案内されるままに連れられたのは、ウォルターの所有するホテルのレストランだった。私が初めてウォルターと会ったホテルだ。
「これがヤン」
ヤンと呼ばれた人は眉を微妙に動かして私を見た。
「はじめまして、お嬢さん。私はヤン・ロウ・クリプスと申します」
「はじめまして。私は京香です」
「こちらの地方には珍しい名前ですね」
「そうみたいです」
「可愛らしいお嬢さんにピッタリの素敵な名前ですよ」
そう、ですか。
ここまで自然に当然に空気のように口説き文句を吐き出すことができるっていうのは、ある意味立派な才能ではないか。こっそり天然軟派先生と呼ぶことにしよう。
「はあ、どうも」
私が照れながら曖昧に返答すると、君のことは全て分かっているよ、とでも言いたげにヤンは微笑んだ。
無性に、照れる。
「京香ちゃんとは運命なの。スー・ロン・シーライが結ぶ最後の縁だったんじゃない?」
レオンは目を細めて言った。
スー・ロン・シーライというのはきっとこの世界の神様だか何かだろう。縁結びをしてくれるらしいし、ローラン・フルールみたいに悪い感じはしないから喜んで良いのかもしれない。
或はこっちで人気の占い師とか?
私は面白くなって笑ってしまった。
ヤンは私が笑うのを見て何か勘違いしたらしく、申し訳なさそうに苦笑いした。
「申し訳ありません。レオンはああいう迷信が好きなんです」
「私も好きですよ。縁を結んでくれるなんて、素敵じゃないですか」
日本では神様が集まって縁結びを取り決める神無月があったくらいだし。どの世界の人も、そういうものが好きなのだろう。
私は気軽に答えたけれど、ヤンは真剣な顔をして微かに眉を顰めた。
不味いことを言っただろうか?
ミクと食事した時にも宗教のことは余り話さないようにしようと思ったのに、またやってしまったのか、私は。
ヤンは重々しく口を開いた。
「それは、困った趣味ですね」
どういう意味ですか。
スーなんとかっていうのは、悪いことをするものなの?
私の考えが読み取れたかのようにレオンは答えてくれた。
「スー・ロン・シーライは、悦ばせて誑して奪って支配する。賢くて魅力的で愛情深い極上の魔物だよ」
「そうだろう?」と同意を求めるレオンに、私は苦笑いしか返せなかった。
また魔物?
そんなもの、好きじゃない。
「でも、魔物は、良くないよね」
私は明白に手の平を返した。驚いて言葉をなくしているレオンは見ないようにして、ヤンに私の趣味は間違っていないことを強く主張する。
何度も頷く私に、ヤンはまた苦笑した。
困った子どもをあやすように。
「お嬢さんは不思議な人ですね。眩惑されてしまいます」
ヤンは眉尻を下げた。
違うよ。私はヤンを困らせたり惑わすつもりはなかったんだよ。
「スー・ロン・シーライみたいだ」と言って歯を見せて笑うレオンのことは無視して、私はヤンに精一杯申し訳なさを表現することにした。
はい、ごめんなさい。
でも私は魔物ではありません。
レオンだけが楽しそうに笑っていた。
【極上の魔物に惹かれた男】