シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第5夜【春の機械と古びた写真】。

話題:SS

家から少し離れた丘陵にある里山公園の裏手を流れる用水路に沿って桜並木の散歩道がある。

残念ながら桜はとうに開花のピークを過ぎ、春の嵐や花散らしの雨を経て芽生えた新緑の若葉の中にチラホラと名残の花びらをつけているぐらいのものであったが、久しぶりの好天に気を良くしていた私は「散り際の美しさもまた一つの風情なり」と軽く嘯(うそぶ)きつつ散策へと出掛ける事にした。

平日の午前中であるせいか、里山の公園は然程人影もなく、広い敷地の中には小さな子供を連れた母親や老年期の夫婦連れの姿がぽつりぽつりと見えるぐらいのものであった。

満開の時分には随分と花見客で賑わっていた散歩道も、今では閑散として歩く人もほとんど居ない。しかし、それはそれで、(桜をとことん堪能するぞ)と云った妙な気張りの抜け落ちた、とても穏やかな空気感があり、私もごく自然な心持ちで散歩を楽しんでいた。

ところが、ちょうど散歩道の中程に差し掛かった辺りで、何やら一本の桜の木の根元で踞(うずくま)るような格好で屈んでいる人影がある。見れば老人の男性であるようだ。もしや散歩をしていて具合でも悪くなったのかと、心配しながら小走りに駆け寄った私であったが、そこで見たものは予想だにしない実に奇妙な光景であった。

有り体に云えば、老人は足元に工具箱を置いて作業をしていたのである。先程までは死角になっていて見えなかったが、その足元には工具箱が置かれていた。

奇妙なのはその作業である。老人の前にある桜の木は、根元に近い幹の一部がハッチのように小四角に開かれ、中から無数の歯車やシリンダー状の機械が顔を覗かせていた。老人はそれらの機械を手にした工具ドライバーで調製していたのだ。

老人は作業に集中しているせいか、私の存在には気づいていないようだった。

「…機械桜?」

私が思わず声に出していうと、老人はそこでようやく私の存在に気づいたらしくハッと此方を振り返り明らかに“しまった!”という表情で「わ…いつの間に」と小さく声を上げ、次いで「…見ました…よね?」と云った。

老人の云う“見た”とは、桜の中にある機械群を指す言葉だろうと思った私は、誤魔化す必要もないので「はい、見ました」と正直に答えたのだった。

機械仕掛けの桜。気になるどころの騒ぎではない。いったい誰が何の為にこのような物を造ったのだろう?これは是非とも話を聞かねばなるまい。

そして、口渋る老人に対して説得を重ね、“決して口外しない事”を条件に話を聞かせて貰う事になった。

老人の語った“機械仕掛けの桜の由来”は、大まかに云えばこうである…。

桜と云う木はもともと超古代文明の生き残りが、その土地の自然態系を統御する為に製造した環境保護装置であり、他の樹木と変わらない姿に見えるのは実はステルス迷彩を応用したカムフラージュであるらしい。

そして、一定の範囲内にある桜の木の根っ子は地下に存在する亜空間で一つに繋がっており、その、云うなればメイン機械室には桜を一斉に開化させる為の巨大なゼンマイがあると云う事だった。

桜が散り終わると、老人たちの一族(“桜の守部”と彼は呼んだ)は再び地下機械室のゼンマイを巻き始め、来春の開化までほぼ一年を掛け交代でゼンマイを巻き終える。つまり、僅か数週間、花を咲かせる為に一年の残りの時間はゼンマイを巻く作業に費やされると云う事らしい。

それは、何とも気の遠くなるような話であった。

ところが、ここ数年、花の色合いがやけに薄かったりとどうにも桜の調子がおかしいので、老人は人が少なくなる時間帯を見計らい、機械桜のメンテナンスに来たのだと云う。そして、メンテナンスに集中するあまり私の存在に気付かず、本来なら極秘裏に行わななければならない作業風景を見られてしまった…

と、まあ、話の概要はそのような感じであった。

正直に云わせて貰えれば、とてもではないが信じられるレベルの話ではない。しかし、現実に私の目の前には機械仕掛けの桜の木がある。

「…まあ、そういう事ですので…来春も桜の花を見たいのならば、どうか今の話はくれぐれもご内密にお願いしますね。…ではでは、私は地下の中央制御室でコンピューターのプログラムを再チェックしなければならないので、これで失礼しますよ。あ、ちょっとだけ後ろ向いていて貰えます?」

云われるがままに後ろを向いた私が振り返った時にはもう、老人の姿は其処にはなかった。開いていた桜の幹のハッチも何時の間にか閉じられていた。私は、その先程までハッチがあった部分を開けようと試みたが、もはやそこはガサガサした普通の樹木の外皮に戻っていた。

―続きは追記からどうぞ♪―
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閑話休題「涙のリクエスト」。


話題:映画

シュール掌編週間『ケンちゃんと私』の途中ではありますが、ちょっとした気分転換を兼ねて日記的記事を軽く一つお届けしようと思います。

タイトルは勿論、「ギザキザのピラミッドの子守唄」でデビューする筈だったいう噂など全くないチェッカーズの曲からパクりました。という事で…


昨夜の話。

久しぶりにレンタルビデオ屋(実際はレンタルブルーレイ屋だが)に寄って帰ろうと思った私は家にその旨をメールで伝えた。と言っても“家という建造物”に対してではなく“家にいる家族”に向けて送信したという意味だ。

私「これからレンタル屋寄って帰るけど、何かリクエストがあればメールして下さい♪」

すると数分後、家にいる父親から返信メールが届いた。以下、私と父親とのメールのやり取りをダイジェスト版で。因みに基本的に実話です。

父「では、頼みます。借りてきて下さい」

私「…ですから、何を?」

父「店に入って真ん中の通路の裏の棚にあるヤツ」

私「そこ、何百枚もディスク並んでるけど、もしかして、その棚一列を全部借りろという事ですか?」

父「まさか!いや、前にそこで面白そうな映画見つけたような気がするんだよね。それを借りてきて欲しいんだけど…」

私「スミマセン、もうちょっと具体的にお願いします」

父「えっとね…外国のアクションというかサスペンスというか…そんな感じのヤツ。判るかな?」

私「…判りません。タイトル教えて下さい」

父「覚えてない」

………。

私「それは無理。シャーロック・ホームズでも探し出せないと思います。何か他にもうちょっと判りやすい感じのヤツがあれば…」

父「…ああ、そしたらね…入ってすぐ右側の《新作の棚》に置いてあるヤツで(面白そうだな)と思ったのがあるんだけど、それでいいや」

私「スミマセン、もうちょっと具体的にお願いします。新作の棚にもたくさん並んでるので」

父「何か外国のアクションっぽいヤツ」

私「…タイトル判ります?」

父「判らない」

これは幾ら何でもアバウト過ぎるだろう!

とは言え、《新作》ならば範囲もかなり限られるので探せない事もない。ただし、もう少し手掛かりが欲しい。

私「もう少しヒントを下さい」

父「考えるのでちょっと待って下さい」

私「了解」

そして数分後、メールが返ってきた。

父「確か一番上の列に置いてあったと思う………3ヶ月ぐらい前には」

………

さ、3ヶ月前ですか!?(゜〇゜;)

私「…それ、もう《新作の棚》には置いてないと思うんだけど…」

父「…判った。じゃ、何でもいいから“私が好きそうなヤツ”お願いします」

…う〜む。それはそれでまたアバウトなリクエストだが…

私「判りました。何とかリクエストにお応えしましょう」

メール終了。

よっぽど、逆に、父親が“絶対に観なさそうな作品”―例えば、―を借りてウケを狙おうかとも考えた私だったが、ウケなかった場合が切な過ぎるので、素直に【笑う警官】という北海道警の実話を下敷きにした社会派サスペンスの作品を借りる事にした。

家に着いたところでメールの着信音が鳴った。父親からだった。

父親「ついでに、アイスチョコモナカを買って来て下さい」

そして私は、玄関を目前にしながら、再びのリクエストにお応えするべくコンビニへと今来た道を引き返したのだった…。


〜終わり〜。




シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第4夜【栞と忘却】。

話題:SS

‐シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第4夜【栞と忘却】‐。



いつぞやの年の誕生日。どういう風の吹き回しか、それまでの誕生日には「おめでとう」の一言すらなかったケンちゃんが 誕生日プレゼントを寄越した事があった。

とは云ってもそれはたった一枚の青い栞で、普通に初めから新刊の文庫本などに挟んである物のように見えた。

ひきつり笑いを浮かべる私にケンちゃんは「まあ、そんな顔しなさんな」と外連味のない口振りで云った後、「人はすぐに忘れる生き物だからね」と然り気無く付け足した。

「まあ、忘れた事さえ忘れてしまえば幸せかも知れないけど…ほら、どうしても忘れたくない事ってやつもあるだろ?」

彼の言葉の真意を図りかねた私が少し困惑気味に眉をひそめていると、「いいから取っとけって」と半ば強引にプレゼントの青い栞を私の手に押し付けてきたのだった。

「この栞はさ…実は魔法が掛けられていてね、どんな物にでも挟む事が出来るのだよ」

また、そんないい加減な事を…。
私はすっかり飽きれ返ってしまった。

それでも、折角の好意を無にするのも悪いので、私は素直にプレゼントの栞を受け取る事にした。


しかし…


ケンちゃんの云った事は嘘ではなかった。現実、プレゼントされた青い栞はどんな物にでも挟む事が出来た。テレビの画面にも挟めたし、部長の口に挟む事も出来た。

そして現在、青い栞は私の人生の102頁と103頁の間に大切に挟み込まれている。

時おり私は珈琲片手にその頁を開いて、ただぼんやりと眺めたまま安らぎの時間を過ごす。

その頁に何が書かれているのかは読者諸氏の想像に任せるとして、

いいプレゼントを貰ったな。

今ではそう思っている…。

‐第4夜終了‐。

シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第3夜【結婚式と闇に光る目】。

話題:SS

‐シュール週間『ケンちゃんと私』第3夜【結婚式と闇に光る目】‐



『結婚式の招待状が届いた』。

…などと云うと何やらお目出度い話のように思えるが、残念ながら事はそう単純ではない。では、それを証明する為に冒頭の一行をより正確な形で云い直してみよう。

『知らない人の結婚式の招待状が届いた』。

それは非常に豪華な招待状で、竜胆と桐を形どった格式の高そうな二つの家紋と共に《綾小路家・建礼門院家 婚姻の儀》と書かれていた。当然、私にそんな名字の知り合いは居ない。明らかに何らかの手違いで私のところに届いた物だろう。

このまま握り潰しても良かったのだが、招待状が私に届いてしまったばかりに逆に届く筈の人間に届かなかったというような事態も考えられるので、念の為に一応、招待状に書かれている電話番号に連絡を入れてみた。

電話に出たのは平安時代を彷彿とさせる絵に描いたような上品な声を持つ年輩の女性で、私が事の次第を告げると、極めて丁重に謝罪の言葉を述べた後「よし宜しければ、ご祝儀などは構いませんので披露宴にご出席なさいませんか?」と思いも寄らぬ事を云ってきた。

予想外の展開にたじろぐ私に、「これも何かの御縁でしょうから…」と、まるで“そうする事は、さも当然である”というふうな口振りで彼女は云った。

全く知らないカップルの結婚式。普通ならば出席など考えもしないだろう。しかし私は、彼女の外連味のなさに乗せられて有ろう事か、つい出席を承諾してしまったのだった。

婚姻の日時は今日から丁度一月後で披露宴会場は《帝都ホテル鳳凰の間》となっていた。新郎の名は綾小路アレクサンダーで新婦の名は建礼門院アナスタシア。間違いなく由緒正しき家柄同士の俗に云う“セレブ婚”に違いなかった。

電話を切った後、私は後悔した。
やっぱり、どう考えても無理がある。「ご祝儀は必要ない」との話だが、そうもいかない。常識的に考えて少なくとも五百円ぐらいは包まなければならないだろう。いや、相手はセレブなのでここは奮発して七百円にするか…。そうなるとどうしても十円玉や五円玉が混じってしまう事になるが、それは仕方ない。むしろ、青々とした緑青付きの十円玉なら喜ばれるかも知れない。

…と云った感じで、後悔の念を振り払った私はすぐさま披露宴に出席する準備を始めたのだった。まずは綺麗な緑青サビのついた十円玉をゲットする事から。

そして…

披露宴当日、帝都ホテル鳳凰の間。

私は一匹の巨大なシベリアンハスキーに顔をベロンベロンになめ回されていた。そこにボーダーコリーが加わり、ズボンの裾を引っ張り始める。

そう。このシベリアンハスキーが新郎の綾小路アレクサンダーで、ボーダーコリーが新婦の建礼門院アナスタシアなのだ。

犬の結婚式。

やがて、新郎側の友人代表としてアメリカンショートヘア(猫)のジョーイ君のスピーチが始まった。

『私と新郎のあやにょこうじ君とはおさニャニャじみでありまして…』

スーパーマンのコスプレに身を包んだジョーイ君は、幾らか猫訛りながらも普通に人間の言葉を喋っていた。

「何でやねん!」

そう突っ込みたい気持ちは山々だったが、何せ向こうは新郎の幼馴染み。片や私は赤の他人。むしろ、猫は私の方だった。そう、いわゆる“借りてきた猫”というやつだ。

そして出席者たちの愛玩動物によるよく判らないセレモニーが延々と続いた後、正午丁度に始まった披露宴は午後十時をもってようやくお開きとなったのだった。

二次会に誘われた私だが、今までに経験した事のない疲労でグッタリ来ていたので、申し出は丁重にお断りし、そそくさと会場を後にした。これが本当の結婚疲労宴だ。

引き出物は大量のホネとマタタビとカツオブシの詰め合わせで、箱には【100%自然食品】と書かれたシールが貼り付けられていた。

政府要人や各国の貴賓などが宿泊する《帝都ホテル》に足を踏み入れるのは恐らく今回が最初で最後になるだろう。外へ出た私は豪奢な佇まいで夜景に聳え立つ歴史ある名門ホテルを見上げながら思っていた。

夜風が妙に心地よい。

来て良かったな…。何故か素直にそう思えた。

それよりも、問題は、この大量のホネやマタタビをどうするかだ。私には使い途が全くない。

そうだ、ケンちゃんにプレゼントしよう。確か彼は大学時代に『大量のホネとマタタビとカツオブシの使い途について』と云う題名の論文を書いていた筈。彼ならばこの自然食品を自然な形で有効活用してくれるかも知れない。

開催者側が用意してくれた黒塗り高級車のハイヤーの後部座席に乗り込んだ私は運転手に「スミマセン、ケンちゃんの家に寄ってから帰りたいのですが」と告げた。

「ケンちゃんの家ですね。了解致しました」運転手は気持ち良く了承してくれた。

助手席の暗闇の中で二つの瞳が光っているのが見えた。

どうやらそれは、ロングコートチワワの目であるらしかった…。


〜第3夜終了〜。


シュール掌編週間『ケンちゃんと私』第2夜【青い稲妻と黒板消し】。

話題:SS

‐シュール週間『ケンちゃんと私』第2夜【青い稲妻と黒板消し】‐


高校の古文の先生はかなりのお爺ちゃんだった。多分、定年をとっくに過ぎていたと思う。

彼は並み居る教師の中でも存在感の希薄さにかけては飛び抜けており、一年を通して常に、綿毛が飛び去った後のタンポポのような低密度のオーラを樟脳くさい万年背広から放っていた。

そんなふうであるから、私たち生徒にとって古文の授業は完全なるリラクセーションタイムで、クラスの半分は眠りこけていたし、もう半分も漫画を読んだり携帯でネットをしたりと、正味55分の授業時間を各々が自由気儘に使っていた。

そんな彼にも一応名前があって、確か[狸障子 昭二](たぬきしょうじしょうじ)だったような気がするが、正直あまり自信はない。とは云え、恩師に対し“彼呼ばわり”するのも礼を逸した話なので、以降、彼の事は“狸障子先生”と呼びたいと思う。

狸障子先生は、授業中、生徒が眠ろうが携帯ゲーム機で遊ぼうが一向に気にする事なく淡々と授業を進めてゆくような、寛容を通り越し悟りの境地に達したような教師だったので、私たちは、よもや狸障子先生に怒られるような事は無いだろうと、安心し切って授業を受けていた。

ところが、そんな狸障子先生が一度だけ怒った事がある。

それは、うららかな春の午後イチの授業での事。教室へ入ってきた狸障子先生は、黒板に目をやるなり「アポ〜!」と教壇に対して馬場チョップを振り下ろしたのだ。

どうやら狸障子先生は、日直が黒板を消し忘れている事に怒っているようだった。

そして、驚いて固まっている私たちに向かって狸障子先生はこう云った。

「黒板は心の鏡です。授業が終わったら日直が速やかに消すように」

更に先生は、慌てて席を立とうとする日直を手で制すと右手に黒板消しを装着しながら、およそ似合わない不敵な笑みを浮かべて云ったのだった。

「とくと御覧あれ」

刹那、黒板上に青い稲妻が走ったかと思うと(そのように私たちの目には映った)、黒板に書かれていた前の授業の残跡は一瞬にして消え失せていた。僅か1秒にも満たない時間で狸障子先生は黒板上の文字を全て消し去ったのだ。それは正に電光石火の早業と云うより他なかった。

「私の黒板消しに不可能の文字はない」

黒板消し魂に火がついた狸障子先生は次いで日直の顔に黒板消しを振り下ろした。青い稲妻が走り、日直の顔が消える。ノッペラボウと化した日直の顔に今度は逆に下から上へと黒板消しを振り上げる。青い稲妻が走り、日直の顔が再び出現する。

「最初の技をデリートと云います。そして、次の技がサルベージです」

いつの間にか科目は《古文》から《黒板消し学》に変わっていた。

「とまあ、このように…極めてゆけば黒板消し一つで何でも消し去る事が可能となる訳です」

爽やかな弁舌でトンデモない事を曰う狸障子先生。クラスの全員が起きていた。

かくして狸障子先生は教師の威光を取り戻し、このお話はめでたく大団円を迎えたのであった…。

…となる筈が、ここで私がついうっかり余計な一事を云ってしまう。

「先生!何でも消せるのなら…先生が自らの黒板消しで自分自身をも消せるって事ですよね?」

教室に気まずい沈黙が訪れる。
しまった、空気を読み違えたか。

ああ、云わなきゃ良かった。
しかし、一度吐いてしまった言葉は飲み込めない。それでも私は何とか場の空気をなだめようと口を開いた。

「なあんてね。冗談ですよ、先生」

が、火がついた狸障子先生はそんな事では止まら無かった。

「ほほぅ…面白い。試した事は無いが、一つやってみるとしよう」

完全にムキになっている。

「いえ、本当に冗談なので」

「黙らっしゃい」

そして、タヌキゲリヲン初号機は暴走モードに突入した。

タヌキゲリヲンは右手に装着した
黒板消しをまず自分の左腕に振り下ろした。青い稲妻が走り、ゲリヲンの左腕が消滅する。次に右足。青い稲妻。左足。青い稲妻。…こうして、狸障子先生の体は次々に消滅していき、残すは黒板消しを装着した右手のみとなっていた。

黒板消しを嵌めた右手だけが空中にポワンと浮かんでいる。

右手が黒板消しを外し、拭き取り面を上にした状態で教壇の上に置く。そして、拭き取り面の上に右手を……最後の青い稲妻が走る……そして……狸障子先生は完全に消滅した。

(おい、先生消えちゃったぞ!)
(まずいだろこれ!)(他の先生にどう説明するんだよ!)

クラス中がかつてない動揺に包まれていた。

(誰だよ余計な事云ったのは!)(そうだ、先生を挑発したヤツが責任を取れ!)

当然のように矛先は私へと向けられた。

参った。困った。お手上げだ。

私は針の筵の上に居る気分だった。誰か助けて…。

と、その時…

「しょうがないなあ…」

一人の生徒が立ち上がり、教壇の上に置かれている黒板消しを手に取った。そして、クラス一同が固唾を飲んで見守る中、問題の黒板消しをパンパンッと手で叩いたのだった。

ポワポワポワワワ〜ン♪

すると、なんと云う事だろう!
巻き上がるチョーク粉煙の中から失われた筈の狸障子先生が再びその姿を現したのである。

「取り敢えずサルベージ完了と…。狸障子先生、年寄りの冷や水は腸の温度を下げるのであまり無理しないで下さいね」

先生を助け出した生徒はそう云いながら、黒板に近づくと白色チョークを手に取り、大きな文字でこう書いた…


『奇跡の価値は?』

続けて

『おめでとう』


私にはさっぱり意味が判らなかった。判らなかったが…彼に助けられた事だけは理解していた。

そして、勘の良い方ならもうお気づきかも知れないが、私と狸障子先生を救ってくれた生徒こそが、他ならぬ【ケンちゃん】なのだった。

以来、彼と飲む度、決まって最後はこの話になる…。

因みに、狸障子先生は現在も変わらず、のらりくらりと教鞭を取り続けているらしい。近い内に一度お会いしたいものだ…。


‐第2夜終了‐。



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