だいたい寝る前に日記を書いているのですが、大半そのまま眠ってしまいます。
朝、起きると夜中のはずかしい文章がでーんと残っていて、気持ちはすでに冷めているのでもうこの文章はだめだ……となって更新しない、ゆえに更新がない。という繰り返しです。
寝るまでにわりとたくさん書いているときのものはもったいないように思えて何枚か撮っておいたので(するなよ)ここに供養しておきます。この夏の墓標。
八月が終わるぞーー長かったなあ……
今年の夏は本当に忙しくて……この前がピークだったんですが本当にぐちぐちぐちぐち
今年の夏達成リストです
○→見た(した・行った)
×→見なかった(しなかった・行かなかった)
ひまわり……○
花火……×
お祭り……○
海……○
ビアガーデン……○
夜空……○
お墓参り……×
旅行……×
虫とり……×
プール……×
部活……○(?)
読書……×
勉強……×
自由研究……×
意外と満喫してるのではと思ったけど、だからといってつらくなかったことはないのですよ。
私もつらかったけど私のまわりのみんなもつらかったんだろうなあとは思う。つらかったね、がんばったね……。やっと終わったの……。
今日はお休みだったからずっと眠りについていて、夜に少しだけ真剣な電話をしました。
日記を書いていない(‘д‘ )
いま押し間違えて(‘д‘ )が急に出てきました。……テイク2です
日記を書いていないあいだに、この前からもわずかしか空いてはいないけどそのあいだにも色々あって、書きとめておきたいことがたくさんある!
おルーヴの話だけ今日はしますね。
私、いまの仕事に関わる人でひとり尊敬している人がいるんですが、先日その方がはるばる香川に来ることになりました。(普段は本州にいる)
その方が来るということで、私は生まれてはじめておルーヴに行きましたよ。
おルーヴとは香川の有名なお菓子屋さん、
菓子工房ルーヴのことです。
おルーヴ、有名なんだけど行ったことなかったんです。美味しかったよ(食べた)……「ちゃんとしてた」……。
おルーヴを手土産に無事お会いできました。わかってたけどあまりうまく話せなかった。こう、何をどこまで知っているのか聞きたかったけど聞けなかった。聞けないよね。あちらも聞きたかったのでは? とは少し勘ぐってしまう。
おルーヴは美味しかったそうです。
後日その人が書いたある文章を読んで、私はこの人のつかう言葉が好きなんだと実感しました。人としても尊敬しているし、言葉そのものも尊敬している。
言葉が好きってどういうことなんだろう。感覚が同じだから好きということではなくて、でも体にしっくりくる。読みやすく頭になじみやすい、けれど品のある、ルールのある「ちゃんとしてる」言葉。ドライなように見えて気持ちのこめられているもの。こうして言葉を並べてみてもかなわないなと思うようなもの。
尊敬はしているけど、こういう気持ちのほうがより「尊敬」のニュアンスに近いような気がする。もともと人として好ましく思っていて、持つ言葉にふれてみて、ああリスペクトだなあと思いしらされる感じ。そうですか?
かちっとした文章でも、くだけた文章でも、どちらも素敵なんですよ。うらやましい。
おルーヴ、また行きたいな。
※香川県民はおルーヴとは呼んでいません。
今回読みやすかった。気張ってない、ナチュラルなかんじで良かった。
やまがたさとみ『うそつきラブレター』
〈作家さんはみんなあなたを信頼していた/その愛情と信頼のもとによい作品が生まれたなら/その喜びはきっと作家さんにとって恋愛の比ではないんだろうなって〉
表現と感情と関係は、連鎖しているだけで、直結はしないんだなって思います。互いに影響は与えるけど、それとこれとは違う世界のこと。みたいな。だからこそ表現とは自己満足なんだなと思うのですが、
〈あなたにとって自己満足でもかまわないんです/それが人に伝える力を持っているならそれはちゃんと作品なんですよ〉
こういうことを言われてしまうとなしくずしになってしまうんでしょうね。
この本を手元に置いておきたいと思ったのは上の引用部とはなんの関係もなく、冒頭の
〈27・28の年って一番なんでもできるしやれるしがんばれる時期じゃないですか/そこで結果を出せなかったっていうのはやっぱりそういうことなんだと思うんですよ〉
という台詞が気に入ったからです。私、暗いの好きだから。
〈この感情は真夜中のラブレター/次の日必ず後悔する〉
いま読み返したらこんなモノローグがありましたよ。シンクロだ!そしてポエジーだ!