話題:連載創作小説

気に入った物がタダで手に入ると云うのは稀にみる幸運です。それも友人の間なら兎も角、店と客の間柄ですから、喜びも一塩のもの。菜奈としても嬉しくない訳がありません。

それでも、浮き立つような喜びよりも、申し訳なさや気がひける気持ちが強いのは、やはり個人の性格に拠るところが大きいのでしょう。菜奈は少し顔を赤らめながら、包装紙にくるまれてゆく紅茶カップを見つめていたのでした。

他には誰も客がいない静かな店内に、包装紙がゆっくりと丁寧に折りたたまれてゆく音だけが小さく響いています。それは、退屈でいながらどこか気持ちが安らぐような、ちょっと不思議な時間の流れ方でした。

しばらくの間、菜奈はそんな何処か現実離れした穏やかな時間の中で色々と想像を巡らせる事を楽しんでいました。

いつの時代とも知れない遠い異国の街。その街でひっそりと店を構えている小さな雑貨屋。棚の片隅に置かれた仔猫の紅茶カップ。そして、ふらりと店を訪れた若き日のミスマープル。

そんな夢の中のような世界に浸っていた菜奈でしたが、不意に或る事を思い出したせいで現実へと意識が戻されてしまいました。そして、その“或る事”を尋ねる為、ミスマープルに向かっておずおずと口を開いたのでした。

『 あの、すみません…』

菜奈の声に、ミスマープルが手を止め顔を上げます。

『あ…もしかして別の包装紙の方が良かったかしら?』

菜奈は慌てて否定します。

『いえ、そうじゃないんです…その紅茶カップに描かれている言葉の意味をもしかしたら御存知かなと思って』

菜奈の云う言葉とは、紅茶カップの中でちょこんと座っている檸檬色の仔猫、その上に印刷されている《le couple de cete》の文字の事です。

菜奈は家に帰ってからその言葉の意味を調べるつもりだったのですが、ふと、ミスマープルなら知っているかも知れないと思ったのです。何と云ってもフランスまで行って商品を仕入れるぐらいですから、当然、フランス語も堪能に違いありません。それならば、恐らくはフランス語であろう《le couple de cete》の意味を知っている可能性が高い、菜奈はそう考えたのです。

そして、その推察は大当たりでした。

『ああ…あれはね、“猫のカップル”と云う意味なのよ』

事もなげなミスマープルの一言で小さな謎が解け、思わず表情の緩んだ菜奈でしたが、そうなると別の謎がまた一つ浮かび上がって来る事になります。

『あ、でも…』

『…どうしたの?』

『仔猫は一匹しかいないのに何で“カップル”なのかな、と思ったんです』

菜奈の言葉に、ミスマープルは一瞬考え込むような顔をしましたが、すぐにまた元の穏やかな表情に戻って云いました。

『それはたぶん、フランス独特の“洒落”だと思うわ』

『“洒落”…ですか』

そう云われても菜奈には今一つピンと来るものがありません。すると、そんな菜奈の心情を悟ったのか、ミスマープルは更に言葉を続けたのでした。


《続きは追記ページからどうぞ》。

 
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