探偵ロダン「差違る」(ずれる)3。


話題:SS

「判った。では、その事件とやらについて聴かせて貰おうか」

午後3時の教授室、シトシトと降りだした6月の雨を窓越しに眺めながら氷川が言った。

「はい。事件が起きたのは一昨日の金曜日、場所は神田神保町の裏通りにある《丸窓宝石》という老舗の宝飾店で…」

「ほほう…丸窓宝石か」

「あ、もしかして御存知なんですか?」

「いや、全然」

「……」

山本成海刑事が氷川に話した事件の概要はこうであった…。

一昨日の金曜日、神田神保町の《丸窓宝石》から店の目玉商品である【おてもやんの涙】が盗まれた。事件の発生時刻は正午少し前。昼食に出ようとした店主が入口の鍵を取りに一旦店の奥に下がった隙をついて賊が侵入、ガラスケースを壊して件の宝石を盗み逃走。ガラスの割れる音に気付いた店主が慌てて奥から飛び出して来るも犯人の姿は既に消えていた…。

「とまあ…事件のあらましは大体こんな感じです」

女刑事の話に氷川は小さく頷いた。

「なるほど、大方は理解出来た。しかし、話を聞いた限りでは…こういう言い方は不謹慎かも知れないが…至って普通の事件で、外部の人間に協力を依頼する必要があるとは思えないのだが…」

「…ええ、そうですね。確かに事件そのものは、ごくありきたりだと思います、私も」

「それともう一つ。本来なら神保町は神田署の管轄の筈。宝石が一つ盗まれたぐらいで、警視庁が所轄を抑えて動き出すのはどう考えても不自然だ」

「…はい、先生の仰有る通りです。でも、警察の管轄までご存知とは、ちょっとビックリしました」

氷川の眼鏡が再びキラリと光る。

「君、ここは《ごちゃまぜ学部》だよ。しかも僕は、その《ごちゃまぜ学部》の教授、つまりはボスだ。あ、ボスと言っても缶コーヒーでは無いよ」

「人間と缶コーヒーの見分けぐらい私にもつきます。と言うか…《ごちゃまぜ学部》って何なんですか?初めて聞いた名前ですけど…」

「それは…入口の扉の後ろで僕らの会話を盗み聴きしている2周目のQさんに説明して貰うとしよう」

「えっ?」

思いがけない言葉に女刑事が一瞬たじろぐ。しかし氷川は、そんな事など気にも留めない様子で教授室の入口の方に向き直り、先程よりも少し大きな声を投げ掛けた。

「影山君、そんな所に突っ立っていないで入って来たらどうだい?」

すると、氷川の言葉が終わるか終らないかの内に入口の扉がガラガラと音を立てて開き、氷川教授の助手である影山光太郎が姿を現した。

「あ、刑事さん、こんにちわ」

「どうも。先程は氷川教授を依頼して下さって有り難うございます」

氷川を紹介したのが影山である以上、当然、影山助手と山本成海刑事は面識がある。

「さて、感動の再会を果たしたところで、2周目のQ君、警視庁の女刑事さんに《ごちゃまぜ学部》について簡単に説明して上げてくれないか」

「判りました。簡潔に申しますと《ごちゃまぜ学部》と言うのは色んな学部の勉強を少しづつやろうというオールマイティーな学部なんです。まあ、良く言えばの話ですけど」

「オールマイティー…ですか?」

「オールマイティーと言っても、お茶の種類では無いよ」

氷川が余計な口を挟む。

「それぐらい判ります」

「なら宜しい」

「あの…説明を続けても宜しいでしょうか?」

影山助手が二人の顔色を伺いながら、おずおずの口を差し挟む。

「続けてくれたまえ」

本当は《ごちゃまぜ学部》などより事件の話の方を進めるべき状況だが、すべからく物事には成り行きというものがあるので仕方がない。

影山助手が説明を再開する。

「大学に入る時、もう既に学びたい分野が決まっている場合は良いんですけど、けっこう“アバウトに”学部を決めている人も多いと思うんですよね。《ごちゃまぜ学部》と言うのは、そういう“やりたい事が自分でもまだよく判らない人”の為に設置された学部なんです。文学、経済、理工系学問、医学…色んな分野の学問を少しずつかじって、卒業までに自分がやりたい事が見つかると良いな…みたいな」

「ああ…なんか判るような判らないような…」

「そう、そのグダグダ感です」

「何が?」

もはや、どの台詞を誰が喋っているのかすら判らないこの“ごちゃまぜ感”こそは《ごちゃまぜ学部》ならではの風景とも言える。

「では、学部についての説明が無事に終わったところで、事件の話の続きを聴かせて貰おうか…」

かくして、物語はいよいよ事件の核心へと迫って行くのだった…。


★★★★


本当はこの【3】で終わる予定でした(//∇//)。


探偵ロダン「差違る」(ずれる)2。


話題:SS


「そんな事よりも…どうして僕が警察の捜査に協力しなければならないのか…そこが理解出来ない」

氷川教授の放つ眼鏡越しの鋭い視線が女刑事を捕らえる。

「何か不可解な事件が起きて警察の手に余ると言うのなら、ガリレオこと湯川君に頼めばいい。彼はこれまでに何度も事件を解決に導いたそうじゃないか」

氷川のもっともな言い分に女刑事がバツの悪そうな顔で答える。

「それがその…実は、その湯川先生に断られたんです」

「……」

氷川は自分で“湯川君に頼めばいい”と言っておきながら、明らかに落胆の表情を見せていた。

「まあ、僕は先攻よりも後攻の方を好む人間だから、そこは全く気にならないが…湯川君に断られたので仕方なく僕のところに来たと言うのなら、少し面白く無いかも知れない」

「あ、いえ、仕方なくでは無いんです。私が此処に来たのは、実はその湯川教授の紹介があったからなんです」

女刑事が慌てて取り繕うように言うと、氷川の片眉がピクリと上がった。

「ほほう…湯川君が僕の事を紹介したのか。彼とは直接面識は無いのだが…そうか、彼が僕をね…」

「あ、厳密にはちょっと違うんですけど…」

「…正確に頼む」

「えーとですね…正確に言うと、湯川先生が紹介して下さったのはA さんという方なんですけど、そのA さんにも断られちゃいまして、でも、代わりにA さんはBさんを紹介して下さり、そのB さんがCさんを紹介、そのC さんは Dさんを紹介し、D さんは Eさんを、更にE さんは Fさんを…と言った具合に紹介が続いて、氷川教授のところにたどり着いた…とまあ、そういう経緯(いきさつ)なんです」

「それは…湯川君が直接僕を紹介したのではないと…そういう事になるのかな?」

「ええ、まあ、正確に言えばそうなります」

「そうか。で、そのFさんに当たるのが僕なのかな?」

「それがその…Fさんが紹介して下さったのはGさんで」

「そのGさんが僕だと」

「いえ、Gさんは文字通りお爺さんでして…」

「待った。結局、僕はそのアルファベット人脈の何番目に当たるんだ?」

女刑事は、内ポケットから警察手帳を取り出しページを捲る。

「…2周目のRですね」

教授室に不穏な空気が流れ始める。

「…2周目のR…という事はつまり、僕の前に湯川君を含め34人に協力を依頼してその全員に断られたと?」

「はい!ですから、氷川教授には何としてでも協力して頂きたいんです!紹介の無限連鎖を断ち切る為にも、お願いします!」

「待て。警察は事件を解決したいのか、それとも、紹介の連鎖を食い止めたいのか、どちらなんだ?」

「両方です!ただ、個人的には紹介地獄から抜け出したいという気持ちの方が強いですけど…あ、今のは内緒にして下さい」

氷川が腕を組んで考え込む。しかし、これはあくまで考えているフリをしているだけで、彼が本気で考え込む時のポーズとは違っていた。が、無論、女刑事はそれを知らない。

氷川が腕を組んだまま言う。

「と言う事はだ…もし断った場合、僕は代わりに誰かを紹介しなくてはならないのかな?」

「…そういう事になります」

「判った。では、僕の助手をしている影山君を紹介しよう。彼に捜査協力を依頼するといい」

「でも…その影山さんが2周目のQさんなんですけど」

つまり、氷川教授を紹介したのは助手の影山という事になる。

「それは困った…もう僕には紹介出来る人がいない」

「でしたら是非!」

「うーん…」

「取り敢えず話だけでも。どうです?」

「…盗まれたのは確か“えもやんの涙”だったか」

「おてもやんの涙です」

「そうか。…まだ協力すると決めた訳ではないが、話ぐらいは聞いてもいいかな」

さて、これにてようやく話を本題の事件へと移す事が出来るようになった。

果たして、天才ロダンこと氷川教授は、警察が投げ出した不可解な事件を解決する事が出来るのだろうか?はたまた、解決出来なかった場合、他の誰かを紹介する事が出来るのだろうか?

乞う御期待。


★★★★


なんか、執筆状況的にマズい雰囲気になって来たぞ…(((^_^;)

ダラダラした展開を引き締めなければ(゜ロ゜)

探偵ロダン「差違る」(ずれる)1。


話題:SS


「…おてもやんの涙?」

「はい、それが盗まれたダイヤモンドの名前なんです」

帝都大学《ごちゃまぜ学部》の教授室で、一組の男女が向かい合っていた。男性はこの部屋の主ともいえる《ごちゃまぜ学部》の教授で名前を《氷川暖炉》という。暑いのか寒いのかよく判らない名前だ。その氷川と話しているスーツ姿の女性の名前は《山本成海》。此方も山派なのか海派なのかよく判らない名前だが、こう見えて彼女は実は警視庁の刑事である。

「僕には理解出来ない。何故、ダイヤモンドが涙などと呼ばれるのか」

呆れたように首を振る氷川に成海が食い下がる。

「だって、似てるじゃないですか。ダイヤモンドと涙」

「いや、まるで似ていない。組成成分がまったく違うし、第一、ダイヤモンドは固体で涙は液体だ」

「ですから、そういう事じゃなくてですね」

「じゃ、どういう事なんだ?」

「比喩です、比喩」

「春、夏、秋…比喩」

「先生…出来れば突っ込んで差しあげたいところなんですけど…あまりにも下らなさ過ぎて、突っ込むと此方のアイデンティティが崩壊する危険があるので止めておきます」

氷川の眼鏡がキラリと光る。

「フン…実に面映ゆい」

山本成海刑事が呆れ顔で首を二度三度と横に振る。この人…本当に大丈夫なのかな…。

しかし、彼女の心配は杞憂に過ぎない。何故なら、何を隠そう彼こそ、あの“ガリレオ”と異名を取る有名な物理学者の湯川准教授と肩を並べる存在にして“ロダン”と呼ばれている天才、氷川暖炉教授なのだから。


〜2へ続く〜。



ひとりぼっちのミラノコレクション。


話題:コーディネート

「昨日の機能は今日に対する昨日の役割である」。

紀貫之(ニセ)。

さて、そんな昨日は薄曇りの冴えない天気でした。

午後から用事で家を出る事になっていた私でしたが、ここ数日は夜になると多少冷え込む事が多いので、念の為に夏物のヨットパーカー(イルカも喜ぶ爽やかマリンブルー色)を羽織って出掛けた訳です。

用事云々に関しては軽く流させて頂くとして…

夜の10時すぎに帰宅して部屋着に着替えようと服を脱いだ時の事、

ヨットパーカーのフード部分に何故か“洗濯バサミ”が3つも付いている事に私は気づきました。

そう言えば、このヨットパーカーは一昨日洗濯したばかり。恐らく私は、干していたのを取り込む際、後で元に戻そうと洗濯バサミを一旦フードに付け、そのまま忘れていたのでしょう。

と言う事は、私は昨日、ほぼ半日
の間ずーっと“洗濯バサミ”を背中に付けたまま歩いていた…。

恥ずかしい。が、時すでに遅し。

服に洗濯バサミを付けたまま歩いている人と、値札を取り忘れてブラ下げたまま歩いている人…どちらが恥ずかしいのだろうか?そんな事を考えながら眠りについたのでした。

おすぎのファッションチェック(もしくはドン小西の)に出くわさなかった事だけが、せめてもの救いです。

奇しくも、付いていた3つの洗濯バサミの色が赤白緑とイタリア国旗のカラーだったので、取り敢えずイタリアンファッション、そう、ミラノコレクションという事にしておきましょう。

ところで…

ヨットパーカーを着ている人の大部分はヨットなど一度も乗った事がないという現実ついて皆様はどのようにお考えでしょうか?



〜おしまい〜。





不確定性の夜(後編の後編)。


話題:創作小説


サイトの背景にデザインとして無造作に貼り付けられている大小様々な指紋を眺めていると、それらの指紋が生き物のように動き回っているかのような錯覚に襲われてくる。その様子はまるで、私の指に指紋が無い事を知っていて「さあ、私たちを買いなさい」と促しているかのようだった。

更に、購入に傾いてゆく気持ちを後押しするかのように、サイトの宣伝文句は続いていた。


★帝都指紋販売社ならこんなに安心★

安心ポイント@【当社の指紋は他社のような化学合成品では無いので人体への悪影響は全くありません。しかも、貴方に最適な指紋を選んでお届けするワン・オン・ワンシステムは当社の専売特許です】

安心ポイントA【当社独自の特殊な製造、販売、流通システムにより他社よりも圧倒的に安い価格で指紋をお売り致します。是非とも他社の価格と比べてみて下さい】

安心ポイントB【商品のお届けは申し込み手続き完了から24時間以内と迅速、しかも誰にも気づかれないよう専属の宅配便でお届け致します。代金は商品との引き替えなので面倒な振込手続きも不要です】

安心ポイントC【お申し込みの手続きも超簡単。1000年以上の信頼と実績に裏打ちされた帝都指紋販売社の指紋をゲットして人生の新たなる第一歩を踏み出しましょう】

画面の最下部には親指より少し大きいぐらいの四角い白枠があり、「ここに指のひらを押し当てて下さい。貴方に最適な指紋を選んで金額と共に表示致します。気に入った場合は購入画面をクリック、申し込み手続き画面へと移行致します」と書かれていた。

少し迷った末、私は四角い枠の中に右手の親指を押し当てた。取り敢えず、先へ進んでみない事にはどうしようもない。買う買わないは金額を見てからでも遅くはないだろう。

「読み込み中」の表示と共に、スキャナーの作動音だろうか、鈍い機械音が上がる。そのままの状態で待つ事数十秒…「読み込みを完了しました。画面から指を離して下さい」という指示表示に従い、押しつけていた親指を離すと、程なく画面が暗転し、先程よりもかなり大きな四角い枠が画面の中央に映し出された。枠の中には指紋があり、【商品番号KR19750404】と書かれていた。恐らくは現在枠内に表示されている指紋こそが“私に最適な指紋”という事になるのだろう。

さて、気になるお値段の方だが左右の指十本で1万2800円(税込)となっている。この金額を見て、瞬間的に「安いっ!」と思ってしまった私だったが、よくよく考えてみれば指紋の相場価格など知る由もないので、この値段が果たして高いのか安いのか私には判断のしようがない事に間もなく気づいた。サイトは自信満々に【他社と比較してみて下さい!】と謳わっていたが、他に指紋を売っている会社を知らない以上、これまた比較のしようがない。

お薦めされた指紋の横に「エグゼクティブ指紋コースをご希望の方はこちらへ」という表示があるが、これは無視する事にした。どう考えても高そうだし、私の場合はファッションで選んでいる訳では無いからだ。

そろそろ決断しなければならない。現在表示されている指紋を買うのか買わないか。さあ、どうする…。可能な限り冷静に頭を働かせる。1万2800円の出費は確かに痛い。痛いが、背に腹は代えられないというのもまた突きつけられた現実だ。

私は指紋の購入を決断した。

説明にあったように購入手続きは極めて簡単なものだった。住所氏名年齢を入力し購入ボタンをクリックするだけ。間もなく「お申し込み受付完了致しました。商品到着時に代金をお支払い下さい」との表示が出たの確認して私は【帝都指紋販売社のサイト】を後にした。

指紋の到着は24時間以内という事だが、幸いにも明日は休日だ。私はパソコンをシャットダウンし、不安とも安心ともつかない不思議な気分のまま眠りについたのだった。

〜続きは追記からどうぞ。


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