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美谷島 桔平/東京タワー

※バイセクシャル
※恋人未満




橋本は実家が金持ちだという噂だが実際のところはよく知らない。但し歴代の橋本の彼女は上品で金回りのいいお嬢様ばかりであったことは確かだ。

橋本が実は貧乏だったら良い。

橋本が貧乏だったら俺が金を使う楽しさを教えてやる。

でも、実際のところはきっと、橋本なら俺と出会う前に金持ちの女と付き合ったりして、結局は今と変わらない状況になるだろうな。それって今と変わらないよな。

どっちでも良いか。

橋本と遊ぶとなんでか俺は少し多めに金を出してしまうので橋本自身の財力についてはよくわからない。橋本の金銭感覚についても特に変だと思うこともない。俺が高いと言えば橋本は「たしかに」と答え、俺が安いと言えば橋本はやはり「たしかに」と答える。

橋本は金に困っったことがないと思う。だけどだから金持ちだとは思わない。

どっちでも良いんだけど。

だって俺は橋本が好きだ。

俺は橋本をちょっと緩い関係の恋人のように思ったりもしたが橋本の方は俺をそんな風に特別な存在とは感じていない。今のところ橋本の恋愛関係はストレートだ。

振り向かせたい、ってのは男の欲望だよな。

本能が橋本を求める。

うん、仕方ない。

昼休みに一緒に夕飯でもと誘ったらダルそうな声で「いいよ」と言われた。俺はこいつが一度でも俺の提案に「いいね」と言ったのを聞いたことがない。でも、嫌そうな顔で断ることもないから懲りずに俺は橋本を誘う。

橋本はいつも、そう、いつでも、約束の時間に少し遅れて現れる。

今日も漏れなくそのパターンだった。

店に向かう車中でラジオに流れる何年も前の流行歌を気分に任せて橋本が口ずさむ。俺はそれを聞いて橋本がちょっとくらい遅刻しても全然怒る気にならない理由を悟った。

俺は女にするみたいに橋本をエスコートする。

店員も俺達を慎重に扱うからちょっと“その気”になれる。

少しずつ料理を食べながら酒の入った橋本はぼんやり夜景を眺めている時に突然「東京タワーが見たい」と言った。

東京タワー。

赤と白の電波塔。

都内に住んでいてもなんだかんだでビルに遮られて普段よく見えない東京タワーは長く東京に住んでいる橋本にとっても少し特別なものらしい。実家が埼玉の俺にとってはもっと特別だ。

「東京タワーが見たい」
「ああ、いいな。久しぶりに行くか」
「うん」

橋本は嬉しそうに笑った。

夕飯なんてどうでも良くて、メニューを見て橋本が食べたい料理が一品あれば良い方で、むしろ本題から外れたところに現れる橋本の気まぐれな我が儘を実現させられることが俺には嬉しい。

また誘いたくなる。

橋本の笑顔ジャンキーな俺。

お前ってズルいよ。

車で迎えに行くと遅刻がまだましになるというくらいの理由で車を出している俺は、このまま橋本を橋本の行きたい場所へ運んでやれる喜びを改めて実感した。

自由な感じ。

どこか遠くへ行けそうな。

あとは、あれだな。

橋本の鼻唄が可愛いから車を出したくなる。

東京タワーは近かった。時間が遅かったせいか駐車場もガラガラで近くで結婚式でもあったのかドレス姿の人が何人かいたくらいだった。

間近で見ると赤い鉄骨を赤いライトで照らされた東京タワーは神社の鳥居みたいで、東京を悪いものから守ってくれてるような風体だ。神秘的でどこか古めかしい。近代化した東京の象徴でありながら既視感のある温もりや郷愁をくすぐる。

橋本は俺と同じことを考えはしないだろうがどこか遠い目をして助手席から前のめりになって東京タワーをぼうっと見上げていた。

「展望台入る?」
「いらない」
「なんでだよ。そんなじっと眺めてんのに」
「東京を見下ろしたいんじゃねえもん。東京タワーを見たいっつってんじゃん」
「あ、そう」
「車降りねえの?」
「いらない」
「あ、そう。俺はちょっと降りてるね」

橋本を残して車を降りて煙草をふかした。橋本は俺のことなんか全く気に留めずに東京タワーに没頭している。

『東京タワーを見たい』って。

屁理屈だよな。

でも確かに東京タワーを見るには展望台には登らないのが正解なのかもしれない。小学生が喜びそうななぞなぞじゃねえんだから、とは言えない俺はそんな橋本を横目に東京タワーを見上げた。

橋本、喜んでんのか?

俺にはちょっとわからない。

煙草の火を消してぼーっとしてからスマホで写真を撮ってフェイスブックに投稿した。写真に橋本をタグ付けして「橋本と仲良い自慢」をしてみるのが俺の趣味のひとつだけど、プライバシーの設定が厳しいのかなんなのか橋本のタイムラインには表示されないのが残念なところだ。

チラッと橋本を見てみる。

微動だにしない。寝てるかもしれない。しょうもないヤツだ。

俺はちょっと笑ってもう一本煙草に火を点けた。

ああ、旨い。

「橋本?」
「なに」
「寝てるかと思ったわ。なあ、スカイツリー寄らない?」
「え、べつに。いらない」
「なんでだよ。取り敢えずせっかくだから寄るわ」

車に戻ってエンジンをかけても橋本はそこまで嫌がらないから構わずスカイツリーを目的地にナビを設定した。見たかった東京タワーを見られて満足したからではなく抵抗して俺の気持ちを変えてやろうという程の意思がこいつにはないからだろう。

嬉しい楽しいって顔じゃない。

でもめんどくさいって程には嫌がらない。

ナビに頼って走っていると目の前にスカイツリーが現れた。

東京タワーと違って白っぽいスカイツリーはきらきら光って夜をロマンチックに演出している。守ってくれる感じはないけど、都会っぽさはあると思う。

「やば。テンション上がるわ」

赤信号で止まった時に橋本を見てみたら、こいつ、うとうとしてやがる。ああお前ってそういうヤツだよなと思いつつもこの掴みどころの無さも俺を惹きつけてるんだろう。後ろの車にクラクションを鳴らされるまで信号が青に変わったのに気付かなかったくらいだった。

「え、中にも入るの」
「ここだと路駐できねえから。駐車場も空いてっからいいだろ」
「べつにいいけど」
「乗り気じゃねえなあ」

併設された駐車場は空いていた。夜はどんどん深まるけれど外の公園にも中のショップにもそこそこ人が居るので彼らは近所の人なのか或いは電車で来ているらしい。

「どうする?」

エンジンを止めて尋ねると橋本はノロノロとシートベルトを外した。一応、降りてくれるらしい。

俺達は無言でエレベーターに乗ってソラマチに向かった。

「東京タワーが好きなの?」

スカイツリーに来たのは余計だったかなとダルそうな橋本を見て後悔しかけていた俺はそれとなく橋本の機嫌を取ろうと試みた。

……。

シカトされた。

「橋本?」と俺が言い切る直前、エレベーターは目的の階への到着を告げて扉を開いた。エレベーターの扉が開いただけで橋本に拒絶されたと感じる。売り場が白っぽく光って俺達の間にある溝を煌々と照らし出された気がした。

相当重症だ。

しかし俺は橋本の「すげー。きれー」という感嘆で全てを水に流した。

橋本は俺の気も知らないですたすたと歩き出した。

ダルそうでも良い。主体性がなくても良い。機嫌が悪そうでも良い。シカトしても良い。ただ時々笑ってくれたら良い。たまにでも俺のことを好いてるみたいに感じさせてくれたらそれで良い。

相当重症だよな。

「見てこれ」
「あ?」
「東京ばな奈。しかもスカイツリー限定」
「買うの?」
「みーちゃん買ってくれたらそれ食べたい」

はぁ?

「寝言は寝て言え」とは言えない俺は、非常に珍しいことに自分の我が儘を自覚しているらしい橋本が悪戯っぽく目を細めて笑うのを見て、食べ物としては素晴らしいとは思えない模様のあるそれが5個入りのパックをひとつ手に取ったのだった。

橋本とカップルだと思われて嬉しいってのが大体おかしいんだ。

実際に男と付き合ってた時は外では仲良い友達か兄弟だと思われたかった。なんで橋本とはただの友達なのにカップルと思われたいのかさっぱり分からない。

その後ろめたさを金で買っているのかな。

橋本、ごめん。

東京ばな奈買ってやるから許せよ。

「はい。あげる」

橋本は目をきらきら輝かせて豹柄の奇妙なお菓子を受け取って破顔した。

橋本の「悪くない」は紛れもない本音だ。良くもないし悪くもない。欲しくないけど捨てることもない。思い出すことはないけど忘れてはいない。

橋本にとっての「いいね」って瞬間はなんだろう。いつ来るのだろう。

俺はよく考える。

考えるけど、さっぱり分からない。

でもいつでも与えたくなる。

「あした食べるわ。すげー嬉しい。みーちゃん、ありがとう!」

なんつーのかな。

もう良いや。

俺は橋本の東京タワーになりたい。赤くて威厳があって古風で武骨だけど人間味があってずっと見上げていたくなるような灯り。不思議な懐かしさと記憶に残る温かな灯り。

橋本は帰りの車の中でまた鼻唄を歌った。

俺はその時間を好きだと思った。
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神坂 貴祐

なんでリュウは黙ってられるんだ、って始めは思った。黙って耐えるってことは相手の暴虐を許して認めることと同じじゃないか、って思った。

それから、暫くして、分かった。

言わないんじゃない。

言えないんだ。

クソ。クソ。クソ、クソ、クソクソクソ!!

理不尽が許せないのに圧倒的な力の前に逆らえない自分もわかっているから悔しくて怒りがわいて冷静でいられなくなる。

俺も同じだからだ。

正しくて強い者に逆らえない。
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TERRY's


TERRY's
テリーズ
チョコレート オレンジミルク

スーパーで購入。
ちょっと高いけど内容量たっぷりで満足できる。ついつい買ってしまう。

甘い。有名なチョコレートブランドのオランジェットのように香りがよい。
形はオレンジの形になっていて、食べるのも楽しい。
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るろうに剣心/明日には(後編)

※妄想小説
※伝説の最期編の数日後設定
※剣心薫で、すれ違い

mblg.tvの続き




斎藤ならこんな時、言葉で伝えるのだろうか。

大切な人を失いたくない時。大切な人ができた時。大切な人の心を見失った時。大切な人に己の気持ちを刻み込みたい時。疑った時。妬んだ時。羨んだ時。恐れた時。伸ばした手が、震えていた時。

「一緒になろう」とか?

「俺には君が必要だ」とか?

『無論』、と聞こえた気がした。

一緒にいたいと思った人が真新しい髪飾りを付けていて、それは贈り物かと尋ねられて彼女は顔を赤くした。弥彦は彼女には『男』がいると言った。言われてみればそのとおり、彼女はここのところ頗る『機嫌がイイ』。

前はこんなことはなかった。

巴が穏やかに寄り添えば、俺は安息を得た。

巴が楽しそうに振る舞えば、俺は喜びを得た。

俺が苦しいと、巴は俺を癒してくれた。

俺が寂しいと、巴は慰めてくれた。

俺が笑う時、巴も笑った。

巴の感触を忘れた日、巴の幻影を失った日、それから俺は償う為に生きる振りをして現実から逃げてふらふら生きてきた。でも薫と出会ってから俺は変わった。

薫は。

薫は、違う。

薫は笑ったり怒ったりして明るくて広いところにいる。そこに俺を連れ込んで、俺が笑うのを待っている。

もし彼女がお節介で俺の過去に介入して何か言うようなら、或いは彼女が俺の過去に怯える様子がほんの少しでもあったなら、俺は薫から離れただろう。でも現実は違う。薫は俺を『緋村剣心』として受け入れてくれて、その上『人斬り抜刀斎』としての俺を憎みもせず恐れもせず接してくれる。

薫と居ると、とても安心する。

薫の居る道場が、ひと時の宿り木ではなく、帰るべき場所となりつつある。

だから、薫、君には近くに居て欲しい。

君のことは必ず守る。

君が近くに居てくれる限り、必ず守る。

まだ見ぬ未来の為に現在を破壊する時代は終わった。目の前にある現在を守る為に剣を振るえる。飛天御剣流の理に悖ることなく生きられる。

死にたがりの自分とは訣別しよう。

しかし、一方で、拭い去れない迷いもある。

新しい時代を生きる弱い者のために生きたい、その気持ちは欺瞞ではないか?

自分の為に生きたい、それが本音ではないか?

過ちをなかったことにして。

時代のせいにして。

もう終わりにしたい。

そんなこと、赦されない。

俺はいつか赦されるか?

そうは思わない。

薫、何か言ってくれないか。

俺の心に光をくれないか。

『私は流浪人の貴方に居て欲しい』

俺のことを“人斬り抜刀斎”と呼ばないのか?

『流浪人の貴方に……』

薫殿、もう一度言ってくれ。

もう一度。

もう一度だけ。

気配がしたので振り返ると薫殿が居た。板戸の隙間から顔だけ覗かせて、長い黒髪を首元で緩めに結んでいるのが見える。夕食の時に付けていた髪飾りはなくなっていた。

「あ、ごめんなさい。もう寝るところ?」
「いや、まだ起きているでござるよ」
「あのね、ちょっと、話したいことがあるの」
「うん。なんでござるか?」

薫殿は言い淀んでから「あした時間もらってもいい?」と答えた。

確かに薫殿は廊下に立ったままだし拙者は着物を畳んでいるしどこからともなく弥彦が竹刀を振るう殺気が漂っているしどうも落ち着いて話す雰囲気ではない。

「もちろんでござるよ」

薫殿は「よろしくね」と言ってすぐに顔を引っ込めた。

改まってなんの話しだろうか。

考えても仕方がない。

ひと気のないところで剣を振って、気を研ぎ澄まして、そうしてやっと正気を保つのがやっとの拙者は、巡る思考をどうにかやり過ごして漸く眠ることにした。




【明日には(後編)】




翌る日、出稽古のなかった薫殿は弥彦に稽古をつけて、それがひと段落ついてから拙者の前に顔を出した。道着ではない、着物姿だった。

そして、髪には、あの髪飾り。

「剣心、いい?」

遠慮がちに首を傾げる薫殿が、なんだかとても可愛く思えた。「うん」と頷く拙者の笑顔が本心からのものなのか作りものなのか自分でもわからない。

「お味噌を買いたいから、あの、話しはそのあとね」

そう言うと薫殿は買い物の用意の為に部屋の中にさっさと引っ込んでしまった。髪飾りがゆらゆら揺れた。足下の紅葉の葉が惨めに枯れてかさりと鳴った。

少し待ってから再び現れた薫殿と買い物をして、その帰り。「そこに座る?」と薫殿が指差した茶屋の腰掛けに二人で並んで座って、団子と茶を頼んで出してもらった。

薫殿との間にある微妙な距離を、こんな風にもどかしく思う日が来るとは思ってもみなかった。

「体の方はどう?」

薫殿は湯呑みを持って尋ねた。

「もう大丈夫でござるよ」

拙者が答えると薫殿は小さく「よかった」と呟いた。

思わせ振りだな、と思う。

「今日もお味噌持たせてるし、私、優しくないよね。ごめんなさい」
「何かあったでござるか?」
「本当に、剣心のことは心配なのよ。でも元気な剣心と言い合うのも楽しいから、つい忘れちゃうの。剣心が元気になって本当に良かった。弥彦だって、あの子はこういうこと口には出さないけど、同じこと思ってるわ」

薫殿の気持ちは、弥彦と同じものなのか、と聞きたくなった。

「心配かけてすまなかったと思ってるよ」

思わせ振りって訳でもないのか、と思う。

「その髪飾り、何処の店で買ったでござるか?」
「え?!」

薫殿が心底驚いた声を出したので自分の突飛な発言を自覚したが、引くと余計に目立つと思って更に「その髪飾りでござるよ」と髪飾りに触れてみた。

薫殿の顔がみるみる赤く染まった。

「これから寄れる場所にあれば…」
「女性向けのお店よ」
「うん、流石に拙者にもそれはわかるよ」
「誰かにあげるの?」
「あげたい人がいる」

薫殿は拙者を見た。

「へえ、あ、そうなんだ!」

薫殿はそう言って、茶を飲み干してから勢いよく立ち上がった。

「用事思い出しちゃった。ごめんなさい、話しはまた今度ね!」と言いながら既に歩き始めている。引き止める隙もなかった。

薫殿はちょっと変だ。

茶屋で薫殿の分もゆっくり団子を食べてから帰ると、薫殿は道着姿で弥彦と激しく言い合いながら稽古をしていた。拙者が帰っても気付いているのかいないのか、一目もくれない。

あれでは稽古と言うより喧嘩だ。

そのまま夕食の時間も、その後も、薫殿ははっきり拙者を見なかった。

「弥彦と、何かあったでござるか?」

拙者が尋ねると薫殿は驚いた様子で「なんで?」と答えた。

何かあった、と言っているようなものだ。

「話したくなければ良いが。道場から二人の声が聞こえたから…」
「ごめん。そんなに聞こえてた?」
「それなりに…」

薫殿は顔を真っ赤にして俯いた。

なんだ?

「あれは、だって…私も大人げなかったけどさ…」

なんのことだろう。

「せっかくもらったものなのに…」
「ああ」

またそれか。

髪飾りのことか。

大切そうにしていた、あれか。

「ごめんなさい」

薫殿の目には涙が浮かんでいた。

なんだ。事情はまるでわからない。薫殿が誰かに贈られた髪飾りのことで悲しんでいるらしいけど、優しく慰めてあげたいけど、その役割は拙者には務まらないだろうと思うと気持ちがちょっと冷めてしまう。

「失くしたのでござるか?」

薫殿は首を横に振った。

顔を拭くものでも持って来ようと拙者が立ち上がると、薫殿は「待って」と言って拙者を引き止めた。

「なんで行っちゃうの?」

それは、お前、卑怯じゃないか?

冷めたはずの感情があっという間に湧き立った。ああ、この女性を守ろうと誓ったんだ、と思った。その人が泣いていて、それがどんな理由であれ彼女を悲しませているのなら、拙者はこの人を置いて何処かへ行くことなどできなかった。

頼られたからじゃない。

縋られたからじゃない。

『行かないで』と引き止められたからじゃない。

守りたいからだ。

薫殿の笑顔と、薫殿が笑顔でいられる場所を守りたいからだ。

「何処へも行かない。一緒に居てくれると言ってくれたのは薫殿の方でごさろう」

我慢できる訳がない。

気付いたら薫殿を腕の中に迎えて抱き締めていた。

腕の中で薫殿は少し体を固くした。

「弥彦が来たら…」
「来ないよ」
「でも…」
「じゃあ、来てもいい」

薫殿はふっと笑った。

「なにそれ」

なんだろうな。自分でもわからないよ。師匠ならそれを「人の営み」と言うのかもしれない。

「髪飾りのこと、相手の男には素直に言えばいい」

大切なのはきっと心。

本当は、替わりのものを拙者が贈ってあげたい。

贈ったそれを大事そうにする薫殿を想像する。大事そうにして、時々頬を染めて、あとは、そう、その赤い顔でこれは自分で買ったのよ、と言ったりする。

なんで、こんな。

狂おしい。

好いたとか、惚れたとか、たぶんそういう気持ちとは違う。若い頃の拙者なら、それを愛と呼んで言葉にして伝えたかもしれない。

拙者は変わった。

時代が変わった以上に、人も変わった。

巴を喪って、漸く自分の罪の重さを思い知った。赦されたくて、誰かに赦しを乞いたくて、自己愛に満ちた贖罪の気持ちを抱えて流浪人となった。しかし3日が過ぎ、10日が過ぎ、季節が変わり、年を越して、誰も拙者を赦すことは無いのだということが真実となって突き付けられ、ぷつん、と糸が切れてしまった。

死ねばいい。

死んで償えばいい。

それでおあいこ。

『剣心…』

拙者の名前を呼んでくれるのは誰?

『剣さん!』

恵殿、まだ心配してくれるのか?

『緋村!』

操殿、拙者を仇と罵らないのか?

『剣心!』

弥彦、拙者を強いと言ってくれるか?

『剣心!』

左之助、もっと頼ってもいいか?

『私が出会ったのは人斬り抜刀斎じゃない!』

薫殿。

『剣心、おかえり』

薫殿。

ありがとう。ただいま。

巴を喪って、あの時に全てを悟ったように思ったけれど、そう思いたかったけれど、真実は違った。10年もの流浪の果てに償いの意味を知った。

きっと拙者は生き方を間違った。

でも間違って歩んだ道にも意味はあった。

終わらない。

けど始めることもできる。

それを教えてくれたのは、その切っ掛けを作ってくれたのは薫殿だ。

薫殿とずっと一緒に居ることの幸せを思うと自分の罪に押し潰されそうになるけれど、一方では薫殿に受け入れられる日々に安心している。

もしそれさえ失う日が来たら?

「剣心…!!」

薫殿?

「どうしたの、剣心。なんか変」
「変?」

ああ、どうして。

「剣心、髪飾りのこと、なんで?」

髪飾り。

失くなって良かった、って思わなかったか?

最低だ。

「人からの贈り物だったのだろう。それを失くして薫殿は落ち込んでいたのでござろう?」
「え!?」
「大丈夫、事情を全て話せば相手も怒りはせんよ」
「話しがよくわからないんだけど…」

薫殿が腕の中から離れて行った。

「さっき薫殿は『せっかくもらったものなのに』と言っていた」
「えーと、言ったけど」
「あの髪飾りのことだろう?」
「違うよ」

え?

薫殿は顔を真っ赤に染めている。

「弥彦と何かあったのは、あの新しい髪飾りのことではないのか?」

薫殿は真っ赤な顔で頷いた。

「あれは、弥彦が…」
「弥彦?」

あの勘のいい弥彦が何かするとは思えない。勘が良い為にちょっと正直にものを言い過ぎるのが難点だが。

「道場の、聞こえてたんじゃなかったの?」

喧嘩の声?

「言い合うのは聞こえたが、内容まではわからなかったでござるよ」

薫殿はますます顔を赤くして、首元から耳の先まで赤くして、拙者を見た。

「ずるい」
「え?」
「そんなのズルい!」
「おろ?」
「バカ! 剣心のバカ!!」
「おろ?」

薫殿が拙者を突き飛ばす勢いで胸に手を突いたので、慌ててそれを受け止めた。

「なんで信じないのよ…髪飾りは自分で買ったものだし失くしてない。女性らしくなりたくて自分で買ったのよ…」
「そうでござったか…」

だとするとどうなる?

「弥彦が、捨てちゃったのは…」

薫殿はちょっと潤んだ目を伏せた。

「……」

何?

いま何か言ったか?

「薫殿?」

薫殿はか細い声で「もみじ」と答えた。

もみじ?

なんだ。事情が全く掴めない。

「……剣心がくれた…もみじ…」

え、まさか。

そんな、まさか。

もみじ。

あの、もみじ?

「あの時のもみじ、まだ持っていてくれたんでござるか?」

薫殿は掴んだ手首まで熱くなるくらい真っ赤になって、拙者では制止できないくらいに暴れ始めた。

「おろ、薫殿、ちょっと、薫殿!」
「なによ!」
「落ち着いて…!」
「なんで私が男から髪飾りを贈ってもらってることになってて、しかも剣心が私を慰めるのよ!!!」
「す、すまない」
「なによ! バカ! バカ剣心!」
「薫殿、ご近所に聞こえる…」
「じゃあご近所に見えるように私を抱き締めないでよ!」

なんて反論を…。

確かに人目を憚らずにそんなことをしたこともあるな。

「もみじ、弥彦が捨てちゃったのよ…しかもあの子、『ゴミだと思った』って言ったのよ…」

それは、酷い。

「たしかに枯れて、枯れ葉みたいになって、でも、あれは剣心がくれた、『一番綺麗』なもみじだったのに…とっておいたのに…」

薫殿は、しまいにしくしく泣き始めてしまった。

拙者はそれを見て思わず笑った。

つまりはこうだ。

薫殿は拙者の拾ったもみじを大事にとっておいたのに弥彦にゴミと言われて捨てられたので喧嘩になった。髪飾りはそれとは無関係で、女性らしくなりたくて自分で買ったものだから恥ずかしくて色々聞かれるのを嫌がった。

これで笑わない男はいない。

「薫殿、ありがとう」

薫殿が落ち着いてから二人で縁側に座った。薫殿の肩に手を回すと、それを頼るように寄り掛かられたので嬉しくなった。

薫殿はまだ拗ねているらしく何も答えない。

「明日、髪飾りを買った店に連れて行ってくれないか」

薫殿は照れたような曖昧な声音で「明日?」と答えた。

「うん」

拙者が頷くと薫殿は覗き込むようにこちらを見上げた。腕の中なので距離がとても近いことに驚いたのは拙者だけらしい。

「ねえ、剣心」
「なんでござるか」
「昼に団子屋で髪飾りの店のこと聞いたじゃない?」
「うん」
「あの時、髪飾りを『あげたい人がいる』って言ってたのって、誰のこと?」

この娘は。

本気か?

「それは…」

決まっている。

そんなものは、そんなことは、当たり前のことなのに。

「それは?」と、薫殿は不安そうな顔をした。

なぜだろう。薫殿といると明日が楽しみに思える。不安が和らいで、臆病が姿を消して、明るくて楽しくて思わず想像して笑ってしまうような明日が来る。そう思う。

「明日には、わかったのに」

拙者が言うと薫殿は寂しそうに「そうだけど」と答えた。

とても大切な人だな、と思った。
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