話題:妄想話
ある暇な日の午後。
天気も良かったので、私は街をぶらぶらと散歩する事にした。
折角の秋晴れだ。家の中でぼぉーっとして過ごすのも勿体ない。そんなふうに思ったのだ。
それで、普段はあまり入る事のない裏路地の凸凹道を歩いたりして、いつもとは違う街の風景を楽しんでいると‥
細い路地の突き当たりに、何やらいい感じで煤(すす)けた骨董屋があるのを見つけたので、私は冷やかしがてら、店に入ってみたのだった。
ところが、骨董屋に並ぶ古びた各種の品々は、好事家からすれば【掘り出し物】なのかも知れないが、私にはガラクタ同然にしか見えなかった。
しかも、値段の高い物が多い気がする。
中には【値段応相談】などと書かれている物もあり、とてもでは無いが触手は伸びなかった。
うっかり触って、手を滑らせ落としでもしたら大変な事になりかねない。
そんなこんなで、そそくさと店を出ようとする私にの目にふと止まる物があった。
それは、銀色に輝くアラビアふうのランプで、取り立てて変わったデザインでもなかったが、どこか私の気を惹いたのだった。
値段を見れば〈千円〉と、手頃な数字が書かれている。
ちょうど、カレーのルゥを盛り付ける器が欲しかったところだし…と云う訳で、その古びたランプを買う事にした。
私は、皿に盛った御飯の上にカレーを直接掛けるより、ランプやカレーポットに分ける方が好みなのだ。
まあ、実際は面倒くさいので直接掛ける場合がほとんどなのだが‥。
店主らしい老人男性に千円札と五十円玉を渡し、ランプを包んで貰う際‥「魔人が出て来そうなランプですよね」と、何気なく云うと‥眼鏡の奥の店主の目がギロっとしたので、何だか少し怖くなった私は、ランプを抱えたまま足早に店を出て、そのまま家路に着いたのだった。
まさか‥
本当に魔人が出たりしないよな‥
まさかな‥
私は自嘲気味に軽く笑った。
しかし……
――家――
魔人は出現したのである。
泡を食う私に、魔人は落ち着き払った様子でこう云った。
魔人『はい、どうも。ランプの魔人・田中宏保です』
田中宏保。なんという普通の名前だろう。
私「あ、どうも…田中宏保って小学校の同級生と同じ名前です」
いったい私は何を云ってるんだろう?
魔人『その人の事は知らないですねぇ』
そりゃ知らないだろう。私としても、別にそういうつもりで云ったのではない。
それにしても…
見れば見る程、魔人らさの欠片もない。町役場の出納係長と紹介されたら、あっさり信じてしまいそうだ。
魔人『それでは、願い事を3つ叶えてあげたいと思いますが…その前に貴方、部屋を少し片付けた方がいい。何ですか、そのだらしなく脱ぎ散らかしたダボシャツは』
た、確かに‥部屋の中は褒められた状態では無いが、そんな事は大きなお世話だろう。
でも‥
私「すみません、後で片付けます」
やはり、魔人を怒らせるだけの度胸は私にはない。例え見た目が、役場の出納係でもだ。
魔人『だから、その“後で”が良くないんだなぁ。いま出来る事は、いまやりましょう』
何だか今度は小学校の先生みたいだ。
仕方なく私は、部屋を片付け始めた。
魔人『では、まず最初の願い事を叶えてあげましょう』
いま一つ不安感は拭えないが、願いを叶えてくれると云うなら、それは非常に有り難い事だ。
いや、有り難いどころではないだろう。
その気になれば、世界皇帝にも銀河大魔王にだってなれるのだ。
しかし‥あまり調子に乗ると後々ロクな事にならないような気もする。
結局、何事も分相応こそがベストリザルトを生み出すのだ。
私「では‥まずはお金を‥そうですねぇ‥取り敢えず【1億円】お願いします」
私は緊張しながら最初の願い事を申し出た。
魔人『1億かぁ‥』
出納係の魔人は何やら考え込んでいるようだ。
私「あ、やっぱり‥無理ですよね。すみません、ちょっと調子に乗ってしまいました」
我ながら、器が小さいなとは思うのだが‥それが私と云う人間なのだからしょうがない。
魔人『いや、無理では無いです。判りました。それでは1億円用意しましょう』
そう云いながら、何故だか魔人は玄関の方へと歩き始めた。
私「ちょ、ちょっと待って下さい」
魔人が足をとめて振り向く。
魔人『何か?』
キョトンとしている魔人に私が云う。
私「い‥いずこへ?」
魔人『ああ、取り敢えずはバイト探しですね。何せ1億円稼がないといけないので』
私「えっ!もしかして‥1億円、働いて稼ぐつもりなんですか!?」
魔人『そうですよ』
私「そ、そしたら‥1億貯めるのに物凄い時間が掛かるのでは?」
魔人『いや、生活費を差し引いて考えても‥500年もあれば用意出来ると思います』