〈ピーター・ペペポロビッチ氏かく語りき〉
つい先日、地球を襲った未曽有の事態―即ち、4年以上降り続く豪雨と地球に向かって飛来する氷惑星のクライシス―を【世界存続会議】が思いも寄らぬ奇策によって食い止めた事は皆さんの記憶にも新しいだろうと思う。
が、その際に“彗星の軌道を変え、地球衝突を回避せしめた作戦”については、後日に譲るとした事は覚えておいでだろうか?
その際、後日に譲る理由として「その作戦が実は以前にも一度使われた事があるからである」とも云った。
それでは、約束通り、その時の話をするとしよう…。
それは、先日の大作戦より遡る事およそ12年前…
突如として人類を襲った謎の現象に世界は困惑を深めていた。
その現象とは‥ふとした瞬間、何の予兆も無しに突然[肩甲骨がクイッ]となる‥そんな摩訶不思議な身体症状であった。
事の始まりは日本の両国国技館。
相撲史に残る大横綱と謳われ、前日には連勝記録を驚異の99にまで伸ばしていた【青汁王】(あおじるおう)が、平幕で格下の【飛布保津浮山】(ひっぷほっぷやま)に何とも不可解な黒星を喫したのである。
取り組み後の談話で【青汁王】は記者クラブの面々に、緑色の涙を流しながらこう語った。
『何だか急に‥肩甲骨がクイッとなってしまって‥力が入りませんでした』
肩甲骨がクイッと!!
意味が判らない。
皆は最初、立ち合いの際、頭を強打しせいで横綱の意識がまだ朦朧としているのだと思った。
しかし、この日を境に世界のあらゆる国のあらゆる人々の肩甲骨がクイクイし始め、人々は横綱の言葉の意味を知ったのである。
当然の如く世界は大混乱に陥った。それも当然‥何せ全く予測不能のタイミングで[肩甲骨がクイッ]となるのだ。落ち着いて生活出来る訳がない。
背中ばかりが気になって集中が切れる事により起こる小さなミスの連続は、やがて、その波及効果により世界全体の大きな綻びとなっていった。
勿論、人類もこの事態を黙って見ていた訳では無い。
すぐさまピーター・ペペポロビッチ氏をトップとする【世界背面会議】を立ち上げ、世界を破滅に導かんとする此の[肩甲骨クイッと症候群]に敢然と立ち向かったのであった。
メンバー達はそれぞれの肩甲骨をクイックイさせながら、連日連夜、対策会議を続けた。
その7日目、会議のメンバーで世界的な医学生でもあるヤングブラッド君から極めて重大な調査報告が上がった。
それに拠ると、どうやら[肩甲骨クイッと症候群]の原因は未知のウィルスであるらしい。
ペペポロビッチ氏はヤングブラッド君に向かって言った。
『よく頑張って原因を突き止めた。では、更に頑張って、何とか坑ウィルス薬を作ってくれたまえ』
それに対し、うら若き医学生は少し照れたような表情で答えた。
「それが…もう作っちゃいました」
世界人類を救う坑ウィルス薬の完成…と云うより“まさかの完成済み”である。
世界背面会議はすぐさま7千機のヘリコプターをチャーターし、世界のあらゆる場所にまで行き渡るように坑ウィルス薬を空中散布したのであった。
その際、責任感の強い横綱の【青汁王】もヘリのパイロットとして空中散布に参加した事は云う迄もない。
特効薬の効果は覿面(てきめん)で、以来、人々の肩甲骨がクイッとなる事はなかった。
(事態は集結した…)
ところが、世界背面会議が其の解散を決定しかけた時‥どうにも気になる報告がヤングブラッド君により持ち込まれたのであった。