話題:SS


「確かに…年齢や背格好、それにグレイの背広姿でノーネクタイというのも目撃証言と一致しています」

氷川の推測を裏付けるように本庁の山本成海刑事が言う。

「うむ。それから、映像が捕らえた二度の村崎教授と事件の発生時刻とのタイムラグ…最初の差が4分で次が3分という、この1分の差は、教授の歩く速度が二度目、つまり、戻る時の方が速かった事を示している」

「あ、もしかして…」

「そう。宝石を盗んだのが村崎教授だと仮定するならば、当然、盗んだ後は少しでも早く現場付近から立ち去りたいという心理が働く為、盗む前よりも足早になると考えられる。走っていたか、或いは平然を装って普通に歩くように心掛けていたとしても無意識の内に歩く速度は少し上がっていただろう」

着々と論理を積み重ねてゆく氷川だったが、ここで助手の影山が「あ、ちょっと…」口を挟んだ。

「先生の言う事は判るんですけど、ただ道を引き返しただけって可能性もありますよね?目的の店が休みだったとか、単に途中で気が変わったとか…」

氷川の反論を予想していた影山だが、意に反して教授はあっさりと白旗を上げた。

「その通りだ。僕が話したのはあくまでも一つの仮設に過ぎない」

「…それとですね…今更こんな事言うのも何なんですけど…そもそもこの映像に必ずしも犯人の姿が映っているとは限らないのではないでしょうか?」

会話の主導権を握り、影山の口調が滑らかさを増す。

「と言うのも、表通りには東と西、つまり出入り口が二つある訳ですよね?」

「そうです」

今度は女刑事が答える。

「ところで、この街頭カメラが設置してあるのは表通りのどの辺りなんですか?」

「ほぼ真ん中で、裏通りへ入る小路と交差する唯一の地点からは少し東になります」

説明を受けた影山が得意満面で畳み掛ける。

「という事はですよ、この映像は表通りの東側から出入りした人間しか捕らえていない可能性があるって事ですよ。もし犯人が西側から表通りに入り再び西側から出たとするなら、カメラには映っていない事になるんです」

自信満々の影山に女刑事が少々バツの悪そうな顔で言った。

「あ、それがですね……実はその日、表通りの西側は下水道の工事をしていて全面通行止めだったんです。ごめんなさい、これ、話してませんでしたよね」

ダチョウ倶楽部の上島竜兵氏なら間違いなく、ベレー帽を床に叩きつけ「聞いてないよーーー!」とやるところだろう。しかし影山にそこまでのリアクション魂はない。

女刑事の反撃は更に続く。

「因みに、裏通りに長時間身を隠せるような場所はありませんし、裏通りにあるビルの社員や家屋の住人も全て入念に調べましたけど、全員シロという結果が出てます」

もはや完全に黙ってしまった影山に、それまで無言で二人の会話を聞いていた氷川が声をかける。

「いや、影山君グッドジョブだ。僕がずっと気になっていた事を代わりに訊いてくれて手間が省けた」

「ちょっと先生、ずっと気になっていたなら、何でもっと早く訊かないんですか〜?」

情けない声を上げる影山に氷川はクールな表情を崩す事なく平然とこう言い放った。

「情報の収集は僕の得意作業ではないからね。ピースを集めてパズルを組み上げるように、集まった情報を思考によって統合し、そこに浮かび上がる一つの絵図を見つける事、それこそが僕のワークなのだ。君たち二人は必要なピースを集める事に専念して欲しい。あ、ピースと言っても煙草のピースではないよ」

「《ゆ〜とぴあ》のピースでもないんですよね。はいはい、判ってますって」

教授と助手の大一番は決まり手“うっちゃり”により、教授がたに軍配が上がった。

「それより、事件の様相がだいぶ見えてきたな…」映像を停止させた氷川がパソコンからディスクを取り出しながら言う。

「えっ、本当ですか?」

女刑事の顔に期待の色が浮かび上がる。しかし、氷川は首を小さく振って答えた。

「だが…ピースがまだ足りない。今ある情報だけで事件を解明する事は残念ながら不可能だ」

「…そうですか」

期待の色が失望のそれに変わる。

氷川は再び机の上に置かれた二枚の似顔絵に視線を移し、独り言のように呟いた。

「やはり事件の謎を解く鍵はこの二枚の似顔絵にある。二つの顔の間に存在する差異、それを埋めなければ恐らくこの事件は迷宮入りとなるだろう」

「差異…ですか」

「そう。何故そこに差異(ずれ)が生じたのか…その疑問を埋めるヒントとなるピースが絶対的に必要なのだ」


★★★★

そして次回

天才ロダンの無茶な推理が炸裂し事件は力づくの解決をみる!…

…と良いですね(* ^ー゜)ノ