話題:SS

何の変哲もない盗難事件を怪事件たらしめている点はただ一つ、似ても似つかぬ二つの似顔絵の存在だ。故に、氷川の言を待つ迄もなく、事件を解明する為には二枚の似顔絵の間に存在する差異、その謎を解く必要があった。

「ところで影山君…」

問題の似顔絵を見比べていた氷川が不意に視線を影山に移して言う。

「君は、他にも刑事さんに訊きたい事があるのではないかね?」

何とも思わせぶりな氷川の言動に影山の顔がキョトンとなる。

「…いえ、特にありませんが」

「いや、そんな筈はない」

「ええと…本当に無いんですけど」

氷川は引かない。

「いいから胸に手を当ててよく考えてみなさい。君は、目撃者に関して刑事さんに訊きたい事がある筈だ」

訊きたい事があるのは、むしろ氷川の方であるのは明白だった。

「さあ影山君、遠慮なく刑事さんに訊くといい」

「…はあ」

影山は氷川のこういう態度に慣れているのか、言われるがままに目を瞑り、胸に手を当て考え始めていた。そして二分後、瞼を開いた影山が指をパチンと鳴らした。“閃き”を表す身体パフォーマンスとしては、かなり前時代的なものだ。

「あ、そうか…基本的な事を訊き忘れてました。刑事さん、ちょっと良いですか?」

どうやら影山は質問を見つけ出したらしい。

「ええ、勿論。捜査が行き詰まっている以上、どんな些細な疑問でも考えてみる価値はあると思うので」

女刑事がそれに答える。

「ではお訊ねしますが…目撃者は二人いて、それぞれ別個に一枚ずつの似顔絵を描いたんですよね?」

「そうです」

「ところが、その二枚はどう見ても別人の顔を描いたとしか考えられなくて、そのせいで捜査が行き詰まっている…」

「はい。それも、仰有る通りです」

「普通に考えればですよ、こういう場合、目撃者のどちらか片方が嘘をついているという事になりませんか?」

それはまさしく正論と言えた。片方の目撃証言が虚偽によるものならば、謎は途端に氷解する。目撃者の片方が犯人の協力者で、捜査をミスリードする目的で偽りの犯人像を捜査線上に浮かび上がらせた。それなら辻褄も合う。しかし……

「実は警察も真っ先にその可能性に気づいて、二人の目撃者について徹底的に調査したのですけど…どうやら、どちらも嘘はついていないみたいみたいです」

「え、そうなんですか?」

「はい。二人とも身元は確かですし、犯行に関わる要素は全く見当たりませんでした。プロファイラーの見解も“シロ”で一致しています」

「そうですか…そこまで調べているんなら偽証の可能性は殆んどありませんよね。すみません、何かつまらない事を訊いてしまって」

肩を落とす影山に氷川が声を掛ける。

「いや影山君、君は良い仕事をした。君が流れを作ってくれたお陰で、僕が次の質問をしやくすくなったよ」

「先生、何か私、マラソンのペースメーカーになった気分なんですけど…」

「そう言えば昔、ペースメーカーの選手がそのまま先頭でゴールテープを切って優勝したレースがあったな。あれはなかなか愉快だった」

二枚の似顔絵同様に差異(ずれ)始めた師弟の会話を女刑事が本筋に引き戻す。

「あの…話を事件の方に戻したいのですけど」

「宜しい。二人が嘘をついていないという前提を得たところで、今度は僕が質問させて貰おう。…二人が犯人と遭遇した時の状況、特に犯人との位置関係について詳しく訊かせて欲しい」

「つまり、二人が犯人の顔を見た時の状況という事ですか?」

山本成海刑事の問い掛けに氷川が強い口調で答える。

「そうだ。二枚の似顔絵に差異が存在する以上、二人の目撃状況の何処にその差異が生じた理由がある筈だ。僕らはそれを見つけ出さなければならない」

その時、似顔絵に目を凝らしていた影山がアッと短く声を上げた。

「どうした影山君?」

「思い出しました…この似顔絵が誰に似ているのか。…って、すみません、先生が重要な質問をしている最中に口を挟んでしまって」

「いや、そんな事は一向に構わない。パズルを完成させるには、僕の質問だけでは不十分。残念ながらまだピースが足りないのだ」

「それで…似ているって、どちらの似顔絵の方なんですか?」山本成海刑事の質問に影山は二枚の似顔絵、その両方を同時に指差しながら言った。

「両方です」

「え、両方ともですか?」

「はい」

影山がきっぱりと答える。似顔絵が二枚あり、そのどちらもが著名人の誰かに似ている…これは極めて珍しいケースと言えるだろう。

「では、影山君。それが誰なのか、是非とも僕らに教えてくれたまえ」

「…判りました。ええと、先ずはこの一枚目の方ですが…」

影山の口から出た有名人とは果たして誰なのか?本当に有名な人なのか?そして、事件の謎との関係は?

次回、ついにその全てが明らかにされる!(←いい加減にしするように)