久しぶりに太宰治の【走れメロス】が読みたくなった私は、今更新刊で買うのも悔しい気がして、古本屋を覗いてみたところ…ラッキーな事に百円コーナーに一冊だけ【走れメロス】が残っているのを見つけた。
早速それを購入した私はメロスに負けないよう、全力で走りながら家に帰った。
途中、今この状態で何か文章を書けば、これが本当の“走り書き”だなと思ったが…この話はこれ以上広がらなさそうなので忘れる事にした。
そして更に、今この走っている状態の時に何かしら面白い出来事が起こり、私が走り続けなければならない状況に追い込まれたりすれば“私と【走れメロス】の二重構造”を持つ興味深い話が書けるかも知れないとも思ったが…そんなに簡単にアイデアが浮かぶ筈もなく、これも忘れる事にした。
結局、何事も起こらぬまま無事に家に辿り着いた私は、すぐさま本を開けて読み始めた。
『メロスは激怒した』
そうそう。冒頭の一文。これである。
ところが、
冒頭の一文に続く文章が何故か載っていない。
その先は、全てが白紙になっているのだ。
落訂…印刷落ちか?
満足感から一転、急転直下の不安に包まれながらページを捲り続けるも…やはり其処に文字はない。全てが白紙のページなのだ。
それでもしつこくページを捲り続けていると、ついに文字が書かれているページに出くわした。
しかし其処に記されていたのは、私にとって思いもよらぬ短い文章であった。
『…以下省略。フリーページとして自由にお使いください』
何だそりゃ!?
人を馬鹿にするにも程がある!
私は【走れメロス】が読みたくて買ったのに、これでは単なるメモ用紙ではないか!!
私はメロスに負けじと激怒した。
そして、文句を言いに再び本屋へ走ろうと、白紙の【走れメロス】を閉じて、また頭の上に載せようとした時、ある違和感が私を襲った。
私は改めて本のタイトルを見直した。
そこにはこう書かれていた…
【はしょれ!メロス】
……道理で、
道理で…内容が全て“はしょられて”る訳だ。
つまり、何の事は無い。
これはハナからこういう本だったのだ。
我ながら、タイトル確認の甘さが恥ずかしい。
私は再び【はしょれ!メロス】を開くと、白紙のフリーページにこう書き込んだ…
『恥れ!メロス』