話題:眠れない夜

〜前編からの続き〜。


兎にも角にも方式は決まった。後はそれを実行に移すだけ。早速私は、羊の数え方としては最もオーソドックスなサリンジャー方式に取り掛かる事にした。

先ずは、ゆっくりと目蓋を閉じる。これは驚くほど簡単に出来た。思えば、誰に教わった訳でもないのに物心のついた頃には既に、他人の手を一切借りる事なく独力で自分の目蓋を閉じられるようになっていた。昔、実家が営んでいた駄菓子屋のシャッターをようやく1人で閉められるようになったのが10才で、しかも父親に何度もやり方を教えて貰った後である事を考え合わせると、もしかしたら私には生まれつき目を閉じる才能があったのかも知れない。

そんな天賦の才をもって目を閉じた私が次に為すべきは、緑輝く草原を目蓋の裏に思い浮かべる事だ。緑色の濃さや草の長さ、地平の起伏具合など多少手こずりはしたが、どうにかこれもイメージする事が出来た。

次は白い木の板で組まれた、ただただ羊に飛び越えられる為だけに存在する柵の設置。真っ先に思い描いた物は縦板の先端が菱形状に尖っている形だったが、それだと万が一、羊が飛び損なった場合危険だと思い、慌てて平らな物に建て直した。

さて、芸術的風景と呼ぶには程遠いながら取り敢えず舞台は整った。残るは主役の登場のみ。勿論、主役となるのは、羊の皮を被った羊であるところのいわゆる羊だ。

私は目蓋の裏側に広がる春めく緑の草原にメリノ種の羊の姿を思い浮かべた。その日の午後、偶然にも羊の写真を見ていた事が幸いしてか、メリノ種の羊はすんなりと目蓋の草原にその姿を現してくれた。


〜続きは追記からどうぞ♪


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