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その男、風邪気味につき。


話題:風邪


フフフ。気がついたら笑っていました。

私の場合、「風邪をひいた時」と「トランプのババ抜きでババをひいた時」に思わず笑ってしまう癖があるので、この意味不明な笑いは恐らくは風邪によるものです。何故なら、今、ババ抜きはしていないから。

思えば、数日前に親の付き添いで病院に行った際、待合室が風邪と思われる患者で溢れていて(あ、これはちょっとまずいなあ)と思ったのです。出来れば、病院で風邪をうつされるパターンは避けたい。そこで、諸葛孔明に匹敵する策士である私は、風邪ひきさん達で溢れかえる待合室を離れて、病院の外で親の診察が終わるのを待つ事にしました。これなら、風邪をうつされる心配は少ないはず。ところが……どうやら、そこで風邪をひいたらしい。如何せん、外が寒すぎました。誰にうつされるでもなく、自力で新たな風邪をひく。「策士、策に溺れる」とはこの事です。素直に暖かい待合室に居れば良かった。

という事ですので、更新の方は今しばらくお待ち下さいませ。恐らく数日程度で復活出来る事でしょう。

最終列車を待ちながら。


話題:詩


つまらぬ用事をすませた深夜。人影もまばらな駅のホームに宙ぶらりんな時間が流れている。もはや今日とは言い難く、明日と言うには遠すぎる。今日にも明日にも属さない迷子のような頼りない時間。くたびれたベンチの背中には文字のかすれた時刻表。白線の外側には夜という名の地球の影がぽっかりと大きな口を開けている。この場所は、誰かがそして誰もが、最終列車を待つ為だけに存在する、隙間のような小さな世界。頼りない蛍光灯の明かりがホームの上に人造の私の影を作っている。

人の影は小さな夜なのだ。その昔、誰かがそんな事を言っていた。夜空を見上げるように自分の影を見下ろせば、其処には星が煌めいているのだと。その人の名前はとうの昔に忘れてしまった。否(いや)、それは此れから訪れるいつかの未来で誰かが私に語り聞かせる言葉なのかも知れない。宙ぶらりんな時間には、宙ぶらりんな思考がよく似合う。日なたの想いを胸にしまい、足下に延びる己の影を見つめれば、微かな胸の痛みと共に流れ星がひとつ、影の夜空を駆け抜けてゆく。

ふいに空気の流れが変わる。鈍色に輝くレールの伝える静かで冷たな震動に、夜が小さく震えている。それは最終列車の間もない到着をそっと告げる、本日最後の夜の仕事、言葉のないアナウンスにほかならなかった。


【終わり】

休日の午後に起こらなかったこと。


話題:ご乱心あそばす



休みをいい事に、のこのこと昼過ぎに起き出したりしなかった私は、目覚ましとばかりに真昼間からワイン――ボルドー産の上質な物ではなくカリフォルニア産の安い品――を飲まなかった代わりに、手挽きのミルで丁寧に挽いたコーヒー豆を贅沢に使用した少し濃いめの特製エスプレッソを飲んだりはしなかった。

カーテンを開けると、冬にしては柔らかな陽射しが窓を通して部屋の中に暖かい空気を運んでは来なかった。

せっかくの休日なので有意義に過ごそうとは思わなかった。洗濯物は溜まりに溜まってはいなかったし、部屋の模様替えも中途半端なまま止まってはいなかった。やるべき事は山ほどなかった。冷蔵庫の中に昨夜食べたチョコレートケーキの残りが半分ほど残っていなかったので食べなかった。

玄関のチャイムが鳴ったので寝巻きのままドアを開けると制服姿の警官が二人立っており、背の低い年輩の方の警官が開口一番「実は昨夜、隣のお宅に空き巣が入ったみたいでして…つきましては、不審な人物や物音などに気づかなかったかどうかを…」などという事件性のある出来事が起こりそうな気配は全くと言っていい程なかった。

部屋の中でごろごろしているのも何なので、そそくさと身仕度を済ませ、電車に乗って向かった先は御茶ノ水ではなかった。これといった目的もなく駅前から続く繁華街の表通りをぶらぶら歩いていると、道の前方から小学校の同級生だった鈴木くんにそっくりの顔がこちらに向かって歩いて来るのが見えなかったので、「あれっ!もしかして鈴木くん!?」と声をかけなかったところ、「おーー!久しぶりだねー!」という返事は帰ってこなかった。

取り合えず腹ごしらえでもと、以前何度か立ち寄った事のある老舗の洋食屋に久しぶりに足を踏み入れ、店の看板メニューであるビーフカツレツ定食とタラモサラダをライス特盛(無料)で食べるような気分には、不思議とならなかった。

それから、本屋に行って広辞苑を立ち読みで読破する事もなく、UNIQLOのヒートテック素材にはチラリとも目をくれず、カルチャーセンターの浮世絵教室を見学したりもしなかった。

こんなにも色々な場所を見て回らなかったのは本当に久しぶりだと思いながら家に戻ってテレビをつけると、『鴨川シーワールドに不時着したUFOからラッコ型宇宙人が現れた』という驚くべきニュースが全放送局で大々的に報道されていなかった。



さて――


全ての段落の末尾を飾る【なかった】や随所に登場する打ち消し語は、それぞれが、どの語句どの文節に掛かり、それは全文章中どの辺りにまで作用しているのでしょうか。この休日の午後に、果たして何が起こり何が起こらなかったのか。

世界には、起こった事よりも起こらなかった事の方が、遥かに圧倒的に数多く存在する。どの瞬間においても。

――例えば、全校1000人のマンモス高校があったとして、その中で生徒会長はただの1人である。その1人には「自分が生徒会長になる」という出来事が起こった。それは同時に他の999人には「自分が生徒会長になる」という出来事が起こらなかった事でもある。そして、他の999人が生徒会長になるという出来事が起こらなかった事が、残る1人が生徒会長になるという出来事が起こった事を支えているのである。或いは貴方が道で千円札を拾ったとしよう。それは、貴方が拾うより前に他の人がその千円札を拾うという出来事が起こらなかったからこそ起こり得た事とも言える。つまり、全ての起こった出来事は何かしらの起こらなかった出来事の支えなしには存在しないのである。よって、起こらなかった出来事を書き記すという作業は、起こった出来事を書くのと同じく重要な作業なのである――――などという無駄に理屈っぽい事を言っていたのは、私の記憶が間違っていなければ、確か……ルネサンス期における最高の畳職人としてつとに知られてはいない、かの高名な哲学者のプラトン……ではなかったように思う。


【終わり】。

そんなふうには思わなかった。


話題:なんだかなあ


@『冬型の気圧配置』

冬型の気圧配置が【西高東低】だと
いうのを初めて知った時、西が高くて東が低くなるならば、もしかしすると西日本に降った雨が東日本へと流れ込てくるかも知れない……

などというふうには全く思わなかった。
そして、これからもきっと思う事はないだろう。


A『壁ドンの次』

両方の膝をついたのち、今度は両手のひらを床につける。そして、「申し訳ございませんでしたー!」の決め台詞と共に頭を床にドーン! 【壁ドン】の次に流行るのは恐らくこの【床ドン】だろう……

などというふうには全く思わなかった。
そして、これからもきっと思う事はないだろう。


B『ボーリング場』

ボーリング場の【貸し靴】が異常な迄にダサいのは恐らく、完璧なデザイン設計の基、履き逃げされないようわざとサイケでダサい感じに作られているから……

などというふうには全く思わなかった。
そして、これからもきっと思う事はないだろう。でも、ちょっとだけ、そう思っている節はある。


〜おしまい〜。


方向オンチの努力賞。


話題:どうしよう


当ブログのカテゴリには【ダジャレ千夜一夜物語】なるものがあり、文字通りそれは「ストーリー性のある駄洒落を一千話、ないし、一千と一話書き集めよう」という趣旨で作られたものなのですが……現在そこに上がっている話数はたったの十二……おおよそ四年間でこの数です。四年で十二話。これを世界で最速の演算処理能力をもつスーパーコンピューターに計算させたところ、何とも
驚くべき事に、「一年で三話しか書けていない」という計算結果が弾き出されたのです。

このペースで行くと一千話書き終えるのに果たして何年かかるのだろうか?

その問いに対し、スーパーコンピューターが示した解答は…「三百年以上」。我が目を疑いたくなる数字です。三百年。室町時代が丸ごとすっぽり収まります。いや、それでもまだ余裕がある。空いたスペースに安土桃山時代を収納する事さえ可能です。金さん銀さんの人生を直列に二つ並べても、もう一人分ぐらい人生を並べる事が可能な長さ。

つまりは、三百年という時間はかなり長いという事です。これは大変。カテゴリを創設した時は(まあ、一千話程度ならなんとか大丈夫だろう)とタカをくくっていたのが、此所に来てどうやら旗色が変わってきたようです。これは、もっと頑張らねばなるまい。よし、いま一度気合いを入れ直して頑張ろう。とにかく頑張って……









三百年以上長生きしようと思います。
o(*⌒O⌒)b




〜〜おしまい〜〜。



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