話題:連載創作小説
コンコン。男が廊下側から部屋のドアをノックすると、中から『どうぞ』やや年配と思われる野太い声がした。フッ、予想通りの展開だ…その男、マモルは軽く笑みを浮かべ、ドア越しに答えを返した。
マモル『断固お断りします』
都心の中央部にそびえる有名な企業ビル、高層階の一室。普段は小会議室として使用されている部屋も、今日は入社試験の面接会場に宛がわれていた。
少し間があって、部屋の中から再び先程と同じ男の声がした。『どうぞ、お入り下さい』。しかし、マモルは首を横に振る。
マモル『ご免こうむります。と云うのは…もしも、そのような甘言に乗ってうっかりとドアを開けようものなら、その瞬間、金属製のドアノブに流れている微弱な電流により僕は感電し、ホームアローンに出てくる間抜けな二人組の泥棒みたいになってしまう…そういう仕組みですよね、マコーレ・カルキン君』
それを聞いて、部屋の中にいる三人の男達は明らかにそれと判る困惑の表情を浮かべた。社長の大河原、常務取締役の仲本、そして人事部長の小谷。この三人が本日行われている入社試験の面接担当官というわけだ。勿論、マコーレ・カルキンなる人物は其処にはいない。
部長『しゃ、社長…なんか、“自分からは絶対にドアを開けないぞ”みたいな事言ってますけど…どうします?』
ハプニングに滅法弱い小谷人事部長が他の二人に救いを求める。
常務『なんか、最後の最後に変な奴が来たな。警備員を呼んで追い出しましょう』
面接を受けに来た人間が面接会場に入る事を拒否する。まさかの展開に狼狽え気味の部長、逆に立腹気味の常務。しかし、社長は先の二人とは少し違っていた。
社長『まあ、待ちなさい。面接は彼で最後だし、部長、いいから行ってドアを開けてやりなさい』
さすが社長。他の二人とは懐の深さが違う。
部長『ハァ…』
社長の鶴の一声で、小谷人事部長が席を立ち、面接者の為にドアを開けてやる。
部長『ほら、開けたよ。ね、大丈夫でしょ?』
マモルは小谷部長が素手であるのを確認して言った。
マモル『ええ…どうやらドアノブに電流は来ていないみたいですね』
悪びれもせずに言い放つマモルに仲本常務の血圧が赤丸急上昇の気配をみせる。
常務『あ、当たり前だろ君!面接に来た人間を痺れさせる事に何の意味があるのかね!』
しかし、毎日グアバ茶を愛飲している大河原社長の血圧はそう簡単には上がらなかった。
社長『いや、常務…彼の言う事もあながち間違っているとは言えないだろう。確かに面接というものには痺れるような緊張感がある。実際、私も先程から足が少し痺れている。あっ…もしかしたら、私の座る椅子に電流が…』
勝手に言って勝手に青ざめている想像力豊かな社長に、威勢を削がれた常務が恐る恐る進言する。
常務『しゃ、社長…それは、もう三時間も前から足をずっと同じ形で組んでいるからであって…“電流が流れている”とか、そういうデンジャラスな理由ではないと思うんですが』
すると、それまで黙って二人の会話を聴いていたマモルがボソッと呟くように言った。
マモル『“電流が流れている”…微妙な日本語ですね。もしかして、さりげなく僕の国籍を確かめようとしているのですか?』
常務『……』
完全に言葉を失っている仲本常務に、社長の大河原が厳しい顔で声を掛ける。
社長『…仲本常務』
常務『…す、すみません。私とした事がつい…でも、普通言いますよね?“電流が流れている”って』
額から吹き出す汗を拭いながら弁明する常務の肩を大河原が勢いよく叩く。
社長『いや、流石は仲本君だ!血圧が上がったふりをして面接者を油断させ、その隙に国籍を確かめようとするとは…』
どうやら社長の中のストーリーではそういう事になっているらしい。
常務『…いえ、そんな…滅相も御座いません』
勿論、常務にはマモルの国籍を確かめる狙いなど毛頭なかったが、社長に誉められてしまった以上、そのシナリオで丸く納めるより他に術はない。常務と言えど一社員、サラリーマンの悲哀である。
マモル『それで…僕はどうすれば宜しいのでしょうか?』
部長『と、とにかく、中に入って下さい』
マモル『いいでしょう。但し…』
マモルが人差し指を立てて言う。
マモル『但し…部屋の中に入るにあたって、一つだけ条件があります』
部長『え、条件?』
マモル『そうです』
部長『…ええと、それはどう言った条件でしょうか?』
面接を受けに来た人間に対し、何故か採用担当者である部長の方が敬語になっている。
マモル『それは…貴方が先に立って歩く事。この条件だけは絶対に譲れません』
常務『き、君…立場ってものが判っているのかね!』
マモル『ええ、もちろん自分の立場は承知しています。ここは貴方がたのテリトリーです。圧倒的に貴方がたが優位にある。だからこそ、不利な立場の僕は慎重に事を運ばなければならない…』
部長『と彼は言ってますが…社長、私はどうしたら?』
社長『面白い。彼の気が済むようにしてやりなさい』
社長の許可を得たマモルが小谷の背中にピッタリと張り付く。
部長『ね、ねぇ、何でそんなにピッタリくっつくの?ちょっと気持ち悪いんだけど…』
マモル『床です』
部長『床?』
マモル『そうです。当然、ここの床には落とし穴のトラップが仕掛けられているはず。間違った床のパネルを踏めば…奈落の底へ一直線。…でしょう、社長さん?』
社長『常務…そうなのか?』
常務『そんな訳ないでしょう!第一、この部屋の真下は企画部のオフィスです』
社長『そうか…いや、それを聞いてホッとした』
大河原社長は心底安堵の表情を浮かべていた…。
〜続く〜。
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追記
また…思いつきだけで書き始めてしまいました(/▽\)♪
もはやルーティンと化した計画性0の見切り発射(発車)…勢いだけで打ち上げるスタンス…
本当、スペースシャトルに生まれなくて良かったと思います(ノ゜ο゜)ノ