2019かげらふ日記(虚構)#06「人事異動の内示の事」

話題:突発的文章・物語・詩



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「人事異動の内示の事」

〇〇月××日

【月曜日】

(晴れ、時々、狐の嫁入り)

人事異動の内示が正式、かつ大々的に発表された。

結果、今いる〈おもてなし事業部・おいでやす第2課〉から〈アッチを見ろ事業部・ソッチを見ろ第3課〉へ部署異動が決定。同時に役職も、現在の【めそめそ平社員A】から【のびのび平社員B】へ5階級の特進なった。

この昇進により新たに会社内における二つの新たな権利を獲得する。

まずは――@エレベーターの階数ボタンを自分で押せる権利。――正直、これは非常に大きい。〈おもてなし事業部〉のフロアは53階なのだが、今までは自分でエレベーターのボタンを押せないので誰かが53階のボタンを押すまでエレベーターに乗り続けなければならなかったのだ。当然、誰もボタンを押してくれず、勤務時間内に自分のフロアに行き着けず、そのまま何も仕事をせずに帰宅する日も出てくる。エレベーターに一日中乗りっ放しなのは流石にキツい。しかし、これからはその心配はしなくて済む。やれやれだ。

そして――A社員食堂のパート(のチーフ)のおばちゃんを“ハツエさん”と下の名前で呼ぶ権利。――これも地味に嬉しい。親しくなれば内緒でご飯を大盛りにしたり定食のおかず等をちょっと増量したりしてくれるかも知れない。【うきうき平社員】未満は昼食は必ず社員食堂でという社則があるので、この権利の獲得は何気に大きいのだ。

《ギャラクシーフロンティア&スシニンジャCompany》はニューヨークと東京のタブル本社を中心に世界80ヵ国に150もの支社とグループ会社を持つ巨大総合商社で、スペースシャトルの打ち上げといった宇宙ビジネスから夜なべで手袋を編むお母さんのお手伝いまで実に手広く事業を展開している。世界有数の超巨大企業。そんな訳で私の勤務する東京本社も地上108階建ての超高層ビルとなっているのである。

多岐に渡るビジネス展開、当然、部署も華のある部門から苦労が多い割りに地味な部門まで、ピンからキリまで多岐に渡っている。どの部署に配属されるかは社員にとって、死活問題とも言える大問題なのだ。だから、人事異動の発表の日は社内の空気が普段とは一変する。恐ろしいほど張り詰めるのだ。実際、人事異動発表の日と知らずに訪れた外部の人間が次から次へと気を失って倒れるといった事例は数限りなく報告されている。恐らくは空気の組成が実際に変化したのだろう。内示発表の緊張で社員らの呼吸が荒くなり、いつもより多くの酸素を消費、結果、社内の空間の酸素が薄くなり逆に二酸化炭素の濃度が上がったものと思われる。


午後、新らしいデスクへ荷物を移動していると、廊下で同期の久保田とバッタリ出くわした。明らかに浮かない顔をしている。どうやら今回の人事異動が原因らしい。花形部署の一つである〈超伝導リニア開発部・次世代車両第1課〉から〈取りあえず食べてみそ研究部・珍しいキノコ第2課〉への異動。同時に【うはうは平社員A】から【もやもや平社員B】への降格も決まったとの事。なるほど。浮かない顔になるのも頷ける。ご愁傷様。

でも、大丈夫。何故なら、人事異動はだいたい月に一回ぐらいのペースで行われるからだ。このシステムは素晴らしい。たとえ降格でキツい部署や役職を得たとしても直ぐに変わるので常に希望を持って働ける。勿論、その度に部署や役職がころころ変わるので何時まで経っても仕事が覚えられないし上下関係がころころ入れ代わるという問題はあるが、そこはまあ、特に気にしなくて良いだろう。

何はともあれひえだのあれい(稗田阿礼)、次の人事異動が楽しみだ。目指すは〈宇宙開発部・火星探査第1課〉だ。


〜おしまひ〜。

2019かげらふ日記(虚構)#05「流しのギター弾きの事」


話題:妄想を語ろう



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『流しのギター弾きの事』

〇〇月××日【金曜日】

(雨、時々、キターー!の目薬)

仕事の帰り、珍しく出勤していた社のCEOに誘われ、同僚四人と【初恋横丁】へ。【初恋横丁】は昭和の面影を残す古い小路に赤提灯がみっしりと軒を連ねる飲食店街だ。ノスタルジックな雰囲気に包まれながら他愛もない話に興じていると、『一曲どうだい?』、暖簾から顔を覗かせる者があった。瞬間、店の空気が一変する。それもその筈、その老年男性こそ〈伝説の流し・チューさん〉だったのである。“流し”というのは主にギター一本を持って飲み屋を渡り歩き、客のリクエストを受けて歌(演歌や歌謡曲が多い)を唄ったり演奏したりする職業の事だ。

それにしても、完全に都市伝説だと思っていたチューさんが実在していたとは驚きだ。西部劇から飛び出したようなウエスタンスタイル。背中に大きなアコースティックギターを背負っている。まるで“ギターを抱いた渡り鳥”(小林旭さん主演のシリーズ映画)だ。本名は不明。昭和初期〜中期の闇市の時代から既に伝説の流しとして知られていたらしいが、いったい歳は幾つなのだろうか。兎に角、全てが謎に包まれている存在なのだ。

そして、チューさんが伝説の流しと呼ばれている理由、それは違う曲のメロディと歌詞を自由自在に組み合わせて唄う事が出来るという特技にある。例えば、レミオロメンの[粉雪]のメロディにイルカ(伊勢正三)の[なごり雪]の歌詞を載せて唄ったり(敬略)、松田聖子の[青い珊瑚礁]の歌詞を藤山一郎の[青い山脈]のメロディで唄うなど洒落た事も可能だ。他にも、メロディはチェッカーズの[涙のリクエスト]で歌詞は殿さまキングスの[涙の操]とか、ミスチルの[HERO]のメロディに麻倉未稀の[HERO]の歌詞など、どのメロディにどの歌詞でも、組み合わせでは自由自在だというから、これは最早、特技を超えて異端の能力、異能と言って良いだろう。凄いのは、長さもムードも異なる曲を聴き手に違和感を与える事なくきっちり唄い切るという点だ。当然、日本に存在する全ての楽曲を知っており、尚且つ演奏出来るという事になる。まさに伝説の存在だ。

何はともあれ、一回の歌唱でメロディと歌詞、2曲分楽しめる上、異次元的な雰囲気に頭がクラクラして酔いの回りも速くなるので酒量も少なく済むので、かなりお得なのである。グリコでは無いけれども、一粒で二度美味しい。更に、チューさんの気分が乗ると、そこに物真似が加わる事もあるらしい。例えば、西城秀樹の[ヤングマン]のメロディに野口五郎の[私鉄沿線]の歌詞を載せ、郷ひろみの声で唄う、とか。そうなると、メロディ、歌詞、声色それぞれ別の物が一つとなり、これはもはや三位一体と言っても過言ではないだろう。父と子と精霊に栄光あれ。尾張、紀伊、水戸の徳川御三家もビックリ、トリオで変身・トリプルファイターという訳だ。


つごう12曲。チューさんの歌唱を堪能した私たちは幸福な気分で【初恋横丁】を後にした。伝説の流し。一生に一度遭遇出来たら大ラッキーと言われるぐらいの存在だが、また逢うことは可能なのだろうか。欲を言えば、もう少し唄が上手くなって欲しい。それから、CEO(瀬尾)くん、君は平社員なのだから、毎日ちゃんと出勤した方がいいと思うゾ。


〜おしまひ〜。

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