話題:戯言
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『MとHの事』
〇〇月××日
【日曜日】
(晴れ、のち、喪黒福造のドーーン!)
誰も一緒に撮ってくれないので、買ったばかりの毛ガニと一緒にプリクラを撮った。
何故(なにゆえ)そんな悲しい事をするのか?
一緒に撮ってくれる人がいないのならば、いっそ、プリクラなど撮らずポン酢でも買って帰れば良いのでないか?
そうではない。これで良いのである。
私は日々【虚しさ】について研究をしている。「真の虚しさとは何なのか」、「“虚しい”と“空しい”、対応する漢字が二つあるのは何故なのか?」、「むなしいとルナシーを聴きたくなるのは本当か?」、「むなしいとふなっしーに会いたくなるのは本当か?」、「むなしいとプラッシーを飲みたくなるのは本当か?」。私はいち会社員であると同時に在野の[虚しさ学]の学者でもあるのだ。
さびれた商業ビルの片隅にあって殆んど人が寄り付かないゲームコーナーで、いい歳をした男が毛ガニと一緒にプリクラを撮る。果たしてそこにはどれほどの虚しさが存在するのか?それを確かめようという試みである。私の嵌めている腕時計には特殊な機能があり、血圧や脈拍を測るようにその時感じている【虚しさ】を測る事が出来るのだ。計測された【虚しさ】は数値化して表示される。単位はMだ。さあ、この寂しい男の一人プリクラは果たしてどれくらいの数値を表すのか。夢の100M超えへ、私の胸は期待で膨らんだ。いや、いけない。期待に胸など膨らませたらM(虚しさ度)が下がってしまう。代わりに上がるのはW(ワクワク度)の数値だ。平常心を維持しなければ。
ところが、ここでハプニングが起きた。撮影したプリクラ写真が何時まで待っても取り出し口に出て来ないのである。しばらく待ったが出て来る気配がまるでない。徳川家康ならば出て来るまで待ち続けたかも知れないが、生憎、私は家康ではない。ホトトギスが鳴くまで待ってはいられないのだ。
仕方なく横の壁にある〈係員呼び出しボタン〉を押す。すると天井のスピーカーからチェッカーズの[神様ヘルプ]が鳴り響いた。事態と選曲を引っ掛け、洒落ているもりなのだろうが、むしろスベリ芸っぽい“いたたまれなさ”を感じてしまう。場末のゲームコーナーらしいこの空回り感はなかなかの物だ。フミヤの声がやけに虚しい。高杢(モク)を想えばなおさら虚しい。腕時計の表示は38M。なかなかの高ポイントである。
そのまま待つ事約2分、紺と白の制服を着た歳の頃五十絡みで宮崎美子さんっぽい雰囲気の女性が姿をみせた。係員なのだろう。
「はい、どうしました?」「えーと、プリクラの写真が出て来ないんですけど」
言ってから気づいた。故障が直ったとして、出て来るのは[オッサン with 毛ガニ ]の写真である。当然、係員の女性はそれを見るだろう。これは恥ずかしい。もしかしたら[H jungle(浜田ジャングル) with T]をカラオーケストラ(カラオケ)で熱唱するより恥ずかしいかも知れない。つまりは相当恥ずかしい。少なくとも人様にお見せするような代物では決してない。私が研究しているのは[虚しさ]であって[恥ずかしさ]ではないのだ。と言うか、浜田ジャングルって何だろう?
まあ、それは置いておくとして、さて、どうするか。と、ここで一つの考えが浮かぶ。この恥ずかしさをそれを上回る別の恥ずかしさで誤魔化せば良いのではないか?注射の痛みから気をそらす為に太ももをつねったり手のひらに爪を食い込ませたりするのと同じ理屈だ。そうとなれば、善は急げだ。
『いや、学生時代の友達の百田くんの話なんですけどね。彼、葛城ユキさんの【ボヘミアン】の歌い出しをずうっと「トレビヤーーン!」って唄っていたんですよ。ティトル(たいとる)が【ボヘミアン】なんだから分かりそうなもんですよね』
さあ、これでどうだ。年代からするとこの曲は知っているはず。
「えーと……すみません。今ひと通りチェックしてみたんですけど、ちょっとこれ、メーカーの方に来て貰わないと無理みたいです……」
何てことだ。機械の不具合をみるのに集中していたとはいえ、私のとっておきの面白恥ずかしエピソードが既読スルーされるとは。事態がますます“虚しさ”から“恥ずかしさ”へと傾斜してしまった。
「そうしましたら、お名前とご住所をお伺い致しまして、おプリクラの写真は後日、ご自宅の方へ郵送させて頂くという形では如何でしょうか?」
いや、それはいけない。それだと、私の手に渡るまでに色んな人に写真を見られてしまう。それだけは避けねばならない。
「いえ、そこまでのモノではないので、ささっと処分しちゃって下さい」
「……宜しいんですか?」
「そうして頂けると逆に助かります」
「えっ?」
「いえ、何でもありません」
「判りました。それでは、おプリクラの写真はこちらの方で処分させて頂くという事で」
おプリクラの写真、ではなく、プリクラのお写真だろう……と言いかけてやめる。
「それでお願いします」
そう告げ、その場を後に……しようとした刹那、「ポトッ」、プリクラの筐体から小さな音がした。見れば、取り出し口から写真シートが顔を覗かせている。機械が突然直ったのである。私はそれを取ろうと素早く手を伸ばした。が、彼女の方が一瞬早かった。百人一首のクイーンなみの手の速さに驚きつつも、私は彼女の手から引ったくるようにプリクラ写真を奪うと、それを上着のポケットにしまった。
「……写真の中身、見ました?」
「いえ、全く」
「あ、そうですか。判りました。では、私はこれで」
私はくるりと背を向け、自然な感じで立ち去ろうとした。その歩く背中に彼女の声が届く。
「トレビヤーンは有り得ないですよね。なかなかの面白エピソードですね。ちょっと笑いました、心の中で」
うっ、このタイミングで触れられると逆に恥ずかしい。これならスルーされたままの方が遥かにマシな気がする。私は振り返って軽い笑みを浮かべた。すると、彼女は両手でハサミを作ると笑顔で蟹のポーズをとった。
やはり、見られていたか。
どうやら私は[虚しさ]よりも[恥ずかしさ]の研究をした方が良さそうだ。そうとなれば、善は急げ、腕時計を改良して[恥ずかしさ](単位はH)も表示されるよう仕様にしよう。仕様にしよう。韻も踏めたし今日はこれでめでたしめでたしとしておこう。
〜おしまひ〜。