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花ひらくひとつの孤独


をさして佇んでいる人の姿を見ると、はなからその人を「待っている人」だと錯覚してしまうことがある。
携帯電話で誰かと話しているだけかもしれない。雨が小降りになるまで動くのをやめているだけかもしれない、あるいは裾が濡れたとか靴が引っ掛かったとかで一時的に立ち止まっているだけかもしれない……のに。そこに存在しない「相手」の姿を考えてしまう。私の頭の中でその人が、傘をさして待ち続けている相手を勝手に想像する。
示すものは何もないのに。



「言葉ってそんなに大切ですか」


持田あき「ふたり静か」より
(『スイートソロウ(3)』収録)


「伝言」がテーマの連作短編集。
この巻は、従来通り「伝言」という「コミュニケーション」を行いつつも「ディスコミュニケーション」である関係、というれていたように思う。
置き手紙のような言葉では伝えきれない思いや汲み取れない気持ちがあるけど、その思いを形として裏付けているのは伝言という行為そのものでもある、みたいな……五分くらい考えたけど語彙が尽きてうまく説明できないです。

この巻の一話(花と影のソネット)と二話(トロンプルイユ)では最後に直接言葉を交わしあう、言葉を肯定するコミュニケーションによって思いを成就させている。けれど最終話の「ふたり静か」ではあえて言葉によりかからず、それまでの日常に存在した行為(伝言など)からたがいの関係を確かめあう、という展開になる。
〈毎日返してくれた伝言の返事から/愛してるって言われてるような気がしたの〉というモノローグにあらわされるように、直接示しあうことをせずとも、気持ちは確かにたがいの中にあったものとして胸に残り続ける。最後の最後で一番『スイートソロウ』らしいお話がやってきた。
スイートソロウというのは、つまりは過ぎた日々の中に残された甘やかな余韻というようなことだと思うので、この話でしめられて良かったね。持田さんらしいけど持田さんから一皮むけたような感じでした。というかシンプルに言うと「ふたり静か」はよいお話だった。特によかったのはえんじ君です。えんじ君の出てくるところはすべてしみたよ。



〈もっと切実で緊密で単純な何かがあったからだ。〉


乙一「未来予報 あした、晴れればいい。」より
(『さみしさの周波数』収録)



傘を持つ人を見たとき何となしにこの作品を思い出して、雨の時期だし……と本棚から取り出して先程まで読み返していた。乙一はやっぱサイコーですね。スニーカー時代サイコーだよ。
この「未来予報」は乙一界隈(?)ではあまり話題にのぼらない話なのですが、私としては乙一の作品のなかでもすごく好きな物語です。短くてシンプルな話なんだけど、心がしめつけられるようなせつなさがはじめから終わりまでバランスよく保たれているのが好きで、自分にとって大切にしたいことが詰まっているところも好き。扉絵も好き。おさえつけない優しさも好き。

同じ本に入っている「失はれた物語」という話が昔はとても苦手で、どうしてこんな残酷な話を書くのだろうとすら思っていたのだけど、今読むとこれも「示されない物語」のひとつであり、そういう種の、人間のかかわりを描いた話なんだろうとは思えた。というかこれもラブストーリーだったんだな、と今回は思った。


今日は仕事をしていて、言葉が出てこなくて、
「あれを持ってくるから大丈夫です」や
「あれは置いといてください」などと示す言葉を示さずあいまいに説明してしまったときがあって、前者のときは思わず「伝わりますか?」と尋ねてしまった。
返ってきた答えは「なんかわかった」。後者のときは、「言いたいことは伝わった」だった。それぞれ違う人だったけれどそれぞれわかってくれたらしい。
好きとか嫌いとか関係なく、誰であっても、示しきることなく伝わってしまうということは不思議な気分になるものだと妙に客観的に感じていた。
同じような「示すもののない」コミュニケーションが立て続けに起こったせいかもしれないが。

ぜんぜん関係ない話で、先日テレビを見ていたときにこんな特集をしていた。
「カメラ女子に、スマホじゃダメなんですか?と聞く企画」
たまたま見ていたのだが、そこに出演していた女の子の答えが印象的だった。
「カメラ撮影はファインダーをのぞくから。その、ファインダーをのぞくという瞬間が少し特別」
すごくうろ覚えなのだけどそんなことを言っていて、良いこと言うなあとびっくりした。この子にとってはカメラのファインダーをのぞくとき、自分だけの孤独があるのかもしれない。そこにある孤独を愛しているのかも。
ポエマーだから私。

示すもの示さないものとは全く関係しないのだけど。
カメラのファインダーの中に存在する孤独は、あの傘の下にある、待ち姿と見まがうほどの孤独と似ているような気がする。
そう思ったから、ここで書き留めておくことにしたのだ。


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