話題:SS

机の上に並べられた二枚の似顔絵。実はそれこそが、ごく在り来たりの盗難事件を警察が匙を投げるような不可解な事件へと変換せしめている唯一にして最大の謎だった。

似顔絵を覗き込んでいた影山が顔を上げて言う。

「なるほど、犯人は二人組という事ですね」

ところが、女刑事は即座に影山の言葉を否定した。

「いえ、それが…実はそうじゃないんです」

「えっ、でも、この二枚の似顔絵、全然似てないじゃないですか。何処からどう見ても別人だ。これって、つまり、目撃された人物が二人いるって事でしょう?」

食い下がる影山に女刑事の表情が曇る。

「そこが問題なんです。事件の目撃者は二人いて、それぞれの目撃証言を元に似顔絵を描いたんですけど…それが御覧の通り、どう見ても別人としか思えなくて…」

二人の話を黙って聞いていた氷川が口を開く。

「で、これらの似顔絵を描いたのは誰なのかな?」

「所轄の似顔絵警察官です。鑑識課の人間なんですけど、似顔絵警察官としても20年以上のキャリアを持つ方で腕は確かです」

「そうか…」

腕を組んだ氷川が改めて二枚の似顔絵を見比べる。それは恐らく誰が見ても別人としか思えない代物だった。

「時に、似顔絵が二枚存在するという事は、目撃者が二人いると考えても良いのかな?」

氷川の言葉に女刑事が頷く。

「はい、先生の仰有るように目撃者は二人です」

氷川に続いて影山が質問する。

「しかし、昼間の神保町で目撃者が二人って少なくないですか?」

「いや、そうでもないさ」

女刑事より先に氷川が答える。

「僕はたまに古書を買いに神保町に行くんだけど、表通りに比べて裏通りは極端に人が少ないんだ。それに、確か事件の発生時刻は正午前で昼食にはまだ少し早い。都心とは言え、目撃者が二人でも何ら不思議はないだろう」

「はい、そこも先生の仰有る通りです。昨日今日と事件の発生時刻に現場に張り込んだのですけど、通りを歩いている人間は殆んど居ませんでした」

女刑事が氷川の推測を後押しする。

「そうかあ…。あ、丸窓宝石と言えば、防犯カメラは設置していないんですか?」

一度は捜査協力を断った筈の影山助手が何故か一番積極的な姿勢を見せている。

「残念ながら店に防犯カメラはありません」

「通りの方はどうです?ほら、最近は街頭カメラみたいな物けっこう多いじゃないですか」

「そちらの方も残念ながら。何せ裏通りなので」

首を振りながら影山の問いに答える女刑事の言葉尻を氷川が捉えて言う。

「…という事は、裏を返せば表通りには街頭カメラがあると、そう捉えても良いのかな?」

「はい。ただ…裏通りと交差する地点にカメラは向いていないんです。あくまでも表通りを歩いている人達だけを映すカメラで、しかも斜め上からのアングルなので鮮明に顔が判るとは言い難くて…」

「しかし、それでも事件の発生時刻付近に表通りを歩いていた人達が映っている事に変わりはない。当然、警察はその映像を検証していると思うのだが」

「もちろんです。でも…」

「似顔絵に描かれている二人の人物の姿はなかった…」

「はい。実は、そこがまた謎で…と言うのも、裏通りは両端が袋小路になっているので、犯人は必ず表通りに出て来た筈なんです」

その時、二人の会話をよそに似顔絵を眺めていた影山が「あっ」と短く声を上げた。

「影山さん?」

「この似顔絵…」

「ひょっとして何か解ったんですか?」

微かな期待に山本成海刑事が目を輝かせる。しかし…

「有名人の誰かに似てる気がする…二枚とも」

「へっ?」

「誰かなあ…」

期待感がみるみる内に萎んでいくのを感じながら、女刑事が呆れ顔で言う。

「そういうミーハーな事はどうでも良いんです。ちょっと期待しちゃったじゃないですか」

「ス、スミマセン…でも、こういうのって何か気になりますよね?」

「気になりません」

女刑事はにべもない。ところが、氷川教授の反応は彼女とは少々異なるものだった。

「では、影山君は“この二枚の似顔絵が誰に似ているのか”それを思い出す事に集中してくれ」

氷川の言葉に影山が頷く。

「判りました。何とか頑張って思い出します」

「では、宜しく頼む」

「ちょ、ちょっと待って下さい!有名人に似てるとか、そんなの事件と全く関係ないですよね?」

口を尖らせる女刑事に、涼しい顔の氷川が答える。

「何、必ずしもそうとは限らないさ。僕ら三人の感覚や思考回路は別物。僕一人では決して得られない事件解決の糸口を影山君の感覚や思考回路が得る事もある。まあ、“三人よらば文珠の知恵”ってやつだ」

「はぁ…」

捜査協力を頼んでいるという立場もあり、山本成海刑事は氷川の言い分に渋々ながらも納得するしかなかった。

「それより、表通りの街頭カメラの映像を視たいのだが…それは可能かな?」

「はい。実は…」そう言いながら、女刑事は鞄から一枚のディスクを取り出した。

「そう仰有るかも知れないと思って持って来ました。コピーですけど」

「それは素晴らしい。では、早速セットするとしよう」

氷川はノートパソコンを開き、女刑事に渡されたDVDディスクを差し込んだ…。


★★★★

ようやく“捜査してるっぽい”展開になってきました。

そして次回、ついに天才ロダンの名推理が炸裂する!


前回もそう言っていたような…(//∇//)