【THE・グッドジョブ─現代の肖像】 (10minute インタビュー)

話題:突発的文章・物語・詩

【THE・グッドジョブ─現代の肖像】
(10minute インタビュー)

混迷を極める現代。しかし、そのような不透明な時代にあってなお、眩(まばゆ)い輝きを放ち続ける人たちがいる。この番組はそういった人物へのインタビューを通して、生きづらい時代を軽やかに生き抜く為のヒントを得ようと試みるものである。


記念すべき第1回目のゲストは世界の銀行マンが注目する噂の人物『どいなか銀行イノシシ係・只見 守(ただみまもる、52)』さん。聞き手はインタビュー界の第一人者、菊耳持之助でお送りします。


(菊耳)──銀行マンというと真面目でお堅い、眼鏡の奥がキラリと光るようなエリート的イメージがあったのですが、まさか野良着でお越しになるとは(笑)。しかも眼鏡なし。良い意味で期待を裏切られました。

只見『ハハハハ、エリートなんてとんでもない(笑)。世界の金融市場に影響力を持つ大銀行ならともなく、うちは地域密着型なので……服装も迷ったんですけど、普段職場でしている格好の方が良いかなって。ちなみに視力は両目とも2・0です』

(菊耳)──『えっ?……仕事中もその野良着なんですか?』

只見『実はそうなんです。と言いますのもウチはお客様に何時でも気軽にお越し頂けるよう、行員の服装も庶民的な服装で統一させて頂いているんです。野良着とかパジャマとかじゃーのとか。中にはバカボンのパパみたいな格好の人もいますよ。何せ周りは畑やら田んぼばかりで、農作業の合間にいらっしゃる方も多いので。うちで背広を着ているのは頭取だけですね。それも下はジャージですけど』

(菊耳)──はひぃ〜〜、それは親しみ易くて良いですね。公民館みたいな感じで特に用が無くともフラッと立ち寄れる訳だ。

只見『はい。もともと此の場所には農作業で使う共同の井戸があって、よく井戸端会議が行われていたんです。それがやがて寄合所になり、気がついたら何時の間にか銀行になっていた、という(笑)。[あなたの町の寄合所]。それが今も受け継がれる“どいなか銀行”の精神なんです』

(菊耳)──気がついたら銀行になっていた、という所が若干ホラーめいていて怖い気もしますが、お客様に寄り添うんだという精神は十分伝わって来ました。素晴らしい。ところで、その“どいなか銀行”について簡単にご説明頂けますか?

只見『はい。えーと、ですね……どいなか銀行と言うのは、土井仲(どいなか)市を中心に肩井仲(かたいなか)市と弥馬奧(やまおく)市に支店を持つ地方銀行となっております。ATMも無い本当に小さな銀行なので、恥ずかしながら、地域住民以外の知名度はほぼゼロかも知れません』

菊耳──いえいえ、ご謙遜を。と言うか、ATMが無いのは普通ではない気もしますが(笑)

只見『あ、いえいえ、以前はあったんですよ。でも、誰も使わない(笑)。やっぱり、人と人が面と向かって軽く世間話なんかしながら預けたり引き出したりしたいらしいんです。それで結局、ATMは全部取っ払っちゃいました。代わりに空いたスペースに掘り炬燵(ほりごたつ)と囲炉裏を設置したらこれが大人気で(笑)。まあ、そんな感じで、気取りのないカジュアル感覚のごく普通の銀行ですよ』

菊耳──なるほどなるほど、家のタンス預金に近い感じで気軽に利用出来る敷居の低い銀行という事ですね。

只見『そう言って頂けると嬉しいです。実際、うちの地下にある金庫室の床は畳で、大金庫は桐箪笥(きりだんす)をモチーフにしたデザインになっているんです』

菊耳──昭和の家電であった家具調の大金庫だ。家具調テレビとか家具調炬燵(こたつ)とか流行りましたもんね。

只見『そうなんです。その頃のデジタル製品は、畳とか床の間だとか仏壇だとかそういう和室にも上手く馴染むように作られていたんですよね』

菊耳──そうでした、そうでした。デジタルとアナログが仲良く付き合って行こうという空気みたいなものが時代にありました。それがどこかレトロモダンな空間を造成していた。

只見『その通りです。目指すはそこ。その第一歩が畳の金庫室であり家具調の大金庫であり、床の間の貸金庫であり、合掌造りの社屋な訳です』

菊耳──えっ、合掌造りなんですか?

只見『そうです。白川郷みたいで良いでしょう?』

菊耳──古民家カフェはよく聞くけれども、古民家バンクは初めてだ。 

只見『何せ周りは田んぼと畑ばかりで、その外側はぐるっと深い森や山に囲まれてますからね。都会的な建物だと景観にそぐわず浮いてしまうんです』

菊耳──なるほど。そこで本日のメインテーマである[いのしし係]についてです。今まで色々な銀行の方とお話しさせて頂いているんですけど、正直、[いのしし係]と言うのは初めて聞きました。これはいったいどういったお仕事なのでしょうか?

只見『はい。耳馴れない言葉ですよね。先ほど少しお話ししたように当行の周辺は自然に恵まれた環境な訳です。森や山などは手つかずのまま残っているところも多い。これは、もう、いつイノシシが出てもおかしくない環境な訳です』

菊耳──もしかして、そのイノシシを新たに顧客として取り込もうと。その対応係が[いのしし係]であるという事ですか?

只見『いや、まさか(笑)そうなれば最高ですけどね。残念ながらそうじゃないんです』

菊耳──とすると、金銭の代わりにイノシシを預けたり引き出したり出来る独自のシステムがあるとか?

只見『ハハハハ、いや、イノシシを預けられても困ってしまいます(笑)』

菊耳──降参です。教えて下さい(笑)。どういったお仕事なのでしょうか?

只見『えーと、ですね……どう言えばいいのかな……ほら、たま〜にニュースなんかで地方の店に突然イノシシが入ってくる映像が流れたりするじゃないですか』

菊耳──ああ、はいはい。「珍客来店」とか「〇〇店に珍入者」なんて見出しで。

只見『そうですそうです。さっきも言ったようにうちの銀行の周りは田畑と野山ばかりで、いつ何時イノシシが突入して来てもおかしくない』

菊耳──はい。先ほど伺いました。そう言えばつい先日も【世界の衝撃映像・九死に一生スペシャル】みたいな番組で、外国でしたけど、田舎の小さな雑貨屋にイノシシが突っ込んで来た動画がありました。かなり危険な映像でした。

只見『そうなんです。野生のイノシシは本当に危険。もし、うちのロビーに突進してお客様を撥ね飛ばしとりしたら……』

菊耳──命に関わる大問題だ。

只見『一大事です。彼らは本当に頭が良くて、突っ込んでもいい店と突っ込んではダメな店をしっかりと見極めて選んでいるんです』

菊耳──イノシシが店を選ぶんですか?

只見『はい。銀行で言えば、彼らが標的にするのは体力のない地方の弱小銀行か信用金庫ばかりで、み〇ほ銀行とか三菱東京U〇Jには先ず手を出さない。ちゃんと解ってるんです、大手の銀行を怒らせるとまずいというのを』

菊耳──つまり、イノシシは地方銀行とか信用金庫を馬鹿にしている、と。

只見『絶対そうです。確かにウチはいつ経営破綻しても不思議ではない弱小銀行ですけど、イノシシに馬鹿にされたまま黙っている訳にはいきません。何よりお客様の安全だけは絶対に確保しなければならない。そこで生まれたのが【いのしし係】なのです』

菊耳──なるほど、そういう事か。店に乱入してきたイノシシからお客様を守る、そういうお仕事なのですね。

只見『ええ、まぁ……最終的にはそういう事に……なりますかね』

菊耳──いや、危険なお仕事だ。

只見『いえ、そうでもないです』

菊耳──突進するイノシシから身を呈して客様を守ったりするんでしょう? 

只見『いや……それは、しないですね』

菊耳──暴れるイノシシを捕まえたり追い出したりするんですよね?

只見『まさか(笑)』

菊耳──えっ、ではいったい何を?

只見『はい。うちのロビーは天井が吹き抜けになっていて、その2階テラスに特設ブースがあるんですけど、私の仕事はそのブースの中から侵入してきたイノシシを観察する事なんです』

菊耳──観察。つまり、ただ見ているだけ?

只見『いえ。見ているだけ、というのはちょっと違っていて……イノシシがどの場所からどのようなタイミングでどういう形で侵入してくるのか、店に入った後はどういう動きを見せるのか、そういった、言わばイノシシの動線をしっかり掴むべく観察をする訳です』
 
菊耳──なるほど、単なる見物ではない訳だ。

只見『ええ。イノシシの動きだけではなく、お客様の動きも同時に見ておく必要があります』

菊耳──イノシシとお客様たち、幾つもの動線を同時に追う訳ですか。
 
只見『そうです。更に言えば、イノシシと客の動線を追いながらそれぞれの表情や反応、パニックの際の集団心理と行動などもしっかり記憶しておかなければならないんです』 

菊耳──はひぃ〜〜それは超人的な集中力が必要だ!

只見『はい。しかし、そこをしっかりと押さえておく事で次にイノシシが乱入した時に慌てず対処出来るようになる訳です』

菊耳──なるほどー。すべては未来の為にあるのですね。

只見『そうです。ですので、もしも今、イノシシが突入してきたとしても、私は決してロビーには降りません。安全な2階のブース席から彼らを観察するだけです。すべては未来のお客様たちの安心と安全の為に』

菊耳──恐れ入谷の鬼子母神です。まさか、ここまでハードなお仕事だとは夢にも思いませんでした。

只見『はい、毎日が緊張の連続です。でも、責任の重さはやりがいにも繋がるので充実感はありますね』

菊耳──実際、イノシシが店に入ってきた事はあるんですか?

只見『いえ、私が入行してから今年で30年になりますけど、その間にイノシシが店に入ってきた事はないですね』

菊耳──一度も?

只見『はい、一度もありません。と言うか……様々な文献や報告を検証したところ、土井仲(どいなか)市では、ここ4 00年ほどイノシシの目撃例はないとの事です』 

菊耳──えっ、それって、もしかして生息……

只見『いや、本当にいつイノシシが出没してもおかしくない雰囲気なんです』

菊耳──しかし、過去400年間は出現していないんですよね。

只見『はい。でも、400年出ていなかったからと言って明日も出ないという保証はない。ですよね?』

菊耳──確かに確かに。逆に考えれば、そろそろ出て来てもおかしくない頃合いだとも言えます。

只見『その通りです。ですので、入り口の自動ドアが開くたび稲妻のような緊張感が背中に走る、そんな毎日を送っている訳です』

菊耳──いやいや、これは想像以上に厳しいお仕事です。でも、そのお蔭で銀行の未来は守られている訳だ。

只見『そう言って頂けると励みになります。心身共にキツい仕事ですけど、また明日から頑張れそうです。ありがとうございます』

菊耳──いえ、こちらこそ貴重な話を聞かせて頂き有り難うございます。では、最後に今後の展望などありましたらお聞かせ願えますか?

只見『はい。いざという時に最大限の集中力を発揮する為には、平時にはなるたけリラックスした状態で過ごす事が大切だと思うんです。その為にはブースの中の快適性が必要不可欠です。先ずは本場イタリアからエスプレッソマシンを取り寄せて何時でも美味しい珈琲が飲める状態にしたいです。あとはマッサージチェアを置いたり、漫画本も充実させたいところですね』

菊耳──緊張と緩和。メリハリが大切だという事ですね。さて、もっと色々なお話を伺いたいところですが、残念ながらお時間が来てしまいました。という事で、本日は【どいなか銀行いのしし係】只見 守さんにお話を伺いました。それでは皆様また次回お会い致しましょう。



☆☆☆☆☆

─対談を終えて─

世界の銀行マンが注視する【いのしし係】は我々の予想を遥かに超える激務であった。対談中は笑みを絶やす事のなかった只見氏であるが、その目の奥には常に危険と隣り合わせにいる人間の持つ厳しさが確かに宿っていた。奇しくも只見 守(ただみまもる)という名前が、偶然にも“ただ見守るだけ“の仕事に通じているところに、科学では説明のつかないこの世の不思議を見た気がした。

 
[本日のピックアップセンテンス]

『気がついたら何時の間にか銀行になっていた、という(笑)』


〜おしまひ〜。


バナナと靴下の夏


話題:突発的文章・物語・詩


つまるところ、あの工場は何だったのだろう。毎年、夏が訪れる度にそんな事を考えてしまう。

あれは忘れもしない大学に入って最初の夏休み。サークルのOBである石松さんの紹介でアルバイトをする事になった。そのバイト先が“あの工場”という訳だ。

「割りのいいバイトがあるんだけどやらない?」それが誘い文句だった。はっきり言って怪しい。胡散臭い。「仕事の内容は口外出来ない事になってるんで言えないけど、軽作業だし危険はないから大丈夫。ちなみに日給は3万円」。仕事内容が不明なのは気になるが貧乏学生にとって日給3万は魅力的な数字だ。加えて18才の夏は怖いもの知らずの季節でもある。私は石松先輩の誘いに乗る事にした。

実際、先輩の言うように仕事自体は極めて単純で覚えるのに時間は掛からなかった。ベルトコンベアに乗って運ばれて来るバナナの房から最も良さげな1本を選んでそれを足元の段ボール箱に入った様々なタイプの大量の靴下に詰め、詰め終わったものを空のベルトコンベアに乗せる。それが作業内容のすべてである。そこにどんな意味があるのかは解らない。一度だけ工場長に訊ねた事があったが、途端、工場長は顔を真っ青にして「い、い、今のは、き、き、聞かなかった事にするから、き、君もに、に、 二度とそ、そ、そんな事を言わないように」と迫ってきたので私も「は、は、はい。わ、わ、判りました」、その動揺っぷりにそれ以上の質問はさすがに憚(はばか)られた。

おまけに壁には

【Don,t think! feel! 】
考えるな!感じろ!

と大きく書かれたプレートが掲げられ
ている。作業の意味など考えるな。そう釘を刺しているのだろう。確かブルース・リーの有名な言葉だったと思うが、どうもこの場合は使い方が間違っているように思える。そしてプレートはもう1枚あって、そこには【BAKA工場】と書かれていた。勿論意味は判らない。 

さて、肝心の作業は3人1組で行う決まりになっていて、私はチューさんとロクさんという共に七十過ぎの老人男性2人と組む事になった。バナナ選抜係のチューさんがバナナの傷み具合やらスイートスポットをチェックして合格した物を中央に立つ私に渡す。同様に靴下選抜係のロクさんは靴下に穴が空いていないか等を確認し合格した靴下を私に渡す。最後に私が受け取ったバナナを靴下に詰めて空のベルトコンベアに乗せる。以上が作業の手順である。猿でも出来そうな単純作業だ。

基本、仕事中の私語は禁止されていたが同じ組の仲間に限ってはある程度黙認されていた。単調な作業が延々続くので、話でもしていないと脳みそが退化して先祖返りする恐れがあるのだ。それを避ける為の暗黙の了解なのだろう。それでも、働いている人間は皆心なしか猿に似ている気がする。夏休みが終わったら猿になっていた、では困るので、脳が退化しないよう意識的に会話する事にした。

年齢差のせいもあってか当初はぎこちない会話が続いたが、そうは言っても人と人、しかも話す言葉が共に日本語となれば打ち解けるのに時間は掛からない。いつしか世代間ギャップを超え、それなりに話も弾むようになっていた。そんなこんなで8月も終わりに近づいた或る日の昼休み、日給3万は破格だという話をしていると、チューさんが『3万と言えばさ、昔、3億円事件ってあっただろ?』と言い出した。

あの有名な3億円事件の事だろうか、と思って訊ねると『そう、それ。あの事件ってさ、警察がやっきになって捜査したのに、結局犯人は不明で時効になっちゃったろ。白昼堂々の犯行でそれなりに証拠も残ってたのに何で未解決になったのか、その理由解る?』と返してきた。『犯人が狡猾だったんじゃないの?若しくは警察の関係者で上から圧力掛かって踏み込んだ捜査が出来なくなったとか』とゼンさんが答える。しかし、チューさんはチッチッと人差し指を顔の前で軽く横に振ると『いや、そうじゃないんだな。捜査の根本が間違ってたと俺は思ってるのよ』。そして声を少しひそめて『
あんたらは信用出来そうだから話すけど……ここだけの話にしてくれよ』と続けた。私たちは『勿論』と頷いた。

『そもそも……そもそもだよ、 “犯人は人間だ”と決めつけて捜査にあたった、それがそもそもの間違いだったの。いくら調べても犯人に辿り着けないわけだ。そもそも前提からして違ってたんだから。そもそもね。うん、そもそもだ』熱がこもると“そもそも”を連発するのがチューさんの癖である。

『そんな馬鹿な』笑いながら私は言った。てっきり冗談だと思ったのだ。

するとチューさんは少し怒ったような、それでいて少し寂しげな表情をみせたのだった。そして、『いや、色々と独自の情報もあってさ 、それを様々な角度から考えると、どうしてもそういう結論にならざるを得ないよ』と言ったのだった。

『人間じゃないなら何なのさ?』不敵な笑みを浮かべながらゼンさんが訊く。

チューさんは、待ってました、とばかりに手を打って答えた。『よくぞ訊いてくれました!導き出される答えはただ1つ。犯人は猿!いわゆるひとつのモンキーさね』

私とゼンさんは思わず顔を見合せていた。本来なら笑うところだ。が、どうやらチューさんは大真面目に言っているらしい。ここで無下に否定するのは大人気ないだろう。

『……猿ですか。思ってもみませんでした』私は言った。嘘ではない。犯人が猿だ、などと考えた事は本当に一度も無い。『ああ、確かに。考えてみりゃ、猿じゃないって証明するのは無理かもな』ゼンさんが上手く話に乗ってくれたお陰でチューさんも満足し、話は終わった。

午後の作業が始まってすぐ、チューさんがトイレに立つと、それを見計らったようにゼンさんが寄って来て『言っとくけど、犯人は猿じゃないよ』と笑いながら言った。言われる迄もない。私は頷きながら相づちを打った。

『だって、犯人は俺だもの』

……はい?予想だにしない台詞がゼンさんの口から飛び出した。

『お兄さんは口が固そうだから白状するけど、3億円事件の真犯人、実は
俺なのよ』

……何ですと?

『真犯人の俺が言うんだから間違いないよ。犯人は猿じゃない』ゼンさんは力強く言った。

これはきっとゼンさん流のジョークに違いない。そう考えた私は漫才師よろしく『そんな馬鹿な』と軽くツッコミを入れた。そして二人で笑ってこの漫才は終わり……となる予定だったが私の予想は呆気なく裏切られた。

『いや、本当にあの事件の真犯人は俺なんだよ』ゼンさんは大真面目な顔でそう言うと、先程のチューさんと同じく何とも言えない寂しげな表情を見せたのだった。

『その3億円って今どうなってるんですか?』『そっくりそのまま実家に置いてあるよ』『えっ、まったく使ってないんですか?』『使ったら絶対そこからバレて捕まっちゃうって。だから1円足りとも使っちゃないね 。こう見えても俺は慎重派なんだ』『じゃあ、このバイトも?』『そう。まさか3億円持ってるヤツが工場で靴下にバナナ詰めてるとは誰も思わないだろ。ほとぼりが冷めたら君たちにアイスでも奢ってやるから楽しみにしといてくれ。まあ、兎に角だ、今の話はチューさんには内緒な。犯人が猿じないと判ると傷つけちゃうからさ』

そう言いながら、ゼンさんが私の肩をポンポンと軽く叩く。それとほぼ同時に、チューさんがトイレから戻ってきた。
その後は黙々と作業が続き、3億円事件が話題に上る事はなかった。

それから間もなく夏休みは終わり、私の工場でのアルバイトも終了した。

あれから数十年。あの工場を訪れた事は一度もない。というより、訪れたくても場所が判らないのである。それは変なのでは?読者諸氏はそう思われるかも知れない。しかし実際そうなのだ。私鉄なんじゃもんじゃ線の馬鹿(うましか)プラーザ前駅に朝9時に集合すると、そこに幌つきのトラックがやって来て私たちアルバイトを荷台に乗せ、あの工場へと運んで行く。それが送迎システムだ。帰りはその逆。荷台からは外の景色がまったく見えないので工場への道順がまるで判らないのである。

トラックに乗っている時間は小一時間ぐらいか。工場の門をくぐって直ぐ降ろされるのだが、見える景色は360°すべて山である。馬鹿プラーザ駅から車で約1時間、四方を山に囲まれた場所。それだけ判っていれば容易に辿り着けそうに思えるが、さにあらず。何十回、車を走らせても工場のある場所に辿り着く事は出来なかった。Gグルや国土地理院の地図を見てもそれらしき場所は見つからない。それならばと、[工場 靴下 バナナ詰める]等のワードで検索をかけてみたが全くヒットしなかった。

あの工場はいったい何だったのだろう。夏が来れば思い出す、遥かな尾瀬と靴下バナナ工場。チューさんとゼンさんは元気だろうか。年齢を考えれば存命である可能性が低いのは判っている。しかし、もしかしたら、あの工場は時空を超えた所に存在しているかも知れないではないか。それならば、あの二人が今でも達者に働いている可能性は十分あると思う。チューさんは犯人=猿説を唱え続け、ゼンさんはほとぼりが冷めるのを待っている。……ほとぼりはとっくに冷めているような気がしないでもないが、かなりの慎重派なのだろう。

もし、もう一度あの工場に行く事が出来て、チューさんとゼンさんに会えたとしたら、私には謝らなければならない事が一つある。チューさんが犯人=猿説を披露した時とゼンさんが犯人=俺説を披露した時、私は思わず『そんな馬鹿な』と言ってしまった。そして、その時二人はとても寂しそうな顔をした。自説を否定されたから寂しげな表情を見せた。ずっとそう思っていた。しかし、ある時、そうではない事に気づいた。

あの時、私が真に言うべき言葉は『そんな馬鹿な!』ではなく『そんなバナナ!』だったのではないか?

こんなに絶好の[そんなバナナ]ポイントは他にない。どう考えてもあそこは『そんなバナナ!』と言うべきだった。当然、チューさんもゼンさんもそれを期待していたに違いない。だからあんなに寂しそうな顔をしたのだ。私はツッコミ方を間違えた。もう一度二人に会えたら、期待を裏切った事を丁重に詫び、改めてツッコミ直したい。その為にも私はあの工場を探し続けようと思っている……。


〜おしまひ〜。

あ、そうそう。チューさんによると【BAKA工場】はバナナ・アンド・クツシタ・アソシエーションの略ではないか、との事。ああ、なるほど。と一旦は納得しかけたが、そうなると“クツシタ”だけ日本語である理由が判らない。“クツシタ”ではなく“ソックス”とすべきだろう。が、そこはそれ、やはりそれも……

【Don,t think! feel! 】
考えるな!感じろ!

なのかも知れなかった。


〜おしまひ〜。























誰も知らない都市伝説(ご当地お国自慢編〜愛媛)


話題:都市伝説を話してみる。



小腹が空いた時に軽くつまみたい、そんな小さな都市伝説があります。都市伝説と呼ぶには物足りない“妙な噂”程度のお話。そのようなプチ伝説を都道府県別に分け、お国自慢編として紹介する事に致します。なお、都市伝説研究家として有名だという噂もある「又聞きのトシちゃん」のプチ解説付きとなっております。


【愛媛】


愛媛県のある地域では、特定の条件を満たした上で水道局に行き、所定の手続きを踏む事により、月額+1000円で家庭の蛇口からポンジュースが出てくるらしい。特定の条件とは、一家庭あたり、みかん農家で3万時間のボランティア活動をするとか、炬燵(こたつ)でミカンを5千個食べるとか、水道局を誉め称える作文を原稿用紙2千枚以上書く、など様々な説があるが真偽の程は定かではない。



◆又聞きのトシちゃんのプチ解説◆

これはかなり信憑性が高いと思うよ。友だちの友だちの友だちが愛媛県の出身なんだけど、子供の頃、家の水道から普通にポンジュースが出て来てた、って言ってたらしいよ。まあ、直接聞いた訳じゃないけどね。でね、ある時、家族揃ってでバヤリースオレンジを飲んだら次の日からポンジュースが出て来なくなったんだって。多分、権利を失ったんだろうね、バヤ飲んじゃったから。

そもそも、愛媛で「みず」と言ったらポンジュースの事だし。だから、レストランとか喫茶店でうっかり「お水ください」とか「お冷やください」とか言わないよう気を付けた方がいいよ、愛媛では。ポンジュースが出て来てしっかりお金取られるから。お水が欲しい時は「ポンじゃない方のお水をください」って言わないと駄目だからね。どっちにしても、この都市伝説は本物だと思うね、僕は。


★★★


又聞きのトシちゃんのお墨付きを貰った今回の都市伝説。果たして次はどのような伝説が登場するのだろうか。期待したいところである。


〜おしまひ〜。

お洒落ドラマ「えっ?」〜ランチタイムはお洒落に〜。


話題:SS


遅めの昼食を求めてふらりと立ち寄った町の小さな洋食屋。扉の横に立て置かれた黒板調のメニューボードには白墨でこう書かれていた。

☆本日のランチ☆

【オールモストヘブンのシャッフルチョーク、テンガリー添え(シャルルペッタン付き)】

うーむ、お洒落だ。地中海の風を感じる。是非とも食べてみたい。問題は、あと3秒でランチタイムが終了してしまう事だ。果たして今からでも注文は可能だろうか?

……あのぅ、すみません。ランチタイムのメニューってまだ注文出来ますか?

当たり前だが、訊ねている間に3秒は過ぎ、ランチタイムは終了した。万事休すか。が、市村正親氏に少しだけ似た店主は柔和な笑みで店主はこう答えたのであった。

店主「あ、大丈夫ですよ。ホイッスルが鳴る前に放たれたシュートは有効、それが世界のスタンダードですから」

これはまた洒落た事をいう!料理への期待度もぐんと高まる。何たって料理はセンスなのだから。さて、問題は“本日のランチ”である。洒落た感じだという事以外はさっぱり判らない名前が並んでいる。いったい、これはどういう料理なのだろう。それを確かめるべく訊いてみる。すると……


店主「はい、オールモストヘブンというのはですね、オッペルパップルを軽くゼファーしたものにスポーティーゲイルとロゼルベを軽く合え、更に軽くセントクリストフしたものとなります」


………えっ?


店主「テンガリーの方はポーピュルとピューポルの2種類から選べます。あと、シャルルペッタンはご希望により軽くジャルペーニョする事も可能ですが、どうなさいますか?」


………えっ?


店主「うちのオッペルパップルは自家製でして、ピシャッとさせたオッペルと逆にピシャッとさせてないパップルを一度ダルーンとさせてからピキーンとさせた後、軽くジャハリハしたものとなります」


………えっ?


店主「ちなみに、オッペルはジェイクのラバンヌを軽くディータしたラモ・オッペル、パップルは軽くスザンヌさせたパップルショータからショータを取り除いて軽くフィロソフィーさせ、軽く冷ました後に軽く温め、更に軽く冷ましてから軽く温めたものを使用しております」


……えっ?


店主「もちろん、シャッフルチョークの方も自家製で、お客様のお好みに合わせてアヴドゥーラ出来ますし、ポッカリをアクエリアに変更する事も可能です。その際には軽く温めてから軽く冷やして、それを軽く練り合わせて、のちに軽くバラしておりますので“ご安心”ください。イメージとしては、セイントフォーツをオキャンピーツさせてから…」


………えっ?


店主「……では、ご注文は【本日のランチ】で宜しいですか?」


……“目玉焼きハンバーグセット”でお願いします。


店主「えっ?」


〜おしまひ〜。


四面楚歌小学校校歌


話題:妄想を語ろう


◆『馬鹿市立四面楚歌小学校校歌』


作詞……泣面ハチ太郎

作曲……フンダリー・ケッタリーノ


(一番)北に連なる遥かな山々♪
僕らを育む大自然♪

一度は登ってみたいけど♪

禁足地なので入れない♪

無理やり入った友だちは〜♪
十年経っても戻らない♪

嗚呼〜♪愛と勇気の〜四面楚歌小学校♪(ワワワワ〜♪)←クールファイブ風に。


(二番)南に広がる大きな海原♪
心を潤す潮風よ♪

一度は泳いでみたいけど♪

遊泳禁止で泳げない♪

それでも入った友だちは〜♪
クラゲに刺されて泣いていた♪

嗚呼〜♪夢と希望の〜四面楚歌小学校♪(ワワワワ〜♪)


(三番)東にそびえる高い壁♪
長きの懲役(おつとめ)ご苦労さん♪

死角はたくさんあるけれど♪
秘密の抜け穴あるけれど♪
看守は居眠りするけれど♪

ぜんぶ罠なので気をつけろ♪

嗚呼〜♪義理と人情の〜四面楚歌小学校♪(ワワワワ〜♪)


(四番)西に輝く摩天楼♪
ニューヨークなみの大都会♪

迷わず飛び込めチャンスを掴め♪
煌めく夜景に照らされて♪
どんな夢でも叶いそう♪

でも、蜃気楼なので叶わない♪

嗚呼〜♪風と光の〜四面楚歌小学校♪(ワワワワ〜♪)


(五番)友と過ごせし学舎‐まなびや‐の♪

建築素材は石綿金網‐アスベスト‐♪

共に笑って涙して♪
下敷きこすって髪の毛たてる♪

保健室の先生は♪
オッサンなので癒されない♪

嗚呼〜♪熱き血潮の〜四面楚歌小学校♪(ライライライライ♪)←長渕剛ふうに。

(六番)もしもピアノが弾けたなら♪
タケ〇トピアノに電話しよう♪

お酒は温めのカンガルー♪
肴はあぶったイカンガー♪

誕生石ならルビーなの♪
ルビー・モレノじゃありません♪

哀川翔のささやきに♪
誘われた私はカブトムシ♪(ソイヤ!)

パプリカ、お花が咲いたらば♪
銀座で牛‐べこ‐飼うだ〜〜かぁ?♪

他にもたくさんあるけれど♪
JASラッ〇が怖くて書き込めない♪


嗚呼〜♪ヒデとロザンナの〜四面楚歌小学校♪(サンキュー!)←堀内孝雄風に。


(七番)

僕らはきっと忘れない♪
この学校での思い出を♪

置き傘必ずパクられて♪
代わりにボロ傘残される♪

給食のマーガリン溶けている♪
かと思えば、今度は凍ってる♪

冬の体育館寒すぎる♪
逆に真夏は暑すぎる♪

床にこぼした牛乳拭いた♪
モップの臭いで鼻モゲる♪

フォークダンスは絶対に♪
気になる異性の手前で曲終わる♪

そんな僕らの願いはひとつ♪
この歌の事は忘れて欲しい♪


嗚呼〜♪千と千尋の〜神隠し小学校♪

嗚呼〜♪キャビアとイカ墨の黒すぎるスパゲッティ♪

嗚呼〜♪〇〇〇と〇〇〇の〜四面楚歌小学校♪←〇にはその時の気分で好きな言葉を入れる。


(あーりがとぉっ!)←谷村新司ふうに。

山口百恵のようにそっとマイクを床に置き、終了。

〜おしまひ〜。


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