かげらふ日報(虚構)02『ピンク色のサインペンは売り切れ中』


話題:妄想を語ろう


『ピンク色のサインペンは売り切れ中』


茶川龍之介や夏目漱右など文豪らの御用達店としても知られる馬鹿(うましか)市の老舗文房具店[しょーん・ぺん]で三十年間まったく売れていなかったピンク色のサインペンとマジックが完売するという前代未聞の事件が発生した。

何故このような事態が起きたのか。地元住民への聞き込みなど丹念な取材を続けた結果、どうやら馬鹿(うましか)国際大学の男子陸上部が深く関わっているらしい事が判明した。

大学側の許可を得て訪れた男子陸上部の部室には三十人程の汗臭い若者たちの姿があった。背中で馬と鹿が肩を組み合い笑う悪趣味なデザインは国際馬鹿(うましか)大学陸上部伝統のジャージだ。単刀直入がモットーの私は挨拶もそこそこに核心の質問―ピンク色のサインペンを買い占めたのは君たちか?―をぶつけてみた。

一瞬の緊張が走る……かと思いきや、全くそんな事はなく、「ええ、そうですよ」、国際馬鹿(うましか)大学陸上部第72代キャプテン安部辺勉(あべべべん)君は事もなげにそう言い、ピンク色のサインペンを買い占めたのは自分たちであるとあっさり認めたのだった。更に「速く走れるナ〇キのシューズが欲しかったのですが、どうしても手に入らなくて……」と言葉を続けた。

履いた者が好記録を連発した事で話題となったナ〇キ製のシューズ。公平性の観点から五輪での使用を認めるか否かで物議を醸したのは記憶に新しい(結局、使用は認められた)。なるほど、陸上部としては確かに喉から手が出るほど欲しい存在に違いない。

次いで飛び出したキャプテンの発言には出発点と着地点の間に大きなねじれと言うか破綻があった。

「ナ〇キの靴。どうしても手に入らなくて、それで仕方なく自分たちで作ろうと、こうしてピンク色のサインペンをたくさん買ってきた訳です」

どういう事だろう?今の発言は、例えるならば「東京駅を出発した新幹線が関西国際空港に着陸しました」と言っているようなものだ。例のナ〇キのシューズが欲しくてどうしてピンク色のサインペンが必要になるのか。が、私の疑問をよそに馬鹿(うましか)大学男子陸上部の面々は一心不乱に各々のシューズをピンク色に塗りたくっている。そんな部員たちにキャプテンの檄が飛ぶ。

「いいかー!もっとピンクに!よりピンクに!とことんピンクに!靴がもっと綺麗でヴィヴィッドなピンク色になれば俺達もより速く走れるようになる!日本記録更新を目指す為にはまだまだピンキー加減が足りない!さあ、全身全霊で靴をピンク色に染め上げるんだ!」

いや、確かに例のナ〇キのシューズはピンク色をしているが、好記録の要因はそのソール(厚底)にあるのであって、ピンク色だから速く走れる訳ではない。

「靴が終わったら次はユニフォームをピンク色に染め上げるぞ!」

どうやら、彼らはとんでもない勘違いをしているようだ。ピンク色の物を身に付けて速く走れるようになるならば、林家ぺー師匠は間違いなく日本記録保持者になれるだろうし、モモレンジャーに到っては音速を超えるかも知れない。

大会で恥をかく前に彼らにその事を教えてあげなければいけない。そう思って口を開きかけた私であったが、次に放たれたキャプテンの一言がそれを押し止めた。

「いやあ、靴をピンク色に塗り始めてから、皆、自己ベストを大幅に更新しているんですよね」

恐るべし自己暗示!信じる者は救われる。しばらくは彼らの様子をこのまま見守った方が良いかも知れない。

「ユニフォームを満足できるピンクに染め上げる事が出来たら、次はメーキャップで顔をピンク色にしようと思っているんです。あ、今のはオフレコでお願いしますね、ライバル校に真似されたくないので」

それはやめておいた方が良いと思う。そして、真似される心配はまず無いだろう。

「さあ、張り切ってピンク色に染め上げるぞー!」

まるで染め物職人のようだ。逆に感心した私は思わずこう呟いていた。

「部室を全面ピンク色にしちゃうってのもありだよね、楳図かずおさんの家みたいにさ」

瞬間、部室のあちこちから「オオーーッ!」と歓声が上がった。

「ありがとうございます!そのピンキーなアイデア有り難く頂きます!」とキャプテンは目を輝かせた。

単なる冗談のつもりだったのだが、それはそれで面白そうだ。今後の国際馬鹿(うましか)大学男子陸上部から目が離せなさそうだ。


〜おしまひ〜。



かげらふ日報(虚構)01「N町商店街の復活」


話題:みじかいの


◆◇◆◇◆

私鉄N駅の北口を少し進んだ先に昔ながらの個人商店が50軒ほど軒を連ねる化石のような商店街がある。N町アーケード商店街。昭和の中頃までは賑わいを見せていたその商店街も、今は全ての店の戸口に埃を被った鈍色のシャッターが降りている。俗に言うシャッター商店街である。街路灯も所々切れており、ついている灯りも何処か薄暗い。閑古鳥の鳴き声すら聴こえないほど寂れてしまった“かつての銀座通り”。

ところが、完全に廃墟と化していたN町シャッター商店街の50軒全てが何の前触れもなく復活したのである。しかも、申し合わせたわけでも無いのに50軒中49軒がタピオカ屋としてオープン。この無意味なシンクロニシティというか、何ともバランスの悪い復活劇に町の人々はさぞや驚いているだろうと思いきや、実はさにあらず、(またか……)との声が嘆息まじりに上がっているという。“町の生き字引”の異名をとる吉村嘉兵衛翁(384才―自己申告―ギネス申請中―フザケるな、とギネス社怒られ中)に拠ると、この商店街はいつもこんな感じでブームにあやかろうとするのだそうだ。それも明らかにブームから出遅れている。過去にも1軒を除いて全店ナタデココ屋になったり、同じく1軒を除いて全店ティラミス屋やベルギーワッフル屋になったりした。そしてブームが完全に去ると全店同時に閉店し再び廃墟に戻るのだ。

今回のタピオカ復活について、N町の出身者であり、著名な商店街評論家でもあるケロリンパ斉藤氏は次のようなコメントを残している。

「いや、この前ね、食卓の上にタピオカミルクティーが置いてあったのでちょっと失敬して飲んでみたら……タピオカじゃなくてカエルの卵だったよ。孫が川で見つけて捕ってきたらしい。濁った泥水がミルクティーに見えたんだな。今頃お腹の中でオタマジャクシになってかもよ。ワッハッハ」

K商店街と共にケロリンパ氏の今後からも目が離せないところである。


〜おしまひ〜

スマホ不調からの脱出へ。



え〜、そろそろお話をUPする頃合いなのですが、現在《絶賛スマホ不調キャンペーン》開催中につき、UPまで少々お待ち下さいませ♪

流行りの言葉で言うなら、「予期せぬフリーズと打った文字の反映の遅さをどげんかせんといかん!」(汗)。

まあ、でも、これはここ数年たま〜にある事で色々いじってれば間もなく回復するであろうと思われるので、どうかご心配無きように♪o(^o^)o

なんか季節の変わり目とか天候不順の時に調子が悪くなりやすいんですよね我がスマルトプホ〜ネ(スマホ)は。もう随分と使い込んでいるので、もしかしたら魂が宿って、もののけ的な生命体と化しているのかも。だとすると、天気で不調になったりするこの症状はさしづめリウマチと言ったところか。

「機械リウマチ」

新しい病名が誕生したところで、本日はこの辺で♪(今回、当初は2、3行が限界かなあと思ったのが、これだけ書けた(動きが少し軽くなった)ので、間もなく復活しそうな気がする)(☆o☆)♪

あなたが竹輪を食べるまで。


話題:突発的文章・物語・詩



『あなたが竹輪を食べるまで』

竹輪の穴に何を詰めるのか、それが問題だ。

暗闇に包まれた深夜の台所。半開きの冷蔵庫から放たれた薄ぼやけた灯りが床にこぼれている。その小さな光溜まりの中、あなたはしゃがみ、片手に持った竹輪の穴を見つめている。

見詰めれば見詰める程その深淵に吸い込まれそうになる。竹輪の穴は心の穴。だとすれば何かで埋めなければいけない。

何事においても素材選びは大切だという事をあなたはよく知っている。だから慎重になる。今現在、竹輪の穴を埋めるに相応しいものは何か。気温、湿度、体調、星座の位置、その全てが素材選びの重要なファクターとなる。

あなたの脳裏に真っ先に浮かんだのはスティック状のチーズだ。やはり、これが一番か。いや――あなたは小さく“かぶり”を振る――それでは当たり前田のクラッカーだ。ならば野菜か。ただし、細長いもの、細長く出来るものがいい。キュウリ、ニンジン、ゴボウ……あなたはイメージを連ねてゆく……細長いもの……エノキ、カイワレ大根、セロリ、山崎まさよし。あなたは俯(うつむ)く。駄目。どれもありきたりで新鮮味がまるでない。

竹輪には穴が開いている。あなたはそれを十分過ぎるぐらい知っている。しかし――冷蔵庫の光に眩しさを覚えたあなたはあなたは薄目になって考える――自分は本当に竹輪の穴の事を知っていると言えるのだろうか、と。

穴があるから竹輪という名がついたのか、それとも逆に竹輪という名前だから穴を開けたのか。ニワトリと卵だ。どちらが先でどちらが後か。あなたはそれを知らない。それでも竹輪には穴がある事をあなたは知っている。だが、それを知った日付をあなたは覚えてはいない。何歳の時の何月何日か。あなたはまるで覚えていない。それどころか初めて竹輪と出会った日の事すら微塵も記憶していない。結局、あなたは竹輪について何ひとつ知りはしない。その事実に愕然としたあなたの目は光り溜まりの中で更に細くなってゆく。闇の中で視る光の眩しさに“竹輪初心者”という真実の放つ眩しさが加われば、もう、ルクスでは計り切れない眩しさとなる。眩しい、眩しい、眩しい……極限まで目を細めたあなたは、ふと何かに気づく。そして、不敵な顔でこう囁く。

――倍返しだッ。そしてニヤリ。

意図せずして堺雅人氏(半沢直樹)の表情モノマネを会得したあなたは幾分気を持ち直して再び竹輪の穴と対峙する。が、思い浮かぶのは月並みなものばかり。夜の寒さが身に沁みる。こんな事ならカーディガンの一枚でも羽織ってくるのだった。

不意にあなたの中に一つのイメージが飛び込んで来る。カーディガンの袖に腕を通すイメージだ。カーディガンの袖は竹輪に似てはいないだろうか?ならば、カーディガンの袖に腕を通すように竹輪の穴に指を通すのもありなのではないか?

あなたは意を決したように竹輪を握りしめる。そして、婚約指輪を嵌めるように竹輪を薬指に近づけてゆく。「結婚してください」。「はい」。「ヤメルトキモー、スコヤカナルトキモー……」。そう、ここは教会。今日は結婚式なのだ。深夜だから許される一人芝居。牧師まで登場してとても良い雰囲気だ。その刹那……

ヒーックシュン!

ぶるっ。加トちゃんばりのクシャミで正気に返ったあなたは身震いと共に慌てて竹輪を指から遠ざける。竹輪に指を突っ込むなど常識ある大人のやる事ではない。危なかった。ホッと胸を撫で下ろしたあなただったが、結局、事態は何も進展してはいない。振り出しに戻っただけだ。

ここで一度、細長いものという縛りを捨ててみる。マヨネーズやケチャップなどの調味料。昨夜の残りの冷やご飯。福神漬けやしば漬け。鰹節フレッシュパック。候補は無限に存在しそうに思えてくる。頭を使ったせいか、小腹の空き加減が増している。もはや一刻の猶予もない。すぐにでも竹輪を食べなければならない。しかし―あなたは未だ迷っている―いったい何を積めれば良いのだろう。

瞬間、あなたの脳天に閃光が走る。

竹輪だ。竹輪を詰めれば良いのではないか。灯台もと暗しである。あなたは目を閉じてイメージ像を結んでゆく。竹輪Aの穴の中にそれより細い竹輪Bを詰める。竹輪Bにも穴が開いているので何かを埋めなければならない。そこで登場するのが竹輪Bの穴よりも少し細い竹輪Cだ。竹輪Bの中により細い竹輪Cを詰める。更には、竹輪Cにも穴があるのでそこに竹輪Dを詰める。そのような感じで竹輪D→E→F→G……と詰め込んでゆく。どこまで詰めても竹輪には必ず穴があるのでキリがない。つまりは無限に竹輪を詰め込んでゆく事になる。

無限に進む竹輪詰め作業、その穴の中ではアキレスが亀を追い掛け走り続いている。しかし、いつまで経ってもアキレスは亀に追いつけず、あなたが竹輪が詰め終わる事もないのである……。


〜おしまひ〜。


*追記*

一般的な書物で見かける文章はほぼ【一人称】か【三人称】ですが、此所では久しぶりに【二人称】というものを使ってみました。これは、「あなたは……している」のように読んでいる者を主体にするもので、一時期流行ったゲームブックなどで使われていた書き方です。たまには、こういうのも宜しいでしょう。

初夢や。


話題:初夢



『初夢』

明けましておめでとう御座います。本年もどうぞ宜しくお願い申し上げます。

と、ひとしきり挨拶も済んだところで記念すべき新年一発目のテーマは「初夢」。

俗に初夢において縁起が良いものとして「一富士(ふじ)、二鷹(にたか)、三茄子(さんなすび)」などが挙げられますが、このうち富士と鷹は見た事がありますが茄子はありません。思うに、この中では茄子の夢を見るのが一番難しいような気がしないでもありません。だのに(なのに)順位としては三番目。これが若干納得いかないのですが、どうでも良いと言えばどうでも良い話でもあります。ともあれ、富士も鷹も茄子もピンポイントで狙って夢に登場させるのはかなり難易度が高い。ここは一つ提案です。この際、キャビアの代わりによくランプフィッシュの卵が使われるように、初夢も代用品OKとしてはどうでしょうか。

例えば、【ふじ】の代用として「峰不二子」、「富士そば(立ち食い)」、「藤子不二雄先生」、「富士真奈美さん」等。【たか】の代用は「タカ&トシ」、「館ひろしさん(あぶない刑事のタカ)」、「たかたかしさん(作詞家)」なんかはタカが二つも入ってより縁起が良さそうです。【なす】の代用は電波少年に出ていたタレントの「なすびさん」や「那須サファリパーク」、「株式市場ナスダック」、「ナスカの地上絵」等。これぐらいの当たり判定だとかなりハードルが下がる気がします。

さて、話変わって、新年である2020年、私が見た初夢は『と或る駄菓子屋に行く』というものでした。この“と或る駄菓子屋”はもう三十年近く前から度々夢に出てくる店です。古めかしい細道の四ツ辻の角に軒を構える木造平屋の商店。店の前には昔ながらのノッポの郵便ポストがあり昭和の町並みが広がっている。店内は薄暗くてやや埃っぽいものの、意外と広くて、駄菓子の他にも文房具や雑貨、雑誌や古本などが列べられている。

子供の頃に通いつめた思い入れのある駄菓子屋が何度も夢に出て来るというのであれば理解出来ます。が、この店は全く知らないのです。にも関わらず常に同じ風景をもって度々現れるのがどうにも解せない。果たしてこれはどういったメカニズムによるものなのか?

子供の頃から馴染みのある数件の駄菓子屋の記憶に、好きな風景やレイアウトといった個人的な嗜好がプラスされた、言わば、記憶とイメージの複合的産物……恐らくはその辺りが妥当な解答でしょう。

しかし、それにしては妙にリアリティを感じさせる夢なのです。店の人間は二人で、七十代ぐらいのお婆ちゃんと(恐らくその娘さんと思われる)五十前後のオバちゃん。これもいつも同じ。現実には知らない人たちです。

もしかしたら……。私は思うのです。もしかしたら、この駄菓子屋は何処かに実在するのではないだろうか、と。その“何処か”とは何処なのか?それは、ズバリ、並行世界(パラレルワールド)です。並行世界の私がその駄菓子屋に通っていたのではあるまいか。そして、その記憶が夢の世界を通じて何らかの理由でこちらの世界の私に流れ込んで来た。或いはこの私の意識が次元、時空間を飛び越えて並行世界の駄菓子屋を訪れた、とか。

こういう感じで登場する場所は他にも幾つかあって、例えば、渋谷駅もその一つ。現実世界の渋谷駅は数え切れないぐらい訪れていますが、夢の中の渋谷駅はそれとは明らかに異なっています。そのくせ、出て来る姿は駅舎も周囲も同じ風景なのです。そして、駄菓子屋同様に妙なリアリティを持っていて、目覚めた後もずっとその内容をおぼえている。もしかしたら、この渋谷駅も並行世界に実在するのではなかろうか。

勿論、確証も何もあったものではありません。ふと、そんな事を思ったというだけの話です。

それにしても、夢というのはなかなか奥が深そうで興味深い存在です。私は毎晩、必ず三本立て以上の夢を見るので、機会があれば、その中で印象に残るもの、客観的に見て(ストーリー的、場面的に可笑しいもの)を簡単に書いてみるのも面白いかなあ、と思っています。という事で2020年も明るく楽しく参りましょう。


〜おしまひ〜。


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