彼は一言だけ「寝てしまった」と言った。それがただの睡眠を意味しているのではないことは、彼の俯いた横顔に過る暗い影から容易に想像がついた。
彼の声が耳に届き、神経を揺さぶって脳に到達するまで少しのタイムラグがあった。しかし、そのことを頭が理解するやいなや、私の中で何かが勢いよく爆発した。
相手の女はすぐに分かった。大学時代の後輩だろう。男に媚びた顔をした胸の大きな女だ。
その女と彼が裸で抱き合っている様をまざまざと脳裏で描いて体が震えた。
無言で立ち上がり、店を後にした。彼が追ってくる気配はなかった。
五年間付き合った人だった。彼と結婚するのだろうともはや確信めいた予感を抱いていた。プロポーズの言葉を今か今かと待っていた。馬鹿なことをしたものだ。彼も私も。
爆発した感情が両目から迸る。みっともなく号泣しながら家へ帰った。母親が目を丸くして「どうしたの」と言った。
「なんで言うの、寝たなんて言わなきゃ私にはわかりようがなかったのに、なんで寝たなんて言ってしまうの」
口から出るに任せて言葉を吐いた。玄関で崩れ落ちた私の頭を母が撫でる。
「今日はもう休みなさい」
その声は穏やかでどっしりとしていて、母親とはある種の神様のようだなと思った。
夢の中でも何度も何度も彼らのセックスを見せつけられた。その度に悲鳴を上げて飛び起きた。憎しみと怒りが胸の中で渦巻き、ごうごうと暴れていた。
みじかいの