話題:夢

                                              

かげらふ日記(虚構)#24

〇〇月XX日【金】

(晴れ、ときどき、岸壁の母)


『演歌の花道』

心理テストを受けている夢を見た。庭に面した全面窓から採り入れられた自然光の柔らかな灯りが優しい落ち着いた部屋。私は長ソファーの中央にやや前屈みで腰掛けていた。小さな丸テーブルを挟んだ向かい側には一人掛けのソファーがあり、カウンセラーの先生が深々と座っている。肘掛けに両方の肘を置き、ふんぞり返るように足を組む姿はやや尊大に映るが、欧米のドラマではよく見掛ける絵なので恐らくはリラックスを促す為わざとゆったりとした姿勢を取っているのだろう。

「では、最新式の心理テストを行いましょう」先生は言った。そして足を組み替え「貴方は一本の道を歩いています」と続けた。途端、カウンセリングルームの風景は消え、私は一本道の真ん中に佇んでいた。(これは夢だな)と気づいたのがこの瞬間である。こういう事はたまにあるが、深層心理の反映をその一部に含んでいるかも知れない夢というものの中で更に重ねて心理テストが行われているシチュエーションが面白かったので、流れのまま進んでみる事にした。

「やがて貴方は道が二手に分かれている所に出ました。目を凝らすと右手の道の先にはお〇り広告で人気沸騰中の 【スシロー】の看板が、左手にはイケメン社長でお馴染み【すし三昧】の看板が見えます。さあ、貴方はどちらに進みますか」

どうやら二択方式の心理テストらしい。どこが最新なのかさっぱり判らないが取り敢えず「左に進みます」と答えた。すると先生は手元のノートパソコンを叩き幾つかのページに目をやった後、「はい。今の質問で貴方の深層心理が全て丸裸になりました」と言った。そして私の目をぐっと見据え、こう続けたのだった。

「貴方はお寿司が大好きなのです」

……ちょっと待って下さい。こんなもの、最新式どころか心理テストですら無いのでは?私が口を開きかけると、「さて予備審問はこれくらいにしてそろそろ本当のテストに行きましょうか」と先生が言った。ああ、そういう事か。私はちょっと納得して「お願いします」と答え、本題とも言うべき心理テストが始まった。

「貴方が一本道を歩いていると二手に分かれて所へ出ました」

あれ?先刻と同じだぞ。が、これは本番、ここから先が違うのかも知れない。

「目を凝らすと右手の道には貴方に向かって手招きをする【鳥羽一郎】さんの姿が見えました。反対の左手の先には同じく手招きをする【山川豊】さんの姿が見えます。さあ、貴方はどちらに進みますか?」

同じだった。ジャンルこそ違えど構造としては一緒に思える。が、これは本番。そうか、解釈の精密さが違うのか。「えーと……右の【鳥羽一郎】さんの方ですかね」特に理由は無いが取り敢えずそう答えた。すると……

「なるほどなるほど。これで貴方の自我を形成する核(コア)の部分が完全
に掴めました。断言します。貴方は……」

嫌な予感がする。

「貴方は……演歌が大好きなのです」

予感的中。「診断にケチをつけるつもりはありませんが、私は“ボサノヴァの貴公子”と呼ばれていて……いえ、ケチをつけるつもりは微塵もありません」と完全にケチをつけにいくも、「いや、“演歌の申し子”でしょう」と取り付く島もない。「いや、しかしですね、二択のどちらも演歌歌手ではどうしたって演歌好きという事になってしまうじゃないですか」私は正当な反論を展開した。しかし先生は涼しい顔でこう告げたのだった。

「本当にそうですかな?別の選択肢もあったのではありませんか?」

そこで夢は終了した。目が覚めた後も先生の最後の言葉が引っ掛かり続けていた。それから数日経ったある日、スマホを家に忘れたのに気付き、引き返そうとした時、「あっ!」私はある事に気付いた。そうか、こういう事だったのか。一つの解を得た私はリベンジの機会を待った。何として私はもう一度あの夢を見なければならない。

それから更に数日後、待ちに待ったその日がついにやって来た。シチュエーションは全く同じ。私は道を歩いていて二手に分かれた先で【鳥羽一郎】さんと【山川豊】さんが手招きをしている。演歌の呪縛を解く大チャンスだ。いざリベンジ。 私はクルリと後ろを向き、いま来た道を引き返したのだった。

そう!道は必ずしも前に進まなければならないとは限らない。引き返すという選択肢も存在する。最初の夢で先生が言ったのはこの事だったのだ。勝った。心理テストというよりは引っ掛けクイズだが取り敢えず勝った。私は五木ひろしさんのように握りこぶしをつくり目を細めて感慨に浸りながら道を引き返し続けた。気分が良い。【みちのく一人旅】を鼻歌で口ずさみながら歩き続けていると道の前方に何やら恰幅の良い男の姿が見えた。男。男は派手な着物を着ていた。

……間違いようがない。それは御大【男・村田】(村田英雄さん)の姿であった。

………。

無自覚ながら私はやはり……

演歌が好きなのかも知れない。 

そこで目が覚めた。

その夜、ユー〇ューブを開くと[貴方にオススメの動画]が表示されていた。40年ぐらい昔の古いCMだ った。大きな寿司桶の中に入ったちらし寿司を【北島三郎】さんが団扇で仰いでいる。『あったかご飯に混ぜるだけ〜♪ちょいとすし太郎〜〜♪』

寿司と演歌!さ
すがユー〇ューブ、対応が早い。感心も束の間……いや、待てよ。何故、私の夢の内容をユー〇ューブが把握しているのだろう。もしかして、知らず知らずの内に
頭の中の情報が流出していて、それをスマルトプホーネ(スマホ)が拾っているのか?

現代は情報戦の時代である。そして人の頭の中というのは究極の個人情報とも言える。昨今のテクノロジーの進歩を考えれば絶対に無いとは言い切れないだろう。少し怖くなって来たので気分転換に独りカラオーケストラに行く事にした。最初の一曲は勿論、村木賢吉の【おやじの海】だ。

皆さんも、或る日突然全く興味のないジャンルの動画や広告がオススメされた時、それは貴方の頭の中が盗まれているのかも知れません。信じるか信じないかは……アナスタシア次第です。

〜おしまひ〜。