話題:SS

ほどなく街頭防犯カメラの映像がパソコンのモニターに映し出された。

「ディスクに収められているのは事件の発生時刻の前後15分ずつの計30分です。ただ、表通りは予想以上に人通りが多くて、映っているのは“のべ人数”にして100人を超えてます」

簡単な注釈を添える山本成海刑事に、氷川が涼しげな顔で言う。

「いや、実質的にはその1/4以下と考えて良いだろう」

「1/4…どういう事ですか?」

しかし氷川はその質問には答えず、逆に質問を投げ返した。

「その前に、一つ確認し忘れていた事があるのだが、良いかな?」

氷川が映像の一時停止ボタンをクリックする。

「ええ、もちろん構いませんけど、何ですか?」

「この二枚の似顔絵…確かに顔は全くの別人だが、両方とも男性であるという点では一致している。それも、若く見積もっても五十前後の熟年男性だと思われる」

「はい」と女刑事が頷く。

「此処からが質問なのだが、似顔絵に描かれている二人の人物の背格好と服装、そこはどうなっているのかな?」

氷川の質問に女刑事が即答する。

「はい、目撃者の話によると、身長はどちらも170〜175センチぐらい、体型は中肉中背で、服装も共にグレイの背広姿でノーネクタイだそうです」

「なるほど」氷川が不敵な笑みを浮かべる。

「そこも同じか。つまり、顔以外の目撃証言はちゃんと整合性が取れている訳だ。面白い、実に」

「あの…倒置法使って誤魔化してますけど、最後のセリフ明らかにガリレオをパクってますよね?」

「そんな事より、とにかく僕らはこの映像の中に映っているグレイの背広姿の熟年男性に注目すればいい。ありがちな服装と背格好とは言え、数はそれほど多くないだろう」

女刑事の顔がパッと輝く。

「あ、そうか!実質的には1/4というのは、そういう意味だったんですね?」

「多く見積もってもだ。実際は更に少ないだろう」

氷川が再び再生ボタンをクリックする。しばらくの間、黙りこくって画面を眺めていた二人だったが、映像が11分を過ぎた辺りで氷川が「あっ」と短く声を上げ、またもや映像を一時停止状態にした。

「どうしたんですか?」山本成海刑事が氷川の顔をみる。

「いや…おい、影山君、取り込み中のところ悪いんだが、ちょっとこの映像を見てくれないか。意外な人物が映っているぞ」

氷川の言葉に、二枚の似顔絵を凝視していた影山が顔を上げる。

「へっ?どうしたんです先生?」

「いいから、画面の右端に映っている背広姿の男性を見てくれ…」

モニターに顔を近づけた影山がハッとした表情になる。

「あっ、これ…村崎教授じゃないですか!」

「やはり君もそう思うか?」

「はい。私、《ごちゃまぜ学部》に来る前の一時期、物理学研究室で教授の助手をしていた事があるので間違いありません。これは村崎教授です。いやあ、元気そうで良かった…」

事情をまるで知らない山本成海刑事が、慌てて二人の会話に割り込む。

「ちょ、ちょっと待って下さい!村崎教授って誰なんですか?」

「うちの大学で物理学を教えていた教授だ」

「教えていた、という事は…今はもう教えていないと」

「うむ。影山君、あれは何年前だったかな?」

氷川の問いに影山が答える。

「五年前です、天才と呼ばれていた村崎教授が突然職を辞したのは」

「そうか、もうそんなに経つのか…」

問いたげな女刑事の視線を感じた氷川が言葉を続ける。

「いやね…僕も詳しい事情は知らないんだが、何でも実験中に事故が起きたらしく、村崎教授はその責任を取って退職したそうだ。影山君ならもう少し詳しく知っているかも知れないが」

「いえ、例の事故の事は私もよく知らないんです。村崎教授はとにかく秘密主義の人で、どんな実験をしていたのか、当時助手だった私もまるで知らされていない状態で…」

「事故って、爆発でも起きたんですか?」女刑事の質問に氷川が難しい顔をする。

「いや、そこが妙なんだ。実験室は爆発が起きた様子など微塵もなく綺麗そのものだったらしい。にも関わらず、翌日から村崎教授は大学に顔を見せなくなってしまった。で、それから一週間後、久し振りに教授が姿を見せたのだが、その顔は包帯でぐるぐる巻きにされていた。教授は学長に退職願いを出して足早に去り、以降、彼の姿を見た者はいない…とまあ、そんな感じだ」

「そう、あの時は本当に驚きました。まるでミイラ男でしたからね」

「顔に薬品でも浴びたのでしょうか?」

「残念ながら、それは判らない」

「…どんな実験だったのかしら?」

「それも不明だ。しかしまあ、物理の実験であった事は間違いないと思う」

三人の間に流れる沈黙を破ったのは氷川だった。

「すまない、何だか話が横道にそれてしまった」

三度(みたび)映像が流れ出す。その18分過ぎ、影山が小さく声を上げた。

「あっ、また村崎教授が…」

画面の中に現れたのは紛れもなく数分前に同じカメラの前を横切った村崎元教授だった。

「11分と18分…その間およそ7分か。確かこの映像は事件の発生時刻を中心に前後の15分間を収めた物だったよね?」

「ええ、そうです」

「という事は…教授は事件発生の4分前と3分後に表通りの同じ場所を通っている事になる」

「先生、もしかして…」影山が緊張した声で言う。

「しかも一度目は東から西へ、二度目は逆に西から東へ。つまり、教授は一度来た道を数分後に引き返している訳だ。その間、裏通りに入り宝石を盗んで戻って来たと考えるならば、時間的には辻褄があう…」


★★★★

事件はいよいよ大詰めに。

次回、ついに天才ロダンがこの不可解な事件の謎を解き明かす…

…のか!?

(゜◇゜)ゞ