話題:愛犬

数日前、限りなく夜に近い夕暮れの出来事です。愛犬の散歩で某学習塾の自転車駐輪場となっている空き地を通り抜けようとした時…突如として吹いてきた一陣の風に一台の自転車がグラリと倒れかかって来たのです。

すわ!このままでは我が愛犬ケルベロス太陽王が下敷きになってしまう!(犬が“文房具の下敷き”に変身するという事ではなく、自転車の下に敷かれてしまうという意味です)。

兎にも角にも、瞬間的にそう判断した私は咄嗟に倒れかかって来る自転車を押さえようと手を伸ばしました。

ところが!

私が手を出した事により逆に自転車のバランスがより一層崩れると同時に、握っていたリードが自転車の何処かに引っ掛かり、倒れるのを更に助長、加速させてしまう形となってしまったのです。僅か一秒後には、完全に我が愛犬は自転車に押し潰されてしまうに違いない。これはまさに、のっぴきならない現在進行形のニュートン算的な大ピンチです!力学的計算により倒壊を阻止する時間的猶予はありません。となれば、私に残された手段は一つだけ…そう…

ケビン・コスナー大作戦です!

つまり、私がボディーガードとして犬を庇い、代わりに自転車の車輪の下敷きになるというヘルマン・ヘッセ的大作戦です。両手がリードとエチケットバッグで塞がっている以上、もはや、我が体を盾として投げ出すより他、方法はありません…と思うより速く、私は既に体を、犬に覆い被さるように投げ出していました。そう、理屈よりも先に体が動いたのでした。

そして当然、私は見事に倒れ来た自転車の下敷きとなりました。

元気があれば何でも出来る!
元気があれば犬の代わりに自転車に押し潰される事も出来る!
ダア――――ッ!

さて、問題は私よりも愛犬の無事です。果たして愛犬は大丈夫なのだろうか?

私は、うつ伏せに倒れた自分の下に目をやりました。そこには私に庇われた犬の姿がある筈…しかし、そこに愛犬の姿はありませんでした。これは一体どうした事だろう!?

もしや、ド根性ガエルのように私のT シャツに貼り付いて“平面イヌ”になってしまったのか!?
私は慌ててT シャツを確認しましたが、そこにはヴェルサイユの薔薇のオスカルの姿があるのみで、平面イヌの姿はありません。

愛犬がインド大魔術のように忽然と姿を消してしまった!

その時です…

空き地の少し先の物陰から何やら不可視のビームのようなものが発射されている事に私は気づきました。そして、その不可視のビームとは我が愛犬の視線に他なりませんでした。

どうやら、犬は咄嗟に脱出する事に成功し安全な場所に退避していたようです。つまり、私は単に一人で自転車の下敷きになっただけ…。

ともあれ、相変わらず自転車の下敷きになりながらも、愛犬の無事を確認した私はホッと胸を撫で下ろしたのでした。

さあ、我が愛犬よ。身を呈して君を守り自転車の下敷きとなった私を助けに来るのだ。

しかし…

ケルベロス太陽王は物陰から探るように此方の様子を伺うだけで、一向に助けに来ようとはしません。私は仕方なく自力で自転車を跳ね退け、立ち上がりました。

すると、先程までよりも体が軽くなっている事に私は気づいたのです。どうやら、倒れてきた自転車のハンドルが丁度いい具合に背中のツボを圧してくれたようです…

立ち上がって辺りを見渡すと、何時の間にか私の周囲には無数の狼の姿があり、まるで私の勇気を称えるかのように踊り始めていました。

ダンス・ウィズ・ウルブス!

そして私は、痛めた右肩と右腕を庇いつつ、狼たちと共に歓喜の舞いを踊りながら、山本浩二監督に『肩を痛めてしまったので、今回のWBC 代表は辞退させて頂きます』と、断りのデコメールを泣く泣く入れたのでした…。


【おしまい】実話度 約72%。