることにした。そうするしかない。

「あいわかった。任されよ」

山伏はそう言って、私の横にまた寝転んだ。いつもより夜更かしさせてしまったせいか、程なくして深い寝息が聞こえてくるようになった。

けっきょく、山伏の気持ちはわからなかった。

本人にもわかっていないのかもしれない。

でも仕方ない。

これもまた修行、かな。

私もそのまま眠ってしまった。

翌朝、起きると体が軽くなっていた。普段の倍くらい寝たせいかもしれない。山伏はすでに起きたのか、部屋にはいなかった。

「今頃起きたのかい?」

食堂に顔を出すと、昼食のあとを片付けている歌仙に声を掛けられた。

「はい。ご心配をおかけしまして」
「何か食べる?」
「うん。あの、今日の出陣とか、どうなってる?」
「まだ何も」

そう言うと歌仙はいったん厨に姿を消した。

私が適当な場所に座っていると、歌仙は一人用のきりたんぽ鍋を持ってきた。「御手杵のおやつだけど」と言って差し出されたそれは最高に食欲をそそる。

「体調は、もう大丈夫なので。編成とか決めたくて」
「無理してないだろうね?」

歌仙の鋭い視線に気付かない振りをして、私は答えた。

「無理してない。もう無理しない。それでね、歌仙の優しいところも、山伏の強さも、ちゃんと信じることにしたから」

きりたんぽ鍋は美味しいし。

私の大好きな山伏は優しいし。

無理しないで、ちょっとずつ前に進もう。

傷つくことも、傷つけられることも怖いけど、彼らはこんなにも優しいじゃないか。

私はそれでいいんだと思えるようになったんだ。

それでいい。

それでいい。

歌仙はちょっとわからなさそうな顔をしたので、おかしくなって私は笑った。
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山伏国広のいる世界(前編)/ぶしさに

※刀さに(ぶしさに)
※刀ステ未履修のとある本丸
※女審神者




ふと目が覚めると電車の中だった。私はここを知っている。いつも乗っていた。見慣れた電車の乗り心地と、聞き慣れた空調の音。

寝過ごした?!

寝起きで心臓がどきどきと鳴る。

今が朝か、帰りの電車なのか、一瞬わからなくなる。

顔を上げると、そこに山伏が居た。



【山伏国広のいる世界(前編)】



山伏だ。たぶん、そんな感じの服装をしている。私の正面の座席に座っている。腕まくりした袖からは、少し日焼けした逞しい腕が見えている。かなり背が高そうだ。高下駄をはいていて、異質で、関わってはいけないような感じがする。

そして彼は、私と目が合うと、にこりと笑った。

破顔一笑、白い歯が覗く。

切れ長の目は、鋭利で、だけどとても温かい。

私は彼のことを、好きだな、と思った。

「よく寝ておられたな」

彼は私に話しかけてきた。それとなく周囲を見回すが、私しかいない。外は真っ暗で、平日夜間の上り電車は空いていることを思い出す。

私は答えず、軽く笑って会釈した。

急いで目を逸らす。

心臓はまたどきどき鳴り始めた。

私には好きな人がいた。一緒に暮らしていた。彼はいつも大きな声で笑って、家のどこにいても居場所がわかった。そして大きな手をしていて、触れられるとどきどきした。

なんだか山伏の彼は、その人に似ている気がした。

「これから帰るのであるか?」

彼はまた私に話しかけてきた。

これはナンパではないか?

私が次の駅までどのくらいだろうか、と考えていると、彼はさらに話しかけてきた。

「急に話しかけたりして、あいすまぬ。他に誰もおらぬ故、つい話しかけてしまった」

山伏は恥ずかしそうに笑った。

私は、その姿ですべてを許せると思った。

彼のもつ穏やかな雰囲気には、なんとも言えない温かさがあって、ずっと近くにいたいと思えた。たぶん彼なら私のどんな失敗も許してくれるだろうし、不条理なことにも腹を立てずに一緒に乗り越えてくれるだろうとまで想像した。

彼の恋人はどんな人だろうか?

その指に優しく、あるいは激しく触れてもらえる人間とは、どんな人だろうか?

「すみません、人見知りで。たしかに今日は人が少ないですね」

私も笑って答えた。

山伏は安心したように目を伏せて笑った。

「もう夜も遅い。皆、すでに帰るべき場所にいるのだろう」
「そうかもしれませんね。私もこんなに遅くに帰ることは、ないんですけど」
「仕事であるか?」

仕事?

私はふと考えた。

違うと思う。

それにこの電車、いつまでも駅に着かない。

「あなたは……」

まるで世界に馴染んでいない。山伏みたいな服装に、真っ赤な高下駄。筋骨隆々で、腕には燃え上がる炎の刺青。

そして手には、大きな太刀がひと振り。

私はそれを知っている。

美術品とも言える美しい太刀。

その刀身には武運長久の文字と、不動明王の立ち姿が彫られている。その太刀を振るう人の勝利と、その太刀が傷つけた人の安らかな死と、衆生済度への願いが込められている。

世界的な斬れ味を誇る日本の刀剣は、しかしどこまでも戦うための武器である。人を斬る形をしている。

電車の中で見るには、あまりに異様だ。

「拙僧は、山伏国広と申す。国広が太刀のひと振りである」

彼は片目をすがめてそう言った。

知っている。

私は彼を知っている。

私は彼が好きだ。

「どうしてこんなところへ来たんだろう。わからない。あなたが傷つかずに済む世界に来たかったのかも」

本丸で勤めるようになってからは、みんながたくさん傷ついて帰ってくる。それに慣れたと思っていた。

でも山伏が重傷で帰還して、とても怖くなってしまった。

山伏が刀装を装備していることを確認しなかった私の不注意のせいで、危うく彼を破壊しかけた。

思い出すだけで憂うつになる。

山伏はにっこりと笑った。

「たまには良いのではないか?」

なにそれ。

「よくないよ」

山伏は「然り」と言ってまた笑った。

体調はずっと悪かった。微熱が続いて、食欲もあまりなかった。食べると戻すこともあった。座っていても立ちくらみがして、指先はずっと痺れたような感覚がしていた。

あの山伏が重傷で帰還した日から。

もちろん、手入れをすれば元どおりになる。でも私の中では何か飲み込めないものが残っていた。

山伏のことは、何か、特別に好きなのだ。

特別だ。

それでも、体調が悪くても、山伏のことが気にかかっていても、毎日出陣しなければいけない。もちろん出陣するのは彼らであって私ではない。私はもっぱら本丸内で勤務する。

そうして、山伏を部隊長とする部隊を出陣させようとしたとき、今日ついにゲートがコントロールできなくなってしまった。一番機動が低いからか、私の願望がそうさせたのか、山伏だけが、なぜか私と、こんな場所へ来てしまったようだ。

ここは時代の転換点なんかじゃない。

私の故郷。

いつも心はここにあった気がする。

だからこんな時に……。

「帰ろうか」

私が言うと、「うむ」と山伏は大きく頷いた。

帰るのは簡単だった。

本丸へ帰還すると、私たちはゲートを超えたほんの直後に戻っていた。私と山伏が、私の故郷へ時間を超えていたとは誰も気づいていないようだ。皆にはゲートがいつものように白く閃光したあと、ただ出陣に失敗したように見えたようだった。

私が体調不良を申し出ると、皆快く私を休ませてくれた。

数振りの当番刀を除いて、今日は一日非番だ。

私は大人しく自室でベッドに寝転んだ。

山伏はいつも優しい。あんなことがあっても、誰にも話さないんだろう。私の体調不良と、心の弱さが招いたことだから、山伏はきっと誰にも話さない。それに皆が知ったら不安になるだろう。

私だって驚きだ。

いくら体調不良とは言え、自分の故郷、自分の生きた時間に無意識にゲートを開いてしまうなんて。今後は絶対に許されない。

私は山伏のことを思い浮かべた。山伏は私の恋刀だ。このベッドで一緒に寝たこともある。

落ち込んでいても、山伏のことを考えると気分が良くなる。

今までもそうしてやり過ごしてきたのだ。

山伏の大きな声、笑顔、八重歯、たくましい指。

私はよこしまな妄想で顔がにやけるのを抑えられなかった。

山伏は優しいし、私のことを考えてくれる。あんなことがあり、任務は失敗した。政府に報告したら、代わりに別の本丸が出陣するだろうと聞いた。幻滅されたっておかしくないのに、山伏は「たまには良いのではないか」と笑ってくれた。

私は山伏国広が好きだ。

こんなに好きなのに。

山伏に会いたい。

山伏はどう思っている?

「主、いいかい?」

扉の外から、急に声をかけられた。歌仙だとすぐにわかる。

「どうぞ」と答えると、お盆を持った歌仙が部屋へ入ってきた。歌仙は今日、炊事当番だったか、記憶はあいまいだ。

「具合は?」
「寝てたらちょっと良くなった」

歌仙は私をむっつりとした顔でじっと見詰めた。

「君が嘘をつくから皆が心配する」

寝たら体が少しは楽になったというのは本当だが、彼に口ごたえしても良いことはないので「すみません」と謝罪しておいた。

歌仙は未だにむっつりとしているが、気づかない振りをする。

私は体を起こして、歌仙の手元に目をやった。お盆には食事と飲み物が用意されているようだ。前に体調を崩した時にも、こうして彼が来てくれた気がする。

「皆はちゃんとご飯とか食べてる? いつもどおりしていて欲しいんだけど」

私がそう言った途端、歌仙は怒りを押し殺すように、震える手で、ぎりぎり音を立てないように、お盆をサイドボードに置いた。怒りを通り越して顔が引きつっている。

歌仙は感情がすぐ顔に出る。

そういうのは雅じゃないのでは、とは言えない。

「君ねえ。いつもどおり? ふざけて言っているのかい? 僕たちが、君がこうして伏せっている時に、いつもどおりに? それは無理だ。この本丸の、誰にも無理だ」

歌仙は断言した。

浅葱色の瞳が真っ直ぐ私を見た。

怖い。

歌仙のこういうところに、ちょっとした恐怖を感じることがある。私は怒りの感情が苦手だ。歌仙はそれを隠そうとしない。私が彼の怒りの感情から目を逸らしたり、見なかったことにしようとすると、彼は不機嫌になるとわかっている。

「すみません」

ここは平謝りしかない。

歌仙も私と争いたいわけではないらしく、厳しく追及することはなかった。

「君がこんな時だし、責めたいわけじゃないんだ。僕の方こそすまない」

歌仙を見ると、悲しそうな顔をしていたので、私は彼を抱き締めたくなった。大人の男性の姿をしている刀剣男子なので、そんなことはできないが。とにかく、この歌仙がこんな風にしょぼくれるほど私を心配してくれているとわかり、私も少し反省した。

「心配してくれてありがとう。皆にも、伝えておいてほしいな」

歌仙は小さい声で「うん」と頷いた。

やはりいつもより気弱で、うちの本丸の歌仙ではないかと思うほどの落ち込みようだ。

「それ、ご飯?」
「ああ、そう。消化にいいものと、これはカルピス」
「カルピス? 嬉しい」
「そう言ってもらいたくて用意した」
「ふふふ、ありがとう」

歌仙は怒りの感情を真っ直ぐぶつけてくるけど、同じくらい好意も伝えてくる。まだむっつりしているが、私を嫌いでやっているわけではないと、ちゃんとわかる。

私はふと、山伏に会いたいと思った。

私も山伏に好きだと言いたい。

私は素直ではないし、はっきり言葉にできないかもしれない。それでも会いたい。

歌仙が私に食事を用意しながら、「食べながら聞いてほしいのだけど。君に会いたいと言う者がいる」と言った。

「誰?」

私が尋ねると、歌仙は「色々いるけど」と呟いてから、続けて言った。

「山伏国広は」
「え?」
「山伏国広は、僕に何かを頼むということは殆どない」
「そうなの」
「好き嫌いもなくなんでも食べるし、内番もいつも嫌な顔をせずにやっている」
「そんな感じするね」
「君の食事を用意している時に、彼が来て、僕に、こっそり言った」
「うん?」
「君がゲートを開けなくなるほど体調が悪いなんて初めてのことだ。普段自分からそんなことを絶対に言わない君が、体調が悪いから休ませてほしいと言った」
「それは、心配おかけしまして」
「部隊長と相談して、近侍である僕が、主は面会謝絶だと皆に伝えた」
「えっ」

そんなに大ごとになっているとは思わなかった私は、ちょっと驚いてしまった。どおりで静かなわけだ。

部隊長と近侍を固定にすると、男社会に特有の、必要以上の上下関係のようなものができてしまうので、私はなるべく交代制にしていた。でも最近は体調が悪かったこともあり、色々考えるのも面倒なので、たしかここ3か月近くは固定になっていた。

部隊長と近侍でそんな、本丸内の規律をつくるまでになっていたとは。

私はそっちのことも心配になったが、いまは自分のことだ。

元から、それほど私の私室にまで訪問に来る刀は少ないが、それにしても誰も見舞いに来ないようで少し寂しく感じたほどだった。三日月や長谷部あたりは顔ぐらい出しに来るだろうと思っていた。

面会謝絶とは。

ありがたい。ありがたいが、しかし。

「君と話して安心した。面会謝絶は解いてももう大丈夫そうだね」
「うん。え、山伏国広の話しは?」

山伏のこと気になって仕方ないのだけど。

歌仙はそのことを忘れかけていたのか、「ああ、そうだった」と手を打った。

「君に会いたいそうだよ」

私はそう言われただけで心臓がどきどき高鳴り始めたのを自覚した。顔も少し熱い感じがするので、赤くなっているかもしれない。

山伏が私に会いたいと言った。

歌仙がそう言うのならそうなのだろう。

「それで」
「主は面会謝絶だと伝えた」

そうだった。

私は表情を繕ってたまごスープを啜った。

こんなに山伏に会いたいのに、山伏も私に会いたいと言ってくれているのに、私の知らないところで山伏の誘いを断っていたなんて。ショックだ。

なんて言えばいいのかわからない。

歌仙は私を思ってやってくれたんだ。それを責めるわけにもいかないし。

「面会謝絶はなしになるんだよね。あの、皆にも、大丈夫だから」

私ははっきりしない物言いでたまごスープをかき混ぜた。

言いたいことは決まっている。

山伏に会いたい、それだけだ。

私が歌仙を横目で見ると、歌仙も私を見返した。

歌仙はずっと私を見ていたと言った方がいいかもしれない。歌仙はよく私のことを見ている。たぶん、ひとつのものを見ているのが好きなのだろう。

「彼があんなことを言うなんてね」歌仙は私をじっと見つめたまま言う。

「君と彼は恋仲なのかい?」

心臓が口から飛び出るかと思った。

そういう表現があるが、正にそんな心境だ。

私と山伏との関係は、とくに公にはしていない。職場恋愛とは得てしてそうだろう。子どもの姿をした刀剣男子もいるので、なんとなく言い難くて言っていなかった。

そもそも山伏と二人きり、という機会はそれほどない。恋仲らしい触れ合いも少ないので、あからさまに疑われるようなこともない。勘のいい刀に何度か、やんわり聞かれたことがある程度だ。

山伏より、歌仙と二人でいる時間の方が圧倒的に長い。

ここの私室は離れになっているので、中での声が外に漏れて誰かに聞かれるというのも、余りなかったと思う。

だから急に聞かれて驚いてしまった。

いつものように否定した方が面倒がない。

でも、いま歌仙の質問を否定するのは、自分の気持ちを否定するような気がして、嫌だ。

しかし、そもそも。

審神者と刀が恋仲になるのは、本丸によっては御法度だと言う。政府の作るQ&Aでははっきり否定されていないが、職権濫用だという論も確かに存在する。

道具が持ち主に想いを寄せるのは、その持ち主が特別だからではない。

主が嫌いな刀剣男子はいないと言う。

母親に懐く子どもと同じだ。

私も、そういうことを考えないわけではない。山伏の私に対する気持ちがなんなのか、彼はそれほど饒舌でもないし、はっきり言ってくれたことはない。

私のこれはセクハラではないか?

彼が言う好きだという気持ちは、持ち主に対する単なる愛着を超えるものではないのではないか?

それを誰も否定してくれない。

お互いの気持ちがはっきりしていて、やましいことがなければ、私だって、二人の関係を隠したりは、しなかったかもしれない。

「誰にも言ってないんだけど。山伏国広とは、いわゆる、深い仲です……」

言葉が尻すぼみになったのは致し方なし。

歌仙はまだ私をじっと見つめている。

「じゃあ呼んで来よう」
「えっ
「え?」

腰を上げた歌仙を、思わず呼び止めてしまった。

「あ。ごめん。お願いします」

挙動不審過ぎる。

私は自分でも自分がわけわからな過ぎて赤面した。いい歳した大人がこんな。

自由恋愛だと胸も張れない。

それがすべてを物語っているようで虚しくなる。

歌仙はわざわざ私の元へ戻り、手に手を重ね、「嫌ならはっきり言ってほしい。彼には僕からそれとなく断っておく」と言った。真剣そのものだ。

失礼ながら、歌仙が本当のことを隠しつつ感じよく断りを入れる、という外交交渉ができるとは思えなかったが、その気持ちは嬉しかった。体調も悪かったし、自慢ではないが、私は美味しいご飯と優しい言葉で絆されない人間ではない。

「どうする?」

歌仙も大概優しい。

「あの、呼んで大丈夫です」

私が言うと、「わかった」と短く答えて、歌仙は音もなく立ち上がった。

歌仙が部屋を出てから、山伏を待つ間、私は初めて山伏と肌を合わせた時ぐらい緊張していた。あの時。緊張していたのは、人間以外とできるのか、ということではもちろんなく、大好きな人が熱い手で私に触れてくれたからだ。ガチガチに緊張した私を山伏は優しく抱いてくれた。

たまごスープを飲んで、お盆に置く。温かくて、美味しい、歌仙の作った食事だ山伏を待つ間、私は歌仙の優しさと、山伏や、他の刀たちのことを思って泣きそうになった。

不甲斐ない。

私はもっと、この仕事と向き合わなければいけない。




続きはmblg.tv
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刀ミュ2019『歌合』感想

ミュージカル『刀剣乱舞』
歌合 乱舞狂乱 2019の感想です。



※ネタバレしかありません
※めちゃくちゃな長文(まさに狂乱)
※告白しておくと小狐丸、蜻蛉切、陸奥守吉行贔屓です




ミュージカル『刀剣乱舞』の歌合 乱舞狂乱 2019をDMMアーカイブ配信で観賞しましたので感想として残します。ウェブ上の知識等をところどころ取り入れています。

刀剣男子が神様やっているのが大好きで、今回の公演は大変ご馳走でした。

鶴丸が判事役で仕切っており役割が大きめでした。赤青に分かれて歌うけど、互いに敵対して優劣を決めるようなことはしません。もちろん他キャラにも見せ場あり。


2.5次元初心者なので、念のため書いておくと、本公演では他公演について言及したり舞台を追っているから楽しめる要素があります。

普段は、前後編や第二部などとうたっている作品以外で、他作品を見ないと楽しめない作品というのは、好まないのですが、本公演はそれをおいてもとても良かったです。

何が良いかというと、刀剣男子が神様をやっているから、ということに尽きます。

ほんと好き。


なお、演出の都合で芝居とライブが交互にあります。芝居パートではペンライト振れません。



【神遊び】導入

「この世に生まれ出るもの、いずれか歌を読まざりける」
(この世のものならなんだって歌を読むもんだろ)
「あなたと歌合わせ」
「さあ、歌え!」


古今和歌集などの古典を引用して、なぜ歌うのか、っていう理由付けをする。

本来ミュージカルにおける歌には理由付けなんか必要ない。なぜ歌うのか、ミュージカルだからだ。

でも、この問題提起は伏線になっています。

和歌を引用することにより、私達が歌を聞いて高揚するのは人間の本能的なところに由来するのだ、という気持ちになりますね。千年前から変わらない営みなのだ、という気持ちになる。


ちなみに他の方の指摘で、ここの陸奥守吉行と御手杵を見ていると振付が他の刀と違うところがあるようです。彼らは炎に焼かれた経験があるから。

炎というのは刀鍛冶に必須のもので、刀を生み出す源であり、鉄を溶かし刀を滅ぼす原因ともなるものでもある。

物事は一面的ではないというのは、本公演を通じて感じられるテーマにもなっています。


なお、先に書いたように冒頭の芝居パートが伏線になって、この後の芝居パート全体へ影響を与えます。

歌を歌うもの、人、鬼、神、およそこの世のものすべて。その中に刀剣も含まれている。

この後も、和歌を引用しながら刀剣男子のあり方、肉体や心を持つことで生じる葛藤などを表現していきます。それぞれの来歴やミュ本丸での出来事によって個性があってとてもよい。


ここでオチに触れちゃいますが、まだ生まれ来ない付喪神に、刀剣男子になるとはこういうことですよ、という心構えを与えているんですね。それを和歌を引用し歌って踊るっていうのが、御神楽みたいで素敵な発想だな〜ほんとに最高〜となりました。



【懐かしき音】芝居

碁石のぶつかる音を懐かしむ刀剣達。

その音は鉛玉の爆ぜる音にも聞こえ、あられの音にも、算盤、玉砂利の音にも聞こえると話す。

そして人がするのを真似てお参りをする。刀剣男子が神頼みするのも変な話しだけど、これも「君」に逢いたいからだと言う。


読まれる和歌は、
天地(あまつち)の神を祈りて我が恋ふる
君い必ず逢はざらめやも
(神々に祈ったのだから、君に逢えるでしょうね)


また、ここからそれぞれの刀剣男子が、詠んだ和歌を短冊に書いて燃やす。

火を焚くのは、和歌を神(君)へ届ける意味があると思われる。



【CONFEITO】芝居

刀剣男子に次々に根兵糖を要求された蜻蛉切が夢を見る話し。蜻蛉切がとってもかわいい。とってもとってもかわいい。

かわいい。

夢から醒めてから歌う歌もめちゃくちゃであり、夢から醒めた後も蜻蛉切の夢の中ではないかと思われます。CONFEITOはポルトガル語で金平糖のことだそうです。そのままですね。


読まれる和歌は、
世の中は夢かうつつかうつつとも
夢とも知らずありてなければ
(世の中は夢ともうつつともわからない、あってないようなもの)


世の中は夢ともうつつともわからない。うつつと思っている今この時間も夢の中かもしれない。

もしも、蜻蛉切が主に根兵糖を持たされて長期任務にあたっているときに見た夢だったら、ちょっと可哀想かもと妄想しました。大切なものだからちょっと疲れたくらいでは食べちゃいけない、と思っている、そういう蜻蛉切もいるかもしれない。



【mistake】ライブ

ぽんぽぽんぽんって言う歌。すごく好き。

陸奥守がアップになったときに鼻に皺寄せてるの犬が威嚇しているみたいでかわいかった。大倶利伽羅の威嚇もカッコ良かった。


あとは、歌のあとのいじりで御手杵が「高速槍」って言って会場がどよめいているのが面白いです。御手杵がゲーム詳しい?(笑)みたいなどよめきですね。刀剣男子の誰かが「高速槍?」って言い返してたから、その人はゲームやってないかもね。



【Impulse】ライブ

蜻蛉切と鶴丸は歌がうまい。

鶴丸は歌のレッスン受けたことないようなことをネットでお見かけしたので、レッスン受けたらもっと音域広がって素晴らしいのでは、と思いました。


ちなみに三百年再演の2部曲で、そちらでは村正と蜻蛉切で歌っていたものです。映像見ていると村正のペンラ色を振っている方もいたようで切なくなっちゃったな。

気持ちわかるけど村正いないの仕方ない。

いない者を当てにするな!今は残った者でやれることをやるだけだろ!
って矢口蘭堂も言っていました。



【Stay with me】ライブ

巴の歌がうまい、蜂須賀がかわいい。

バーレスク(ボーイレスク)って呼んでいる方いたけど納得です。


余談ですが、これも三百年再演の2部曲です。三百年再演のにっかり青江は最高に可愛いのでおすすめします。三百年再演の2部は全体的に穏やかで優しい雰囲気あります。



【菊花輪舞】芝居

にっかり講談。講談は雨月物語そのまま。

人魂は純粋な魂であり、念が深く執着や思いが強い魂は、よりこうでありたかった、こうでありたい、という形を明確に描くのだと言う。

もちろんこれは刀剣男子のことを言っている。


詠まれる和歌は、
夏虫の身をいたづらに成すことも
ひとつ思いひなりてよりけり
(夏虫が火に飛び込むのも、私が恋焦がれることも、思い(火)によるもの)


彼らは元は刀であり、そこに宿った付喪神である。刀剣男子として形を現し、その姿形を保つのは、刀剣男子自身の思いひとつである、と言うのだ。


またこの講談は「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」で結ばれる。

「軽薄の人」が誰かということは専門家のあいだでも諸説あるようですが、どの解釈でもこの公演には馴染むと思っています。自分に従わない男を許さなかった経久、主人の命に従い従兄弟を監禁した丹治、死をもって一夜の約束を果たすことを選んだ宗右衛門、儒学者でありながら復讐の道を選んだ左門、それら誰にも成り得なかった読者たち。

誰もが、誰かにとっては「軽薄の人」である。


また、にっかり青江は「交わる」とはどういうことかわからない、と言う。刀は人を、あるいは刀同士を傷つけることはあっても交わることはないから。

しかし『菊花の約』は、肉体の交わりを言っていない。

思いの強さが、死んだ者の魂を千里の道をも越えさせた話しなのだから、心の交わりの話しなのだ。心のことなら、刀剣男子だって「交わる」ことはできる。


「交わりは軽薄の人と結ぶことなかれ」

2回も繰り返されたこの言葉は、心や情を持つものすべてへの戒めだ。



【明石国行のしゃべくり】芝居

ちょっとぞっとする話し。にっかり青江の講談より余程怖いです。

これはあくまで作り話、と締め括られる、梅の木の話し。

梅の木の枝を折る様は、歴史を修正する行為の隠喩ではないかという意見を読み、私もそうだなと感じました。

梅の木は「主が大切にしている」とはっきり説明される。

梅の木の枝を最初に折ったのが歴史修正主義者なら、刀剣男子がやっているのは、「バランス」をとる為に次の枝を折っているようなものだと言うこと。辻褄合わせに次々と枝を折れば、最後には梅の木そのものを失ってしまう。


葵咲本紀中でも明石はミュ本丸の方針に疑問を抱いていましたから、ここではそういう立場として描かれるのでしょう。

弟思いの明石推しの方は大丈夫でしょうか。

まあ解釈違いしてたら歌合見てないですかね。


詠まれる和歌は、
梅の花折りててかざせる諸人は
今日の間は楽しくあるべし
(梅の花を手折って飾っている人は、今日を楽しんでいるのだ)


明石はこの話しを落語として聞かせ観客を笑わせます。オチもついて話しは綺麗に収まる。

しかし明石は、審神者のやっていることがどんなに滑稽で非合理的でその場しのぎのエゴイズムか、それで笑わせているんです。梅の木の枝を折って、折って、折り合っていると。

今日が良ければそれでいい、そんな刹那主義的な行動を客観的に眺めている。

自分の脳みそを食べさせて、それを美味しいと言わせるような、レクター博士のあれと同じ。それが怖いです。



【Brand New Sky】ライブ

結びの響、始まりの音カンパニー仲良さそうでいいな。



【Nameless Fighter】ライブ

大倶利伽羅馴れ合わないな〜、でも最後ちょっとにっかり青江と馴れ合ったかも。



【約束の空】ライブ

明石と御手杵がちゃんとアイドルやってる。



閑話休題。

巴、陸奥、大和守、大倶利伽羅で芋を掘る話し。ここで大倶利伽羅が一生懸命畑仕事をしているのは、三百年の子守唄からきているんでしょうね。陸奥守がそれをちゃんと見ているのが微笑ましい。

馴れ合わない大倶利伽羅が可愛いです。



【前進か死か】人間

葵咲本紀で人間役の役者さんに色々あったようで挨拶してくれますが、余り事情知らないのでよくわかりません。前説の小芝居も葵咲本紀を知らないとわからない部分が多いと思います。

歌は好きです。殺陣ありの振付もカッコいいです。



【夕涼み 時つ風】芝居

和泉守、蜂須賀、にっかり青江の軽装姿に観客みんなにっこりしたであろう。

長髪さらさら系男子の風呂上がり、すごくいい。

兼さんが牛乳飲むとき応援されていたのは、幕末天狼傳で、舞台上でお酒を一気飲みするのお腹が弱いことを理由に蜂須賀に代わってもらったところから来ているらしいです。わかりませんけど。

あと兼さんが「謎が多い三条さん」って言うの好きでした。にっかり青江のことも「にっかりさん」って言っていたのは年下設定なのかな。

三条に謎が多いのは非現存、不存在の刀が多いからでもある。つはもので三日月宗近が「千年前のことなど誰にもわからない」と言ったように不確かなのだ。それに比べると兼さんは出自にもエピソードにも確かさがある。

まったく自覚なく現存刀が非実在刀、現不存在刀に対して「謎が多い」と言うのはけっこう残酷ですね。


あと堀川国広のギターはああして聴いてもまったく遜色なくてすごいです。


詠まれる和歌は、
ぬばたまのわが黒髪に降りなづむ
天の露霜取れば消につつ
(私の黒髪に積もった露霜は、手に取ればすぐに消えてゆく)

この和歌自体は黒髪に降る露霜を手に取る無邪気な様子を描いているのでしょうか。しかし刀剣男子にとっては意味合いが変わってくる。

確実に目の前にあるように見えたものも、手にした途端に消えてしまう、そういう儚さを歌っているように思います。

自分はなぜ存在しているのか、それを自分に問い続け、自分自身で答えを出し続けなければならない。自分の存在を疑えば、そこから自壊して消滅しかねない、そういう危うさが刀剣男子にはある。

因果な宿命だ。



【描いていた未来へ】ライブ

アイドル。



【狐や踊れ】芝居

間接的に、ミュ本丸では明石は遅めに顕現したらしいことがわかる。

あとこれは本当に蛇足ですが、「あぶらげ」と「あぶらあげ」はどちらも正しい発音のようです。私は普段「あぶらあげ」と呼んでいたので、「あぶらげ」は砕けた言い方に聞こえます。だから小狐丸が「あぶらげ」って言うの少しかわいいなと思いました。

他にも、小狐丸は基本みんな呼び捨てだな〜とか、明石の顔はめちゃくちゃ端正だな〜とか、小狐丸っていつも紳士的だけどプリプリ怒ってるのも可愛いな〜とか、思うことは他もいろいろあるのだけどキリがないのでやめます。


話しを戻します。

小狐丸が二振りいる、という騒ぎが起こる。しかしそう言うみんなが佩刀していないのを見て、小狐丸は自分は狐に化かされたと気付きます。

そこから「では踊りますか!」となって5振りで踊るのですが、勢いがあって楽しげです。

狐っぽい振付もかわいい。

みんなで「狐には表と裏がある」と歌う。小狐丸という太刀には表に刀工名、裏に鍛刀時を手伝った狐の名前が彫られていたという伝説があり、そこからきているのか。


詠まれた和歌は、
ふたつなき物と思ひしを水底の
山の端ならでいづる月かげ
(月はこの世に二つもないと思っていたが、水底に月が見える)


狐面の小狐丸を見て小狐丸ははっとする。向き合えば鏡の如く、溶け合えば鉄の如く、ひとつは私、ひとつも私。私は私、お前も私。心には実態がない。常に矛盾をはらみ、表と裏の面が争い葛藤し続けている。

表と裏、どちらがホンモノか。

それは、どちらも本物なのだ。

そのことを証明するように、小狐丸の影のように踊っていた狐面の小狐丸が最後に残したのは、面(おもて)であったのでした。



【響きあって】ライブ

長曽根さんと蜂須賀さんが一緒に踊っていた気がする。



【百万回のありがとう】ライブ

蜻蛉切が穏やかに微笑んでてうってなった。てかみんなすごく穏やかに笑ってて幸せになった。

陸奥好きになりつつある時に見たので、うちわ探してじっと読んでファンサしてる陸奥がすごく愛しかった。



【勝ちに行くぜベイベー】ライブ

アオーンって鳴くのが可愛かった。



【獣】ライブ

ライブパートが続くからこのまま終わっちゃうのでは?っていう思いが過ぎってました。あとにっかり青江ときどき歌ってないのでは?って思って見てました。



【かみおろし】芝居

まれびとまだか、と歌う。

まれびととは神のこと。 

そうです。これまでの、そしてこれからの儀式は神(新たな刀剣男子)を呼び降ろすためのものだったのです。冒頭と同じ白い装束で刀剣男子が舞台に揃って登場します。


詠まれるのは古今和歌集の序文、
やまとうたは人の心を種としてよろづの言の葉とぞなれりける
(和歌は人の心を種として生まれる)


そして鶴丸のセリフ「人の想いで紡がれた物語を縁(よすが)とし、この世に生まれ出るのは歌も我らも同じこと」と続く。

これまで「歌おう歌おう」とやってきて、鶴丸がいきなり結論を持ち出す。歌が人の心から生まれるものであるように、刀剣男子も人の心によって生まれると言う。だから和歌を詠んでいたのだ。

神を降ろすのに必要な要素(心から言葉が生まれ、言葉から和歌が生まれること)を、和歌を詠むことで擬似的に繰り返していたのだ。

ここから駆けるように芝居パートが進みます。


小狐丸は、自分の思いの強さが乗り移って狐面が小狐丸の姿を持つまでになったと言った。

にっかり青江は、付喪神が人の形を成し、刀剣男子として顕現するのは「思いひとつ」と言った。

この儀式では、これまで付喪神であった神に、人の形と成れるように、すでに顕現している刀剣男子達が教えて、誘い出そうとしている。

心を言葉に、言葉を歌にすることは、付喪神から刀剣男子となることと同じ工程なのだ。


ちなみに「8」は日本の神様に縁のある数字のようです。八幡大菩薩とか、八百万の神とか言いますしね。

これまで詠まれた6つの和歌は火を焚いて既に神へ捧げられている。そして鶴丸が灯した2つの炎を合わせて、8つです。鶴丸は「これより先は神の領域」と宣言する。

神社に鳥居があるように、線引きすることで、そこを超えたときにより神の領域に近付く感じがします。



【君待ちの唄】芝居

すごく好き。

神様やってるのほんと好き。

心の臓、赤き血、眼、手足、耳、口、肺、と人の形を成すのに必要なものを歌い上げていく。最後、空気を吸い込めば、君は産声を上げるだろう、って産声のところ蜻蛉切が歌うの、ほんと生命力に溢れてる。好き。

心臓から肺までで、7つ。

もちろん8つ目は心だろう。


命宿れ、形宿れ。宿れ宿れや、祈れ祈れや。

忘れつつありましたけど、これまで赤青に分かれて歌合をやっていたのです。

祭りで神輿を運んだり、競ってどこかへ向かうのは、それに誘われて神様がやってくるからです。あるいは人間が神の領域へ踏み込むため。

それに相応しく盛り上げてくれるんで、ほんと好き。


カタカナの呪文はアナグラムになっているそうです。並び替えるとカクヅチという火の神を殺したことで生まれた8つの神の名前が出てくる。

刀剣男子は、時間遡行軍の刀を折り続ける。

それが使命だ。

神を呼ぶのに、神を殺して生まれた神々の名前を唱えなければいけないなんて、なんて業が深いのか。この神々はしかし、神殺しの象徴であるのと同時に神を生み出したことの象徴でもあるから、刀剣男子の鍛刀にはぴったりです。



【八つの炎、八つの苦悩】芝居

付喪神らしき姿が現れ、苦悶の歌声を上げる。

「我に与えられたのは肉体と8つの苦悩」

苦しそうに歌うから、悲しくなります。これが彼らの産声なのか。刀であれば、付喪神であれば無縁であったはずの苦しみを、今から与えようというのだ。

生まれてきたくなかった、生まれてこなければよかった、と思われたらどうしよう。刀であれば、付喪神であれば与えられることのない苦悩。心があるというのは、そういうことなのか。

付喪神は「なぜ我を生み出した」とまで問うてくる。

刀剣男子は声を合わせて答えます。

「共に戦うため」
「使命果たすため」
「どうか力を貸し給え」

それがすごく力強いんですね。

泣いたね。泣いてないけど。

篭手切がめちゃくちゃ必死な表情なのね。2回目見ると篭手切〜ってなる。

「生まれた理由は問い続けよう」
「この身が語る物語を紡ごう」

新たな刀剣男子がこう歌って、刀剣男子となることを決意してくれるんですね。自分が自分であるために、苦悩があるとわかっているのに、きてくれてありがとう〜ってなりました。てかごめんね〜ってなりました。



【あなめでたや】芝居

めっちゃめでたい曲。

ただし、明石が全然笑ってないのが怖いんですよね。大倶利伽羅が馴れ合ってないのは全然いいんだけど、明石が笑ってないの怖い。



【最後に】

長々と書いてきました。不満に思うところもありましたが、全体として好きな公演でした。じゃなきゃこんな長文の感想書いてないか。


この歌合、これは人間賛歌。

すべての生命への祝福。

刀剣乱舞のゲームをやっていたり、刀ミュを見る人の中には、早く人間辞めたいって思っている人も多いと思います。でも、本公演を見たら、この舞台を作ってる人達はきっと真逆のことを意図していると思えてならないのです。

人間賛歌。

肉体と心があれば、8つの苦悩が宿る。

でも苦しむために生まれてくるものはない。

刀剣男子は、「なぜ我を生み出した」という問いに迷いなく「使命果たす為」と答える。

なんて頼もしいんだろう。


先に顕現した刀剣男子は、一度生まれてしまえば「八つの苦悩」が待っているとわかっている。

肉体を得て、心を持つとはどういうことか。

刀剣男子として生まれてくれば、苦悩しなければならない宿命を背負うことになる。それでも全員で声をそろえて「力を貸し給え」って言ったのは、苦悩よりも、もっと大きい幸福や果たすべき使命があると知っているし、そうあるべきだと確信しているからだ。


本公演は、「この世に生まれ出るもの、いずれか歌を詠まざりける」から始まる。

和歌を詠み、歌う刀剣男子。

それは彼らに心が宿っているからできることだと言う。

心とは、友に逢いたいと祈る優しさ、使命を果たさんとする決意、幽鬼が抱く深い情念、主に軽蔑されたくないという怖れ、狐面にまで乗り移った欲望、仲間の無事を願う友愛。良いものも悪いものも心にはあるけど、表と面(おもて)、どちらも真実なのだ。

良いときも悪いときもある。

軽薄な人もいるだろうし、裏表のある人もいるだろうし、欲望をコントロールできないときもあれば、喪失への恐怖や寂しく思ったり孤独を感じることもあるし、中には主へ疑念を抱くものもいるだろう。

刀剣男子になれば、自分の望まないような一面を知ってしまうかもしれない。

あらゆる和歌は「人の心を種として」生まれる。つまり付喪神も幽鬼も妖も、歌うのは人に心があるからだと締め括る。

「歌え」と何度となく呼び掛けて、祈り、願い、刀剣男子は互いに応えてきた。歌合も、刀剣男子同士の、あるいはまだ来ぬ付喪神への言葉掛けであった。

でも、それを彼らは客席に向かって歌うのだ。

人間なんかいなくても花は咲くし鳥はさえずるし風はそよぐ。でもそれを美しいと思って歌を詠み、千年後まで歌い継ぐのは人間だった。

ものに心が宿り、歌を歌う。

それは、人に心があったから始まったこと。

人間がいなければ、ものが歌を歌うことはなかったし、付喪神も刀剣男子も存在しなかった。人の心を種として、刀剣男子が産声を上げたのです。


刀剣男子が生まれる過程は、人間の生まれる過程そのものだ。

彼らの引用してきた和歌は、当たり前だけれど、人間の作ったものです。刀剣男子の心は、人間の心そのものです。

「あなめでたや」は、生まれてきたものすべてへの祝福なのだ。

八つの苦悩を与えた人間を恨まずに、神が人間賛歌している。

泣いたね。泣いてないけど。


感想は以上です。

さて、もう一周見てきますかね。
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