2019かげらふ日記(虚構)#10『訪問販売のおじさんの事』


話題:どうでもいい咄


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『訪問販売のおじさんの事』

〇〇月××日

【日曜日】

(快晴、だが、雹の予感)

今日は休日。出掛けたいところだが、天気が心配なので家でくつろぐ事にした。根拠は無いが何となく雹が降りそうな気がする。

そんなこんなで、朝から溜め録りしていた2サスを観ながらダラダラと過ごしていると、ポンピーン♪、玄関のチャイムが鳴った。この鳴り方は間違いなく訪問販売だ。私の家の玄関チャイムは来訪者の種別により鳴り方が変わるのだ。果たして、ドアを開けると其所には一体の案山子が立っていた。否。立っていたのは案山子の訪問販売のおじさんであった。

浅入りのコーヒー豆のように日焼けした小肥りの顔は人好きのする笑顔と胡散臭さが同居しており、白髪のチョビ髭がまた良いアクセントになっていた。キューバの街角が似合いそうな雰囲気だ。

それにしても案山子の訪問販売とは驚きだ。珍しさに一瞬テンションが上がる。が、田んぼも畑も持っていない以上、申し訳ないけれども案山子は要らない。私は即座に断った。ところが、むしろそういう方にこそ案山子を持って頂きたいのだ、と訪問販売のおじさんは力説する。

彼に拠れば、これからは、最低でも一家に一体、案山子を所持する時代が来るのだという。さらには「今日お持ちしたのは伝説的名匠・柿ノ種田吾作の作品たちで、この機会を逃すと入手は極めて困難なのです」と此方の気持ちをグラつかせるような事を言ってくる。「今の時期だけ特別にハリウッドスターをモデルにしたプレミアムモデルの案山子をご用意出来るのです」。

結局、おじさんの熱意に負けて一体を購入。ハリウッドスターリストの中から一人選ぶ。迷った末、私が選んだのは[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]。税込みでジャスト1万8000円なり。少し当たり前過ぎるチョイスだったかも知れない。やはり、JJソニー千葉(千葉真一さん)かショー・コスギにするべきだったか。

それはそうと、肖像権は大丈夫なのだろうか?。ふと心配になって訊ねると、案の上、「それが実は、ピットさんの電話番号を知らないので、肖像権は取っておらないのです」と言う。流石にそれはマズいのでは……と一旦は思った私だっが、実物の[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]を見て考えが変わった。その顔は昔ながらの“へのへのもへじ”だったのだ。いったいこれの何処がブラッド・ピットだと言うのか。「名匠・柿ノ種田吾作先生に拠る解釈ではデップさんの顔はこうなるらしいのです」。解釈って何だ?さっぱり解らない。むしろ、これで肖像権を取ろうとすれば逆に失礼になりそうな事は解る。取らなくて正解だ。

「それでですね……実は、プレミアム案山子をお買い上げ下さった方だけに特別に此方の品物をご用意させて頂いているのです」

そう言っておじさんが取り出したのは、昔、校庭の片隅で見た[百葉箱]であった。実物を目にするのは何十年ぶりだろう。とても懐かしい。懐かしいのは懐かしいが、要るか要らないかで言うなら確実に要らない。しかし――「絶対に必要ないと思う物ほど後になってから必要になってくるのです」――深いようなそうでもないような事を自信満々に言ってくる。おまけに――「これは幻のメーカー文鳥堂の逸品、しかもシリアルナンバー入りの限定モデルで極めて希少な品となっているのです」。シリアルナンバー。希少品。そう言われて一気に心が傾いてしまった。即時購入。税込みで1万8千円なり。プレミアム案山子と同じ値段だがどちらも相場を知らないので高いのか安いのかさっぱり分からない。

「本日はまことに有り難うございました。また目ぼしい物を入手した暁には立ち寄らせて頂くのです」

純朴そうな笑顔で一礼し、訪問販売のおじさんは去って行った。

さて、何となく買ってしまった案山子と百葉箱、冷静に考えると置き場にちょっと困る。まあ、いざとなれば社の会長室にでもぶち込んでおこう。会長は滅多に出社しないので、皆、物置代わりによく使っているのだ。

追記……結局、雹は降らなかった。


〜おしまひ〜。

2019かげらふ日記(虚構)#09『夏野球の事』


話題:ネタだろ…www



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『夏野球の事』

【水曜日】

(晴れ 時々 タッチのテーマ)

甲子園での高校球児たちの活躍に触発された友人から「俺たちの熱闘甲子園をやろうぜ」という熱い誘いで草野球チームの助っ人に行く事になった。一度は断ったのだが、「人数が足りないので頼む!青春の輝きを取り戻そうぜ!あ、関係ないけど、夏野菜と夏野球って字が似てるな」と訳の判らない言葉で押し切られてしまったのだ。

早朝4時半(早い)に集合場所である多摩川の河川敷きグラウンド(甲子園球場とは似ても似つかない)に到着。

チーム全員ジャマイカ人だった。

その全員がまちまちに甲子園常連の強豪校のレプリカユニフォームを着ている。なるほど、俺たちの熱闘甲子園とはこの事か。更にユニフォームの背にはその高校を出身とする有名プロ野球選手の名前が入っていた。例えば、2m30pぐらいある投手のユニフォームはP○学園で、その背中には何故か漢字で「桑田」の文字が入れられている。他にも、八戸学院○星のユニフォームには「坂本」、横○高校には「松坂」など。一見するとカッコいいようだが、実はそうでもない。と言うのは、それぞれの名前、フルネームの下の方に決定的なミステイクが存在するからだ。

P○学園の桑田と言えば、当然、「桑田真澄選手」だが、ユニフォームにあるのは「桑田佳祐」の文字なのである。同様に八戸学院○星にあるのは「坂本龍一」(正解は坂本勇人選手)、横○高校には「松坂慶子」(正解は松坂大輔氏)。唯一まともに思える早稲○実業の清宮幸太郎も、名前の後に書かれたカッコ書き(ハンカチ王子)で全てぶち壊しとなっている。同じ早実でもハンカチ王子は斉藤佑樹選手だ。

悪い夢の中のような光景である。しかも、当の友人はギックリ腰で来られなくなったとの。どうやら青春の輝きは完全に失われたようだ。相手チームも全員ジャマイカ人なので、日本人は私しかいない事になる。非常に居心地が悪い。とても日本とは思えない光景だ。多摩川がカリブ海に見える。彼らは底抜けに陽気で、何とか彼らのノリに合わせようと頑張ったが到底無理な相談だった。いったい、どうやったらこんな朝早くから超絶的なハイテンションを維持出来るのだろう。

すると、一人の青年が私の横に来て耳打ちするように言った。「いやあ、あのジャマイカンなノリ、ちょっとついて行けないっすよね。あ、内緒ですけど実は僕ドミニカなんです」。……私には同じに見えるが、まあ、微妙な違いがあるのだろう。「あ、ドミニカって言ってもドミニカ共和国の方じゃなくて、セントルシアとアンティグア・バーブーダの間にある小さい方のドミニカね」。彼は続けてそう言った。……ドミニカって2つあるのか?初めて知った。

生温かい風。河川敷の球場は早くも異常な蒸し暑さを示しはじめていた。

そう言えば、タマちゃん(多摩川のアザラシ)はどうなったのだろう。朝陽を反射する金属バット片手に打席に入りながらそんな事を思った。


〜おしまひ〜。

【注】これとセットにして上げようと思っていた「高校野球ネタ」があるのですが、分量が多くなり過ぎてしまうのでカットしました。もしかすると今月中にそのネタをアップするかも知れませんので、そこんとこヨロシク(←矢沢の永ちゃん、若しくは、アラジンのボーカルの高原兄さんの感じで読んで下さい)。

【注2】アラジンの高原兄さんの「高原兄」の読みは「たかはらけい」で、高原の兄(あに)の方の意味ではないので、「高嶋兄(あに)」のような感じで取らないよう、そこんとこヨロシク♪

2019かげらふ日記(虚構)#08「薮クリニックの事」。

話題:突発的文章・物語・詩



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「薮クリニックの事」

【土曜日】

(晴れ、時々、TOKIO(沢田研二の))

突如として何を食べても回鍋肉(ホイコーロー)の味しかしなくなったので、慌てて掛かり付けの病院である薮・スーパーインテリジェント・ホイミスライム・クリニック=通称・薮クリニックに行った。

「どうしました?」薮先生の問診に私は(かなり異様な症状なので)信じて貰えないのを覚悟しつつも包み隠さずに症状を話す事にした。「何を食べても回鍋肉の味しかしないんです」
。すると薮先生は「ああ、なるへそ。それはカオマンガイ症候群ですな」と事も無げに答えたのだった。流石は薮先生。ワールドドクターマガジンの【世界の名医100人(紙一重編)】に選ばれるだけの事はある。

私「カオマンガイ症候群ですか?」

薮医師「うむ。但し、カオマンガイ症候群というのは通称で、正式には味単一性脳味噌億劫症候群と言います。読んで字の如く、全ての料理の味が単一に感じられてしまう病です」

味単一性……初耳だが、症状はピタリ当て嵌まっている。しかし……

私「カオマンガイというのは?」

薮医師「ああ、最初に報告された症例がカオマンガイだったのでその名前がついただけで特に深い意味はありません。ちなみに、カオマンガイは東南アジアの料理らしいです。私は基本的に流しソーメンしか食べないので食べた事はありませんがね」

なるほど。かなり特殊な症状なので、もしかしたら未知の病なのではないかと心配していたが、どうやらそうではないようだ。それより、流しソーメンしか食べないというのが気になる。新手のジョークだろうか?

薮医師「最近けっこう多いんですよ、ガパオライス症候群」

私「カオマンガイ症候群では?」

薮医師「左様左様。原因はどうやら脳にあるようでしてな……」

私「舌ではなく脳ですか」

薮医師「うむ。インターネットの進化とか交通網の発達で世界中の食材やレシピが簡単に手に入るようになったでしょ。必然的に選べるメニューは増えますわな」

私「そうですね。20年前には聞いた事も無かったような料理が今じゃ普通に店で食べられるようになったり、材料がスーパーで手に入るようになったり」

薮医師「ですな。選択肢が増えるのは喜ばしい事ではあるが、同時に選択する手間が増えるという事でもある」

私「確かに。メニューが多すぎて迷っちゃう店とかたまにあります」

薮医師「それが原因です。毎日毎日何を食べるのか、いちいち考えるが面倒臭くなったんでしょうな、脳みそ本体が。それで何を食べても同じ味がするよう神経回路に指令を出した。何を食べても同じ味ならメニューを選ぶ必要など無くなりますからな」

私「なるほど。それで、正式名が脳味噌億劫症候群なんですね」

薮医師「左様。最初の患者は中高生の子を五人持つお母さんだったらしい。毎日のお弁当を考えるのを脳みそが拒否したのでしょう。まあ、そんなこんなで症例もかなり集まっており研究もかなり進んでいます。それに伴い治療法も“それなりに”確立しつつあるのでね、取り合えず安心して良いでしょう」

……良かった。私は胸を撫で下ろした。このまま一生、何を食べても回鍋肉なのは辛すぎる。

私「で、治療法というのは?」

薮医師「食事の前に錠剤を一錠飲んで貰う事になります」

拍子抜けしてしまうほど簡単かつ明瞭な回答だった。

私「ホッとしました」

薮医師「では、お薬をお出ししましょうかね。えーと、確か、何を食べても海老チリに感じるのでしたな」

私「いえ、回鍋肉です」

薮医師「左様左様」

言うと薮先生は机上のパソコンのキーを叩いた。すると、カパっと音がして天井の一部が四角くハッチのように開き、机の上に錠剤の束がバサッと無造作に落ちてきた。

薮医師「では、これを食前に一錠飲んで下さい」

普通は処方箋を貰って薬局で薬を受け取るのだが、この薮先生は[歩く調剤薬局]の資格を持っているので自分で薬を出せるのである。

私「それで回鍋肉の味じゃなくなるんですね」

薮医師「そうです」

実に簡単。礼を言い立ち上がろうとする私の動きを止めたのは「そうです」に次いで薮先生が放った一言だった。

薮医師「その代わり、何を食べてもナシゴレンの味になります」

……ちょっと待った。それでは駄目だろう。

私「いやいやいや、それでは困るんですけど」

薮医師「でも、取り合えず回鍋肉ではなくなりますよ」

私「そうじゃなくて、普通の味覚に戻るようにして欲しいんです」

懇願する私に、薮先生はパソコンの画面に目を落として言った。

薮先生「それがですねぇ、現段階では、回鍋肉からはナシゴレンにしか行けないのですよ」

私「まいったなあ。何とかなりませんか」

薮医師「では、こうしましょう」

薮先生は膝をぽんと手で叩いた。

薮医師「一度ナシゴレンの錠剤を飲んで貰って、次に錠剤2をお出ししましょう」

私「それだとどうなります?」

薮医師「何を食べてもナシゴレンの味だったものが何を食べてもプーパッポンの味に変わります」

私「ですから、それだとあまり意味が……」

薮医師「そう言われても、ナシゴレンからだとプーパッポンにしか直行便が出ていないのです」

何だか乗り次ぎの便の悪い旅行みたいだ。

薮医師「兎に角ですな、そうやって錠剤3、錠剤4、錠剤5……というふうに味を乗り換えて行くより他に治療法はないのです」

ブラックジャックも裸足で逃げ出す名医・ドクトル薮がそう言うのならば本当にそうなのだろう。

私「最終的には治るんですよね?」

薮医師「それは大丈夫。治ります」

それならば仕方ない。しばらくは我慢するとしよう。

私「で、乗り継ぎの順番は?」

私の問いに薮先生はパソコンの画面を此方に向けて見せた。

薮医師「この順番になりますな」

画面にはこう表示されていた。

回鍋肉→ナシゴレン→トルコライス→パッタイ→…何かちょっと癖のある物が多い気が…チリコンカン→ミーゴレン→骨っこ→ちゃおちゅーる…ペットフードじゃないか…→エッグベネディクト→シークケバブ→回鍋肉

私「ちょっと待って下さい。結局最後、回鍋肉に戻っちゃってるじゃないですか」

薮医師「そのようですな」

私「治ってないって事ですよね?」

薮医師「いや、実はこの病気、放っておいても半年で自然に治るのです。全症例がそうなので間違いありません」

私「じゃあ、薬は何の為?」

薮医師「だってほら、半年間ずっと一つの味では飽きるでしょ?」

私「つまり、料理の味を変える為だけの薬で根本的な治療薬ではない、と」

薮医師「左様。でも、一周目二周目三周目と周回を重ねるに従って味のグレードが上がって行くという特典がありますぞ」

私「特典はいらないんです。食べた物の味がするようにして欲しいんです。と言うのも、私、今の部署が【おもてなし事業部】なので、料理の味が分からないと何かと接待に差し支えるのです」

薮医師「そうですか……なら、仕方ないか……実は、まだ認可の降りていない薬があって、それなら元に戻るのだけれども……どうします?」

私「それでお願いします」

薮医師「ただ、認可が降りていないので保健はききませんよ」

私「一錠幾らぐらいなんです?」

薮医師「98円です」

こりゃまたえらく安い。

私「それでお願いします」

薮医師「分かりました。ではお出ししましょう」

天井のハッチがパカッと開き、薬がパサッと落ちて来る。見馴れた光景だ。

薮医師「では、これを気が向いた時に一錠お飲み下さい」

私「ありがとうございました」

私は薬を受け取り薮クリニックを後にした。

薬を飲んだのは夕飯の前。確かに効き目はバッチリだった。カツ丼と天ざる蕎麦のセットを頼んだのだが、ちゃんとそれぞれの味がした。やれやれ。私は胸を撫で下ろした。が、それも束の間、薬には副作用があったのだ。

誰に会っても顔がバカボンのパパに見えるのだ。味覚は戻ったが代わりに視覚の相貌認証がおかしくなったらしい。これは味覚以上に困る。また明日、薮クリニックに行くしかない。薮クリニックは常に空いているので予約を取る必要がない。このクリニックを掛かり付けにして本当に良かった。


〜おしまひ〜。

2019かげらふ日記(虚構)#07「検問の事」。


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆

「検問の事」

〇〇月××日

【水曜日】

(曇り、時々、カバディの掛け声)

お昼すぎ。車で国道を走っていると突然渋滞につかまった。この時間帯、この道が渋滞する事はまず無い。事故でもあったのだろうか。幾分心配しながら車をノロノロと進めていると、梅雨曇りにも一際目をひく橙色の棒――誘導棒と言うのだろうか――を振る警察官たちの姿が見えた。その後ろには数台のパトカーの姿。どうやら検問をやっているようだ。

「お急ぎのところスミマセンね」

順番の回って来た運転席の私に屈み腰の警察官が笑顔で声を掛けてくる。屈強そうな体躯、いかつい顔、貼り付いた作り笑顔が逆に恐ろしい。とは言え、物腰は柔らかい。警察官の態度も昔から見たらだいぶマイルドになったものだ。

「随分と物々しい感じですけど何かあったんですか?」私が訊ねる。

「いえいえ、何もありませんよ。オリンピックが近いので念のためです」

オリンピックは一年以上先の話。今から検問などやる訳がない。

「ところで、こちらは社用車ですかね?」警察官がさりげなく話題をそらす。検問の理由について触れられたくないのだろう。

「はい、そうです。営業車です」さすが警察官、鋭い観察眼だ。と言いたい所だが、車体のサイドに社名ロゴとスシを握りながら走るニンジャの絵が入っているのでそんな事は直ぐに解る。

「えーと、申し訳ないんですけど、トランクの中だけ確認させて貰って宜しいですか?」

「判りました。どうぞ」言われるまま私はトランクを開けた。車の後部に回った警察官はトランクの中を確認し、再び戻って来て言った。

「ありがとうございました。あと、一応念の為、後部座席だけ確認させて貰って宜しいですか?」

「ええ、構いませんよ」パワーウィンドウでは無いので振り向きながら上体だけのけぞらせ手動でギーコギーコ窓を下ろす。警察官が中を覗き込む。

「はい。確認させて頂きました。ありがとうございます」

「いえいえ。じゃ、もう行っても良いですかね?」

「大丈夫です。あ、その前に一応、免許証だけ確認させて貰って宜しいですか?」

免許証“だけ”。さっきから、トランク“だけ”、後部座席“だけ”、と“だけ”を連発しているが、言葉の使い方としてこれはどうなのだろう……と思ったが、口には出さない。機嫌を損ねて公務執行妨害か何かで無理やり逮捕されては堪らないからだ。

「勿論です。どうぞ」模範的な市民のよう爽やかな態度で懐から免許証を出して渡した。「では拝見します」

免許証の写真と私の顔を交互に何度か見比べた後、警察官は言った。

「えーと、写真の方は眼鏡かけてますけど……“運転時は眼鏡必須”ですよね」

そう。私は微妙に眼が悪く、普段の生活は裸眼で問題ないのだが、運転する時には眼鏡が必要なのだ。

「はい、そうです」

「そうしたら、今はコンタクトレンズですか?」

「いえ、裸眼です」

警察官の顔が曇る。
「それはマズいですね」

「そうですか?特に問題無いと思いますけど」

「いや、問題あるでしょう。直ぐに眼鏡掛けて下さい。お持ちですよね?」

「いえ、それが実は、会社に置き忘れて来ちゃったみたいで……」

「なるほど、お持ちでは無いと」

警察官の顔が更に曇る。これ以上曇ったら恐らく雷雨になるだろう。良くない展開だ。

「普段、裸眼で生活してるのでよく忘れちゃうんですよね。でも、まあ、そこはちゃんと自覚しているので大丈夫です」

「いやいや、大丈夫では無いでしょう」

「それが大丈夫なのです。試しに顔だけ車内に突っ込んで、中から前方を見てみて下さい」

自信たっぷりの私に怪訝な表情を見せながらも警察官は私の指示に従い、車内、運転席から前方に視線を投げかけた。そして素頓狂(すっとんきょう)な声を上げた。

「あっ、こりは!」

「お解りになりました?」

「フロントガラスが……」

「そうです。車に乗る時いつも眼鏡忘れるので、これはマズいと思ってあらかじめ車のフロントガラスの方に“度”を入れておいたのです。因みに、他の窓も全て度付きです」

そうなのだ。これなら眼鏡を忘れても大丈夫。会社に無理を言って特注して貰ったのだ。度は私の視力に合わせてあるので、勿論、他の人間が運転する事は出来ない。

「大変失礼しました。それなら結構です。では、くれぐれもお気をつけて」



「ありがとうございます。で……」最後に駄目元でもう一度訊いてみた。「何かあったんですか?」。が、答えはやはり……

「いえ、何も無いんですよ〜。トランプ大統領が来日したりして、それでちょっと、って感じですかね」

それ、かなり前の事のような気がする。けれども、ここで食い下がっても意味は無い。私は一礼し、車を発進させたのだった。

【追記&注】(注)ネタなのでくれぐれも真に受けないように。最近、交通事故のニュースが目につきます。運転には本当に気をつけなければいけませんね。あと、自動運転走行車、これ、本当に一般化するのでしょうか。


〜おしまひ〜。

2019かげらふ日記(虚構)#06「人事異動の内示の事」


話題:突発的文章・物語・詩



◇◆◇◆◇◆◇◆◇

「人事異動の内示の事」

〇〇月××日

【月曜日】

(晴れ、時々、狐の嫁入り)

人事異動の内示が正式、かつ大々的に発表された。

結果、今いる〈おもてなし事業部・おいでやす第2課〉から〈アッチを見ろ事業部・ソッチを見ろ第3課〉へ部署異動が欠陥。同時に役職も、現在の【めそめそ平社員A】から【のびのび平社員B】へ5階級の特進なった。

この昇進により新たに会社内における二つの新たな権利を獲得する。

まずは――@エレベーターの階数ボタンを自分で押せる権利。――正直、これは非常に大きい。〈おもてなし事業部〉のフロアは53階なのだが、今までは自分でエレベーターのボタンを押せないので誰かが53階のボタンを押すまでエレベーターに乗り続けなければならなかったのだ。当然、誰もボタンを押してくれず、勤務時間内に自分のフロアに行き着けず、そのまま何も仕事をせずに帰宅する日も出てくる。エレベーターに一日中乗りっ放しなのは流石にキツい。しかし、これからはその心配はしなくて済む。やれやれだ。

そして――A社員食堂のパート(のチーフ)のおばちゃんを“ハツエさん”と下の名前で呼ぶ権利。――これも地味に嬉しい。親しくなれば内緒でご飯を大盛りにしたり定食のおかず等をちょっと増量したりしてくれるかも知れない。【うきうき平社員】未満は昼食は必ず社員食堂でという社則があるので、この権利の獲得は何気に大きいのだ。

《ギャラクシーフロンティア&スシニンジャCompany》はニューヨークと東京のタブル本社を中心に世界80ヵ国に150もの支社とグループ会社を持つ巨大総合商社で、スペースシャトルの打ち上げといった宇宙ビジネスから夜なべで手袋を編むお母さんのお手伝いまで実に手広く事業を展開している。世界有数の超巨大企業。そんな訳で私の勤務する東京本社も地上108階建ての超高層ビルとなっているのである。

多岐に渡るビジネス展開、当然、部署も華のある部門から苦労が多い割りに地味な部門まで、ピンからキリまで多岐に渡っている。どの部署に配属されるかは社員にとって、死活問題とも言える大問題なのだ。だから、人事異動の発表の日は社内の空気が普段とは一変する。恐ろしいほど張り詰めるのだ。実際、人事異動発表の日と知らずに訪れた外部の人間が次から次へと気を失って倒れるといった事例は数限りなく報告されている。恐らくは空気の組成が実際に変化したのだろう。内示発表の緊張で社員らの呼吸が荒くなり、いつもより多くの酸素を消費、結果、社内の空間の酸素が薄くなり逆に二酸化炭素の濃度が上がったものと思われる。


午後、新らしいデスクへ荷物を移動していると、廊下で同期の久保田とバッタリ出くわした。明らかに浮かない顔をしている。どうやら今回の人事異動が原因らしい。花形部署の一つである〈超伝導リニア開発部・次世代車両第1課〉から〈取りあえず食べてみそ研究部・珍しいキノコ第2課〉への異動。同時に【うはうは平社員A】から【もやもや平社員B】への降格も決まったとの事。なるほど。浮かない顔になるのも頷ける。ご愁傷様。

でも、大丈夫。何故なら、人事異動はだいたい月に一回ぐらいのペースで行われるからだ。このシステムは素晴らしい。たとえ降格でキツい部署や役職を得たとしても直ぐに変わるので常に希望を持って働ける。勿論、その度に部署や役職がころころ変わるので何時まで経っても仕事が覚えられないし上下関係がころころ入れ代わるという問題はあるが、そこはまあ、特に気にしなくて良いだろう。

何はともあれひえだのあれい(稗田阿礼)、次の人事異動が楽しみだ。目指すは〈宇宙開発部・火星探査第1課〉だ。


〜おしまひ〜。

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