話題:ハプニング



日に日に水も温み、日差しの色も暖かみを増して来ました。梅の花が散り、入れ替わるように桜の蕾が膨らみ始める。

穏やかに晴れた休日の午後、私は爽やかな風を体と心に感じながら自転車で走っていました。空も町も、花や木々も、すべてが春のリハーサルをしているような春色に染まりかけた古い目抜通り。あの曲がり角の先には、きっと春が待っている。そんな詩的な想いで私は軽やかに角を曲がりました。

ところが…。

曲がり角の先で私を待っていたのは春ではなく、制服警官の集団でした。

警官「すみませーん!ちょっと自転車の確認させて貰って良いですかー?」

嫌です…と言ったところで、聞いて貰えるハズも無いので、ここは素直に自転車を停めて降りる。

警官「今、自転車の防犯キャンペーン中でして…登録番号の方、確認させて頂きます」

縁日のお面みたいなぎこちない笑顔で警官が言う。もちろん、私はそれに従い、自ら氏名を述べた。この自転車は正真正銘、私の物なので、動揺は微塵もない。余裕のよっちゃんイカだ。

警官「はい、確認取れました。お忙しい中ご協力ありがとうございました」

私「いえいえ、お仕事お疲れさまです」

…そういう展開になるハズだった。

(本日二度目の)ところが…。

警官「ああ…これ、登録番号がかすれて消えちゃってるなあ…」

ナヌッ!?

私の無罪を証明する決定的な証拠が消えてしまっていると!?

突如として垂れ込める暗雲。私に負い目は全く無いが、世の中には冤罪というものも残念ながら存在する。そういう気持ちで眺めると、程よく錆びつき、前カゴが変形している私の自転車は、いかにも盗難自転車の風情に思えてくるから、何と言うか、人間の心理というのは不思議なものだ。

それにしても、これ、どうするのだろう…。家に戻れば、保証書の類があるかも知れないけれど、捨ててしまった可能性もある。うーん…面倒くさい事になったぞ。

(本日三度目の)ところが…。

警官「あっ、でも、何個か数字読み取れるな…」

どうやら、車体番号と防犯登録番号は全てが消えてしまった訳ではなく、ともに何個かの数字は辛うじて視認可能な状態で残されているらしい。

警官が無線機に向かって言う。

警官「ちょっと変則的になりますが、車体番号と防犯登録番号の数字を飛び飛びで言いますので、そこから確認が取れるかどうかお願いします」

なんか…パチンコでそこそこ熱いスーパーリーチを静かに見守るような…そんな心境だ。頼みます、当たって下さい。

そうして、どれくらい待っただろう。実際は二分程度のものだろうが、感覚的には二時間も待っていたような気がする。

結果は…無事に大当たり。

警官「確認取れました。お時間取らせてしまい申し訳ありません。では、お気をつけて」

と同時に、いつの間にか私の背後に陣取っていた、やけに目付きの鋭い別の警官がスッと離れてゆく。あっ…君、私の逃亡に備えて脱出路を塞ごうとしていたな。…全く、抜け目のない事だ。

何はともあれ、事態は順当な地点に着地をみせた。私は自転車のサドルに跨がると、再びペダルを漕ぎ始めた。

暖かな光を反射して町が輝いている。けれども、本当の春の訪れはどうやらもう少し先になりそうだ…。


【終】