話題:文字や言葉


滝壺小学校6年2組の富士山太郎くんはとても優秀な生徒ですが、名前が和風なせいか、カタカナ言葉に弱いという弱点がありました。先だっての自由作文を読んだ担任の竹之内ヘニング良枝先生はそれが少し気になっていました。


◆良枝先生の感想と添削◆


山太郎くんの自由作文『僕の素敵な家族』を読みました。山太郎くんはバラエティ豊かで優しい家族や親戚の方たちに囲まれていて幸せですね。作文自体も素直な文章と圧倒的なボリュームで、とても良く書けているなあと感心しました。

ただ、一つだけ気になる点があります。それはカタカナ言葉のちょっとした間違いです。山太郎くんは前に「カタカナ言葉をずっと見つめ続けていると文字が勝手にうにょうにょとミミズみたいに動き出す」と言っていたけれど、それが原因なのかな。一箇所二箇所ならともかく、結構な数の間違いがあるので、うっかりミスだとは思うけれども、一応その部分を指摘して訂正したいと思います。

まずは山太郎くんのお父様の話。お父様はこの4月から誰もが名前を知っている某IT企業の宣伝戦略部門の【特別バドワイザー】に就任したと書いてあるけれど、それはバドワイザーではなくて【アドバイザー】だと思います。先生、大和くんのお父様がバドガールの衣装(ぴっちぴちのボディコン)をつけて授業参観に来ている姿を想像してちょっと血の気が引いちゃいました。お父様の名誉の為にも次からは間違えないであげて下さいね。

次は、冬物の服を家族みんなで買いに行った部分。なるべく重ね着をしないよう「保温力の高いビートイットの肌着やTシャツを買った」とあるけれど、それは【ヒートテック】の間違いじゃないかな、って先生思います。ビートイットはマイケルジャクソンの30年以上前の古いヒット曲です。ご両親が聴いていて、それで知っていたのかな。

それから、ファッション業界にいらっしゃる叔母様の紹介で原宿にある芸能人やモデル御用達の美容室に行った時の話。「通常、予約が2年待ちのカラスミ美容師に髪を切って貰った」と書いてあるけれど、言う迄もなくカラスミではなく【カリスマ】美容師が正解でしょう。体から珍味の匂いを発している美容師さん、ちょっと嫌です。それにしても、山太郎くんのスポーツ刈り、前よりちょっとお洒落な感じがしたのはそのせいだったのですね。

それと、もう一つ。そのお洒落な叔母様の服装に関して。山太郎くんは【エレガント】と書いたつもりなのだろうけど、「エレファント」になってしまっています。エレファントは動物の象さんです。でも、もしも「エレファントカシマシっぽい服装」の意味であって間違えた訳ではないのならば先生謝ります。ごめんなさい。

他にもけっこう間違いがありました。

本場イタリア仕込みのピザ屋で食べたのは「ボンジョビの窯焼きピザ」ではなく、恐らく【アンチョビ】のピザでしょう。ボンジョビはアメリカのロックバンドでピザのトッピングには適していません。もし出来たとしてもかなりお金が掛かると思います。

「日曜日、よく晴れていたので家族みんなで家の大掃除をしました。ウーパールーパーが大活躍でした」

はい。活躍したのはウーパールーパーではなく【クイックルワイパー】ですね。普段から先生も使っているのでこれはすぐに判りました。

「商店街の福引きで宿泊券が当たったので家族揃って高級ホテルとして名高いセンチメンタルホテルに泊まりました。物凄く快適でずっとここに住みたいと思いました。チェックメイトする時は少し寂しい気持ちになりました」

思うにセンチメンタルホテルは【コンチネンタル】ホテル、チェックメイトは【チェックアウト】が正しいのでは。センチメンタルホテルでチェックメイト(詰み)、何だか絶望的な恋愛模様を想像して、先生、ちょっと胸が切なくなりました。

「従兄弟の和男さんが空き巣の疑いで警察の事情聴取を受けました。でも、犯行時刻のアリババが証明されたらしく直ぐに解放されました。冤罪事件にならなくて良かったです」

それは災難でしたね。さぞや皆さん心配された事でしょう。無実が証明されて本当に良かったです。でも、アリババは【アリバイ】の間違いなので、今度誰かが事情聴取された時には間違えないよう気を付けて下さいね。

「お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが東南アジア旅行から帰って来ました。タイのお土産のカレー(レトルト)を晩御飯に皆で食べました。いつも家で食べているお母さんのカレーとは少し違うエースコックな感じで美味しかった。マッチョマンカレーというらしいです」

なるほど。【エスニック】な【マッサマンカレー】、美味しくて良かったですね。

「たまたま聴いたFMのお洒落な洋楽特集で、番組のアリゲーターを努めていたお姉さんが英語ペラペラでとても格好良く、ちょっと憧れました」

それは間違いなくアリゲーターではなくて【ナビゲーター】でしょう。アリゲーターは鰐(わに)です。ちなみに、アリゲーターとクロコダイルの違いは……長くなりそうなので止めておきます。

「土曜日のお昼にパスタ料理を作りました。スパゲティは耳たぶの固さに茹でるのが良いと教わりました。耳たぶの固さ、専門用語でデルモンテというらしいです」

デルモンテではなく【アルデンテ】ですね。スパゲティ、美味しいですよね。先生もパスタ料理は大好きで自分でもたまに作ります。

「パスタ料理のソースにはアルモンテのケチャップを使いました」

そっちが【デルモンテ】です。アルモンテは中日ドラゴンズの髭もじゃ外国人選手です。

「家族でカラオケに行きました。お母さんが唄うのを初めて聴いたけれど、上手くて驚きました。曲もサブちゃんからジャパネット・ジャクソンまでとレトリバーの広さにもビックリした一日でした」

まあ、山太郎くんのお母さま、昔、歌手を目指していたのでしょうか。先生もお母さまの歌を聴いてみたくなりましたが、ジャパネットは通販なので正しくは【ジャネット・ジャクソン】。レトリバーも【レパートリー】の間違いです。

「妹の和美のピアノの発表会に行きました。ちゃんと弾けるか心配だったけれど、和美は本番に強いみたいで練習よりも上手にシートベルトの曲を弾き、会場から大きな拍手を貰いました」

妹さんのプレッシャーに対する強さ、先生ちょっと羨ましいです。シートベルトは【シューベルト】だと思うけれども、違っていたら後でこっそり教えて下さいね。

「車好きの叔父さんが真っ赤なオープンカーに乗って遊びに来ました。古いイタリアの車でアロンアルファのスナイパーというらしいです。夏の海岸通りに似合いそう」

先生、車にはあまり詳しくないけれど、アロンアルファが瞬間接着材だという事は知っています。そこで少し調べました。叔父様の車は多分、【アルファロメオ】の【スパイダー】だと思います。

「お父さんが〈政官民・大癒着ゴルフコンペ〉で優勝。大きなアルフィーを持って帰って来ました。お父さんはゴルフがとても上手で部屋には記念アルフィーがたくさん並んでいます」

アルフィーではなく【トロフィー】ですね。アルフィーはメリージェーンなどの曲で有名な三人組のバンドです。癒着云々は…家庭訪問の時にちょっと気まずくなりそうなので、見なかった事にしておきますね。

…あ、ごめんなさい。メリージェーンではなくて【メリーアン】でした。メリージェーンはつのだじろうさんです。

…あ、あ、ごめんなさい。つのだじろうさんは漫画家のお兄さんの方でした。正しくはつのだ☆ひろさんでした。何だか先生ちょっと混乱して来ました。

「両親が、中学生になったらスマホを持って良いと言ってくれました。将来はチューバッカになりたいので、スマホを買ったらたくさん動画を撮って練習したいと思います」

それは良かったですね。先生も山太郎くんの撮った動画を観てみたいな。【ユーチューバー】デビューも楽しみです。たくさん練習すると良いと思います。それと一緒にカタカナ言葉の書き取りも練習してくれるともっと嬉しいです。チューバッカはスターウォーズに登場する毛むくじゃらの人でハン・ソロ船長の相棒です。

最後に、これは厳密に言えばカタカナ言葉の間違いではないのだけど、気になる箇所があるので指摘しておきます。

「南米のペルーを旅行中のお祖父ちゃんとお祖母ちゃんから絵葉書が届きました。絵葉書の写真は有名な父母湖で、とっても綺麗な湖だなあと思いました」

ついこの間タイから帰って来たと思ったらすぐさまペルーですか。山太郎くんのお祖父さまとお祖母さま、活動的で羨ましいです。ただ、【チチカカ湖】を父母湖と書く、そういう表記方法は何処にも存在しないので次からは気を付けましょうね。


さて、色々と間違いを指摘して来ましたが全体的には良く書けていたと思います。何よりも家族への愛情がしっかり伝わって来て、先生、それが嬉しかったです。いかに正確で技巧に優れていても心が伴っていなければ、「仏作って魂入れず」で意味がありませんものね。正すべき所は正し、伸ばすべき所は伸ばす。弱点があるという事は逆に伸びしろがあるという事でもあります。次の作文も楽しみにしています。


〜おしまひ〜。