今回は元禄細道組。
芭蕉さん目線で、終わりかけの桜の話です。
初めての芭蕉さんの片想い文。
ちょっとせつなめ。短いです。
気付かないで
気付けよ
いや、やっぱり
気付かないでいいよ
このままひっそり散らせておくれ
[人知らぬ花と恋]
十年前に見つけてから
こっそりとここで花見をするのが
一年に一度の楽しみ
弟子たちと楽しむのも大好きだけど
私だって一人で考え事したいこともあるんだよ
ここ数年の考え事は
一人の弟子
一人の男のこと
いつも厳しくて
生意気で
愛想笑いの一つもしない
能面みたいな男
少し若くて綺麗だからって
女の子に一目惚れされて
告白されるのを
私は何度も何度も見て来た
…そりゃ、綺麗な顔だとは思うよ
でもね、なんでだよ
なんでみんなこんなヤツに惚れるんだよ
ずっと疑問に思って
ムキになって
本人にぶつけたら反撃されたっけ
「アホ弟子め…あんなに怒らなくてもいいのに。ねえ、マーフィー君」
膝上の親友に同意を求める
…こくり、と頷いたように見えた
「うん、マーフィー君もそう思うよね!ひどいよね、あの鬼ごん太うどん弟子!」
「…誰の話ですか」
ひゅー…と、強い風の音と共に
聞き覚えのある声がした
「え、そりゃもちろん君の事……あ」
「……」
ゲゲゲ…の、きたろう!じゃなかった
妖怪よりも恐ろしい弟子が目の前に…!
「ウワワワワ……なんでこんなところに!?ごめんなさい!」
「…芭蕉さんこそ、一人で何ブツブツぼやいてるんですか」
…あれ、怒ってない?
てっきり「鬼ごん太うどん弟子」で何か言われるかと思ったのに
「わ、私だって、一人で色々考えたいことあるんだよ、俳句のこととか!おセンチになりたいときもあるんだよ」
「へぇ…意外でした」
「私はこう見えてもデリケートだって言ってるでしょうが!だからちょっと集中させてよ曽良君」
「…いいですよ」
ありがとう、とホッとしながら返そうとしたとき
ボスン、と隣に座る音
「…集中させて、って言わなかったっけ」
「どこかに行け、とは言われなかったので」
すました顔で答える弟子が
いつもの何倍も生意気に見えた
…それでも私は
彼を追い払う気になれず
「ここ、私しか知らない場所だったのに…」
「このまま一人占めする気だったんですか。良い度胸ですね、芭蕉さん」
「うぐ……なんでここが分かったの?」
「…お昼御飯を持ってどこに行くのかと、気になったので」
それで、追いかけてきたのか…
ちっとも気付かなかった
私はやっぱり忍者じゃないみたいだ
「全然気付かなかった…ほんとは君の方が忍者?エスパー忍者!?」
「忍者かどうかはともかく、芭蕉さんは分かりやすすぎるんですよ」
「そんなに単純かな、私…」
「子供だってもう少し複雑なこと考えますよ」
「師匠に向かって子供以下とか言うな!」
分かりやすい、か…
…本当に、君はそう思ってるのかな
「…芭蕉さん?」
隣の弟子の顔をじっと見つめてみる
私の不満も、悩みも
本当に君は、分かっているのかな
「……」
あれ、目をそらされた
ちょっと可愛い……?
いや、こんな鬼弟子が可愛いわけが
「芭蕉さん、頭に毛虫ついてますよ」
「え、ちょ、マジかよ!!?取ってよ曽良くーーん!!」
「いやです」
「そんなこと言わずに…あとでいい句詠むから!君が腰抜かして尊敬の眼差しで崇めるほどの!」
「……しょうがないなぁ。ちょっと待って下さい、木の枝拾って来ますんで」
「早くしてくれよ、頼むから!」
可愛いわけがないよね…やれやれ
私は震えながら、離れていく弟子男を見送った
…帰って来てくれるのかな
いや、彼はああ見えて良いヤツなんだ、大丈夫のはずだ…多分
ねえ、曽良君
君は私を分かりやすいだなんて言うけれど
分かってない、分かってないよ
私が君のことを
…好きかどうか、なんて
「彼のことだから、気付いても無視してくるかな…まあいいけどね」
気付かなくて、いいよ。
end.
・・・・
たまには元禄曽芭も。
曽芭と言えるかは微妙なところですが…うーん、暗い!
歳が歳なので、あまり積極的にはならないんじゃないかな…というイメージです。