会社のお昼休み、OLの菜々美は、OL仲間からのランチの誘いを断り、独りで会社の近くにある公園へとやって来た。
そうしたのには理由が二つあって、
一つめは、今日はお弁当を持参している事。
そして二つめが、お昼休みに彼氏から電話が掛かってくる予定になっている事であった。
電話の予定が無ければ、オフィスに残ってお弁当を食べても良かったのだが…
それでも…ポカポカと春めく陽気の澄み渡る青空を見上げれば、やはり、外に出てきて正解だったかも知れない…菜々美はそう感じていた。
お昼と云う時間帯もあってか、オフィス街の中にある公園は、人で賑わっていた。
それでも菜々美は、幸運にも一つだけ開いていたベンチを見つけ、腰を下ろす事が出来た。
ベンチの端っこに座った菜々美は、スカーフに包まれた弁当箱を膝の上に載せると、いつ電話が掛かって来ても直ぐに出られるよう、ポーチから携帯を取り出して自分の傍らに置く‥と同時に、『スミマセン』
何やら菜々美に声を掛けてくる者があった。
見れば、二十代半ばのサラリーマンと思しき男性が菜々美の斜め前に立っている。知らない顔だ。
『ベンチ‥宜しいですか?』
ああ、なるほど。
菜々美はすぐに状況を察知した。
この男性もベンチに座りたいのだ。しかし生憎にも他のベンチは埋まってしまっている。その中で最も空きスペースがあるのが菜々美が座る此のベンチと云う訳だ。
もちろん菜々美は、はい、と快諾した。もとよりこのベンチは公共物なので、拒否する権利も彼女には無いのだが‥
『ありがとうございます』
男性はベンチの、菜々美とは反対側の端っこに腰を下ろした。
二人の間には、余裕でひと三人ぐらいが座れるスペースがあるので、特に互いの存在が気になるような事はない。
菜々美は、気にせず弁当を食べる事にした。
すると、食べ始めて間もなく‥
まだ君に〜恋してる♪
菜々美の携帯の着メロである、坂本冬美が鳴った。彼氏からに違いない。彼女は箸を止め、電話に出ようとしたその時‥
上を向ひてへっ♪歩こほっほっほっ♪
坂本は坂本でも、坂本九のスキヤキソングのメロディーが聴こえて来たので、何気に音のする方を見ると、それはベンチのもう一方の端に座る男性の携帯電話からの物であるらしかった。
偶然にも同じベンチに座る二人に、ほぼ同時に電話が掛かってきた訳だが‥昨今の電話事情を考えれば特に驚くほどの事はないだろう。
菜々美と男性は、それぞれの電話に出た。
菜々美(あ、もしもし…うん、昼休み。大丈夫だよ)
菜々美は、少し男性に背を向け気味に会話を続けた。