話題:連載創作小説


さて、件の犯人の電話から少し時は流れ‥

夜の帳が降り始めた水島邸、午後六時五十分。

妻からの電話で慌てて帰宅した夫の隆博と共に、佐智子は誘拐犯からの二度目の電話を今や遅しと待ち続けていた。

電話機は既に電話台からリビングのテーブルの上に移されている。

二人は並んでソファに浅く腰掛け、少し前屈みになりながら未だ鳴らない電話を見つめていた。

「博之は‥大丈夫だろうか?」

沈黙に耐え切れず、隆博が佐智子に話し掛ける。 

「…今は信じるしかないわ」

絞り出すような声で佐智子が言う。

「そうだな‥すまん」

すぐに途切れる会話。夕飯時にも関わらずキッチンは灯が消えたように冷たく暗い。二人とも食事の事など微塵も頭になかった。

「やっぱり警察に連絡した方が‥」

再び隆博が佐智子に話し掛ける。

「ダメよ!それはダメ!だって、博之がもしも…」

少し取り乱した様子で佐智子が訴える。

「そうだ‥そうだな‥すまん」

そしてまた、二人に沈黙が訪れる。

静まり返った部屋の中、時計の秒を刻む音がコチコチコチと、やけに大きく響いて聴こえる。

先の会話から判るように、家の中には隆博と佐智子の二人しかいない。つまり、警察に連絡はしていないのだ。

とは言え、二人とも日本の警察を信用していない訳ではない。ただ“身の安全”を考えた場合、警察には連絡しない方が良いだろうと、短い話し合いの末、判断したのだった。

そして、二人の見つめる置き時計の長針が文字盤の12の数字にピタリと重なった時‥

着信ランプの激しい点滅と共に運命の電話が鳴った。

「はい、水島です」

受話器を取ったのは佐智子だった。彼女は直ぐに電話をスピーカーモードに切り替える。

(はい、今晩わ。で‥お金の方、段取りはもう付いたのかな?)


《続きは追記に》。