かげらふ日記(虚構)28『真冬の肝だめし』


話題:妄想を語ろう



 小学校から腐れ縁の続く友田に“一生のお願い”と泣きつかれ、急遽、肝だめしに参加する事になった。

友田は超常現象専門のライターで、常にパワースポットや心霊スポット、UFOの目撃多発地帯を渡り歩いている。そこで仕入れた怪談話や不思議な出来事を講演しながら全国を渡り歩いているという変わり者、少し危ないやつなのだ。そのくせ人一倍怖がりだというから訳が判らない。今回も「なあ、一緒に行こうよ。一人だと心細くてさあ。頼むよ、一生のお願いだから」と何時もの如く泣きついてきたのであった。

2月に肝だめしって珍しくないか?普通は夏にやるものだろう、と訊ねると、いや、肝だめしは通年行事だよ、と友田は涼しい顔で言い切った。まあ、オカルト好きにはそうなのだろう。彼にとってラッキーだったのは、昨日今日の急な希望にも関わらず私の休暇願いが会社に受理された事だ。

私「急で申し訳ないのですが、明日1日お休みを頂けませんでしょうか?」

部長「また、いきなりだな。で、理由は?」

私「はあ、それがですね……実は友人と一緒に心霊スポットに行かなきゃならなくなりまして」

部長「ああ……心霊スポットなら仕方ないか。判った。届けを出しておく」

私「ありがとうございます」

部長「では、“忌引き”扱いで」

どう考えても心霊スポット巡りは忌引きではないが、下手な事を言ってへそを曲げられても困るので「はい、それでお願いします」と答えておいた。

かくして迎えた当日。最寄り駅から下り方面へ各停で2駅ほど先の、乗降客の殆どいない小さな駅で降り、そこから路線バスへと乗り換える。田園地帯を抜け、鬱蒼とした森の中へ。進むにつれ風景がどんどん怪しげになっていく。見れば、私と友田以外の数人の乗客も何処か皆生気がなく、否応なしに私の不安感は募っていった。もしかしたらこの辺りは曰く付きの土地なのかも知れない。誰も口をきかぬまま30分程揺られた頃だろうか、友田が「着いた」と言い、私たちはバスを降りた。どうやら他の乗客も全て同じ停留所で降りたようだ。

バスを降りた私たちが舗装された部分と未舗装の部分が入り雑じる細い道をとぼとぼ歩いて行くと、やがて森の中に古びた門柱が立っているのが見えた。「ここだ……」友田が緊張した声で言った。元は白かったであろう壁のあちこちにスプレー缶の落書き絵が見える。肝だめしに訪れた連中の悪ふざけだろう。薄汚れた門柱にはかすれて消えそうな字でこう書かれていた。

【醵鷂瑙病院】

読めない!全く読めない!なんて恐ろしい病院なのだ!心霊スポットの定番、廃病院に違いない。大正〜昭和初期辺りのカフェ建築っぽいレトロモダンな建物の規模は町の医院よりは大きく総合病院よりは小さい。その中間ぐらいか。落ち葉や枯れ木の地面を踏み締めながら玄関口へ。アールデコ調の入口扉は開け放たれていた。青ざめた顔の友田と緊張しながら建物の中へ足を踏み入れる。不法侵入を気にする私に「そこは問題ない」と友田は言ったが本当だろうか。不安な私を尻目に、友田は一直線に待ち合いロビーを突っ切り〈総合受付カウンター〉へ向かう。そしてカウンターの奥に向かってこう言った。

友田「すみませーん。マイナ保険証って使えますよね?」

すると、

「大丈夫、使えますよ。えーと、友田さん、今日は肝臓の検査でしたね」カウンターの下からひょっこり顔を出した熟年の女性が答える。ひょっこりはん!

友田「はい、宜しくお願いします」

うむ。友田が私の顔を見て頷いた。

うむ。肝だめしって…………肝臓の検査の事だったのか!

と言うか、ここ……廃病院じゃなかったのね。

塀の落書きは地域の若い芸術家たちによるポップアートで、人里離れた場所にあるのは混雑を避け、療養に適した綺麗な空気を求めた結果らしい。道理でバスの乗客たちの顔色が悪い訳だ。体調が悪い人しか来ないのだ此処には。

友田「知る人ぞ知る肝臓の名医が居てさ。名前は“井伊寛三”……いいかんぞう……良い肝臓!な、凄いだろ。いやいや、すまんなあ、付き合って貰って。ほら、明らかにオレ酒呑みすぎだからもう不安で不安で」

なるほど。普通に心細かったのか。思えば私が勝手に心霊スポットだと勘違いしただけで友田はそんな事は一言も言っていなかった。

ついでにお前も一緒に検査どうだ?の誘いを丁重に断り、友田の検査が終わるのを待ち、会計を済ませて病院を後にした。支払いはタッチパネル式の自動精算機。外観は廃病院だが設備は近代的だ。マイナ保険証にもちゃんと対応しているし。廃病院とか心霊スポットとか言ってごめんよー。

友田の検査結果は再来週判るらしい。無事だといいけど。結果が出るまで不安だろうから、帰りにコンビニで気休めにヘパリーゼを14本買ってプレゼントする。検査検査が出るまで毎日1本ずつ飲むといい。今さらではあるけれども。まあ、人ってそういうものでしょう。


〜おしまひ〜。


かげらふ日記(虚構)27『隙間を狙え』


話題:どうでもいい話


私は幾つか習い事をしているが、その中の一つに剣道がある。と言っても普通の剣道ではない。

爪楊枝剣道。

その名の通り、竹刀の代わりに爪楊枝を持つ剣道だ。それ以外は普通の剣道とほぼ同じで、ちゃんと面を被り胴を巻き小手を付け袴を履いて行う。

剣が爪楊枝なので打たれても全然痛くなく、怪我が少ないのが大きな魅力だ。剣も竹刀と違って軽いし小さいしで持ち運びも全く苦にならない。稽古後の食事の際には本来の用途である爪楊枝として使える……という具合に万事良いこと尽くめなのである。

とは言え、侮って貰っては困る。決して甘い競技ではないのだ。むしろ普通の剣道よりも厳しい部分も間違いなく持ち合わせている。何と言っても、“小手をはめた状態で爪楊枝を両手で持つ”、これが至難の技。手先の繊細な感覚と高い集中力が必要で、それを持続しなければ試合にならないのである。あまりの緊張に耐えられず神経をやられイップスを発症する者も多い。なかには「爪楊枝ではなくお箸では駄目なのでしょうか?」と泣きつく者もいる。試合時間の7割は落とした爪楊枝を探して拾い上げている時間だと思って貰って構わない。かような事実が示すように、とにかく心身の強さが共に必要となる。

何故そのような過酷な競技を続けているのか。

それはひとえに競技人口が少ないからである。競技人口が少なければ日本代表にも選ばれやすい。隙間を狙うのだ。残念ながら次のパリ五輪では採用されなかったが、その次か、次の次あたりの五輪ではこの【爪楊枝剣道】が正式種目として採用されるのではないか、と私は踏んでいる。

是非とも近々のオリンピックで、爪楊枝をはしっと構えた私の勇姿を楽しみにして頂きたいものである。

〜おしまひ〜。

*追記*

爪楊枝剣道が正式種目にならなかった場合の保険として、冬季五輪を見据えた【つららフェンシング】も習い始めました。




かげらふ日記(虚構)#26「サービス過剰競争時代の一週間」


話題:突発的文章・物語・詩

*******

【月】

新しい眼鏡を作りに町の眼鏡屋さんへ。調整の終わった眼鏡を受け取り掛けてみる。ぐらんと世界が歪んだ。恐ろしいほどクラクラくる。慣れのせいかと思っていたら、そうではなかった。

「ただいまサービス期間中につき、お値段そのままで度数を3倍、更に無料で乱視をお付けしております」との事。これはかなりお得だ。問題は掛けて10秒もすると気持ち悪くなる事だが、それはまあ些細な問題だろう。


【火】

某ハンバーガー屋が期間限定のスペシャルサービス中と聞いて駆けつける。看板メニューの【クレイジービーフ(狂牛)バーガー】と【インフルチキンの竜田サンド】を注文。眼鏡屋の例に倣えばパテの厚さが3倍もしくは枚数が3倍になる筈と予想するも見事にハズレ。家でゆっくり食べたいのでテイクアウトを選択すると、店員がバーガーの入った袋を持ったまま家まで着いてきた。どうやら、高級ホテルのように部屋まで荷物を運んでくれるのが[スペシャルサービス]らしい。

家までの交通費はこちら持ちで、自宅の住所や名字など個人情報も駄々もれになってしまったが、それは気にする程の問題ではないだろう。


【水】

固定資産税やら何やらで屋敷の維持が大変になってきたのでマンションにでも引っ越そうかと不動産屋を訪れる。サービス期間中につき高層タワーマンションの一室が大特価との話。善は急げとばかりにその足で内見に出向く。立地、利便性、間取り、共に悪くないが問題は価格。大特価という割に安くない。むしろ相場より若干高めだ。いったい何処が大特価なのか。

『……此処だけの話ですけど、実はこの物件“幽霊付き”なんですよ。しかも2体。どうです、お得でしょう?』

そういう事か。確かにイギリスなどは幽霊付き物件の方が人気があって価格が高くなる場合があると聞く。そう考えるとお買い得に違いない…………と一旦は購入に傾くも、床の間の柱の木目が若干気に入らないので購入を見送る事にした。

一応断っておくが、決して幽霊が怖いからではない。


【木】

取材も兼ねて裁判の傍聴に行った。食い逃げ事件の裁判だ。もちろん食い逃げは歴とした犯罪で決してやってはならないが、人命に直接関わるような事件に比べれば法廷の空気も心なしか緩めに感じる。

判決の前に傍聴席の全員に特別サービスとして被告が食い逃げしたメニューが配膳された。メンチカツ定食。「どうせなら[特上のうな重]を食い逃げして欲しかったな」思わず呟くと裁判長から睨まれてしまった。めんごめんご。

帰りに[食い逃げ無罪券](基礎猶予。一名様一回限り有効)が全員に配られる。ついに裁判所までサービスをする時代になったのか、と遠い目で思った。


【金】

夕方に帰宅。家の塀(ブロック塀)を見て驚く。ヘタウマな絵が描かれていたのだ。片隅には”墨田区のばんくしー”というふざけたサイン。まったく、とんでもないイタズラだ。と立腹しかけて、ふと思い出した。先月、美術館に行った際、プレゼントが当たるアンケートに応募していたのだ。

果たして、郵便ポストには美術館の名前が印刷された封筒があり、中に[プレゼント当選おめでとうございます]と書かれた便箋が入っていた。

景観を損ねる事この上にないので速攻で消したい所だが、何億円もの値段がつくような代物かも知れない。幼児の落書きなのかアートなのか。そんな事を考えていると奇しくも目の前をアート引っ越しセンターのトラックが走り抜けていった。アートだという暗示か。よし、これは消さずに残しておくとしよう。



【土】
 
昔たま〜に利用していた釣り船[七福丸]が今週いっぱいサービス期間との話を聞き、久し振りの海釣りへ。秘密のポイントらしき場所で糸を垂らすと僅か数秒でアタリが来た。

釣れたのは何とマグロ!これには天国の松方さんもびっくりだろう。しかも只のマグロではない。驚くなかれ、既にお刺身としてパックに入っているではないか。さばく手間が入らず楽チンだ。その後も[酢ダコ]、[高級カニかま]、[わさびの小袋]、[冷凍のシーフードミックス]、[サザエさんのDVD]など次々と大物が釣れ、大満足で帰港する。消費期限が黒塗りで潰されているのが若干気になるが気にしなければいいだけの話だ。


【日】

昼飯に海鮮炒飯(昨日釣った冷凍のシーフードミックス使用)を食べていると、会社から急遽呼び出しを食らう。システムトラブルらしい。直ぐに駆けつけ復旧を試みるも作業は難航し、完全復旧したのは深夜1時過ぎだった。会社に泊まるのは嫌だったのでタクシーを呼ぶ。

暇だったのかタクシーは直ぐに来た。運転手は人の良さそうなオジサンで喋りたそうにしていたが、こちらは完全にグロッキー状態で「申し訳ないけど少し眠りたいので着いたら起こして欲しい」と断りを入れて行き先を告げた。

どれくらい経ったのだろう。起こされたのは鬱蒼とした木々の生い茂る見知らぬ山の中だった。[青梅街道の▲▲交差点まで]と言ったハズだが、どう見てもここは交差点ではない。此処は?

「ただいま、料金はそのままで3倍の距離を走行させていただく特別サービス期間となっておりまして、▲▲交差点までの3倍の距離を走らせて頂きました」運転手さんは笑顔で答えた。

なるほど(ザ・ワールド)、それなら納得だ。だとすると、ここは高尾山か。私は料金を払って車を降りた。この料金で高尾山はかなりお得だろう。

さて、と……

タクシーでも呼んで帰るとするか。


*******


〜おしまひ〜。












かげらふ日記(虚構)#25『ボウリング場へ行こう』


話題:短文



中学時代の友人に誘われ久々の帰省、地元のボウリング場に集合する。来るのは4、5人だろうと思っていたが、蓋を開ければ私を含めて13人。ちょっとした同窓会だ。年相応に老けた奴もいれば若々しい奴もいる。三浦、和田、比企、北条……懐かしい顔ぶれ。皆、元気そうで良かった。

それにしても【竜宮ボウル】がまだ存在していたのには驚いた。子供の頃にちょっとしたボウリングブームがあり、その頃よく通っていたボウリング場だ。久しぶりの【竜宮ボウル】は建物も内装もくすんで、随分とくたびれた感じに映るが、考えてみれば昔からこんな感じだったような気もする。壁には未だ[さわやか律子さん]のポスターが貼られている。

とにかく久しぶりのボウリング。30年ぶりぐらいか。まったく感覚が掴めない。どうやら既にボウル選びからして大きく間違えたようだ。手の大きさに対してボウルが小さ過ぎたのだ。勢いよく投げた迄は良かったが、穴から指が抜けず、投げたボウルと共に体ごとピンに突っ込んでしまった。

ストライク!と同時に体はボウルごとレーン奥の奈落の底へ。

……まさか、レーンの奥底にあのような世界が広がっていようとは!

楽園?桃源郷?エデンの園?おやま遊園地?──適切な言葉が見つからない。とにかく驚きの世界がそこには広がっていた。残念ながら、これ以上話す事は出来ない。乙姫さまに固く口止めされているので。

浦島太郎の話が頭にチラつくも、あまりの楽しさに3日ほど滞在した後、お暇(いとま)を告げる。ま、なるようになれ、だ。

投げたボウルが戻ってくるトンネルみたいな所からお土産に渡された玉手箱と共に帰還を果たす。浦島的に考えれば少なくとも30年ぐらいは経っているはず。そう覚悟していた。が、そこに広がっていたのは3日前と同じ、12人の友人たちがボウリングに興じている風景だった。もしや、元の時間に戻って来たのか?

それも違っていた。こちらはこちらでちゃんと3日経っていたのである。浦島太郎でも猿の惑星でもなく普通にレーンの向こうに行って帰って来ただけの話。

と言うか……お前ら、家にも帰らず3日もボウリングし続けているとは、どうかしている。久しぶりに旧友と再開し、楽しくて帰りたくない気持ちは解るが、仕事はどうした?家族はどうした?いったい料金は幾らになっているのだ?

……と言いたい所だが、あちらの世界を知った今、そんな些細な事などどうでも良い。私の帰還祝いも兼ねて更に2日ほどプレイして帰る。恐れていたお会計は1人630円。5日間ぶっ通しでプレイしてこの金額。安い!安すぎる!よし、また来よう。

帰りに皆でファミレスに行き食事をとる。お土産に貰った玉手箱を開けると……『こ、これは!』。一同が思わず絶句する。

そこには、とてもとても、この世の物とは思えないダサいボウリングシューズが入っていた。



〜おしまひ〜。



かげらふ日記(虚構)#24『演歌の花道』


話題:夢

                                              

かげらふ日記(虚構)#24

〇〇月XX日【金】

(晴れ、ときどき、岸壁の母)


『演歌の花道』

心理テストを受けている夢を見た。庭に面した全面窓から採り入れられた自然光の柔らかな灯りが優しい落ち着いた部屋。私は長ソファーの中央にやや前屈みで腰掛けていた。小さな丸テーブルを挟んだ向かい側には一人掛けのソファーがあり、カウンセラーの先生が深々と座っている。肘掛けに両方の肘を置き、ふんぞり返るように足を組む姿はやや尊大に映るが、欧米のドラマではよく見掛ける絵なので恐らくはリラックスを促す為わざとゆったりとした姿勢を取っているのだろう。

「では、最新式の心理テストを行いましょう」先生は言った。そして足を組み替え「貴方は一本の道を歩いています」と続けた。途端、カウンセリングルームの風景は消え、私は一本道の真ん中に佇んでいた。(これは夢だな)と気づいたのがこの瞬間である。こういう事はたまにあるが、深層心理の反映をその一部に含んでいるかも知れない夢というものの中で更に重ねて心理テストが行われているシチュエーションが面白かったので、流れのまま進んでみる事にした。

「やがて貴方は道が二手に分かれている所に出ました。目を凝らすと右手の道の先にはお〇り広告で人気沸騰中の 【スシロー】の看板が、左手にはイケメン社長でお馴染み【すし三昧】の看板が見えます。さあ、貴方はどちらに進みますか」

どうやら二択方式の心理テストらしい。どこが最新なのかさっぱり判らないが取り敢えず「左に進みます」と答えた。すると先生は手元のノートパソコンを叩き幾つかのページに目をやった後、「はい。今の質問で貴方の深層心理が全て丸裸になりました」と言った。そして私の目をぐっと見据え、こう続けたのだった。

「貴方はお寿司が大好きなのです」

……ちょっと待って下さい。こんなもの、最新式どころか心理テストですら無いのでは?私が口を開きかけると、「さて予備審問はこれくらいにしてそろそろ本当のテストに行きましょうか」と先生が言った。ああ、そういう事か。私はちょっと納得して「お願いします」と答え、本題とも言うべき心理テストが始まった。

「貴方が一本道を歩いていると二手に分かれて所へ出ました」

あれ?先刻と同じだぞ。が、これは本番、ここから先が違うのかも知れない。

「目を凝らすと右手の道には貴方に向かって手招きをする【鳥羽一郎】さんの姿が見えました。反対の左手の先には同じく手招きをする【山川豊】さんの姿が見えます。さあ、貴方はどちらに進みますか?」

同じだった。ジャンルこそ違えど構造としては一緒に思える。が、これは本番。そうか、解釈の精密さが違うのか。「えーと……右の【鳥羽一郎】さんの方ですかね」特に理由は無いが取り敢えずそう答えた。すると……

「なるほどなるほど。これで貴方の自我を形成する核(コア)の部分が完全
に掴めました。断言します。貴方は……」

嫌な予感がする。

「貴方は……演歌が大好きなのです」

予感的中。「診断にケチをつけるつもりはありませんが、私は“ボサノヴァの貴公子”と呼ばれていて……いえ、ケチをつけるつもりは微塵もありません」と完全にケチをつけにいくも、「いや、“演歌の申し子”でしょう」と取り付く島もない。「いや、しかしですね、二択のどちらも演歌歌手ではどうしたって演歌好きという事になってしまうじゃないですか」私は正当な反論を展開した。しかし先生は涼しい顔でこう告げたのだった。

「本当にそうですかな?別の選択肢もあったのではありませんか?」

そこで夢は終了した。目が覚めた後も先生の最後の言葉が引っ掛かり続けていた。それから数日経ったある日、スマホを家に忘れたのに気付き、引き返そうとした時、「あっ!」私はある事に気付いた。そうか、こういう事だったのか。一つの解を得た私はリベンジの機会を待った。何として私はもう一度あの夢を見なければならない。

それから更に数日後、待ちに待ったその日がついにやって来た。シチュエーションは全く同じ。私は道を歩いていて二手に分かれた先で【鳥羽一郎】さんと【山川豊】さんが手招きをしている。演歌の呪縛を解く大チャンスだ。いざリベンジ。 私はクルリと後ろを向き、いま来た道を引き返したのだった。

そう!道は必ずしも前に進まなければならないとは限らない。引き返すという選択肢も存在する。最初の夢で先生が言ったのはこの事だったのだ。勝った。心理テストというよりは引っ掛けクイズだが取り敢えず勝った。私は五木ひろしさんのように握りこぶしをつくり目を細めて感慨に浸りながら道を引き返し続けた。気分が良い。【みちのく一人旅】を鼻歌で口ずさみながら歩き続けていると道の前方に何やら恰幅の良い男の姿が見えた。男。男は派手な着物を着ていた。

……間違いようがない。それは御大【男・村田】(村田英雄さん)の姿であった。

………。

無自覚ながら私はやはり……

演歌が好きなのかも知れない。 

そこで目が覚めた。

その夜、ユー〇ューブを開くと[貴方にオススメの動画]が表示されていた。40年ぐらい昔の古いCMだ った。大きな寿司桶の中に入ったちらし寿司を【北島三郎】さんが団扇で仰いでいる。『あったかご飯に混ぜるだけ〜♪ちょいとすし太郎〜〜♪』

寿司と演歌!さ
すがユー〇ューブ、対応が早い。感心も束の間……いや、待てよ。何故、私の夢の内容をユー〇ューブが把握しているのだろう。もしかして、知らず知らずの内に
頭の中の情報が流出していて、それをスマルトプホーネ(スマホ)が拾っているのか?

現代は情報戦の時代である。そして人の頭の中というのは究極の個人情報とも言える。昨今のテクノロジーの進歩を考えれば絶対に無いとは言い切れないだろう。少し怖くなって来たので気分転換に独りカラオーケストラに行く事にした。最初の一曲は勿論、村木賢吉の【おやじの海】だ。

皆さんも、或る日突然全く興味のないジャンルの動画や広告がオススメされた時、それは貴方の頭の中が盗まれているのかも知れません。信じるか信じないかは……アナスタシア次第です。

〜おしまひ〜。

 

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