話題:SS

仕事帰りの夕刻、電車を降りた私がいつものように改札を抜け、駅前のロータリー広場を横切ろうとした時、広場の中央に小さな銅像が建てられているのを見つけた。いつ建てられたのか、少なくとも今朝出勤する時には無かった筈だ。いったい何時の間にこんな物を…。

だが、問題はそれが“いつ建てられたのか”では無い。“なぜ建てられたのか”だ。と云うのは、何とも信じ難い話ではあるが、それは[私の銅像]に他ならなかったからだ。

どうしてそれが自分の銅像だと判るのか?答えは簡単明瞭、銅像には赤銅色をしたプレートが嵌め込まれており、そこに私の名前が刻まれていたからだ。勿論、顔や背格好などの身体的特徴も極めて私に酷似していた。となれば最早、疑う余地は無い。これは私を奉った記念碑なのだ。

晴天の霹靂ならぬ黄昏の霹靂。

それにしても、いったい何故、私の銅像が?自慢では無いが、私には銅像を建立される程の偉大な功績など何一つ無い。

夕陽を浴びて鈍く輝く私の銅像は、クラーク博士と同じポーズを取っていた。

大勢の人が往き来する駅前の広場に威風堂々と自分の銅像が建っている。はっきり言って、恥ずかしい事この上無い。それなりの理由が有るならまだしも、全く身に覚えが無いのだ。恥ずかしいと同時に空恐ろしくもある。

太陽は西のビル街の小さな谷間に沈みかけていた。


翌日、私は朝一番で事の次第を訊ねる為、市役所に赴いた。案内されたのは[銅像課]という聞き慣れない課だったが、それはボイラー室の中にあり、急造された部署である事は明らかであった。

すぐさま、駅前の広場に自分の銅像が建てられている件について訊ねる。ところが、担当した若い男性職員は「銅像の件につきましては何もお話出来ない決まりになっているんです」と、けんもほろろに言い放ったのだった。


そして一週間が過ぎた。

私の銅像は相変わらず駅前の広場に凛とした姿で立ち続けている。

この一週間、見知らぬ人に挨拶される事が多くなったのは、やはりこの銅像のせいだろう。街の何処に居ても常に誰かの視線を感じる。昨日などはついに子連れの若夫婦にサインを求められてしまった。

再び市役所に行き、せめて理由だけでも教えて貰えないか頼んでみたが、答えは先日と同じで「お話出来ない決まりなので」とにべも無かった。それでも、「明日、新しいプレートが付けられる予定になっているみたいですよ」と云うささやかな情報を教えてくれたのだった。

翌日、新しいプレートが何らかのヒントになりはしないかと逸る気持ちをなだめつつ駅前広場に足を踏み入れた私だったが、新しいプレートに刻まれていたものは、

★★★
酔ひどれて雨
傘もささずに

儚きこゝろ
映し出す

たった一夜の水溜まり
★★★

意味不明な詩。
お陰でより一層判らなくなった。

ただ、この詩のせいでより恥ずかしさが増した事だけは確かなように思えた。

何にしても此処まできたらお手上げだ。気にしていても仕方ない。私は努めて平静に振る舞おうと心に決めていた。

…とは云え、やはり気にはなる。こっそりと写メを撮られる回数も日に日に増しているし。しかし、それでも私は気付かぬフリをし続けた。

そんな風に早一月が経った。月日の流れと云うのは不思議なもので、私も徐々にではあるが、自分の銅像に違和感を感じなくなり始めていた。

そんな折。

やはり、それは始まりと同じく仕事帰りの夕刻だった。ただ、こぬか雨が降っているところだけが少し違っていた。

私がいつものように駅前のロータリー広場を横切ろうとした時、雨の中で銅像の撤去作業が行われているのを見たのだ。勿論それは、クラーク博士のポーズを取る私の銅像だ。ワイヤーで羽交い締めの如く縛れた私の銅像が小型のクレーン車で持ち上げられている。

慌てて駆け寄った私は、作業員に撤去の理由を訊いてみた。しかし…

「さあ…自分らは下請けで言われた通りにやっているだけなんで、詳しい事情は知らないんですよ」と、考えようによっては至極もっともな言葉を返してきたのだった。

理由も判らず建立され、理由も判らず撤去された私の銅像。

今でも時折ふと思う事がある。

あの一ヶ月はいったい何だったのだろうと…。

市役所の[銅像課]も何時の間にか消えていた。ボイラー室は隅から隅までズズズィーとボイラー室だ。

しかし、考えてみたところで何が始まる訳でもない。全ては終わったのだ。自分の知らないところで何かが始まり、そして終わる…そういう事も人生にはあるのだろう。


――――――


久しぶりに立ち寄ったバーで軽く一杯ひっかけながら、そんな話をした。誰も笑って信じてくれなかった。

店を出ると、何時の降りだしたのか外は雨模様だった。生憎、傘は持っていない。

…まあ、いいさ。

私は不思議と満足しながら雨の中を歩き始めた。

酔ひどれて雨

傘もささずに…。


《終わり》。

(因みに、酔って書いた訳ではありませんよ〜♪(  ̄▽ ̄))