2019かげらふ日記(虚構)#14「ムー的有給休暇の事」


話題:妄想を語ろう



◇◆◇◆◇◆◇◇◆◇◆


〇〇月××日

【水曜日】

(曇り、時々、メリーポピンズ)

『ムー的有給休暇の事』

今日は有給を取り自宅から車で小一時間ほどの場所にある里山へ。目的は、ライフワークと言っても過言ではない「UMAの探索」である。因みにUMAといのは未確認生物の意味だ。ウマではない。よって読み方もユーマが正解。

私の勤める会社は、以前紹介したように世界有数のグローバル企業である。福利厚生の充実ぶりも半端ではない。いわゆるホワイト企業だ。そのホワイトの一つが有給制度で、そこには実に様々な種類の有給休暇が存在する。今回、私が取得したのはその内の一つである[ムー休暇]。これは乃ち、雑誌ムーに載りそうな事柄(UFOや秘密結社などミステリアスかつオカルティックな事象全般)に関して取得出来る有給休暇だ。当然、其処にはUMAも含まれている。

可能ならばネッシーや雪男、モケーレ・ムベンベ、電撃の南部さんなど世界的に有名なUMAの探索に出掛けたいところだが、流石にそれは時間的にも金銭的にも難しい。が、悲観する必要は全くない。日本国内、私達の身近な場所にも意外とUMAは存在するのである。今回、私が探索するUMA【シロ黒猫】もその一つ。

【シロ黒猫】またの名を【ホワイト黒猫】。読んで字の如く、黒猫であるにも関わらず全身の毛が真っ白という実に奇妙な生き物である。

朝7時、集合場所である里山大公園の入り口広場には平日にも関わらずかなりの人数が集まっていた。ざっと数えるに5人〜300人ぐらい。これだけでもUMAという存在の普及度と人気が見て取れる。

この里山は都市圏の近くではあるが面積がかなり広い上、木々も相当に深い。ちょっとしたジャングルだ。そこで私達はゾウさんチーム、キリンさんチーム、カバさんチームの3班に分かれて探索を開始する事にした。班同士の連絡は各班のリーダーが持つトランシーバーで行う。どうしてスマルトプホーネ(スマホ)を使わないのか。それは、トランシーバーの方が探険の雰囲気が出るからである。

そんなこんなの探索開始から一時間、私のトランシーバーにゾウさんチームのリーダーから連絡が入った。

「何やらカラフルな松茸がぎょうさんあるんじゃがのう〜。採ってもよかろうもん?」

UMAとはまるで関係のない報告だ。此処は一般開放されてはいるが一応は国有地である。勝手に採集するのは流石にまずいだろう。それに、恐らくそれは松茸ではない。「ゾウさんリーダー、残念ですけど採るのは止めておきましょう」。

以降もたびたび報告が入るが、いずれも単なる白猫の見間違いであった。

ところが、誰もが諦めかけた探索終了時刻ギリギリの午後4時半、まさかの「シロ黒猫発見!」の一報がカバさんリーダーから入ったのである。ゾウさんチーム、キリンさんチームの全員が慌ただしく現場に駆け付ける。一気に高まる期待と緊張。幻のシロ黒猫、ついに発見か!皆の視線が一点に釘付けになる。果たして、そこに居たのは幻のUMA【シロ黒猫】……


……ではなく、単なる【野良パンダ】であった。

確かにパンダは猫科の動物で白黒なので【白黒猫】と言えなくもない。しかし、それは【白黒の猫】であって、私たちの探す【白の黒猫】ではない。如何にも、そそっかしいカバさんリーダーらしい間違いだ。だが、それを責める者は誰もいない。これぞワンチームである。

結局、今回の探索で幻のUMA【シロ黒猫】を見つける事は出来なかった。だが、私たちは諦めない。いつの日か必ず【シロ黒猫】を発見し、日本のUMA史の一頁を飾るのだ。


〜おしまひ〜。

[付記]今回の探索で遭遇した動物一覧。

◆普通の白猫5匹
◆その他の猫7匹
◆刑事犬カール1頭
◆ジャイアントパンダ8頭
◆マンモス6頭
◆サーベルタイガー3頭
◆ダンゴ虫2万9786匹
◆若人あき ら(我修院達 也)さん1人――記憶を失くしているようなのでちゃんと保護しました。


2019かげらふ日記(虚構)#13『MとHの事』。


話題:戯言



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『MとHの事』

〇〇月××日

【日曜日】

(晴れ、のち、喪黒福造のドーーン!)

誰も一緒に撮ってくれないので、買ったばかりの毛ガニと一緒にプリクラを撮った。

何故(なにゆえ)そんな悲しい事をするのか?

一緒に撮ってくれる人がいないのならば、いっそ、プリクラなど撮らずポン酢でも買って帰れば良いのでないか?

そうではない。これで良いのである。

私は日々【虚しさ】について研究をしている。「真の虚しさとは何なのか」、「“虚しい”と“空しい”、対応する漢字が二つあるのは何故なのか?」、「むなしいとルナシーを聴きたくなるのは本当か?」、「むなしいとふなっしーに会いたくなるのは本当か?」、「むなしいとプラッシーを飲みたくなるのは本当か?」。私はいち会社員であると同時に在野の[虚しさ学]の学者でもあるのだ。

さびれた商業ビルの片隅にあって殆んど人が寄り付かないゲームコーナーで、いい歳をした男が毛ガニと一緒にプリクラを撮る。果たしてそこにはどれほどの虚しさが存在するのか?それを確かめようという試みである。私の嵌めている腕時計には特殊な機能があり、血圧や脈拍を測るようにその時感じている【虚しさ】を測る事が出来るのだ。計測された【虚しさ】は数値化して表示される。単位はMだ。さあ、この寂しい男の一人プリクラは果たしてどれくらいの数値を表すのか。夢の100M超えへ、私の胸は期待で膨らんだ。いや、いけない。期待に胸など膨らませたらM(虚しさ度)が下がってしまう。代わりに上がるのはW(ワクワク度)の数値だ。平常心を維持しなければ。

ところが、ここでハプニングが起きた。撮影したプリクラ写真が何時まで待っても取り出し口に出て来ないのである。しばらく待ったが出て来る気配がまるでない。徳川家康ならば出て来るまで待ち続けたかも知れないが、生憎、私は家康ではない。ホトトギスが鳴くまで待ってはいられないのだ。

仕方なく横の壁にある〈係員呼び出しボタン〉を押す。すると天井のスピーカーからチェッカーズの[神様ヘルプ]が鳴り響いた。事態と選曲を引っ掛け、洒落ているもりなのだろうが、むしろスベリ芸っぽい“いたたまれなさ”を感じてしまう。場末のゲームコーナーらしいこの空回り感はなかなかの物だ。フミヤの声がやけに虚しい。高杢(モク)を想えばなおさら虚しい。腕時計の表示は38M。なかなかの高ポイントである。

そのまま待つ事約2分、紺と白の制服を着た歳の頃五十絡みで宮崎美子さんっぽい雰囲気の女性が姿をみせた。係員なのだろう。

「はい、どうしました?」「えーと、プリクラの写真が出て来ないんですけど」

言ってから気づいた。故障が直ったとして、出て来るのは[オッサン with 毛ガニ ]の写真である。当然、係員の女性はそれを見るだろう。これは恥ずかしい。もしかしたら[H jungle(浜田ジャングル) with T]をカラオーケストラ(カラオケ)で熱唱するより恥ずかしいかも知れない。つまりは相当恥ずかしい。少なくとも人様にお見せするような代物では決してない。私が研究しているのは[虚しさ]であって[恥ずかしさ]ではないのだ。と言うか、浜田ジャングルって何だろう?

まあ、それは置いておくとして、さて、どうするか。と、ここで一つの考えが浮かぶ。この恥ずかしさをそれを上回る別の恥ずかしさで誤魔化せば良いのではないか?注射の痛みから気をそらす為に太ももをつねったり手のひらに爪を食い込ませたりするのと同じ理屈だ。そうとなれば、善は急げだ。

『いや、学生時代の友達の百田くんの話なんですけどね。彼、葛城ユキさんの【ボヘミアン】の歌い出しをずうっと「トレビヤーーン!」って唄っていたんですよ。ティトル(たいとる)が【ボヘミアン】なんだから分かりそうなもんですよね』

さあ、これでどうだ。年代からするとこの曲は知っているはず。

「えーと……すみません。今ひと通りチェックしてみたんですけど、ちょっとこれ、メーカーの方に来て貰わないと無理みたいです……」

何てことだ。機械の不具合をみるのに集中していたとはいえ、私のとっておきの面白恥ずかしエピソードが既読スルーされるとは。事態がますます“虚しさ”から“恥ずかしさ”へと傾斜してしまった。

「そうしましたら、お名前とご住所をお伺い致しまして、おプリクラの写真は後日、ご自宅の方へ郵送させて頂くという形では如何でしょうか?」

いや、それはいけない。それだと、私の手に渡るまでに色んな人に写真を見られてしまう。それだけは避けねばならない。

「いえ、そこまでのモノではないので、ささっと処分しちゃって下さい」

「……宜しいんですか?」

「そうして頂けると逆に助かります」

「えっ?」

「いえ、何でもありません」

「判りました。それでは、おプリクラの写真はこちらの方で処分させて頂くという事で」

おプリクラの写真、ではなく、プリクラのお写真だろう……と言いかけてやめる。

「それでお願いします」

そう告げ、その場を後に……しようとした刹那、「ポトッ」、プリクラの筐体から小さな音がした。見れば、取り出し口から写真シートが顔を覗かせている。機械が突然直ったのである。私はそれを取ろうと素早く手を伸ばした。が、彼女の方が一瞬早かった。百人一首のクイーンなみの手の速さに驚きつつも、私は彼女の手から引ったくるようにプリクラ写真を奪うと、それを上着のポケットにしまった。

「……写真の中身、見ました?」

「いえ、全く」

「あ、そうですか。判りました。では、私はこれで」

私はくるりと背を向け、自然な感じで立ち去ろうとした。その歩く背中に彼女の声が届く。

「トレビヤーンは有り得ないですよね。なかなかの面白エピソードですね。ちょっと笑いました、心の中で」

うっ、このタイミングで触れられると逆に恥ずかしい。これならスルーされたままの方が遥かにマシな気がする。私は振り返って軽い笑みを浮かべた。すると、彼女は両手でハサミを作ると笑顔で蟹のポーズをとった。

やはり、見られていたか。

どうやら私は[虚しさ]よりも[恥ずかしさ]の研究をした方が良さそうだ。そうとなれば、善は急げ、腕時計を改良して[恥ずかしさ](単位はH)も表示されるよう仕様にしよう。仕様にしよう。韻も踏めたし今日はこれでめでたしめでたしとしておこう。


〜おしまひ〜。


2019かげらふ日記(虚構)#12『そういう空気の事』。


話題:どっち?


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


『そういう空気の状態の事』

〇〇月××日

【金曜日】

(曇り、ときどき、なんでかフラメンコ)


◆午前の部◆

朝、出勤の為に家を出ると、街頭スピーカーが大音量で【ドヤ顔注意報】の発令を告げていた。些細なことでドヤ顔をしたり、或いはされ易くなってしまう。“そういう空気の状態”。原因はまだ解明されていないが太陽の黒点が関係しているとの説もある。イソップ童話(寓話)「北風と太陽」で下馬評を覆して旅人のマントを脱がすのに成功した太陽が宇宙レベルのドヤ顔を見せた事がすべての始まりらしい(通称ドヤ顔BIGBANG)。

日常生活には特に支障はないが1分間に5回以上ドヤ顔をするとドヤ顔のまま表情が固まり、元に戻すのが大変になる。治療には、ドヤ顔と対極にある自虐的で情けない表情を強制的に作り出す事でプラマイ0とする特効薬「ヒロシデスA錠剤」もあるが、これは無認可薬なので注意が必要だ。



◆午後の部◆

最重要取引先との大事な打ち合わせ。どうにかこうにか双方納得する形で話がまとまり、一転、座がそれまでの緊張を含んだものからリラックスムードへと変わった。こういう風に空気が急に弛緩した時は得てしてくだらない話になりがちだ。と思ってていたところで先方のBさんが云った。

「ところでトキノさん、日本映画史上最高傑作作品はシベリア超特急の3と4どちらだと思うかね?」

案の上の展開だ。日本映画歴代最高の作品は、まあ、人それぞれではあるけるども“その2つ以外”から選んだ方が良いのではなかろうか。と、軽く言葉に詰まっていると、

「あ、忖度は必要ないからね。ビジネスは抜きにして、友人として忌憚のない正直な意見が訊きたいんだ。3?4?どっち?」

むむむ、最初からシベ超3と4の2択に限定されている時点で“忖度”も何もないと思うのだが。それに、幾らビジネス抜きと言われても相手は大口取引先の重役、機嫌を損ねる訳にはいかない。もし契約不成立となれば数百億円の損失が出てしまう。宴会の無礼講を真に受けて荒野へと旅立った同僚を今まで何人も見てきている。そこで、「えーと、3…」と言い掛けたところで相手の眉間に少し皺が酔ってたように見えたので慌てて、「…も素敵ですけどやっぱり4が最高傑作かと」と言い直した。

「ふむふむ。君もそう思うか。いや僕もね心の中では既に決まっていたのだよ実は。やはり君とは気が合いそうだ。今後とも宜しく頼むよ」。

ホッ。どうやら私の答えに満足したようだ。良かった。笑顔で握手を交わす。それにしても日本映画史上の最高傑作がシベリア超特急の3か4か、その前提が無茶苦茶過ぎるだろう。日本映画史上最高傑作はどう考えても【シベリア超特急5】なのだから。


〜おしまひ〜。

2019かげらふ日記(虚構)#11「引っ越し蕎麦の事」。


話題:妄想



*本編の前に*

今回の台風で被災された地域の方々に深くお見舞い申し上げます。そして、いち早い復興を祈っております。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

『引っ越しそばの事』

〇〇月××日【日曜日】

(曇り、ときどき、一反木綿)

通りを挟んだ斜め向かいの長らく空き地だった場所が造成され、新たに何軒か家が建った。そのせいか今日は、立て続けに引っ越しの挨拶に人が訪れた。

一人(組)目は如何にも現代風の共に茶髪の若夫婦。ダメージジーンズがボロボロ過ぎるのが気になるが、それは要らぬお世話、話した感じも如才なく、どうやら人は好さそうだ。

「そうだそうだ、これ、良かったら食べて下さい」

そう言って差し出して来たのは、どの角度から見ても明らかに炒飯であった。一瞬、絶句する私に男性の方が言った。

「あ、【引っ越し炒飯】です」

引っ越し炒飯?そんなもの聞いた事がない。

「あ、パラパラ系の炒飯にしちゃったんですけど、しっとり系の方が良かったですか?」

いや、そういう事ではなく。普通は普通は引っ越し蕎麦ではないのか、という話だ。しかしまあ、風習、慣習、しきたりは地域によって違ったりもするので、彼らの暮らしていた所では引っ越し炒飯が普通なのだろう。そう思って炒飯は有り難く頂く事にした。

2人目の来訪者は四十絡みの落ち着いた雰囲気の女性。何でも、子供が大きくなり部屋が手狭になってきたので、意を決して一戸建てを購入したとの話であったが――「お口に合うかどうか分かりませんけど、【引っ越しラザーニャ】です」。

引っ越しラザニア。これも引っ越し炒飯に負けず劣らず珍しい。

「いえ、ラザニアではなくラザーニャです。やっぱり、ラビオリの方が良かったでしょうか?」

“やっぱり”の意味が分からないが、彼女にとってはこれが普通なのだろう。勿論、これも有り難く頂いた。

3人目はパッと見まだ学生に見える地味だが真面目そうな若夫婦だった。半年前に結婚し、旦那の実家に住んでいたのだが、住宅支援ローンを受けられる事になったので新居を購入したらしい。

「あの…これ、【引っ越し煮麺(にうめん)】なんですけど…どうぞ」

引っ越し煮麺。これも初めてだが、炒飯→ラザニア、いや、ラザーニャと来ているのでもはや驚きはさほどない。むしろ、ついに麺類に来たか、という手応えさえ感じる。有り難う。頂いておきます。

4人目は初老のアメリカ人夫妻。夫はケビン・コスナーに似ていて、奥さんもケビン・コスナーに似ているという、よく判らない似た者夫婦だ。これはきっと、とんでもなくアメリカンな物が出てくるに違いない。【引っ越しホットドッグ】とか【引っ越しジェリービーンズ】、【引っ越しマンハッタンクラムチャウダー】など。ところが、私の予想は大ハズレで、「オー、ソーダソーダ、コレ、モッテキマシータ。ヒッコシソバデース」、何と!一番変な物が出そうなところで正解がやって来た!

と思ったのも束の間、彼らが持って来たのは蕎麦は蕎麦でも蕎麦湯であった。引っ越し蕎麦湯。蕎麦湯だけ貰っても仕方ないのだが、説明するのが面倒臭いし、大切なのは気持ちなので、笑顔で受け取る事にした。いい流れだ。かなり正解に近づいている。あと一歩だ。

と思っていたところに5人目がやって来た。5人目は見た瞬間にエリートと判る銀縁眼鏡の男性だ。歳は三十路あたりで、さしずめ外務省のキャリア官僚といったところか。引っ越し炒飯→引っ越しラザーニャ→引っ越し煮麺(にうめん)→引っ越し蕎麦湯。流れは良い。順当ならここで正解の【引っ越し蕎麦】が登場して大団円を迎えるはず。そして、ついにその時が訪れた……

「【引っ越し蕎麦】です。宜しければお納める下さい」

やった。今度は蕎麦湯ではない。正真正銘の日本蕎麦の生麺だ。終わり良ければ全て良し。私はホッとし、溜飲を下げたのであった…………と思ったところで、ふと、ある事が頭を過った。確か、空き地跡に建ったのは4件だったはず。が、引っ越しの挨拶に訪れたのは5人(組)。先程までの4組は話の中で確認が取れている。となると(ダック)、今目の前にいるエリート官僚は何処に越して来たのだろうか?私は訊ねた。すると……

「爽健美町のハト麦公園の隣です」

爽健美町のハト麦公園って…7、8q離れている所だぞ。電車の駅でも2つ離れている。

「いえね、うちの方では半径10q以内で同じ名字の家に引っ越し蕎麦を届ける慣習があるのです。という事で、もうお目に掛かる事は無いかも知れませんが、宜しくお願いします」

うむ。恐らくもう会う事は無いだろう。とは言え、人生というのは何が起こるか判らない。もしかしたら、この先深い関係になるかも知れない。私はこれまた有り難く納める事にした。それにしても、本当に様々な慣習があるものだ……。

〜おしまひ〜。






2019かげらふ日記(虚構)#10『訪問販売のおじさんの事』


話題:どうでもいい咄


◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


『訪問販売のおじさんの事』

〇〇月××日

【日曜日】

(快晴、だが、雹の予感)

今日は休日。出掛けたいところだが、天気が心配なので家でくつろぐ事にした。根拠は無いが何となく雹が降りそうな気がする。

そんなこんなで、朝から溜め録りしていた2サスを観ながらダラダラと過ごしていると、ポンピーン♪、玄関のチャイムが鳴った。この鳴り方は間違いなく訪問販売だ。私の家の玄関チャイムは来訪者の種別により鳴り方が変わるのだ。果たして、ドアを開けると其所には一体の案山子が立っていた。否。立っていたのは案山子の訪問販売のおじさんであった。

浅入りのコーヒー豆のように日焼けした小肥りの顔は人好きのする笑顔と胡散臭さが同居しており、白髪のチョビ髭がまた良いアクセントになっていた。キューバの街角が似合いそうな雰囲気だ。

それにしても案山子の訪問販売とは驚きだ。珍しさに一瞬テンションが上がる。が、田んぼも畑も持っていない以上、申し訳ないけれども案山子は要らない。私は即座に断った。ところが、むしろそういう方にこそ案山子を持って頂きたいのだ、と訪問販売のおじさんは力説する。

彼に拠れば、これからは、最低でも一家に一体、案山子を所持する時代が来るのだという。さらには「今日お持ちしたのは伝説的名匠・柿ノ種田吾作の作品たちで、この機会を逃すと入手は極めて困難なのです」と此方の気持ちをグラつかせるような事を言ってくる。「今の時期だけ特別にハリウッドスターをモデルにしたプレミアムモデルの案山子をご用意出来るのです」。

結局、おじさんの熱意に負けて一体を購入。ハリウッドスターリストの中から一人選ぶ。迷った末、私が選んだのは[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]。税込みでジャスト1万8000円なり。少し当たり前過ぎるチョイスだったかも知れない。やはり、JJソニー千葉(千葉真一さん)かショー・コスギにするべきだったか。

それはそうと、肖像権は大丈夫なのだろうか?。ふと心配になって訊ねると、案の上、「それが実は、ピットさんの電話番号を知らないので、肖像権は取っておらないのです」と言う。流石にそれはマズいのでは……と一旦は思った私だっが、実物の[プレミアム案山子ブラッド・ピットくん]を見て考えが変わった。その顔は昔ながらの“へのへのもへじ”だったのだ。いったいこれの何処がブラッド・ピットだと言うのか。「名匠・柿ノ種田吾作先生に拠る解釈ではデップさんの顔はこうなるらしいのです」。解釈って何だ?さっぱり解らない。むしろ、これで肖像権を取ろうとすれば逆に失礼になりそうな事は解る。取らなくて正解だ。

「それでですね……実は、プレミアム案山子をお買い上げ下さった方だけに特別に此方の品物をご用意させて頂いているのです」

そう言っておじさんが取り出したのは、昔、校庭の片隅で見た[百葉箱]であった。実物を目にするのは何十年ぶりだろう。とても懐かしい。懐かしいのは懐かしいが、要るか要らないかで言うなら確実に要らない。しかし――「絶対に必要ないと思う物ほど後になってから必要になってくるのです」――深いようなそうでもないような事を自信満々に言ってくる。おまけに――「これは幻のメーカー文鳥堂の逸品、しかもシリアルナンバー入りの限定モデルで極めて希少な品となっているのです」。シリアルナンバー。希少品。そう言われて一気に心が傾いてしまった。即時購入。税込みで1万8千円なり。プレミアム案山子と同じ値段だがどちらも相場を知らないので高いのか安いのかさっぱり分からない。

「本日はまことに有り難うございました。また目ぼしい物を入手した暁には立ち寄らせて頂くのです」

純朴そうな笑顔で一礼し、訪問販売のおじさんは去って行った。

さて、何となく買ってしまった案山子と百葉箱、冷静に考えると置き場にちょっと困る。まあ、いざとなれば社の会長室にでもぶち込んでおこう。会長は滅多に出社しないので、皆、物置代わりによく使っているのだ。

追記……結局、雹は降らなかった。


〜おしまひ〜。

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