う〜む‥そう言われては引き下がらざるを得ない。未来が少々不安に思えて来た。
「仕方ないです…それより、このドアでは正直、あまり役に立つとは思えないのですが」
『判りました。では次いきましょう』
そう言うとヅラえもんは、またヅラと頭皮の間に手を突っ込んだ。
チャラララッララ〜♪
『いつでもドア2〜♪』
またしても【いつでもドア】、非常に悪い予感がする。
「‥これは?」
『この【いつでもドア2】はですね‥見てて下さい‥こうやってドアに鍵を掛けますよね‥』
ガチャリ♪ヅラえもんがドアに鍵を掛ける。
『はい、これでドアに鍵が掛かりました』
「掛かりましたね」
『此処からがこのドアの真骨頂です。まあ、見てて下さい』
そう言いながら、ヅラえもんは、たった今、鍵を掛けたばかりのドアを開いた。
ガラッ♪ドアは普通に開いた。
『どうですか♪‥このドア‥鍵が掛かっているのに“いつでも”自由自在に開ける事が出来ると云う…』
“と云う…”って貴方
「それって…単に鍵が壊れてるだけの話ですよね?」
『アイタタタ!…そうでした、この時代のドアは鍵を掛けると開かないのでしたね』
…一体全体、私達の未来はどんな姿をしているのだろう。
『これまたお役に立てなかったようなので、次のドアを…』
私は慌ててヅラえもんを遮った。
「思うのだけど…そう、ドアに固執しなくても良いのでは?」
『確かに!‥いやいや、その発想の柔軟さ、是非とも見習いたいものです』
いや、そういう問題では無いと思うのだが‥
「兎に角、もうそろそろ家を出ないと不味いので‥早めにチャチャっと片付けて貰えると有り難いです」
『ですよね。判りました、では…』
チャラララッララ〜♪
『ガリバートンネル〜♪』
「あ、これ知ってます。入ると小さくなるトンネルですよね。もしかしたらスパイ防止に使えるかも知れない‥これは役に立ちそうです、有難う御座います。それでは‥私は出掛けなれればならないので、お見送りも出来ませんが‥どうかお元気で」
私はサッサとヅラえもんに帰って頂こうと言葉を畳みかけた。しかし‥
『いや‥この【ガリバートンネル】はそういうんじゃ無いんです‥』「え?じゃ…どういうん?」
『このトンネルを潜ると…』
「潜ると…」
『必ず、中古車専門店の【ガリバー】の前に出ると云う…但し何処の店舗に出るのかはランダムだと云う‥』
「それはまた‥えらくターゲットが絞られるな、と云う‥」
『おまけに、帰りは自力で帰って頂くシステムだと云う‥』
「それは…役に立ちそうな気が全くしないと云う‥」
さて、これはいよいよ本格的に困ってきた。
「すみません、流石にもう時間が限界なので‥“楽しい朝のひと時を過ごさせて貰った”と云う事で帰って頂く訳にはいきませんか?」
柔らかで穏健な未来との外交である。
『あ、そうだ。タケコプターなら、通勤時間短縮出来ると思いますが‥』
人の話を全く聞いてない。むう‥私の外交術が通用しないとは‥。しかし、タケコプターは‥もしそれが、私の考えているタケコプターであればの話だが‥かなり役に立ちそうだ。
朝、自分の部屋で出掛ける支度をしていると、突如として机の引き出しが、ガタ―ン!と開いたかと思うと、丸っこい体型の変なオジサンが飛び出してきた。
呆気に取られている私にオジサンは言った。
『こんにちは!ぼく、ヅラえもんです』
そして、着ている背広の内ポケットから名刺を取り出し、私に向かって差し出した。
《心のスキマお埋めします》
‥笑ゥせぇるすマンですか?
『あ、間違えた!こっちですこっち』
机から飛び出したオジサンは、慌てて別の名刺を私に渡す。
《24世紀の中小企業経営者型ロボット・ヅラえもん》
私は思わず口に出していた。
「ドラえもんなら知ってますが‥」
するとオジサンは、額から流れ出す汗を袖口拭きながら言った。
『ああ、スミマセン‥本当はその【ドラえもんさん】が来る予定だったんですけど‥ちょっと都合がつかなくて‥で、私になっちゃったんです』
「すみません、どうにも私には話がよく見えないのですが‥」
これは正直な気持ちであった。朝突然、机の引き出しの中からオジサンが飛び出して来るなど、明らかに常識の範囲を逸脱した出来事と云えるだろう。
『話が見えない…ごもっともです』
その口調は紛れもなく、何とか商談を取り付けようと頑張る中小企業経営者のそれであった。
『えっと、実はですね…あなたの曾々孫にあたる【グワシさん】から“のび太と云う駄目なご先祖様をサポートして欲しい”と云う御依頼を弊社が受けましてですね…それでまあ僕が送り込まれたと、まあアバウトに云えばそんな感じでしょうか』
「なるほど、お話はよく判りました。しかし‥失礼ですが何か勘違いされてませんか?子孫の名前など知る由もありませんが、少なくとも私の名前は【のび太】ではありません」
するとオジサンは“えっ”と驚いたような表情で、一歩後ろに飛びのきながら言った。
『野比のび太さん‥でない?』
「武者小路清臣と云います」
『小学生‥』
「な訳ないでしょう‥私、37歳ですよ。小学生じゃない事は一目で判ると思いますが。それに大体‥何処の世界にアルマーニのスーツ着て、朝出掛ける小学生が居ると云うのですか?」
私の言葉にオジサンは少し遠い目をしながら、独り言のように呟いた。
『ああ‥あそこだ!多分、高速の出口を間違えたんだと思います』
いったいこの人は、さっきから何を言っているのだ?
流石の私もいい加減焦れったくなって来ていたので、兎に角、間違いなら間違いでさっさとお帰り頂こうと思い、笑顔を作りながらオジサンに言葉を掛けた。
「それでは、この懸案は無事に解決したと云う事で…お疲れさまでした」
これでスンナリと帰って頂ける筈であった。
ところが、【ヅラえもん】と名乗る謎のオジサンは困ったような顔をしながら、つぶらな瞳で私の顔を見つめたまま動こうとしなかった。
「えっと…まだ何か?」
するとオジサン‥いや、名前があるのだから、【ヅラえもん】と呼ぶべきか‥は、困ったような口調でこんな事を言ったのだった。
『いや、それが‥のび太さん』
「武者小路春臣です」
『あ、そうでした。間違いとはいえ、こうして来た以上、何かしら道具を出して一つでも二つでも貴方の役に立つ事をしないと、元の世界に戻れない決まりになっているのです』
ああ、何だかややこしい事になって来た。が、ヅラえもんの云う事も判らなくは無い。そういうノルマ的な規則が厳しく存在する社会は確かにあるのだ。