話題:SS
私の父は異様に出張が多く、一年の内で家にいるのは十日足らずだった。
小学生の頃、母に訊ねた事がある。
「お母さん…寂しくないの?」
すると母は少し寂しげな笑顔を見せて呟いた。
「仕方ないのよ…」
「どうして?」
「あの人、地底人だから」
「えっ?」
母は喉を小刻みに震わせながら云った。
「アノヒトハ チテイジン ダ…」
「何で急に宇宙人みたいな喋り方するの?」
「それはね…」
「それは?」
「…大人になれば判るわ」
そう云うと母は何故かエプロンのポケットからクリーミィな緑色をしたカラー輪ゴムを一つ取り出し、私にそっと握らせた。
そして、「チャーミーグリーンを使うと手を繋ぎたくなる…って本当なのかしら?」と訊いてきたので、私は「もし本当なら、イカがチャーミーグリーンを使ったら10本も手を繋がなきゃいけないから絡まったりして大変そうだよね」と取り敢えず無難な感じで答えておいた。
「フフフ…優秀な子」
母は立ち上がると夕飯のシチューを作りに台所へと消えて行った。
残された私は、カラー輪ゴムを持て余しながら父の事を考えていた。まさか、地底人だったとは。言われてみれば確かに父は眩しそうに目を細めている事が多かった。
てっきり父は五木ひろしの物真似を練習しているのだと思い込んでいた幼い私は、手助けしようと父に握りこぶしを作らせ下から突き上げるようにせがんだのだった。
父は私の気が済むまで思う存分に五木ひろしの物真似をしてくれた。
しかし、私はようやく理解していた。地底人の父は、ただ単に地上の光が眩しかっただけで、五木ひろしの物真似などこれっぽっちも興味はなかったに違いない。
本当、父には悪い事をした。
そう云えば、学校の授業中、社会の教科書に載っていた《竪穴式住居》の絵を初めて見た時、一気にアドレナリンが爆発して鼻血を出して倒れてしまった事があった。理由は恐らく私の中に地底人の遺伝子だろう。やっと謎がとけた。
それに、母がよく夕飯にシチューを作るのも、きっと、“シチュー”と“地中”を掛けての物だろう、とも思った。
もっとも、地底に別の世界があるかも知れない事はうすうす気づいていた。それは《土下座》という言葉を初めて知った時だ。《土下座》その甘美な響きにうっとりしながらも、私の心には或る一つの疑問が浮かび上がっていた。
土下座と云っているのにも関わらず、どの土下座を見ても頭は常に土の上にあったからだ。これは土下座ではなく《土上座》ではないのか?
だとするなら、《真の土下座》とは何なのだろう?
穴を掘り、穴の中で正座して頭を下げる?…いや、それでもやはり下げた頭の下には土がある。土の下の座ではない。
となれば、ジェットモグラみたいなドリル付き探査機で地殻をどんどん掘り進み、下に土が無くなった所で正座して謝罪するしかない。しかし、そこはマントル対流層や地核。とても人間が正座できるとは思えない。
という事は…地球というのは実は中が空洞で、地底王国のような世界が広がっているのでは無いか?
遥か昔、地底世界を訪れた旅人が地上に戻り、その話を周囲にする。しかし、誰も信じない。それでも話し続ける旅人。周囲の人間はついに怒り出し、旅人を嘘つき呼ばわりして謝罪を求める。観念した旅人は地面に正座し頭を下げる。初めて見る謝罪スタイルに戸惑う周囲に旅人が云う。「これは《土下座》という謝り方です」
旅人は、土の下に別世界が存在する事を暗に示す為《土の下の座》という新しい言葉を生み出した。
或いは、座とは地底王国の玉座を表しているのかも知れない。地底大王に謁見する際に人々がとるスタイル、それが《土下座》だという可能性もある。
兔にも角にも、土の下の世界なしに《土下座》は存在し得ない。
私が地底世界の存在をうすうす感じていたのは、そんな理由からだった。とは言え、まさか自分の父親が地底人だったとは…。
それにしても…
私はシチューを運んで来た母に訊ねる。
「そんな大事な事、何で今まで話してくれなかったの?」
すると母はポケットからレモンイエロー色をしたカラー輪ゴムを取り出しながら云った。
「貴方が11歳になったら話そう、ってパパと一緒に決めたのよ」
確かに、この日は私の11歳の誕生日だった。しかし、何故に11歳なのだろう?
「フフフ…」
母は悪戯な笑みを浮かべている。
11歳…11…あっ!(゜ロ゜;
「…11を漢数字にすると、十一。そして、十一を縦に並べると…土!」
「フフフ…優秀な子」
土歳の誕生日。
それは、私にとってのガイアの夜明けだった…。
…というような強引な話の〆め方はあまり宜しくないので、気をつけるようにしたい。
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土下座
m(__)m
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父親の顔(遠目で見ると、ちょっと顔みたいに見えます)。
《終わり》。