或る街の或る裏路地を入った突き当たりに小さなBARがあると云う。
パッと見、ちょっと入りづらい雰囲気ながら、会員制といった事もなく、誰もが自由にお酒を飲む事が出来るらしい。
だが‥
このBAR、実は一風変わった店なのだと情報提供者の一人は言う。
そして先日、
長年に渡る交渉の末、私はようやくこのお店を取材する事が出来た。
マスターは開口一番、こんな事を語り始めた‥。
『皆さんはよく、こんな事を言うじゃないですか‥“世の中には色んな人がいるからねぇ”と』
まあ‥言いますね。
『果たして、それで良いのでしょうか?』
と、言いますと?
『私はこう思うんですよ。我々は“居る人”ばかりじゃなく“居ない人”にも、もっと注目するべきなではないのか、と』
“居ない人”ですか?
『そうです。何でも今、世間では【あるある探検隊】とかいう漫才が大流行しているそうですが…』
いや‥もうとっくに廃れてますけど‥
『【あるある探検隊】の裏側には【ないない探検隊】が存在する事を忘れてはいけないと思うのです』
何ですかそれ?
『【あるある探検隊】は多くの人の共感を得る、云わば恵まれた“陽なたのチーム”です。ところが、【ないない探検隊】は誰にも共感して貰えない悲しい“日陰のチーム”なのです』
どうも‥今一つ、言ってる意味が理解出来ないのですが‥
『では具体的に教えましょう…例えば、ほら…あそこの女性‥』
あの女性が何か?
『あの女性はね‥』
メールは必ず背骨で打つ人
『‥なのですよ』
メールを‥背骨で?
そんな人、いる訳ないでしょう‥。
『だから、そこが【ないない探検隊】なのですよ。そんな人は世の中に居るハズが無いと皆に思われている悲しい存在と云う訳です』
じゃあ、マスター…
あの女性に、ちょっと話を聞きに行っても良いですか?
『あ、それはご遠慮願えませんか』
どうして?
『BARと云う所は、相手の事を根堀り葉掘り深く詮索してはいけない場所なのです。それが大人のルールと云うものです』
まあ確かにそうかも知れないけど‥どうにも、腑に落ちなさが半端じゃないんですよ。
『それから、奥の方でスコッチを飲んでいる若い男性ね…』
ええ‥彼が何か?
『彼は…』
1日に24回、床屋に髪を切りに行く人
『‥なのです。なんでも、髪の伸びるスピードが地球の自転速度を上回っているのだとか』
そんな奴いないって!
と云うか‥比較対象も意味不明だし、全く理解出来ないんですけど!?
『共感して貰えないから【ないない探検隊】なのです』
そう言われても‥
どうしても気になるんで、本人に確かめてもいいですか?
『それは駄目です。ご遠慮ください。それからですね‥左側の壁に寄りかかってマカダミアナッツを摘まんでいる綺麗なご婦人‥』
ええ…
『彼女はね…』