話題:連載創作小説

半世紀を超える社史において、面接を受けに来た人間が落とし穴の心配をしたのは今回が初めてである。

常務『…とにかく、何でもいいからとっとと面接を始めようではないか。さあ君、そんな所で突っ立ってないで早く中に入りたまえ』

しかし、マモルはそう簡単に誘いに乗るような男ではない。

マモル『いえ、その前に…もう一つだけ確認しておかねばならない事があります』

マモルが手にした鞄の中から或る物を取りだす。

常務『何だそれは?』

マモル『赤外線ゴーグル…いわゆる暗視メガネと云うやつです』

社長『…安心メガネ?』

常務『暗視です』

マモル『いえ…安心を得る為のメガネですから、安心メガネと呼ぶのは或る意味的を射ている。さすがは社長、踏み込みの深さが違います』

部長『あの…単に聞き間違えただけだと思うけど…』

常務『それより、何でそんな物が必要がなのかね』

マモル『はい。恐らく…今は見えていませんが、この部屋には赤外線のレーザー網が張り巡らされているからです。その赤外線レーザーを遮ってしまうと…途端、天井から鉄格子が降りて来て僕は完全に袋の中のネズミとなってしまう。知らない部屋に入る際に僕は必ず赤外線トラップの有無を確認するようにしています。基本中の基本です』

マモルの言葉を聴いた社長が不安げに天井を見上げる。

常務『判った判った!暗視ゴーグルでも安心メガネでも何でもいいから早く確認してくれ。…それから社長、念の為に言っておきますが、鉄格子は降りて来ませんので御安心下さい』

社長『いや、でも、赤外線トラップを遮ってしまうと…』

常務『ですから、その赤外線トラップ自体がそもそも存在しないんです』

しかし、一度心に巣食った不安はそう簡単には離れない。

社長『君…どうかね?』

何時の間にか赤外線ゴーグルを装着していたマモルが一通り周囲を見渡した後に答える。

マモル『ふむ…どうやら、赤外線は張り巡らされていないみたいですね』

常務『だから、初めからそう言っているだろ』

ところが、マモルはそんな仲本常務の言葉には一切耳を貸さず、独自の思考を展開していた。

マモル『…ああ、なるほど…そういう事か。当然の如く部屋には赤外線トラップの仕掛けがあると思わせておいて、巧みにその裏をかく。そして、僕が赤外線ゴーグルを持っている事を確認する。言わばこれは、僕の持ち物を確認する為の逆トラップ。いや、お見事です。僕はまんまと策略に乗せられて自ら手の内をさらけ出してしまいました。この策略の立案者は恐らく社長…貴方ですね?』

いきなり名指しされた大河原社長は、言葉の代わりに笑顔を作る事でそれに答えた。

マモル『やはりそうでしたか』

どうやらマモルは社長の沈黙を肯定と受け取ったようだ。しかし実際のところ、社長はマモルが何を言っているのかさっぱり判らず、作り笑顔で返答するより他なかったのである。

マモル『取り敢えず、この部屋に赤外線トラップが仕掛けられていない事は確認出来ました』

部長『あの…もし、赤外線トラップがあったら、とっくに私が引っ掛かってると思うんだけど…』

部長の言い分は確かに筋が通っている。この部屋に赤外線トラップが存在するならば、部屋の奥から歩いて来て入り口のドアを開けた小谷部長は当然トラップの餌食となっていなければならない。

マモル『なるほど、小谷部長の言い分はごもっともです』

マモルもそれを認める。

部長『でしょ。だから、赤外線ゴーグルを使う必要はなんて最初からなかったんですよ』

一矢報いたかに思われた小谷部長だったが、マモルは一向に動揺の素振りを見せず、むしろ平然と言い放ったのだった。

マモル『今、部長が仰有った事には当然僕も気づいていました。しかし、それでも赤外線トラップが存在する可能性を完全に否定する事は出来ないんです』

部長『…え?』

論破不可能と思われた小谷部長の鋼鉄の論理にマモルが小さな風穴を開けてゆく。

マモル『何故なら…』

部長『…何故なら?』

マモル『現時点では…貴方がホログラムの映像である可能性がまだ残されているからです』

部長『わ、私はホログラムじゃないよ!』

マモル『いえ…その影の薄さと言うか、存在感の無さは、ホログラムだと疑われても仕方ありません。それに比べ、大河原社長と仲本常務には大物めいた存在感がある』

部長『そ、そんなぁ…』

小谷部長が泣きそうな顔で奥の二人に救いを求める。しかし…

常務『…まあ、その…なんだ…彼の言う事にも確かに一理ある』

社長『私も、自分がホログラムでは無い事を知って安心したよ』

大物と言われ気を良くしている二人に、小谷部長の願いは届かない。

部長『私は、自分がホログラムでは無い事をどうやって証明すれば良いのでしょう?』

マモル『それは簡単です。僕と握手して頂ければ、部長が生身の人間かどうかは直ぐに判別出来ます』

二人が固い握手を交わす。

マモル『おめでとうございます。これで部長がホログラム映像で無い事は証明されました。残るは床のトラップです。では、小谷部長、私の先に立って部屋の奥へとお進み下さい』

安心メガネを外したマモルは、小谷人事部長の背後にピッタリつきながら部屋の中を進んだ。

ここで簡単に部屋の中の様子を紹介しよう。高層ビルの34階に位置するこの部屋の背面は全面ガラス窓になっており、通りを挟んだ向かい側には同じような高層ビルが見えている。そのガラス窓の手前に長めのテーブルと椅子があり、三人の面接担当官が座っていた。もっとも、部長は現在マモルを誘導する為に席を外してはいるが。そして、その長テーブルの前に面接を受けに来た者が座る為の椅子が一脚置かれている。その他のレイアウトに関しては、一般的な大手企業の会議室を想像して貰えば事足りるだろうと思う。


〜続く〜。


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追記

【3】からは、もっと小気味よくポンポンと展開してゆきたい…と思いつつも、あまりの蒸し暑さに脳が溶け出して来ております(´▽`;)ゞ