スポンサーサイト



この広告は30日以上更新がないブログに表示されます。

レルム

応接室で少し待っていると、やがて思ったよりはラフな格好の男性が現れて挨拶した。痩身で肌は白いけれど、先生のように不健康そうには見えない。

「こんにちは」

先生が立ち上がって事務的に言うと、アレクシエルも同じように返した。僕は愛想笑いを浮かべて挨拶した。

「それで、」
「アンドロイドを見せて下さい」
「アンドロイド?」
「はい。アンドロイドをコレクションするのが趣味だとか?」
「そうだが…」
「是非、拝見させて下さい」

アレクシエルは目を細めた。

「…もしや、貴方もアンドロイドなのかい?」

先生は少しの間その言葉を吟味していた。まさか先生がアンドロイドだとは、思ったこともなかった。先生を見ながらぽかんとしてしまう。

「違います」

勿体振った割に当然の答えだったのでアレクシエルは笑いを漏らした。笑うととても優しそうに見える。

「申し訳ない。少々不躾でした」
「いいえ。光栄です」
「光栄? 機械だと言われるのが?」
「アンドロイドは優秀ですから」

アレクシエルは笑みを深めた。

「貴方は正しい」

アレクシエルは立ち上がると「ご案内致します」と言った。その声は楽しそうに弾んでいた。癖のある髪が跳ねた。

分かりやすい造りの屋敷だけれど、広いから歩くと苦労する。

「こちらからどうぞ」

ルイという人に鍵を開かせて、大きな扉が僕たちを招き入れた。ふわりと風が吹き込んでくる。

中には無数のロボットがいた。

先生は注意深くそれらを順に確認していく。アレクシエルは僕たちに構わず好きにロボットを見ているようだ。

「他にも?」

先生が尋ねるとアレクシエルは「ありますよ」と気さくに答えた。アンドロイドに関しては表情が柔らかくなる人らしい。

2人は似ている。

先生は博士にだけ反応する。

開かれた扉に、2人は息を飲んだ。先生はちょっと口が開いてしまっている。

「芸術と呼ぶには、余りに完璧過ぎる」

アレクシエルは呟いた。

彼の言葉がアンドロイドの容姿だけを指して言われた訳ではないだろうと僕は思った。

先程のロボットが所狭しと並ぶ倉庫のような部屋と違い、こちらは見せることを目的とした展示室のようだ。型も大きさも違うアンドロイドたちが整然と立っている。

一人のアンドロイドと目が合って、僕は少し怖くなった。

伊佐木

いつもの席には誰かが座っていた。一人は風紀の戸田だと直ぐに分かった。

「ここ、私たちの席なんですけど」

そう言ってもう一人の顔を確認すると、5組の九鬼瑞穂だった。眞木もそれに気付いてか九鬼をじっと見ている。

「お前らの席…?」

戸田は眉根を寄せた。

「そう。だからどいて」
「は?」
「戸田、行こう」

九鬼はすっと立ち上がると戸田の腕を掴んだ。関わりたくないらしい。

「お前は残れば?」

そう言ったのは眞木だった。

「それいいね」

九鬼は私たちの中では少し特別な存在だった。その綺麗な顔と冴えた頭脳は慶明の中でも屈指だ。友達にしたいと3人で話したことがある。

個人的には『瑞穂』という名前も気に入っている。

彼にぴったり。

その九鬼は「ごめん。教室戻ってくれる?」と戸田に言って笑った。

「は…?」
「また今度な」

突き放すような態度は戸田を私たちから避けさせる為なのだろう。面白い人間だし、きっと賢い。

さっすが5組。

でも勉強ができるだけの頭ではない。眼鏡の奥の瞳はいつもキラキラして輝いている。

私が座ると眞木も九鬼も座った。

「瑞穂ちゃんて、食堂来たことないよね」

だからこのテーブルを選んだのだろう。ここはもう2年間私たちの席なのに、ここを選んでしまった。

「それ、パンか」
「え、ああ」
「誰か待ってんのか」

眞木は九鬼を睨んだ。

「え、他にも誰かいるの?」

九鬼は「君たちも知ってる人だよ」と笑った。眞木は九鬼を更に睨んだ。私も九鬼の態度に少し不愉快になっている。

性格悪いんじゃないの?

「…秋津、」

九鬼はそう言って手を挙げた。視線の先にはトレーを持った秋津が本当にいた。

「え…」

2人って仲良いの?

「お前らいたのかよ。キュー、違う席行くぞ」
「ちょっと待ってよ!」
「キュー、」
「一緒に食べよう!」

私の提案に異議があるのは秋津だけではなかった。

「ハァ?」

眞木は先程の九鬼の態度に機嫌を悪くしたままだったし、もう興味はないらしい。秋津はこちらを見もしないで席を探すように食堂を見渡している。

「瑞穂ちゃんと食べたいな」

努めて明るく言ったけれど、誰も応じてはくれない。

「賢太ちゃん、って呼ばれたいですか?」
「え?」

九鬼は眼鏡を押し上げた。

「『瑞穂ちゃん』って、馬鹿にするように呼ぶのは止めて下さい」

私にはよく分からなかった。首を傾げて眞木を見るとにたりと不均衡に笑ったから、九鬼にとっては不愉快なことだったらしいと悟った。

「悪気はないよ。秋津だってそう呼ぶでしょう?」

その声で秋津は動きを止めた。

「そうだな。俺たち3人ともそう呼んでたしな。なあ、秋津?」

眞木の援護に私は気を良くして微笑んだ。悪気はなかったし、どうせならこれからも瑞穂ちゃんと呼びたい。

「秋津、面倒だからここで食べよう」

九鬼は笑顔でそう言ってコンビニの袋を開いた。笑うと冷たい印象が消えて妙に心惹かれる。

秋津の顔は苦虫を噛み潰したようだった。

頼んでおいた私と眞木の分の昼食を後輩が届けてくれたところで、私たちは手を合わせて食事を始めた。時間もなかったので手を付けてからは早い。

「ずっと瑞穂ちゃんと仲良くなりたかったんだよ」

私は言った。

中等部の頃にそういうことを話したから、かれこれ3年は前のことだ。何度か話したりもしたけれど、余り仲良くはなれなかった。

「ありがとう」
「私たちと仲良くすれば、色々役立つこともあるからね」
「…食堂の席を確保できるとか?」
「そう。他にも色々、ね」

私が微笑むと、秋津は舌打ちした。

眞木と揃って不機嫌なので、私と九鬼が話す以外には会話らしい会話もない。私は一人で九鬼と明日のランチの約束までしていた。

「賢太ちゃんって呼んでもいいけど、賢太くんとか呼び捨ての方がいいな。賢太ちゃんって、ちょっと間抜けだし言いづらいでしょう?」

親戚の人も私を賢太ちゃんとは呼ばない。

「そうですね」

九鬼は静かに笑った。

メシまず


170 :捨てねこ ◆Cat3....ws :2009/10/14(水) 18:08:34.67 ID:YCDEilEv0
嫁のメシがまずい その1
嫁のメシがまずい その2
嫁のメシがまずい その3
嫁のメシがまずい その4
【隠しきれない】嫁のメシがまずい その5【隠し味】
【匙加減を】嫁のメシがまずい その6【知らぬ愛】
【外食で】嫁のメシがまずい その7【命をつなげ!】
【愛ゆえの】 嫁のメシがまずい 8皿 【暴走】
【好きだから】 嫁のメシがまずい 9皿 【言えない】
【誘導】嫁のメシがまずい 10皿目【禁止】
【誘導】嫁のメシがまずい 11皿目【禁止】
【鍋もおでんも】嫁のメシがまずい 12皿目【アレンジ禁止】
【妻の手は】嫁のメシがまずい 13皿目【ハルプン手】
【妻の手は】嫁のメシがまずい 14皿目【メガン手】
【目Newは】嫁のメシがまずい 15皿目【救世主?】
【ダイナマイト】嫁のメシがまずい 16皿目【カキフライ】
【夕食に】嫁のメシがまずい 17皿目【招くぞ】
【妻の愛情】嫁のメシがまずい 18皿目【夫の驚愕】
【これは】嫁のメシがまずい 19皿目【何?】
【天使の微笑】嫁のメシがまずい 20皿目【悪魔の味覚】
【緊張の夏】嫁のメシがまずい 21皿目【メシマズの夏】
【食欲の秋】 嫁のメシがまずい 22皿 【激ヤセの俺】
【味覚の秋】 嫁のメシがまずい 22皿 【死角の味】
【夫で】 嫁のメシがまずい 22皿 【実験】
【ゆでん?】 嫁のメシがまずい 25皿 【ゆどん?】
【言うも地獄】 嫁のメシがまずい 25皿 【言わぬも地獄】
【しゃくって】 嫁のメシがまずい 26皿 【ゆった(泣)】
【これ美味しい!】 嫁のメシがまずい 28皿 【今度作るね!】
【勇気を出した】 嫁のメシがまずい 29皿 【前歯が折れた】


172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/14(水) 18:10:38.96 ID:YCDEilEv0
【わかんない】嫁のメシがまずい 44皿目【思いついただけ】
【喉が痛いなら】嫁のメシがまずい 45皿目【イソジンカレー】
【マズメシは】嫁のメシがまずい 47皿目【家庭崩壊の危機】
【普通を求めて】嫁のメシがまずい 49皿目【何が悪い】
【はるかな夢】嫁のメシがまずい 50皿目【美味い飯】
【夏バテだから】嫁のメシがまずい 51皿目【素麺にリポD】
【びゃあ゛ぁ゛゛ぁ】嫁のメシがまずい 52皿目【まずいぃ゛ぃぃ゛】
【サンマと漁師に】嫁のメシがまずい 53皿目【ゴメンナサイ】
【秋茄子は】嫁のメシがまずい 54皿目【嫁に任すな】
【マズメシキケン】嫁のメシがまずい 55皿目【タベタラシヌデ】
【食べるな】嫁の飯がまずい55皿目【危険】
【綺麗な料理だろ】嫁のメシがまずい 56皿目【食えないんだぜこれ】
【片栗粉は】嫁のメシがまずい 59皿目【骨じゃねぇ・出汁でねぇ】
【マズメシ憎んで】嫁のメシがまずい 60皿目【嫁を憎まず】
【電子レンジは】嫁のメシがまずい 61皿目【パンドラの箱】
【秘蔵の日本酒】嫁のメシがまずい 62皿目【嫁の料理酒】
【発酵?】嫁のメシがまずい 63皿目【腐敗?】
【漬け物で】嫁のメシがまずい 64皿目【入院】
【一撃で】嫁のメシがまずい 65皿目【斃します】
【地雷戦隊】嫁のメシがまずい 66皿目【アレンジャー】
【地震・雷】嫁のメシがまずい 67皿目【火事・食事】
【西京焼きも】嫁のメシがマズい 68皿目【妻恐焼き】
【メシとして】嫁のメシがマズい 69皿目【軸がぶれている】
【食材に】嫁のメシがマズい 70皿目【贖罪しろ】
【いちご煮は】嫁のメシがマズい 71皿目【苺煮じゃねえ】
【嫁の親切】嫁のメシがまずい 72皿目【夫の毒物】
【てんぷらフガフガ】嫁のメシがまずい 73皿目【うどんドゥルドゥル】
【ネットレシピは】嫁のメシがまずい 74サラ目【地雷の宝庫】
【中国産か?】嫁のメシがまずい 75サラ目【嫁産か?】


172 :以下、名無しにかわりましてVIPがお送りします :2009/10/14(水) 18:10:38.96 ID:YCDEilEv0
【わかんない】嫁のメシがまずい 44皿目【思いついただけ】
【喉が痛いなら】嫁のメシがまずい 45皿目【イソジンカレー】
【マズメシは】嫁のメシがまずい 47皿目【家庭崩壊の危機】
【普通を求めて】嫁のメシがまずい 49皿目【何が悪い】
【はるかな夢】嫁のメシがまずい 50皿目【美味い飯】
【夏バテだから】嫁のメシがまずい 51皿目【素麺にリポD】
【びゃあ゛ぁ゛゛ぁ】嫁のメシがまずい 52皿目【まずいぃ゛ぃぃ゛】
【サンマと漁師に】嫁のメシがまずい 53皿目【ゴメンナサイ】
【秋茄子は】嫁のメシがまずい 54皿目【嫁に任すな】
【マズメシキケン】嫁のメシがまずい 55皿目【タベタラシヌデ】
【食べるな】嫁の飯がまずい55皿目【危険】
【綺麗な料理だろ】嫁のメシがまずい 56皿目【食えないんだぜこれ】
【片栗粉は】嫁のメシがまずい 59皿目【骨じゃねぇ・出汁でねぇ】
【マズメシ憎んで】嫁のメシがまずい 60皿目【嫁を憎まず】
【電子レンジは】嫁のメシがまずい 61皿目【パンドラの箱】
【秘蔵の日本酒】嫁のメシがまずい 62皿目【嫁の料理酒】
【発酵?】嫁のメシがまずい 63皿目【腐敗?】
【漬け物で】嫁のメシがまずい 64皿目【入院】
【一撃で】嫁のメシがまずい 65皿目【斃します】
【地雷戦隊】嫁のメシがまずい 66皿目【アレンジャー】
【地震・雷】嫁のメシがまずい 67皿目【火事・食事】
【西京焼きも】嫁のメシがマズい 68皿目【妻恐焼き】
【メシとして】嫁のメシがマズい 69皿目【軸がぶれている】
【食材に】嫁のメシがマズい 70皿目【贖罪しろ】
【いちご煮は】嫁のメシがマズい 71皿目【苺煮じゃねえ】
【嫁の親切】嫁のメシがまずい 72皿目【夫の毒物】
【てんぷらフガフガ】嫁のメシがまずい 73皿目【うどんドゥルドゥル】
【ネットレシピは】嫁のメシがまずい 74サラ目【地雷の宝庫】
【中国産か?】嫁のメシがまずい 75サラ目【嫁産か?】




76【アレンジ・チャレンジ】【大惨事】
77【愛されレシピで】【ホネかわスリム】
78【生米生豚】【生キノコ】
79【前門の生】【後門の消し炭】
80【俺達】【マーライオン】
81【自信妻害】【マズニチュード】
82【焼くんじゃない】【それは家だ】
83【ハムにな〜れと】【吊るされた鶏】
84【誘導禁止】【来客不要】
85【刈って来るな】【買って来い】
86【おまえは】【食わないのか】
87【そっちが酢なら】【亜鉛で勝負】
88【反省したら】【食べてね】
99【ヨーグルトと豆腐が】【出会っちゃった】
67
89【さしすせそ】【せは洗剤】
100
100【天高く】【俺痩せる秋】
93
93
96【ケチャップと】【ソースは同じ】
97【スルメのつもりが】【スエード】
98【塩味ないよ】【塩だらけだよ】
99【ソルティーは】【祖母の味】
100【それでも俺は】【愛してる】
101【手抜きのつもりが】【一番のウマメシ】
102【破壊力が】【バイキルト】
103【体を張って】【命を削って】
104【炒飯で】【酒気帯び】
105【ネタじゃないよ】【認定しないでよ】
106【冬に滴る】【脂汗!】
107【禁じ手の】【化学兵器】
108【食育?】【食逝!】
109【メシの因果が】【子にむごい】
110【味見せんたい】【アレンジャー!】
111【メロン雑炊】【パインご飯】
112【クックパッドで】【クックバッド】
113【腐海指数】【上昇中】
114【メシマズ菌は】【母子感染】
115【毒草で】【独創料理】
116【食べるも地獄】【飲むも地獄】
117【一手間かけて】【愛欠けて】
118【立ち上がれ】【ヘタレンジャー】
119【酢的な奥様】【食えん惨ご飯】
120【嫁の居ぬ間に】【自炊ウマー】
121【授かりものは】【メシマズ嫁】
122【・・・きのう】【なに・・・食べた?】
128【普通がいいんだ】【俺達は】
129【もみじもカッパも】【入ってないから】
130【腐った果実】【カレーで錬金】
131【年末ジャンボ】【食あたり】
132【ヴィンテージ酒】【ここに死す】

恭博

金属は職業上の能力者としては扱いづらく、更に致死領域と並んで人聞きの悪い能力だ。威力がなくても適性が高ければ暗殺者になれる。

「今、ダンガードを呼びます」

医者は剣呑な顔でそう言った。

俺も似たような顔をしていると思う。

「ごめんな…」

気付いて遣れなかった。倒れるより前から身体は酷く辛かっただろう。嘔吐したのに出てきたのは胃液ばかりだった。

医者と共に小綺麗な男が現れてロスの肩に触れると、皮膚にキラキラとしたものが浮き出てきた。

治療なのだろうか。

この男がダンガード?

どちらにしても俺はそれを眺めるしかない。

履歴を使って実行者は簡単に探し出した。履歴を消せもしないど素人にロスはやられた。それを俺は黙って眺めていた。

今のように。

「2週間もすれば、元通りになりますよ」

男はそう言いながら医者と看護師に合図を送って部屋から追い出した。冷静になって彼を見ると適格者であることに気付く。

「お前、」
「はじめまして。タキと申します」
「……タキ?」

胡散臭い。

営業スマイルが、“あいつら”と同じだ。

俺の胡乱な目に気付いたのか、タキは無為に笑うのを止めた。余計に堅気らしさが消えて笑いすら誘う。

こんな人間にロスの命を預けてしまったのか。

自嘲する。

「警戒してますね。ロスとは知り合いなんですけど、」
「あ?」
「…仕事で何度かお会いしたんです」
「へえ。適格者だからか」

タキは表情を崩さなかった。

「ご存知でしたか?」と紳士的に呟いた。何となく身振りや言葉遣いが一々紳士振っていて癪に障る男だ。

「貴方はロスとはどのようなご関係ですか?」
「さあな」
「…命の恩人には変わりありませんけれど」

男は笑った。嘘臭く。

「2日前に会っただけ、つったら信じんの?」
「…ご友人ということですか」

男は笑う。嘘臭く。

「お前、何? 何か目的があんの?」
「いいえ」
「コイツと知り合いなの。それで?」
「…ただ、」
「ぁあ?」

おお、苛立ってるなあ。

しかし直後にタキは安い笑みを消した。それは苛立っているのではなく、平静を取り戻した合図だった。

「…正直に申し上げます。ロスは故意に殺されかけ、駆け付けると素性の知れない青年が近くにいた。私はその貴方を疑わなければなりません」

正論だ。

でも間違っている。

「暗殺者はずぶの素人だった」
「見たのですか?」
「仲間にやられてなきゃ生きたまま捕まえてある」
「…それは、何処にいるのか、教えて頂けるのでしょうか?」

そんな美味い話しがあるかよ。

「あれは俺がゆっくり殺す」

タキは真っ直ぐ俺を見た。射殺すような敵意ある視線だった。

「貴方は履歴の他にも能力をお持ちなんですか?」
「お前は履歴に慣れてねえ。ロスに時々組み換えて貰ってんのか?」

「ちょっとした家出にはちょうどいいよな?」と言うと、タキの口角がほんの僅かに引き攣った。

「貴方は口が悪すぎる」

底辺を這って生きてるからか?

「次会う時までに直しとく。てめえもそれまでに巣立って見せてくれや」
「私は人殺しはしない」
「つって、甘えてんの?」
「…不愉快だなあ」
「俺はダンガードと何度も搗ち合って、身を以ってその怖さを知ってる。でもてめえは怖くねえ」
「能力は戦う為にある訳ではない」
「限界まで向き合えてねえのに、よく言うな」

馬鹿らしい。

「私は適格者だぞ!」

タキが声を荒げたその時、ロスが動いた。眉を顰めると青白い顔の不健康さに拍車が掛かる。

「ロス…」

それは俺とタキの二人の声だった。

不快だ。

けれどロスと目が合うと、タキへの嫌悪感や優越感は吹っ飛んでしまった。始めから俺とロスの二人しかいなかったと錯覚する。

「恭博、さん?」
「なんだよ」
「…恭博さん…」

だから何?

何幸せそうに笑ってんの?

馬鹿じゃねえの。

「お前、倒れたんだよ」
「憶えてます」
「脱水症状起こすくらい吐いた」
「えー、すみません」

弧を描いていた口に合わせて目も細められる。不本意だけれど安心感のある笑顔だった。

「ちゃんと元気になるって」

良かった。

ごめん。

ロスは「当たり前じゃないですか」と笑った。

キース ブラッドフォード

グリーンは落ち込んでいるようだった。始めは照れているのかと思ったけれど、どうも違うらしい。

貴方を引き留めたい。

あの頃のようには、貴方は僕を引き留めないだろうから。

「用事でもあるんですか?」
「へ?」
「時計。さっきから何度も見ていますよね」

部屋に行こうとしたら嫌がられたし。時計ばかり見ているし。本当に付き合っている女でもいるのだろうか。

「ごめん、」

謝って欲しい訳ではない。

「彼女がいるんですか」
「…いないよ」
「なら泊まっていってください」
「ごめん、」
「今日、会えて良かったって本当に思ってるんだよ。運命じゃないかって」
「俺はずっとあの街にいる。不思議なことじゃないよ」
「僕は引っ越した」
「そうだよ。君が引っ越して、俺が残された」

グリーンは苦しそうに表情を歪めた。整っているとは言い難いグリーンが泣きそうになるこの顔が、昔は好きだった。

泣かせて、笑った。

酷いことをした。

「…やり直したい」

別れてから今日までグリーンのことは忘れていた。再会してバーで話している時も、また恋人になりたいとは思わなかった。

でも今は思う。

「キース。俺、今ね、」

僕はその言葉を聞きたくなかった。「もう束縛しないから、」と遮った。

「グリーンの、僕以外の人間関係には口出さないようにする」
「あのね、でも、」
「二人の時だけでいい。それ以外の時間は好きにしていい」

どうして首肯しないのか、薄々気付いているよ。

「……」

僕の恋はいつも受け身だった。20人以上の人は全て時間が経つと静かに消えていった。それでも誰も不幸ではなかったと思う。

グリーンだけは特別だった。

嫉妬して束縛して仕舞いに傷付けて突き放した。好きだったからだ。いつも泣くのはグリーンで、僕はそれさえ好きだった。

「二番目でもいい…」

こんなこと、僕も言いたくはない。

グリーンは目を見開いて僅かに口まで開いていた。間抜けな顔だ。それを好きだった時期はあったし、今もそれを可愛いと思わなくもない。

「そんなこと、言わないで…」

そうだね。

僕も言いたくなかったよ。

後藤

画面には記号が並んでいる。四部職員が暗号化したものだけれど、私にはその仕組みはほとんど理解できない。

機械を通して解読するのだ。

私はそれを読み上げた。

「05:00、リュウを発見したとの通報有り。DNAにより本人と確定。現在地下通路を搬送、07:11に本局へ到着予定」

それが朝5時から続けた報告の最後だった。

澤口司令は驚くでも安堵するでもなく、「到着したら寄越せ」とだけ応答した。

彼にとってリュウはなんだろう。

私たちはテロリストを恐れて何重にも暗号化している訳ではない。彼らはそういう“テクノロジー”を拒否しているからだ。

ゲリラを繰り返されるのも勿論面倒だけれど、それで国家が丸ごと潰れることはないということも知っている。

怖いのは身内だ。

国の規格より更に厳しい暗号化処理を行って保護するのは、職員や部隊員の個人情報であることが多い。

情報課に所属する私でも、それらの情報を勝手に閲覧・改訂することは許されない。そもそもそれだけの技術もない。

リュウは簡単に侵入してしまえる。

そして澤口司令がリュウを罰することはない。

リュウが大切なのだろう。

例え彼を殺す為の任務でも、澤口司令は愛情深く行うに違いない。

リリスレイ マープレシーボ/堕落

部屋ではジャックがベッドの上で蹲っていた。同室者はジャックの部屋に行っているから、僕たちは今この部屋に二人きりだ。

けれどジャックは何かから逃げるように小さくなって怯えている。

「ジャック?」

髪に触れるとひんやりとしていた。

「……、」

ジャックは泣いていた。あの日と同じように身体を震わせて。子どもみたいに。純粋なもののように。

「最近はずっと楽しそうだったよね。駄目だよ、忘れたら」

幸せなんて、似合わないのに。

「ごめん。もう…」

もう一度髪を梳く。僕の体温が少しでも移ったように思えて笑ってしまった。

そうだ。一緒になろう。

二人で溶けてなくなろう。

不幸で情けなくて惰弱なのがジャックなのだから、強がって吼えたって噛みつくところまではしないだろう。今みたいに。

そして堕ちる。

厳格であるが故に堕落する。戒めんが為に堕落する。

「ジャックが忘れなければいいんだよ。僕はいつでもここへ来るから」

だから一緒になろう。

一緒に堕ちよう。

そのまま溶け合ってなくなろう。

アレクシエル

ノクスが来て今日で5週間になる。丁度きっちり5週間の、35日間。時間にすると840時間より少し長いくらい。

「君はこの一週間で何回お風呂に入った?」

油の臭いが染み付いているぞ、とまでは言わなかった。

「……」

無視か。

この家で私のことを無視する人間はいない、このノクスを除けば。

シェフも7人の女中も執事とその見習いも私の命令には絶対に従う。そういう契約だからだ。

時々現れる庭師や家具屋や美術商も私を無視したりはしない。それが仕事の内だからだ。

「一度くらいは入ったのかい?」
「……」
「ルシフェル・ノクス、」
「え? なに?」
「…聞こえていなかったのかい?」
「え? なに? はっきり言って」
「……風呂を用意するから入りなさい」

ノクスは食事を口に運ぶのを止めた。そして大袈裟に不快そうに表情を歪める。

「くさいって意味?」

その通りだ。

「ただ風呂を勧めただけだ」
「くさいって意味?」
「…そうは言っていない」
「くさいって言うなら入るけど、」
「臭い」

汗臭くはないが、どうしても油の臭いは鼻に付く。

「……アレクシエルってデリカシーがないよね」

ノクスは息を吐くとフォークを置いた。その指先は絵の具で汚れている。

「君が言わせたからだ」
「それでも否定して欲しいのが乙女心だよ」
「…そうか」

ノクスは時々このようなことを言う。男に乙女心が有るのか無いのかは私には分からないが、少なくともこのノクスには存在するようだった。

彼は画家であり彫刻家だ。

多くの芸術家と同様に、ノクスもまた少し変わったところのある人間だった。

「ご馳走さま」

そう言ってノクスは雑に立ち上がった。

私が再び「お風呂に入りなさい」と言って執事のルイに目配せすると、ルイは軽く会釈してノクスを風呂場へ案内したようだった。

「はあ」

溜め息も出る。

しかし私はその少年が嫌いという訳でもなかった。

笑祐

佐倉の笑顔には愛嬌があるし、平和主義で真面目なので話し易い。

と、俺は思う。

「……」

と、思いながら一人で昼休みを過ごす佐倉を眺める。

佐倉と恐らく一番仲の良いだろう真井兄弟は佐倉と昼を食べない。京平はいつもどこかへ行ってしまうし、良平は生徒会が忙しい。

佐倉が一人でコンビニ袋を漁る様子は物悲しい。

亮二はそんなことは気に留まらないらしく、二次元の作品を実写化する是非について熱く語っている。

「似てても演技が下手だと萎える」

だそうです。

今井は受験生による受験生の為のブログ作りに熱心で、携帯電話の画面に食い付くように見入っている。

「時々、ツボる実写化もあるけどね」

例えば『金田一少年』の実写化には色々なバージョンがあるけれども、俺にはそれぞれ好きだったり今一だったりする部分がある。

俺の相槌に亮二は「確かにねー」とだけ答えた。

「その話、ブログに載せていい?」

そればっかだね。

「良いんじゃない?」と俺が言ったので、今井は亮二にも許可を取るべく目線を遣る。亮二の方は良いとも悪いとも思わないのか、それには答えなかった。

「てか、なんのブログなの?」
「受験のブログとか言ってなかった?」

そう言っていたと思う。

しかし俺の答えに当の今井は不服そうな顔をした。そして伸びた前髪を横に流す仕草をして、首を傾げる。

「うーん…、正確には、『知恵と愛と正義のブログ』?」

はい?

「……え?」

亮二は苦笑いしている。

「知恵と愛と……なんだっけ?」
「知恵と愛と正義のブログ」
「どんなこと書いてんの?」
「受験生活」

意味が分からない。申し訳ないけれど、全く意味が分からない。

「アドレス教えてよ」

亮二は苦笑いしながらも、興味を持ったらしい。今井の携帯電話の画面を覗こうとしている。

でもそれって、見たからには感想を言わないといけないよね?

「つまんないよ」

今井はそう言いながら自分の携帯電話を差し出した。

亮二は少し操作してから、時々へらっと笑いつつそのブログを読んでいた。そして「ありがとう」と言って携帯電話を返却した。

感想は無いのか。

「え、どうだった?」

今井はまた携帯電話を黙々と操作している。

亮二のことだから平気でブログの悪口を言い兼ねないと気付いて焦ったけれど、「面白かった」と言ってくれたので安心した。

俺もちょっと読んでみたいな。

「ただ知恵と愛のブログじゃないわ」
「そのなの?」
「どっちかと言うとエロと煩悩と受験生活のブログみたいな」

最低じゃないか。

今井は口元でにやりと笑いながらも否定はしないらしい。

「それ面白いの…?」

もう一度聞いてみると、亮二は「俺は好き」と答えた。

アドレスは聞かないことにした。

佐倉を見るとノートと問題集を広げて自習をしていた。長身の身体はそうしていると余りその大きさを感じさせない。

直向きで、応援したくなる。

佐倉も今井のように常識では理解し切れない発言をしたり、自習時間に見合わない間抜けな誤答をしたりする。

天然と言うのか、馬鹿と言うのか。

しかし愛想を尽かせずに構ってやりたくなるところは、今井とは違う。

今井は一部の人に、特に女子に嫌われている節がある。と、思う。

「好かれたくてやってないけど」

今井は言った。

佐倉もそうなのだろう。計算され尽くしたものなら問題でも人間でも、きっと酷く退屈で詰まらないに違いない。

俺は佐倉を見て笑った。

「その方がいいよね」

好かれたくて必死になっても、誰にも相手をされないこともある。ありのままで居て、それを受け入れて貰うのが最高だ。

と、俺は思った。

グリーン

俺はいつも自分のことしか考えられない。思い遣りのないことや子どもっぽいこと、自分では気付かない内に山ほどしているに違いない。

情けない。

「グリーン?」

呼ばれて振り返ると、そこには見知った男がいた。

「キース…」

その男は爽やかに微笑んで目を細めた。相変わらず好青年風の容姿をしていて、その上以前よりも背格好が男らしくなっている。

正直、カッコイイ。

「久しぶり。今でも誰かに泣かされてるの?」
「……あ、」

キースは、ふふ、と笑うと俺の涙をべろりと下品に舐め取った。

キースは昔の恋人だった。

「抵抗しないんだ。本当に僕が慰めてあげようか?」

付き合っていた時もそうだったけれど、俺に対する意地の悪さがレベルアップしている。久しぶりに会ってここまで露骨なことをする元恋人が怖い。

いっそ清々しい。

けれどやはり怖いので立ち去ることにした。

「ごめん…」
「ジョークですよ!」

俺の腕を掴んで引き留めると、キースは強引に近くのバーへ連れ込んだ。

そこは俺が普段は行かないような綺麗で高級そうなバーだった。客層もかなり違う。

俺は促されるまま席に着いた。

座席から飲み物とつまみを用意しているキースを眺める。愛想良く注文するようなところはルーセンにはないから、悪いと思ってもキースと付き合っていた頃が懐かしくなる。

なんで別れたんだっけ?

2人組の若い女の子たちがキースを見てこそこそ話していた。話しの内容は想像が付く。

男前だと思うのは、元恋人の贔屓目ではないらしい。

「ありがとう」

キースがカクテルを差し出したので御礼を伝えた。無理やり連れて来られたとは言え、一応礼儀なので。

キースは微笑むと「昔はこういうことさせてもらえなかったので」と言った。

付き合ってた時、キースはまだ未成年だったのだ。

デートではほとんど俺がお金の負担していた。キースは嫌がったけれど、そこは大人として引き下がれなかった。

今思うと、そういう自分も子どもだった。

「ちょっと新鮮ですね」
「…うん」

ルーセンもキースも同じように顔の造りは良いけれど、何故かキースと居る時の方が安心できる。

二人とも惜しみなく好意を伝える点も似ていたけれど、キースの言うことの方が本物っぽい。ルーセンの愛は、少し綺麗過ぎる。

キースって不思議だ。

引き留めて貰えて良かった。

「良かった。笑ってくれて」
「へ?」
「強引に連れて来たから、ちょっと悪かったかなって思ったんですけど」
「あ、べつに、」

「俺も懐かしかったから」と言おうとしたところで、例の女の子たちに声を掛けられた。

「2人で飲んでるの?」
「そうですよ」
「まだ昼間なのに?」
「貴女たちもね」

ふわりと笑んだキースに、女の子たちは気を良くした。

2人とも綺麗だ。

ナンパしたことはあってもされたことはない。俺は突然の美女の登場に驚いて、俯くしかなかった。

キースって本当にカッコイイんだ。

3人は会話を楽しんでいる。こういうやり取りに慣れているらしい。

「あたしたちとちょっと飲まない?」
「すみません。今日はちょっと」
「え。なんで?」
「僕たち久しぶりに偶然会って、まだ話し足りないんです」

「ね?」と突然言われたので、「そうですね」としどろもどろに返答してしまった。

「そうなの?」
「じゃあまたこのお店来てね」

名残惜しそうに2人は去って行った。

「…良かったの?」

俺が聞くとキースは首を傾げた。

「何がですか?」
「せっかく綺麗な人だったのに」
「また会えますよ」

微笑んでカクテルを飲む。

様に成るなあ。

「…ずっとこの辺に住んでるの?」
「いいえ、大学の近くです。国立の」
「ああ、あの。凄いね」

頭も良いんだ。知らなかった。

「グリーンは? まだあのアパート?」
「…うん」
「懐かしいなあ。これから行きませんか?」

キースは久しぶりの元恋人との再開を存分に満喫するつもりらしい。

下心がないから困る。

「それは…」

余りに居心地が良くて忘れかけたけれど、俺はルーセンとのお出掛け中に逃げ出したのだ。ルーセンは今頃部屋にいるかもしれない。

急に後ろめたくなってきた。

キースは笑顔を崩せないでまだ俺を見ている。髪を伸ばした所為か色っぽくなった気がする。

「嫌なら嫌って言って?」
「へ?」
「押し掛けたくなる」
「…え、」

なんか、不味い。

この雰囲気は付き合っていた時にも覚えがある。良くないパターン。というより付き合うことになった時のパターンだ。

「焦ってる。何か見られたくないモノがあるんだ」

ふふ、と笑った。

「…あ。からかったの?」
「本気ですよ。グリーンの部屋なら女の子に邪魔されることもないし」

邪魔って。

「キースって、モテる?」
「どうしたの、急に。僕の魅力にクラッときた?」
「……そうかもね」

あからさま過ぎた、かな。

でもカッコイイと思うのは本当のことだ。

「……」

キースは笑うのを止めた。整った顔立ちなので笑っていなくても十分に見応えがある。

「今は女の子と付き合ってるの?」
「何故?」
「何故って、その方が自然だから、」
「じゃあグリーンを泣かせたのも女なの?」

そう来るか。

そもそもルーセンに泣かされた訳でもないから、俺にストレートの素質があっても女の子に泣かされたことにはならないのだろうけれど。

「それ、忘れて」

キースは俺の椅子に脚を掛けた。そして上半身も寄せてきた。

「嫌な泣き方してましたよ」
「…どんな」
「孤独を寂しがるような」

鋭い。頭が良いからか。

「弟が引っ越したんだ」
「元からほとんど実家には帰ってなかったじゃないですか」
「そうだね。だから俺はずっと孤独だよ」

キースは眉根を寄せた。

「失礼します」

そう言ったかと思うと、俺を立たせてまた別の場所へ無理やり移動させた。タクシーに乗るとあっという間に違う街に辿り着く。

「ここ、」

連れ込まれたのは、キースの部屋だった。

「ようこそ、僕の部屋へ。飲み物入れるから待ってて」

キースを怒らせたらしい。

でもこのままだとルーセンも困らせる。

俺は溜め息を吐いたけれど、そのまま部屋を飛び出してルーセンの元へ戻ることはしなかった。

居心地が良かったからだ。

ロス

恭博さんの能力を仕事に使えば、きっともっと稼げるようになる。けれど俺は60年間そうできないでいる。

「恭博さーん」

恭博さんは俺を睨んだ。

「お前、仕事は」
「まー、自由業なので」

俺が笑うと恭博さんは目を逸らして溜め息らしきものを吐いた。俺はそれを普通より長い呼吸と解釈することにする。

「仕事中まで付きまとうなよ…」
「ずっとこうしたかったんですよー?」
「迷惑だ」
「アシスタントってことで」
「必要ない」

酷い。

恭博さんは珍しく口を大きく開けて、「迷惑だ」と言葉を区切りながら言った。

「そんな頭ごなしに言わなくてもー」

そして暫く俺を見据える。

「何か、あったのかよ」

恭博さんの、そういうところが好き。やっぱり好き。隙だらけなところが好き。なんつって。

「…そーなんです」

信憑性を持たせる為に深刻振ってみた。

恭博さんは警戒しつつも俺に近付いて首を傾げた。その目は困惑の色を隠せない。

「どうした? 家族…は、いたっけ…。大丈夫かよ」

とても心配して貰えているようだ。それによって心の中に芽生えた感覚は優越感とも限らなくて、罪悪感のようなものも感じた。

久しぶりに会って緊張した。

懐かしい愛を思い出した。

何も知らなかった時。平凡な自分と平凡な恭博さん、そのどちらか一人でも適格者になるとは思いもしなかった時。生きる事より優先できることがあった時。

あの頃の幸福感はなんだったろうか。

罪悪感、俺の中にまだあったのか。

ユーリに唆されて恭博さんに会ったことは、失敗ではなかったらしい。恭博さんが世界のどこかにいるのは知っていたけれど、それを実感できたことはなかった。

会えて本当に良かった。

これから先、俺と恭博さんの関係に変化は生まれるのだろうか。

協力…は、きっと無理。

二人でできる仕事なんて昔は探そうともしなかったけれど、あるのだろうか。年を取って気弱になっているのだろうか。

「大丈夫か」と繰り返した恭博さんに、俺は彼の望み通り泣き付いて良いのだろうか。

疑問ばかり。

迷ったことがないのが俺の自慢だったのに。

「恭博さん。結婚してください」
「あ?」
「俺、苦しい」
「…え? 何、これ、悪ふざけ?」

俺は恭博さんを真っ直ぐ見た。

「苦しい、」

また60年も会えなくなるんですか。恭博さんが軟禁されても17年も気付けずにいることになるんですか。

一緒に仕事がしたいという簡単なことが言えない。自由業なのに。

恭博さんだってフリーなのに。

分かっているのに。

「ロス!?」

俺が膝を付くと恭博さんは流石に不安になったのか俺の肩を抱いて顔を覗き込んだ。「気分悪いのか」と言いながら身体を撫でてくれる。

これって幸せって言うの?

「…はっ、あ……」

でも不幸なことに苦しいのは事実だった。呼吸が浅くて脂汗が滲んでいるのは迫真の演技ではない。

すみません、恭博さん。

俺は有って無いような意識の元で朦朧としながら、何かの能力で身体を浮かべられて病院へ搬送されるのを感じていた。

「俺は傍にいるから、頑張れ」

あー、幸せ。

苦しい。けど幸せ。

詰まらない罪悪感を思い出したりしたから、あの頃の幸福感まで蘇ったのかもしれない。安上がりの幸福感。

「……、」

結婚してください。そう言おうとしたけれど、もう声を出す気力もなかった。

ダリア

あの瞬間に感情が激した。

チーフの教えに従って、俺は常に感情をコントロールするように努めていた。冷静に、威厳を損なわぬように、人の上に立つ。

それが崩れた。

リュウの笑顔を見た瞬間に。

驚いたと言えばそれまでだけれど、怒りで我を忘れたとかリュウで頭が一杯になったとか言う方が俺の気持ちを表してくれる気がした。

仲間討ちは許されない。

それは裏切りだ。

『俺は羽柴の為に、ルートを裏切った』

父は喜んだろう。

『次にルートに会う時が来るなら、その時はルートは俺を殺すだろうし、俺も生きる為にルートを殺す』

その時お前はどういう顔をしたんだろうな?

俺は今笑っているか?

屑は屑なりに感情を持っていることを知っている。ゴミはゴミなりに役立つ道を必死に探して苦しんでいる。

人間に成り切れない腐乱物は、ここで確かに生きる世界を求めていた。

他人を蹴落としても。

今在る世界を破壊しても。

テロリストと言われても。

「…リュウ……」

お前は、お前だけは幸せでなければ駄目だ。1ミリでもそこから外へは出るな。そんな顔で笑うな。

笑ってくれ。

笑うな。

笑ってくれ。

チャップが、ミツルが、ケントが、お前の笑うところを見たそうだ。俺はお前のその笑顔を想像したよ。

キラキラ輝く?

柔らかく包み込む?

どうだろうってずっと想像して、お前の幸福を勝手に確信して、馬鹿みたいに俺も見たいと願い続けてきた。

俺の知らないところでリュウが笑う。

それは嫉妬を誘うけれど、俺たちには似つかわしくないけれど、場違いに平和で優しいものだと思った。

分けて欲しかった。

見たかった。

俺のリュウ。

儚くて美しい少年。幸福そうに笑ってくれたら、いい。

「……」

リュウに手を伸ばすと、そのまま受け入れてくれた。触れたところから頬は赤く汚れていく。

汚れていく。

「リュウ…」

汚れていく。

そうか。これはあの腐ったゴミの血だからだ。

死んでもまたリュウを汚す。

お前たちをここに招いた俺の責任だ。ここを掃き溜めにした父の責任だ。リュウを平気で嬲ったチーフの責任だ。こんな笑顔を笑顔と言ったあいつら全員の責任だ。

最悪だ。

胸糞悪い。

『大丈夫。なんでもない』

リュウは痛みに耐えるように歪に笑った。

俺は殺した。でもあいつらは仲間じゃない。裏切ったのはあいつらだ。

この掃き溜めにすら相応しくない。屑でもゴミでもない、それらより劣る何か。

最悪だ。

リュウを汚したモノは、或はそれを漫然と許した人間は、俺が端から全て殺してやる。

革新のない破壊を。

破壊以上の殲滅を。

しかし思想のある殺人を。

テロリストとして俺は殺す。リュウを求めた自分の為に殺す。仲間だと思っていた人間たちにも容赦はしない。

慈悲はリュウに請え。

リュウが赦した者だけにチャンスを与える。

『ハッピーバースデー』

そう聞こえた。

強固な要塞の中で逃げることも助けを呼ぶこともできずに大量の人間が死んでいった。その中で俺は新たな生命を感じたからだ。

おめでとう。

祝福しよう。祝杯を上げよう。

『ハッピーバースデー』

新しい世界。

ノイウェンス

また寝ている。

「……」

先生はよく準備室で寝ている。眠りは浅いらしく、小さな物音でも直ぐに起きてしまう。

僕は足音を潜めて近寄った。

細身だけれど長身の身体をぐったりと横たえている間、先生は世界を拒絶するように眠る。先生の世界には暗闇だけ。

疲れなんて取れない、形だけの睡眠。

腰を下ろそうと椅子を先生の傍に移動させると、くっきりとした瞳が瞼の下から覗いた。

かつて僕を威圧した眼。

今、僕に優しい目。

「ノイ?」

先生は肘を付いて上体を擡げる。まだ頭がはっきりしないのか黙って僕をそのまま見ている。

「すみません。起こして、」
「ああ、いいよ」
「夜、寝てないの?」
「…大丈夫。寝てるよ」

先生はふわりと笑った。

「疲れてるように見えるよ」
「そう? じゃあお前が癒して」

起き上がって広げられた先生の腕に吸い寄せられた。すぐ傍まで近寄ると、先生にゆっくり抱き寄せられる。

僕に乱暴することしかなかったその腕を意識してしまうのは仕方ない。優しくされても忘れられるものではない。

愛されたかった。

いや、先生は僕を愛していたのかもしれない。愛したから貶めた。

その形が僕には受け入れ難かっただけで。

先生の脚を跨ぐようにしてソファに膝で立つと、整髪料の匂いがした。あの頃はそれが大人の証だと何故か思った。

長く逞しい腕よりも。

腰に回る腕は、今は在り来りの愛を僕に伝える。時間が取れずに最近はスポーツができないと言っていた、力無い腕。

眠れない所為だろうか。

それとも気持ちが変わったのか。

「導入剤もらったら?」
「ん?」
「入眠導入剤。睡眠薬だよ」
「不眠症じゃないから。心配するな」

先生はその話題を終わらせたいらしく、「髪伸びたな」と言って僕の髪を梳いた。

下手糞。

頭は良い癖に自分の事には不器用。

「…ピノにも言われた」

でも僕は先生を責めたり咎めたりできない。見え透いた先生の嘘にでも罠にでも甘んじて陥落する。

僕は先生を拒否する術を知らない。

それはきっとあの頃から。

「髪、綺麗だな」
「真っ直ぐだけど」
「それが良いんじゃないか」
「…ありがとう。それもピノが言ってたよ」

ピノも『真っ直ぐでさらさらなのは、ノイの心と一緒みたいで好き』と言っていた。

僕は少しカールしている髪の方が愛嬌があって良い気がする。自分が可愛く思われたいという訳ではないけれど。

「まだピノと仲良いのか」

先生の固められた髪は僕を冷たく突き放す。常に清潔に整えられたその髪は、先生が生徒と一線を引いて距離を保つ為の一つの道具だと思う。

『ピノの話をするな』

微かな呟きだった。けれど確かに僕の心をざわめかせた。

あの頃みたいに。

先生はピノが嫌いらしい。

「仲良いって程には、仲良くないよ。昔も今も」
「でもお前はピノの話が好きだろう」
「そうですか?」
「授業もピノと受けてる」

そういうところは、見てるんだ。

「分からないけど。僕は先生が好きです」

先生しか与えてくれない感情が沢山ある。先生にしか感じない感情が沢山ある。

求める。惨めに、卑しく。

与える。浅ましく、純粋に。

それを恋と人は言うらしい。綺麗に彩られた思い出や心躍るような感情の揺らめき。切なくも甘い引力。

それを欲望と僕は呼ぶ。

「……」

先生は僕を見る眼を鋭く光らせてから強く抱き直した。

「好きだから、」

好きだから、苦しい。

「座っていいですよ」

不意に先生は笑った。怒っているようだった眼は優しく細められている。

横に座ろうとすると先生は僕の腰を離さないで、「私の上にどうぞ」と言った。

ほとんど同じ体格の先生の膝に座るというのは、ひどく気が引ける。

「流石に、ちょっと…」

あの頃とは違う。

「ノイは軽いから、大丈夫」
「そういうことではなくて、」
「座って」
「なんで、」

こだわるべきところではない。

「好きなら座って」

先生は僕の臍辺りを見詰めながら言った。

「……」

命令でも罰でもない行為を拒否する理由はない。そもそも、その術を知らない。

僕は力を抜いて先生の脚に座った。首に腕を回して体重を掛ける。

「私はまたお前に酷い仕打ちをしそうだ」

それが愛なら僕は赦してしまう。

「そんなの嫌だよ」

そう言ってはみたけれど、その無情な仕打ちをされた過去も含めて僕は先生を特別だと思っているのだから、先生を嫌いになったりはできないと思う。

二度と繰り返されないことを祈る。

「ああ。私も嫌だ」

先生の優しい目の中に僕が映る。

先生の世界から煩わしいものが全て消えて、最後に僕と二人だけになったらいいのに。

僕は先生に口付けた。
前の記事へ 次の記事へ
カレンダー
<< 2011年01月 >>
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
アーカイブ