話題:SS
‐シュール週間『ケンちゃんと私』第3夜【結婚式と闇に光る目】‐
『結婚式の招待状が届いた』。
…などと云うと何やらお目出度い話のように思えるが、残念ながら事はそう単純ではない。では、それを証明する為に冒頭の一行をより正確な形で云い直してみよう。
『知らない人の結婚式の招待状が届いた』。
それは非常に豪華な招待状で、竜胆と桐を形どった格式の高そうな二つの家紋と共に《綾小路家・建礼門院家 婚姻の儀》と書かれていた。当然、私にそんな名字の知り合いは居ない。明らかに何らかの手違いで私のところに届いた物だろう。
このまま握り潰しても良かったのだが、招待状が私に届いてしまったばかりに逆に届く筈の人間に届かなかったというような事態も考えられるので、念の為に一応、招待状に書かれている電話番号に連絡を入れてみた。
電話に出たのは平安時代を彷彿とさせる絵に描いたような上品な声を持つ年輩の女性で、私が事の次第を告げると、極めて丁重に謝罪の言葉を述べた後「よし宜しければ、ご祝儀などは構いませんので披露宴にご出席なさいませんか?」と思いも寄らぬ事を云ってきた。
予想外の展開にたじろぐ私に、「これも何かの御縁でしょうから…」と、まるで“そうする事は、さも当然である”というふうな口振りで彼女は云った。
全く知らないカップルの結婚式。普通ならば出席など考えもしないだろう。しかし私は、彼女の外連味のなさに乗せられて有ろう事か、つい出席を承諾してしまったのだった。
婚姻の日時は今日から丁度一月後で披露宴会場は《帝都ホテル鳳凰の間》となっていた。新郎の名は綾小路アレクサンダーで新婦の名は建礼門院アナスタシア。間違いなく由緒正しき家柄同士の俗に云う“セレブ婚”に違いなかった。
電話を切った後、私は後悔した。
やっぱり、どう考えても無理がある。「ご祝儀は必要ない」との話だが、そうもいかない。常識的に考えて少なくとも五百円ぐらいは包まなければならないだろう。いや、相手はセレブなのでここは奮発して七百円にするか…。そうなるとどうしても十円玉や五円玉が混じってしまう事になるが、それは仕方ない。むしろ、青々とした緑青付きの十円玉なら喜ばれるかも知れない。
…と云った感じで、後悔の念を振り払った私はすぐさま披露宴に出席する準備を始めたのだった。まずは綺麗な緑青サビのついた十円玉をゲットする事から。
そして…
披露宴当日、帝都ホテル鳳凰の間。
私は一匹の巨大なシベリアンハスキーに顔をベロンベロンになめ回されていた。そこにボーダーコリーが加わり、ズボンの裾を引っ張り始める。
そう。このシベリアンハスキーが新郎の綾小路アレクサンダーで、ボーダーコリーが新婦の建礼門院アナスタシアなのだ。
犬の結婚式。
やがて、新郎側の友人代表としてアメリカンショートヘア(猫)のジョーイ君のスピーチが始まった。
『私と新郎のあやにょこうじ君とはおさニャニャじみでありまして…』
スーパーマンのコスプレに身を包んだジョーイ君は、幾らか猫訛りながらも普通に人間の言葉を喋っていた。
「何でやねん!」
そう突っ込みたい気持ちは山々だったが、何せ向こうは新郎の幼馴染み。片や私は赤の他人。むしろ、猫は私の方だった。そう、いわゆる“借りてきた猫”というやつだ。
そして出席者たちの愛玩動物によるよく判らないセレモニーが延々と続いた後、正午丁度に始まった披露宴は午後十時をもってようやくお開きとなったのだった。
二次会に誘われた私だが、今までに経験した事のない疲労でグッタリ来ていたので、申し出は丁重にお断りし、そそくさと会場を後にした。これが本当の結婚疲労宴だ。
引き出物は大量のホネとマタタビとカツオブシの詰め合わせで、箱には【100%自然食品】と書かれたシールが貼り付けられていた。
政府要人や各国の貴賓などが宿泊する《帝都ホテル》に足を踏み入れるのは恐らく今回が最初で最後になるだろう。外へ出た私は豪奢な佇まいで夜景に聳え立つ歴史ある名門ホテルを見上げながら思っていた。
夜風が妙に心地よい。
来て良かったな…。何故か素直にそう思えた。
それよりも、問題は、この大量のホネやマタタビをどうするかだ。私には使い途が全くない。
そうだ、ケンちゃんにプレゼントしよう。確か彼は大学時代に『大量のホネとマタタビとカツオブシの使い途について』と云う題名の論文を書いていた筈。彼ならばこの自然食品を自然な形で有効活用してくれるかも知れない。
開催者側が用意してくれた黒塗り高級車のハイヤーの後部座席に乗り込んだ私は運転手に「スミマセン、ケンちゃんの家に寄ってから帰りたいのですが」と告げた。
「ケンちゃんの家ですね。了解致しました」運転手は気持ち良く了承してくれた。
助手席の暗闇の中で二つの瞳が光っているのが見えた。
どうやらそれは、ロングコートチワワの目であるらしかった…。
〜第3夜終了〜。