話題:SS


『実は、この部屋に入って来た時からずっと思っていたですが…』

仁来は何やら意味ありげな目つきで容疑者の顔を見つめながら云った。

『君は、若い頃の“あの人”に顔が似てますよね…云われませんか?ほら、前の前に総理大臣をやっていた“あの人”』

……はぁ?

この大事な時に、この人はいったい何の話をしてるんだ?

町村は、余りのくだらなさに呆気にとられていた。容疑者も完全にポカーンとした顔つきになっている。

『あ、ですから雑談だと…』

言い訳がましく仁来が云う。

『いや、実は…恥ずかしながら、その前の前の総理大臣の名前がどうにも出て来なくて…完全に度忘れというやつです』

この仁来という男、一見切れ者に見えて、実はそうでもないのか? 人の名前が思い出さないのは確かに不快なものだが、いくら何でも今の状況下でする話ではないだろう。

しかし…

如何にも照れくさそうな様子を装っている仁来ではあるが、よく見ると目は全く笑っていなかった。いや、それどころか、目の奥には日本刀の銘刀のようなゾッとする鋭ささえ感じられる。

だが、肝心の質問はどう考えても家庭や学校、職場での雑談レベルとしか思えない。前の前の総理大臣は鳩山さん、ちょっと考えれば誰でも思い出せる事だろう。

それに、そもそも容疑者の男の顔は鳩山さんに全く似ていない。町村は、仁来の質問の意図が全く理解出来なかった。

ところが、

そんな町村の“腑に落ちなさ”は、次に容疑者の口から出る思いもよらぬ言葉により完全に消し飛んでしまうのである。

『前の前の総理…ああ、小沢さんですか?』

えっ? もはや開いた口が塞がらない町村に、更なる追い討ちをかけたのは仁来だった。

『そうです、小沢さんでした…ねぇ、君、若い頃の小沢さんに似ているって云われませんか?』

…いったい何がどうなっているのだ? 小沢さんが総理大臣だった事など未だかつて一度もない筈だ。

しかも、【EMMA】に表示された文字の色は白、つまり、容疑者は“前の前の総理大臣が小沢氏である”と本気で思っているのだ。

『ちょっと待ってくれ!』


《続きは追記からどうぞ》♪