話題:連載創作小説

菜奈はいつものように紅茶カップを食器棚から取り出してキッチンの空いているスペースに置き、お湯を沸かし始めました。

ところが…

ケトルの中のお湯がまさに沸騰する寸前、

ニャア♪

不意に、猫の可愛いらしい鳴き声が耳に届いたのです。どうやら、それはキッチンの小窓の外、つまり庭から聴こえているようでした。

そこで菜奈が窓を押し開けてみると、小さな花壇の前にポツンと座る、一匹の仔猫の姿があったのです。

仔猫を見た瞬間、菜奈は思わずドキリとしました。と云うのは、その仔猫が綺麗な檸檬色をしていたからです。それは、紅茶カップに後ろ姿で描かれているイラスト絵の仔猫と瓜二つに見えます。もし、カップの中の猫がクルリと回ってこちら側を向いたなら、花壇の前の仔猫のような感じになるに違いない。菜奈は直感的にそう感じたのでした。

ニャア♪

そんな菜奈の気持ちを知ってか知らずか━まあ知らないのでしょう━花壇の仔猫は相変わらずの可愛い声で、菜奈の立つ窓の方を見ながら鳴き続けています。

その時でした。

不意に、背後から菜奈の顔のすぐ横をかすめるように“影のようなもの”が勢いよく飛び出したかと思うと、いつの間にか、菜奈の見つめる先、花壇の視界フレームに収まっていた仔猫の数が一匹から二匹へと増えていたのです。

その瞬間的な出来事は、菜奈の目にはまるで分身の術のように映りました。

そして、檸檬色をした瓜二つの二匹の仔猫は、揃ってニャアと一鳴きすると、そのまま花壇を飛び越え何処かへと去って行ったのです。

まさか猫が分身の術を使うはずもありませんから、恐らくは菜奈をかすめて行った“影”こそが、二匹目の仔猫に違いありません。ですが…それもまた可笑しな話なのです。何故なら、菜奈は猫を飼っていないのですから家の中から仔猫が飛び出してくる道理がないのです。

さて…賢明な読者の皆さんなら、もうお判りですよね?

もちろん、菜奈もすぐに“その可能性”に気づきました。それで、キッチンに置かれている紅茶カップを見てみると…

予感の通り、それはもう“檸檬色の仔猫の紅茶カップ”ではなく、ただの“真っ白な紅茶カップ”に変わっていたのです。《le couple de cete》の文字も仔猫の姿と一緒に消えていました。

不思議な話です。

菜奈も、自分のすぐ目の前で起きた事なのに、この不思議な出来事を俄かには信じられずにいました。

それでも…

だんだんと時が経つにつれ、不可解さよりも暖かな気持ちが菜奈の心の中で増してきたのです。可笑しな話ですが、それは菜奈がこの紅茶カップと出逢い、それを手にして家へ帰る時の気持ちに似ていましたし、紅茶カップを譲ってくれたミスマープルの笑顔の奥に感じた暖かさにも似ているようでした。つまり、何と云えば良いのでしょう…それは、菜奈の中では、ごくごく自然で“納得のゆく”出来事だったのです。

花壇の前で揃ってニャアと鳴いた二匹の檸檬色の仔猫の姿は、《le couple de cete》(猫のカップル)と名付けるに相応しい存在であるように菜奈には思えました。

もしかすると、元々この紅茶カップに描かれていたのは、一匹ではなく“二匹の仔猫”で、或る時その片方が何かしらの理由でカップの中から飛び出した…。

それは、たまた見かけた別の猫が気になって追いかけようとして飛び出したのか、それとももっと単純に、外の広い世界を冒険したくなったのかも知れません。

もちろん、それは菜奈の勝手な想像です。いつかの時代のどこかの国での想像の中の物語。でも、そういう想いで振り返ってみれば、カップの中の仔猫の後ろ姿が何処か寂しげで、まるで“誰かを待っている”かのように見えたのも頷けます。



《続きは追記からどうぞ》♪

 
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