話題:小さな幸せ
小さな青い鳥は、毎日を退屈しながら過ごしていました。
自分の知る世界は銀色の小さな鳥かごと、鳥かごが置かれている小さな白い部屋の中だけ。
それに比べて、窓の外に広がる世界はとても楽しそうです。
雨や曇りの日もあるけれど、お陽さまの照る日などはポカポカして、とても気持ちが良さそう。
小さな青い鳥は、外の広い世界へと飛び立つ事を、いつの頃からか、ずっと夢見ていたのでした。
あの広大な風景の中に、自分の求める大きな幸せや輝く希望があるに違いない。
そんな或る日の午后の事でした‥。
青い鳥の飼い主である少女が、うっかり部屋の窓を開け放しにしたまま、水を替えようと鳥かごのゲージを開けてしまったのです。
青い鳥は、この時とばかりにゲージを潜り抜け、開いた窓から外へと飛び立ちました。
夢にまで見た外世界。
太陽の温もりは青い鳥の体を優しく温めてくれました。
心地よい風は青い鳥の羽根を綺麗になびかせてくれました。
樹木の青々とした緑は青い鳥の瞳を涼しく潤してくれました。
初めて知る自由の大きさ、気持ちよさ。
青い鳥は部屋を振り返る事もなく、より大きな幸福の予感のする方角を目指して、青い羽根を思い切り広げたのでした。
やがて季節は巡りに巡り、小さな青い鳥が自由きままな旅に出てから十年もの月日が流れた頃。
小さな鳥かごのある白い部屋から遠く離れた海辺の田舎町で、青い鳥は自分がまだ幼かった頃を思い出していました。
まだ小さかった青い鳥は大きな世界で色々な事を知り、色々なものと出会って、それは確かに幸福で、決して後悔はしていません。
でも‥
青い鳥は、あの小さな部屋の小さな鳥かごの事がたまらなく懐かしくなっていたのです。
もう一度帰りたい‥
あの小さな幸福の中へ。
青い鳥は、ありったけの力を振り絞って、遥か遠くの部屋を目指したのでした。
そうして、青い鳥が海辺の町を離れてから、どれくらいの時が過ぎたでしょう‥
青い鳥は、自分が生まれた小さな懐かしい部屋へと、ついに辿り着きました。
窓はちょうど、あの時と同じように開け放たれています。
青い鳥は嬉々として、開いた窓から部屋の中へと入りました。
ところが‥
部屋の模様こそ、昔と同じで変わってはいませんが、部屋の中の何処を見回しても、幼かった青い鳥の毎晩の寝床だった銀色の小さな鳥かごの姿が見えないのです。
すると、カチャリとドアノブの回る音がして、部屋のドアが開きました。
部屋へ入って来たのは見た事のない中年の男性で、昔、自分の事を可愛がってくれた少女ではありませんでした。
思えば、あれからもう十年以上の月日が流れています。
恐らくは、家の持ち主が代わってしまったのでしょう。
青い鳥は、今まで感じた事がないぐらい、とても悲しい気持ちになりました。
小さな幸福は、実はとても大きな幸福だった事に青い鳥はようやく気づいたのです。
しかし、全てはもう手遅れです‥。