世界一用心深い男、その名はマモル【4】。


話題:連載創作小説

まさか、面接そのものがダミーだったとは…。面接担当の三人は、マモルの用心深さにカメレオンのように舌を巻いていた。

マモル『窓のブラインド…降ろして頂けますね?』

この段に至っては、もはや三人ともマモルの指示に従うより他に道はない。

社長『仲本常務、頼む』

社長に命じられた仲本が窓のブラインドを降ろしてゆく。全てのブラインドが降りたのを確認したマモルは、ようやく椅子にその腰を下ろしたのだった。

マモル『ありがとうございます。これで向かいのビルから狙撃される心配は無くなりました』

社長『では早速面接を…と言いたいところだが、面接に来た訳では無いのだから面接しても意味はないし…』

マモル『ええ。僕はセキュリティをもっと強化するよう進言をしに来ただけです』

そう言いながらマモルは鞄の中から2枚のディスクとバインダーで綴じられたファイルを取り出し、机の上に置いた。

常務『それは?』

マモル『セキュリティ強化の為のマニュアルと、新しいファイアウォールのプログラムソフトが入ったディスクです。どうぞ、お納め下さい』

社長『それは非常に有り難いが…何故そこまでしてくれるのかね?』

マモル『先程も申しましたが…僕は或る人に頼まれてやっているだけで、詳しい事は何も知らないのです』

部長『そう、そこが気になってたんです。或る人、って誰なんですか?』

マモルが少し呆れたような表情を見せる。

マモル『おや…まだお気づきにならない?』

マモルの言葉に三人が顔を見合わせる。だが、口を開こうとする者は一人として居なかった。

マモル『仕方ありません。お答えしましょう。僕にダミーの面接を受けさせ、誰にも疑われる事なくファイルとディスクを受け渡しするよう依頼した人物は…』

三人がごくりと唾を飲み込む。

社長『…人物は?』

マモル『他ならぬ…守田マモルその人です』

三人の口がぽかんと開く。

部長『えっ、だって…守田マモルは君でしょ?』

思わず口走る小谷部長に、マモルが驚いたような仕草を見せる。

マモル『まさか…守田マモルは人前にのこのこと姿を現すような軽率な人間ではありません』

常務『えっ、じゃあ、君は守田マモルでは無いのかね!?』

マモル『はい、僕は守田マモルのダミーです』

何という事だろう。面接もダミーなら、面接を受けに来た人間もまたダミー。守田マモルという人物の用心深さは本当に底が知れない。

社長『すると、君はいったい誰なんだ?守田マモルの友人か?』

マモル『いえ、友人とは呼べないでしょう。何故なら、守田マモルの正体は誰も知らないからです。名前はマモルと男性っぽいですが、実際、男なのか女なのかも判りません。勿論、年齢や経歴も一切不明…守田マモルの用心深さは尋常では無いのです』

部長『…そう言うけど、君の用心深さだって相当なものだと思うけど。床に落とし穴のトラップがあるとか、普通は考えないよ』

マモル『いえ、違うのです。あれらは全て守田マモルの指示に従っただけで…だって、向かいのビルからスナイパーが狙ってるなんて有り得ないじゃないですか普通。しかもコロンビアの殺し屋とか…正直、自分で言いながら“何でやねん!”と突っ込みたくなりましたよ。しかし、守田マモルが“そう言え”と指示を出して来た以上、言われた通りにせざるを得なかった…とまあ、そういう訳です』

常務『ちょっと待ってくれ。今のの話を聞く限りでは、君はリアルタイムで守田マモルから指示を受けていたように取れるのだが…』

マモル『はい、その通りです』

常務『それはおかしい。この部屋には我々三人と君しか居ないんたぞ。どうやって君は我々に知られずに守田マモルからの指示を受ける事が出来るのだ?』

マモル『ああ、それはですね…』

おもむろにマモルは自分の口に手を突っ込み、何かを探るように少し動かした後、口の中から歯に被せる銀冠のような物を取り出したのだった…。


―――――

【追記】

本当ならば今日完結する予定でしたが…余りの蒸し暑さに完結が一回分延びてしまいました。

因みに本日の体感気温は6800℃。
体感湿度は92億%でした。

ここまで蒸し暑いと、人類の進化に影響を及ぼしかねません。



類人猿

ガッ〇石松さん

人間(現世人類)

小籠包

…こんな感じで(/▽\)♪



世界一用心深い男、その名はマモル【3】。


話題:連載創作小説

小谷人事部長の先導により、ついにマモルは面接者の為に用意された椅子まで辿り着く事に成功した。

部長『じゃあ、私は自分の席に戻るけど、いいよね?』

役割を終えた小谷が言う。が、マモルはそれに対しても首を横に振った。

マモル『いえ、まだダメです』

常務『まだ何かあるのかね!?』

遅々として進まぬ面接に苛立ちを隠し切れない仲本常務が思わず口を挟む。

マモル『はい。面接を始める前に窓のブラインドを全て降ろして欲しいのです』

先程も説明した通り、三人の面接官が座る椅子の背後は全面ガラス張りの窓となっており、通りを挟んだ向こうには同じような高層ビルが見えている。

社長『それは構わないが…どうして?』

マモル『腕利きのスナイパーが向かいのビルから僕を狙っている可能性があるからです』

常務『何っ、スナイパーだと!?』

マモル『そうです。恐らくはコロンビアから来た殺し屋でしょう。今は小谷部長の陰になっているのでスナイピングは不可能ですが、彼が席に戻った瞬間、僕は盾を失い全くの無防備になってしまう。面接者用の椅子は標的の位置を固定する為の目印という訳です。…違いますか?』

部長『違うと思うけど…』

常務『もうバカバカしくて話にならん。社長、もうこれ以上の面接は無意味です』

しかし、完全に呆れ返る二人に対し、社長の大河原は少し違った反応を示したのだった。

社長『スナイパーは兎も角、何故にコロンビアなのかね?』

さすがは社長。食いつくポイントが他の二人とは明らかに違っている。

マモル『薫りです』

社長『薫り?』

マモル『はい。この部屋に入って来た時、先ず最初に珈琲の良い薫りがする事に僕は気づきました』

三人の面接官の前にあるテーブルの上には人数分の珈琲カップが置かれている。マモルはその珈琲カップにチラリと視線をやりながら先を続けた。

マモル『この薫りは間違いなくコロンビアスプレモ豆のものです。そして同時に、僕は或る事を思い出しました』

社長『或る事?』

マモル『はい。それは、このビルのロビーに綺麗な薔薇とカーネーションの花が飾られていた事です』

確かにマモルの言うようにロビーの受付には大きな花瓶があり、中には薔薇とカーネーションが飾られている。

社長『それがどうしたのかね?』

マモル『世間的にはあまり知られていませんが、コロンビアは世界第2位の花の輸出国です。その中でもカーネーションと薔薇は特に重要な輸出品目となっています。同様に、珈琲豆もコロンビアの経済を支える重要な輸出品です。この二つの事実から貴社とコロンビアの密接な関係が浮かび上がる事になります』

常務『無茶苦茶だ。だいたい花と珈琲豆ぐらいで密接な関係を疑われては堪らん』

マモル『勿論それだけではありません。貴社の対中南米貿易部門で昨年、累計約5千万円の使途不明金が出ている事は当然御存ですよね?』

それを聞いた三人の顔がみるみる青ざめてゆく。

部長『な、何故それを?使途不明金の事は会社のごく一部の人間しか知らないはず…』

マモル『ああ、それは…会社のメインコンピューターを始め、幾つかの端末をハッキングして調べたからです。これからお世話になるかも知れない会社なので、ある程度内部事情に通じておいた方が良
いかと思いまして』

常務『…まさか他にも』

マモル『他と言うと…昨年度の粉飾決算の事ですか?それとも、坂元代議士への闇献金問題?…もしくは、現在特別チームを編成して対応にあたっている新型半導体の不具合に関するリコール隠しの件でしょうか?』

それらは何れも極秘中の極秘とも言える案件だった。決して知られてはならない会社の暗部が、たった一人の用心深い男によって次から次へと暴かれてゆく。小心者の小谷部長などはもう半ば気を失いかけている。

社長『つまり君は…5千万円の使途不明金はコロンビアの殺し屋を雇う為に使われたと考えている訳だね?』

マモル『その可能性もある、という事です。コロンビアと言えば、バナナ or 殺し屋。その筋では常識です。向かいのビルから僕を狙撃するとしたら、それは恐らくバナナではなく殺し屋の方でしょう。それで僕は、コロンビアの殺し屋と言った訳です』

(注)コロンビアと言えば殺し屋。←そんな事はありません。

常務『き、君の目的はいったい何なのだ?金か?』

マモル『とんでもない。それでは企業恐喝になってしまいます。僕の目的は先程から申し上げているようにただ一つ、窓のブラインドを降ろして欲しいという事だけです。それさえ叶えて頂ければ、今お話した内部事情は決して他言致しません』

それを聞いた小谷部長の顔に血の気が戻る。

部長『…本当に?』

マモル『勿論です。と言うのは…僕が今日この会社に来たのは、或る人の依頼で情報面のセキュリティをもっと強化するよう、お三方に進言する為ですから』

社長『進言する為に来た?…入社の面接を受けに来たのでは無いのか?』

マモル『面接はダミーです。自然な形で貴方がた三人と会い、話をする為に面接者という形をとらせて頂きました』

常務『何故そんな回りくどい事を…』

マモル『用心の為です。ギリギリまで真の目的は伏せておく事で相手に適切な準備をさせない。駆け引きの鉄則です。もしも、僕が“粉飾決算の件で話をしたい”などと言ってアポを取り付ければ、貴方がたは僕の口を封じようと直ぐに何らかの対抗手段を講じようと画策し始める筈。そうなると非常に厄介です。しかし、完全に面接だと思い込んでいた貴方がたは面接の為の準備しかしていません。これで、ほんの少しではありますが、僕の方が優位な立場に立つ事が出来る…とまあ、そういう算段です』

三人はマモルの言わんとする事を殆ど理解出来ていなかったが、それでも二つの事だけは理解していた。一つは、この男の用心深さは常識の範囲を超えている事。二つめは会社の存亡を左右する程のネタをこの男に握られている事であった。


〜続く〜。


――――――

この話…明らかに書き方を間違えました(泣)(;゜∇゜)

久々に書いていて頭が痛くなって来たという…

打ち切りも考えたのですが、途中で逃げ出すのも何かちょっと癪なので、ここは一つ、完全に開き直って何とか次で完結させたいと思います♪(*゜ー゜)ゞ⌒☆




世界一用心深い男、その名はマモル【2】。


話題:連載創作小説

半世紀を超える社史において、面接を受けに来た人間が落とし穴の心配をしたのは今回が初めてである。

常務『…とにかく、何でもいいからとっとと面接を始めようではないか。さあ君、そんな所で突っ立ってないで早く中に入りたまえ』

しかし、マモルはそう簡単に誘いに乗るような男ではない。

マモル『いえ、その前に…もう一つだけ確認しておかねばならない事があります』

マモルが手にした鞄の中から或る物を取りだす。

常務『何だそれは?』

マモル『赤外線ゴーグル…いわゆる暗視メガネと云うやつです』

社長『…安心メガネ?』

常務『暗視です』

マモル『いえ…安心を得る為のメガネですから、安心メガネと呼ぶのは或る意味的を射ている。さすがは社長、踏み込みの深さが違います』

部長『あの…単に聞き間違えただけだと思うけど…』

常務『それより、何でそんな物が必要がなのかね』

マモル『はい。恐らく…今は見えていませんが、この部屋には赤外線のレーザー網が張り巡らされているからです。その赤外線レーザーを遮ってしまうと…途端、天井から鉄格子が降りて来て僕は完全に袋の中のネズミとなってしまう。知らない部屋に入る際に僕は必ず赤外線トラップの有無を確認するようにしています。基本中の基本です』

マモルの言葉を聴いた社長が不安げに天井を見上げる。

常務『判った判った!暗視ゴーグルでも安心メガネでも何でもいいから早く確認してくれ。…それから社長、念の為に言っておきますが、鉄格子は降りて来ませんので御安心下さい』

社長『いや、でも、赤外線トラップを遮ってしまうと…』

常務『ですから、その赤外線トラップ自体がそもそも存在しないんです』

しかし、一度心に巣食った不安はそう簡単には離れない。

社長『君…どうかね?』

何時の間にか赤外線ゴーグルを装着していたマモルが一通り周囲を見渡した後に答える。

マモル『ふむ…どうやら、赤外線は張り巡らされていないみたいですね』

常務『だから、初めからそう言っているだろ』

ところが、マモルはそんな仲本常務の言葉には一切耳を貸さず、独自の思考を展開していた。

マモル『…ああ、なるほど…そういう事か。当然の如く部屋には赤外線トラップの仕掛けがあると思わせておいて、巧みにその裏をかく。そして、僕が赤外線ゴーグルを持っている事を確認する。言わばこれは、僕の持ち物を確認する為の逆トラップ。いや、お見事です。僕はまんまと策略に乗せられて自ら手の内をさらけ出してしまいました。この策略の立案者は恐らく社長…貴方ですね?』

いきなり名指しされた大河原社長は、言葉の代わりに笑顔を作る事でそれに答えた。

マモル『やはりそうでしたか』

どうやらマモルは社長の沈黙を肯定と受け取ったようだ。しかし実際のところ、社長はマモルが何を言っているのかさっぱり判らず、作り笑顔で返答するより他なかったのである。

マモル『取り敢えず、この部屋に赤外線トラップが仕掛けられていない事は確認出来ました』

部長『あの…もし、赤外線トラップがあったら、とっくに私が引っ掛かってると思うんだけど…』

部長の言い分は確かに筋が通っている。この部屋に赤外線トラップが存在するならば、部屋の奥から歩いて来て入り口のドアを開けた小谷部長は当然トラップの餌食となっていなければならない。

マモル『なるほど、小谷部長の言い分はごもっともです』

マモルもそれを認める。

部長『でしょ。だから、赤外線ゴーグルを使う必要はなんて最初からなかったんですよ』

一矢報いたかに思われた小谷部長だったが、マモルは一向に動揺の素振りを見せず、むしろ平然と言い放ったのだった。

マモル『今、部長が仰有った事には当然僕も気づいていました。しかし、それでも赤外線トラップが存在する可能性を完全に否定する事は出来ないんです』

部長『…え?』

論破不可能と思われた小谷部長の鋼鉄の論理にマモルが小さな風穴を開けてゆく。

マモル『何故なら…』

部長『…何故なら?』

マモル『現時点では…貴方がホログラムの映像である可能性がまだ残されているからです』

部長『わ、私はホログラムじゃないよ!』

マモル『いえ…その影の薄さと言うか、存在感の無さは、ホログラムだと疑われても仕方ありません。それに比べ、大河原社長と仲本常務には大物めいた存在感がある』

部長『そ、そんなぁ…』

小谷部長が泣きそうな顔で奥の二人に救いを求める。しかし…

常務『…まあ、その…なんだ…彼の言う事にも確かに一理ある』

社長『私も、自分がホログラムでは無い事を知って安心したよ』

大物と言われ気を良くしている二人に、小谷部長の願いは届かない。

部長『私は、自分がホログラムでは無い事をどうやって証明すれば良いのでしょう?』

マモル『それは簡単です。僕と握手して頂ければ、部長が生身の人間かどうかは直ぐに判別出来ます』

二人が固い握手を交わす。

マモル『おめでとうございます。これで部長がホログラム映像で無い事は証明されました。残るは床のトラップです。では、小谷部長、私の先に立って部屋の奥へとお進み下さい』

安心メガネを外したマモルは、小谷人事部長の背後にピッタリつきながら部屋の中を進んだ。

ここで簡単に部屋の中の様子を紹介しよう。高層ビルの34階に位置するこの部屋の背面は全面ガラス窓になっており、通りを挟んだ向かい側には同じような高層ビルが見えている。そのガラス窓の手前に長めのテーブルと椅子があり、三人の面接担当官が座っていた。もっとも、部長は現在マモルを誘導する為に席を外してはいるが。そして、その長テーブルの前に面接を受けに来た者が座る為の椅子が一脚置かれている。その他のレイアウトに関しては、一般的な大手企業の会議室を想像して貰えば事足りるだろうと思う。


〜続く〜。


―――――――


追記

【3】からは、もっと小気味よくポンポンと展開してゆきたい…と思いつつも、あまりの蒸し暑さに脳が溶け出して来ております(´▽`;)ゞ

世界一用心深い男、その名はマモル【1】。

話題:連載創作小説

コンコン。男が廊下側から部屋のドアをノックすると、中から『どうぞ』やや年配と思われる野太い声がした。フッ、予想通りの展開だ…その男、マモルは軽く笑みを浮かべ、ドア越しに答えを返した。

マモル『断固お断りします』

都心の中央部にそびえる有名な企業ビル、高層階の一室。普段は小会議室として使用されている部屋も、今日は入社試験の面接会場に宛がわれていた。

少し間があって、部屋の中から再び先程と同じ男の声がした。『どうぞ、お入り下さい』。しかし、マモルは首を横に振る。

マモル『ご免こうむります。と云うのは…もしも、そのような甘言に乗ってうっかりとドアを開けようものなら、その瞬間、金属製のドアノブに流れている微弱な電流により僕は感電し、ホームアローンに出てくる間抜けな二人組の泥棒みたいになってしまう…そういう仕組みですよね、マコーレ・カルキン君』

それを聞いて、部屋の中にいる三人の男達は明らかにそれと判る困惑の表情を浮かべた。社長の大河原、常務取締役の仲本、そして人事部長の小谷。この三人が本日行われている入社試験の面接担当官というわけだ。勿論、マコーレ・カルキンなる人物は其処にはいない。

部長『しゃ、社長…なんか、“自分からは絶対にドアを開けないぞ”みたいな事言ってますけど…どうします?』

ハプニングに滅法弱い小谷人事部長が他の二人に救いを求める。

常務『なんか、最後の最後に変な奴が来たな。警備員を呼んで追い出しましょう』

面接を受けに来た人間が面接会場に入る事を拒否する。まさかの展開に狼狽え気味の部長、逆に立腹気味の常務。しかし、社長は先の二人とは少し違っていた。

社長『まあ、待ちなさい。面接は彼で最後だし、部長、いいから行ってドアを開けてやりなさい』

さすが社長。他の二人とは懐の深さが違う。

部長『ハァ…』

社長の鶴の一声で、小谷人事部長が席を立ち、面接者の為にドアを開けてやる。

部長『ほら、開けたよ。ね、大丈夫でしょ?』

マモルは小谷部長が素手であるのを確認して言った。

マモル『ええ…どうやらドアノブに電流は来ていないみたいですね』

悪びれもせずに言い放つマモルに仲本常務の血圧が赤丸急上昇の気配をみせる。

常務『あ、当たり前だろ君!面接に来た人間を痺れさせる事に何の意味があるのかね!』

しかし、毎日グアバ茶を愛飲している大河原社長の血圧はそう簡単には上がらなかった。

社長『いや、常務…彼の言う事もあながち間違っているとは言えないだろう。確かに面接というものには痺れるような緊張感がある。実際、私も先程から足が少し痺れている。あっ…もしかしたら、私の座る椅子に電流が…』

勝手に言って勝手に青ざめている想像力豊かな社長に、威勢を削がれた常務が恐る恐る進言する。

常務『しゃ、社長…それは、もう三時間も前から足をずっと同じ形で組んでいるからであって…“電流が流れている”とか、そういうデンジャラスな理由ではないと思うんですが』

すると、それまで黙って二人の会話を聴いていたマモルがボソッと呟くように言った。

マモル『“電流が流れている”…微妙な日本語ですね。もしかして、さりげなく僕の国籍を確かめようとしているのですか?』

常務『……』

完全に言葉を失っている仲本常務に、社長の大河原が厳しい顔で声を掛ける。

社長『…仲本常務』

常務『…す、すみません。私とした事がつい…でも、普通言いますよね?“電流が流れている”って』

額から吹き出す汗を拭いながら弁明する常務の肩を大河原が勢いよく叩く。

社長『いや、流石は仲本君だ!血圧が上がったふりをして面接者を油断させ、その隙に国籍を確かめようとするとは…』

どうやら社長の中のストーリーではそういう事になっているらしい。

常務『…いえ、そんな…滅相も御座いません』

勿論、常務にはマモルの国籍を確かめる狙いなど毛頭なかったが、社長に誉められてしまった以上、そのシナリオで丸く納めるより他に術はない。常務と言えど一社員、サラリーマンの悲哀である。

マモル『それで…僕はどうすれば宜しいのでしょうか?』

部長『と、とにかく、中に入って下さい』

マモル『いいでしょう。但し…』

マモルが人差し指を立てて言う。

マモル『但し…部屋の中に入るにあたって、一つだけ条件があります』

部長『え、条件?』

マモル『そうです』

部長『…ええと、それはどう言った条件でしょうか?』

面接を受けに来た人間に対し、何故か採用担当者である部長の方が敬語になっている。

マモル『それは…貴方が先に立って歩く事。この条件だけは絶対に譲れません』

常務『き、君…立場ってものが判っているのかね!』

マモル『ええ、もちろん自分の立場は承知しています。ここは貴方がたのテリトリーです。圧倒的に貴方がたが優位にある。だからこそ、不利な立場の僕は慎重に事を運ばなければならない…』

部長『と彼は言ってますが…社長、私はどうしたら?』

社長『面白い。彼の気が済むようにしてやりなさい』

社長の許可を得たマモルが小谷の背中にピッタリと張り付く。

部長『ね、ねぇ、何でそんなにピッタリくっつくの?ちょっと気持ち悪いんだけど…』

マモル『床です』

部長『床?』

マモル『そうです。当然、ここの床には落とし穴のトラップが仕掛けられているはず。間違った床のパネルを踏めば…奈落の底へ一直線。…でしょう、社長さん?』

社長『常務…そうなのか?』

常務『そんな訳ないでしょう!第一、この部屋の真下は企画部のオフィスです』

社長『そうか…いや、それを聞いてホッとした』

大河原社長は心底安堵の表情を浮かべていた…。


〜続く〜。

――――――

追記

また…思いつきだけで書き始めてしまいました(/▽\)♪

もはやルーティンと化した計画性0の見切り発射(発車)…勢いだけで打ち上げるスタンス…

本当、スペースシャトルに生まれなくて良かったと思います(ノ゜ο゜)ノ


雨に雨傘、蝉時雨に日傘。


話題:突発的文章・物語・詩

夏の季語に《蝉時雨》と云う言葉がある。音韻にも字面にも和の情趣のあふれる美しい表現であるが、その言葉を耳に或いは目にする度、趣の美しさだけでなく、つくづく“云い得て妙”だなと云った感慨を持つ。

改めて説明する迄もなく《蝉時雨》とは、一斉に鳴く蝉の声を雨に見立てた比喩的表現で、水滴と鳴き声の違いはあれど、共に頭上からシャワーの如く降り注ぐと云う共通点がそこにはある。

しかし、そのような比較的イメージしやすい“状態・状況的共通点”の他にも《蝉》と《時雨》の間には実はもう一つ共通点があると私は考えている。

それは先に挙げた“状態・状況共通点に対して“性質的共通点”とも云うべきもので、その共通性は音にある。

時雨とは云うなれば雨の音、つまり雨音(あまおと)であるが、この雨音なるものは、他の音とは少々異なる特殊な性質を持っているように思う。

雨音とは、空から降って来た雨粒が“何か他の物”にぶつかった時に生じる音を指す訳だが、その音質は多岐に渡っている。アスファルトに落ちる雨粒、トタン屋根を叩く雨粒、傘を濡らす雨粒、車に吹き付ける雨粒、それらは何れも違う音である。

雨の音とは、そうした異なる音が幾つも集まって生まれた集合音(或いは全体音)であり、鐘の音などとは違い、複数の音源を持つ“音”である。つまり、一口に“雨音”と云っても、音源の構成次第で変わってくる“不定形な音像”と云う訳だ。

同様に蝉時雨も、一匹一匹の蝉の声を構成要素とした複数の音源を持つ集合音(全体音)であると云えるだろう。

雨の音も蝉時雨も楽譜にする事は出来ないのである。

更に、雨音と蝉時雨には今述べた物の他に、もう一つ共通点があるように思う。

先程私は、雨音は集合音(全体音)であり、異なる音質の複数音源を持つと云ったが、実は異なるのは音質だけではない。

集合音としての雨音(蝉時雨でも良いが)の中には、音源の近いものと遠いものが存在する。

例えば、貴方が雨の街角に傘もささずに立っているとして、その時貴方の耳に届く全体音としての雨音は、貴方の体を濡らす雨の発する比較的近い雨音と、離れた路上に落ちる遠い雨音が入り雑じったものである。

音は発生してから耳に届く迄に時間を要するので、実際にその音が発生してから聴覚で感知する迄には幾らかのタイムラグが存在する事となる。

そう考えた時、いささか大仰な言い方をさせて貰えば、遠くの路上に落ちる雨の音と云うのは、現在ではなく、少し前の時刻に発生した“過去の音”と云う事になる。それに対して、体に落ちる雨の音は(ほぼ)現在の音であると云える。

蝉時雨もまた然りで、近くで鳴く蝉と遠くで鳴く蝉、それら発生時刻の異なる鳴き声が渾然一体となった末に初めて“蝉時雨”と呼ばれるのである。

雨音も蝉時雨も、その、一括りにされた全体的な音像の中に“現在と過去”と云う異なる二つの時間を持つ不思議な存在であるように思え、その共通性こそが、蝉の鳴き声を雨に喩えた蝉時雨と云う言葉をもって私に“言い得て妙”だと云わしめる理由である。

雨音や蝉時雨に包まれた時に感じる、追憶にも似た遠い感覚の理由は、もしかしたら、そのような事によるものかも知れない。

其れにしても、

本来、秋から冬にかけて一時的に降る雨をさす時雨と云う言葉に“蝉”の一語を付け足し、瞬時に時雨を夏の言葉へと変換せしめた先人たちの感性に“粋”を感じずにはいられないのである。


〜終わり〜。


追記。

平仮名の“せみしぐれ”も、花札の短冊にある“あのよろし”(読みは、あかよろし)のような独特の風情を持つ美しい言葉であるように思う。

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