高校生河合君と松尾先生のシリーズ。
近所の桜もだいぶ散っちゃいました…少し寂しいです。そしてちょっと寒い。
授業中の先生と河合君の春の話です。ほのぼの。
[花冷えの折]
新学期最初の古典の授業のこと。
ブハックショイ!
と中年教師の大きなくしゃみが聞こえてきて、僕の降りかけていた瞼が上がった。
頭も上げてみると、先生が黒板の方を向いて手で口を押さえているのが見える。僕ら生徒に唾が飛ばないようにしてくれていたようだ。
その後2、3回くしゃみを続け、ようやく落ち着いたらしい先生は生徒の方に向き直った。
「いや〜、ごめんごめん。実は一人で桜を見に行ってたんだけどね…タイミングが悪かったみたいで、ちょうど花冷えだったんだよ」
“花冷え”?
隣の席の男子が首を傾げている。名前は…まだ覚えていない。
僕はその意味を知っていたが、あえて手を挙げることにした。
「松尾先生」
「はい、何ですか河合君?」
「花冷えとは何ですか?テレビで最近聞きますが、まだ知らない人も多いと思うので」
「あ、そうか。授業でも習わないしね。う…ごめんちょっと待って」
先生は質問に答える前にズボンのポケットからティッシュを取り出して、また後ろを向いた。
ズズーッと鼻をかんで、こちらに向き直る。
「で、花冷えというのはね。桜の咲く頃に寒くなることだよ。俳句で春の季語として使われたり、手紙の始めに挨拶文に使われることもある。
資料集に載ってるから授業終わったらちゃんと調べて、ノートに書いておいてね。明日チェックするから!
桜は暖かくならないと咲かないのに、見頃になったら急に冷えてくる。最近は天気予報でお天気お姉さんが言ってくれるみたいだから、花見に行くときはちゃんとチェックした方がいいよ!」
説明のついでにさらっと宿題を出してきた古典教師に向かって、僕が一言。
「先生はちゃんとチェックしなかったから風邪ひいたんですね」
「う…」
顔をしかめる先生に対して、あはははは!という生徒の笑い声で教室がざわめいた。
「こら、静かにしなさい!まったく、君は余計なことを…」
「本当のことじゃないですか」
からかうように言えば、ため息をつく中年教師であった。
ここで一句浮かんだ…けれど。
もう少し練りたいから、まだ本人には言わないでおこうか。
『花冷えに 鼻を垂らすは 芭蕉かな』
僕の担任である古典教師の松尾芭蕉は、果たしてどのような反応を示すのか。
忘れないようにノートの端の方に書いておくことにしよう。
この先生のおかげで、今年は去年より楽しく過ごせそうだ。
終わり
・・・・
河合君2年生の話。タイトルは実際に使われる時候の挨拶です。
それにしても仲良くなったなこの二人…