話題:妄想を語ろう
(朝のマンション。502号室と書かれたドアが開き、中からOL風の女性が出てくる)
(OL女性は自分の目を気にしているらしく、エレベーターに向かって歩きながらしきりに片方の目をこすっている)
(エレベーターの前には既にビジネスマン風の男性が立っており、二人は軽く朝の挨拶を交わす)
(不自然に目をパチクリさせている女性に、男性が「どうしました?」と訊ねる)
OL『なんか、目にゴミが入ったみたいで、なかなか取れなくて困ってるんです。大丈夫かな…』
(男性は理解したという風に頷き、気楽な感じで言葉を返す)
男性『たぶん大丈夫ですよ。人間の体には異物を排出しようという機能がありますからね。放っておけば自然に出て来るか中で溶けるかするんじゃないかな』
OL『…ですよね。有り難うございます』
男性『いえいえ、どう致しまして』
(ほどなく到着したエレベーターに二人が乗り込む。エレベーター内には既に一人、主婦らしき中年女性が乗っている)
(まだ目を気にしているOL女性に、主婦が「あら、目、どうかした?」と話し掛ける)
OL『目にゴミが入っちゃって。何とか取ろうと、もう二十分ぐらい頑張ってるんですけど…どうしても取れなくて』
(少し心配そうな顔をしながらも、いかにも世話好きらしい口調で主婦が言う)
主婦『あら、それは気になるわよね。目薬を挿すか洗面器に水を入れて、洗い流す方法が効果的じゃないかしら。もし不安なら、眼科に行ってみれば?ゴミぐらい直ぐに取ってくれるわよ』
OL『…ですよね。有り難うございます』
主婦『いいのよ。何か困った事があったら何時でも言ってちょうだい』
(やがてエレベーターは一階に到着。三人が降りる。ビジネスマン男性と主婦はOL女性に「お大事に」と一声かけ、先に歩き去ってゆく。OL女性は目を気にしながら歩いているせいで、いくぶん歩みが遅い)
(やがて、OL女性はエントランスホールを抜けてマンションの外へ。表の道ではマンションの管理人のオジサンが箒と塵取りを持って掃き掃除をしている)
(朝の挨拶を交わす二人。相変わらず目をこすり続けるOL女性に、管理人が「どうした?」声をかける)
OL『目にゴミが入ったみたいで…。なかなか取り出せなくて困ってるんです』
(それを聞いた管理人が渋い顔つきで言う)
管理人『ああ、それはタイミング悪かったね。ゴミ収集のトラック、さっき行ったばかりだよ。でもまあ、考えようによっちゃ、明後日までゴミは出せない訳だから、そんなに焦って取り出せなくても大丈夫だよ。明後日の早朝まで、そのまま目の中に入れとけばいいんじゃないかな』
OL『…ですよね。有り難うございます……一応』
【終わり】。